失敗勇者と友人
豪華な屋敷の一室で、一人の女性がソファーに座りながら本を読んでいる。
持っている本は既に何度も読み返した跡があり、彼女にとっては目新しいものではなかったのだが、屋敷から出ることが出来ない現状――それが一番の楽しみだった。
「はぁ……退屈ね」
本をテーブルの上に乗せて立ち上がり、部屋にある窓際に近づくが――そこから見えるのは空と小さな庭と塀だけだった。
庭では数人の人が木剣の様な物を振るい訓練をしているのが見えるが、そこに自分が混ざることはできない。
それは、彼女の身体能力が普通の冒険者達よりも下であり、尚且つその立場からしても憚られた。
「あの子は良いわね……」
庭で訓練している人たちの中で一人だけ歳の若い少女がおり、窓から見ている女性はその少女を目で追っていた。
少女は体格も技量も一緒に訓練している人よりも格段に劣っているが、その元気の良さから周りから可愛がられている様子がここからでも見て取れた。
その様子に少し嫉妬心が浮かんでくるのを感じたが、彼女はそれを抑え込み妹から視線を離す。
そして、再びソファーに座る――かと思ったら、ダイブするように飛び乗ってソファーに横になった。
「ふふふ。こんな事でも少しは面白く感じてしまうのね」
普段は絶対にしない行儀の悪い行為をしてみた彼女だが、それが少し可笑しくてしばらく一人で笑ってしまっていたが、それも長くは続かなかった。
「……はぁ、体面なんて気にせず直ぐに面会にしたらいいのに。そうしたらこんな暇な時間は無かったのに」
そうつぶやいた後、人の気配を感じた女性はいつものように姿勢を正し、扉の前で入室許可を得てくるであろう人を待ったのだった。
おやっさんから解体した魔物の買取費用を受け取った後、やることが無さ過ぎて街をぶらぶらと歩いてみた。
この街はイオリゲン王国の王都と比べて人通りは少ないが、あそこと同じように多種多様な人種の人が歩いている。
獣人種や妖精種などは普通に居るし、後は良くわからない角の生えた種族など様々な人種が集まって居る。
まあ、種族として大きく括ると大雑把すぎるかもしれないが、この世界はファンタジー的に良くある人種差別意識が余りないように思えた。
まあ、完全に無いとは言い切れない所はあるかもしれないが、表向きはいたって平穏その者だ。
そんな街の様子を見ながらぶらぶらしてたが、流石にあまりにも暇なので買い食いついでに露店を覗き見ていく。
「ホーンブルの串焼きに、ブラウンウルフの串焼き!? あれ食えるのか? というかこれって……」
改めて露店を覗いてみたが、殆どが肉、肉、肉の肉三昧で粉ものや野菜系の物はほとんど存在していない。
それはここがダンジョンに近く、冒険者が拠点とする事が多い街なのでかもしれないが、想像以上に肉ばかりだな。
一応野菜系の露店もあるが、そこは草食系の獣人達専用の店っぽく野菜がまるまる置いてあるだけだったりするのであまり立ち寄る気はないんだよね。
少し小腹も空いて来たので、気になった露店で一本に串を買ってみる。
「おっちゃんその串一本貰うよ」
「あいよ! 一本銅貨二枚だ!」
俺は銅貨二枚と引き換えに熊獣人の店主から、一本の肉串を受け取った。
それは、ブラウンウルフの肉串だった。
確かダンジョンでグランツ達が爪と毛皮は売れるけど、肉は売れないみたいなことを言っていたのを思い出したので、すこし興味を覚えて買ってみたのだ。
一応一口で口に入るようなサイズになっていて、見た感じ変な感じも無く普通に脂も乗っていて問題なさそうな気がしたんだよね。
「ごくり……いただきます!」
俺は肉汁が滴りそうになる肉串にかぶりついた。
「モグモグモグモグモグモグモグ…………ゴクン! なるほど、これは中々キツイ」
臭みが強くスジ肉の様な固くてなかなか噛み切れず、咀嚼回数が多いから食べた気になれそうだ。
食べ物を粗末にするつもりはないので何とか完食した。
値段も銅貨二枚安いので低ランクの冒険者ならありかもしれないが、流石に何度も食べたいと思える味ではないね。
流石にさっきの肉でいろんな意味でお腹いっぱいになったので、場所を少し移動して雑貨系の露店を見て回る。
「この辺りはあまり買うものが無い気もするんだけど、変わった物が無いかだけ見ていくかな」
雑貨系の店はかなり様々な物が雑多と置いてあり、食器から魔物素材で作った工具など様々な物が並んでいる。
他にも女性冒険者から人気のアクセサリーなども売っているが、どれもこれもあまりパッとしない品揃えだ。
一応ここは貿易船が停まるそれなりの街ではあるが、基本的に貴族は領主しか居ないので高級そうなものは殆ど扱っていない。
その代わりと言っては何だけど、たまにダンジョン産の魔道具などが売っている時がある。
俺達は未だに一度も手に入れたことは無いんだけど、極稀に魔物をが魔道具を装備している時があるらしい。
ただ、ウユシウコ村ダンジョンの様なダンジョンではそれ程高価な物も出ないし、あったとしても魔物を倒す際に破損してしまっていたり、使用回数が過ぎているので魔石を交換しないと使えない物ばかりだったりする。
「お、そこの冒険者のにいちゃん。ちょっと面白いものが入っているから見ていかないか?」
呼び止められてそちらを見ると、露天商の一人が俺を手招きして呼んでいる。
こういった場合、本当にいい物がある事は少なく変な物を進められることが多いのだが、たまに掘り出し物があったりするから一応見てみようと思い足を向ける。
「面白い物って何なんだい?」
「ああ、これだ。この辺りじゃあまり出回らない逸品だぞ!」
露天商が出してきたのは何かの結晶のような物が付いたネックレスだった。
ネックレスのチェーンは安っぽい感じだったが、それについていた結晶に少し興味がでた。
結晶は見た目水晶の様な形をしているが、透明な所と赤色が混じった少し不思議な色合いだった。
「それは?」
「ああ、これは身代わり石のネックレスだ。なんでも一回だけ攻撃を肩代わりしてくれる品らしい。効果が無くなると砕け散るそうだ」
「肩代わりね……それはどんな攻撃でも?」
攻撃を肩代わりしてくれるのであればかなり有用そうな物だが、そんなものがこんな露店に転がり込んでいるのもおかしな話なので、詳しく聞いてみたんだけど。
「そこなんだよな~。俺も仕入れてから詳しく調べたんだけどよくわからんのだ。どの程度から受けてくれるのか、どの程度まで受けられるのかは石次第らしくてな。だいたいこの程度の物なら即死が致命傷になる程度だと思うんだが、試すわけにもいかなくてな」
「……ふむ」
頭を掻きながら露天商は正直に話してくれた。
即死が致命傷ならかなり有効なアイテムだろうけど、難点としてはどの程度から肩代わりしてくれるのかがわかっていないと言う事だ。
露天商もそこを失念していたらしく、一応通りかかる冒険者に俺と同じように声を掛けていたそうだが……いっこうに売れないらしい。
「一応聞くけど、いくらなんだい」
「あーまあ、仕入れの関係もあるから銀貨五十枚になっちまうんだよな」
なるほど、銀貨五十枚というの高額だから売れないのか。
見た目は宝石……と言うか水晶っぽいけど、冒険者達であればそこまで出して買う人は殆どいないだろう。
というか、銀貨五十枚っ元の世界の金額換算だと五十万円ほどする事になるんだよな。
「うーんそうだな……」
そして、数十分後……
「にいちゃんありがとな! また何か入用だったら言ってくれよ!」
露天商が手を振りながら大声でお見送りをしてくれたことからわかる様に、結局買ってしまったのだ。
だけど後悔はしていない――うん、これはマリアへの贈り物と言う事にして自分を納得させた。
一応だが、値引き交渉をして銀貨四十五枚まで値下げはさせたんだよ?
自分で自分を擁護してしまっているが、実際はちょっと自分が押しに弱い事に自己嫌悪しながらため息をついた。
でも、買ってしまった物は仕方がないのでと割り切り、一旦路地裏に入りアイテムボックスに収納した。
その後も雑貨が売っている露店をウロウロしながら、今後必要そうな物を買っておいた。
今度はさっきみたいない不用品――じゃなくて、ベロニカさんやアオイちゃん達が増えたから必要になるだろう食器などを買い足しておいた。
ついでに、始めてダンジョンに行くときに買い物に行った店り消耗した物を補充しておこう。
とはいっても、火晶石と魔物避けの粉くらいしか補充しないんだけどね。
「またダンジョンに篭るのか?」
「いや、今回はダンジョンに行くわけじゃなくて船で別の街に行くんですよね」
俺がいつもの物を買いに来たので店主はまたダンジョンに潜ると思っていたようだ。
流石にどこに行くと明確には言えなかったので適当にごまかして伝えてしまったのだが、それを聞いた店主は棚をごそごそと何かを探して机に置いた。
「ならこれも買っておけ。船酔い止めの薬と緩和薬だ、それと船乗りの飴だ」
船酔いの薬は船に乗る一時間くらい前に飲むと酔いにくくなり、最悪寄ってしまった場合も緩和薬を飲めば多少軽減されるそうだ。
船乗りの飴は所謂船乗りに多い壊血病予防の飴で、ビタミン補充の為に食べるらしい。
これは砂糖を使った飴ではなく、麦芽飴に果汁などを混ぜて作った物らしい――因みに、作り方の問題なのかわからないが強烈な酸っさのあとにほのかに甘さが出てくるだけで、別段美味しいわけではなかった。
ダンジョンに行く際もここの店主のおすすめを買っておいて良かったので、薬と飴を人数分買い求めておいた。
色々買い物をしているうちにいつの間にか昼が過ぎていたので、一旦宿に戻って荷物を置くついでに荷物を置くついでに昼食にした。
宿に着くと受付の人からある事を言われたので、急いで部屋へと向かう。
「よう!マリアとは進展はあったか?」
「そんなものあるわけないことぐらいわかれって! それよりもそっちは俺達が居なくてお楽しみだったんじゃないのか?」
「HAHAHA! それはご想像に任せるぜ!」
お互い軽口を言い合いながら、お互いの肩を小突きあう。
「あの時は時間が無くて置いて行って悪かったな。でも、かなり急を要したから迎えに行く暇がなかったんだ」
「まあ、そっちが大元を叩いてたから仕方ないだろうな。こっちもそれほどじゃなかったが、なかなか堪える戦いだったぞ」
グランツは苦笑いをしながら言っているが、俺と違って無力化する手段が完全に物理しかなかったから辛かったろうな。
その後、グランツと念話で話し切れ無かったことを食堂で食事をしながら情報共有をした。
……食堂に行く前に、グランツから盗賊捕縛報酬と暴動鎮圧の報酬を俺のアイテムボックスへと収納したのだが、袋の重さからするとかなりの額だと感じられた。
グランツに確認してみると、盗賊四十名の捕縛報酬は総額金貨十九枚と驚くべき金額で、鎮圧報酬は一人当たり銀貨二十枚の八十枚だった。
ベロニカさんとアオイちゃんはどちらも冒険者ギルドに加入していなかったので、人数には含まれていないとの事だったが、リコリスさんが領主に掛け合って一人当たり銀貨十枚出してくれたそうだ。
まあそれはいいとしても……金貨十九枚ってやばいよね?
盗賊の数が多かったけど流石に多すぎじゃないかと思ったんだが、普通の盗賊が銀貨三十枚で幹部は賞金も掛かってたこともあり一人当たり金貨一枚だったそうだ。
そして、合計金貨二十枚――俺の感覚的にはおよそ二千万円という大金が転がり込んできた。
それだけでも驚きの大金だったが、さっきおやっさんに解体してもらった魔物の買取費用が金貨五枚と銀貨三十枚だった。
アオイちゃんがかなりの数の魔物を倒してはいたんだけど、力任せに戦っていた為に素材として使える所が少なく、食用以外はかなり安くなってもこの金額なのである。
そこから必要経費を抜くとそれなりに減るのだが、それでもかなりの額になる。
この馬鹿みたいな金額にお互い驚いていたが、最近の自分達の稼ぎを考えたらそこまででもない事に気が付き、金銭感覚が可笑しくなっていることに二人で笑った。
その他の細々とした摺合せをした後、俺は重要な事を伝え忘れていたことに気が付いた。
「そういえば、いまこの街に白虎の人達が来てるんだぞ」
「本当か!白虎と言えば白金級の最上位冒険者じゃないか! そう言えば、トマとは知り合いだったんだっけか?」
「あ、ああ。イオリゲン王国の頃に一緒に訓練してもらったり、悪魔との戦いの時一緒に行動してたんだ。それでだな、白虎の人達はただここに来ただけじゃなくて護衛として来ていて、その護衛対象の人と今度会う事になってるんだ」
「……ほう。それはそれは、なかなか難儀な事だな。――ん? そうなると、来ているのはイオリゲン王国の人って事か? お前あそこの人と会うと問題があるんじゃなかったか?」
イオリゲン王国の人と会うのは俺が勇者と言う事がばれてしまう事と、セクメトリーに俺の居場所がばれるのがまずいから合わないだけなんだよね。
ただ、クリスがその辺りを把握しているはずだから、そうなるとセクメトリー教徒やそっちに情報を流す人は居ないはずだから問題ないと思っているんだよね。
「そこは問題ない。その話を持ってきたのはハルさんだけど、裏で手引きしているのはクリスだからな」
「っはあ? なんでここでクリスが出てくるんだよ。あいつは貴族って噂はあったけど、流石にあんなのが貴族なわけ無いだろう」
ま、日頃の態度を見たらそう思うのも当然だけど、グランツには伝えておいていいだろう。
「あいつマジで貴族だったぞ。しかも、先代勇者の従者だとさ」
「……マジか……マジかよ。先代勇者従者っていうと、かなりのスゲじゃねぇか」
「ま、普段が普段だから仕方ないけど、あいつの本名はクリストフ=アイヒホルンって名前で子爵らしいから気を付けろよ」
「し、子爵!? やっべ、俺結構馴れ馴れしく接してたわ」
流石に子爵と言うのを聞いてグランツが少しビビっていたので、少しフォローしておくか。
「まあ気を付けろっているのは冗談だが、貴族として振舞ってる時に何かすると問題になると思うから、そこだけ注意な。あと、ハルさんが後日宿に来て面会の日程を教えてくれるんだけど、皆で合うからよろしくな! それと、次の目的地は夢幻大陸になると思うから、そこもよろしく!」
「……冗談ではないんだよな?」
「ああ、マジだ!」
どちらの言葉に反応してかは知らないが、頭を抱えるようにして机に突っ伏してしまった。
「クリスが貴族って事もビビったけど、白虎の人達が護衛してきた人達と面会とか行きたくない。それに次は夢幻大陸に行くとか、正気の沙汰じゃねぇよ……」
などとブツブツ呟いていたが、暫くするとウェイトレスに度数の高い酒を頼んで一気飲みをし。
「わーったよ! 行きゃあいんだな! ったく、毎度毎度面倒事を持ってきやがって酒位奢りやがれ!」
酒程度で気分を良くしてくれるならと、俺は昼間からグランツと一緒に酒を注ぎ合いながら、ぐでんぐでんになるまで酒を飲んでその日は終わってしまった。
因みに、俺達の様子を見たマリア達は驚いていたが、その時には既にベロベロに酔っていたので怒られずに呆れられてしまった。




