失敗勇者と平和な一日
一人の少女が今にもスキップしそうなほどウキウキしながら屋敷の中を歩いている。
水色の様な色の髪を持つ少女の手には、黒髪の少年の形をした人形を抱えながら皆が待つ食堂へと向かっていた。
その人形は彼女のお気に入りの人形で、同じ職場の人がある人を模して作ってくれた彼女の宝物だ。
仕事中以外は基本的にいつも持っており、寝るときもいつも一緒にベット持ち込んでいる。
一応今も仕事中と言えば仕事中なのだが、今の仕事は少女の存在自体が必要と言う事なので誰も注意することは無かった。
「ようやく明日だね! 私怒ってるんだからね!」
彼女が何者なのか知らない屋敷の侍女達は訝しげに少女を見るが、少女がその視線を気にした様子は全くなかった。
それは少女は他人から奇異な視線を向けられることには慣れていたし、そもそもそんなこと以上の事がこれからあるのだから、そっちに気が行ってしまっていると言う事もある。
「明日になったらようやくシクラ様に会えるんだね! 約束守ってくれなかったシクラ様に……してもらおう!」
そうつぶやいた後、彼女は屋敷の食堂に入って行った。
食堂では既に席に着いている人が四人と、その護衛らしき人が六人程が既に集まって居た。
席に着いている人の中で一番年上の女性が彼女に席着くように指示した後、机の上に置いてあった何かを触ると室内の音は一切外に漏れてこなかった。
この世界の魔物達は幾つかの分類に分けられる。
例えばゴブリン達の様な二足歩行が出来る者や、四足の動物たちと同じ様な魔物。
この辺りまでなら一般の冒険者や兵士達でも討伐可能なのだが、その上位種の幻獣種や亜竜種と分類されるものは、高位の冒険者の複数パーティや軍隊で討伐可能範囲ではある。
ただし、この世界で最強種と名高い龍種だけは完全に別格なのである。
龍種と戦うには通常の武具では全く歯が立たず、最低でも希少金属であるアダマンタイトやオリハルコン魔剣でなければその鱗に傷一つ付けることが出来ない。
鱗の隙間などに突き刺すことが出来れば多少ダメージを負わせることが出来るだろうが、その程度では人間が蚊に刺された程度のダメージしか入らず倒すことは不可能。
魔法で攻撃しようにも、特別な弱点の属性があるわけではない龍種に効果が出せる魔法と言えば、最低でも超越魔法でなければかすり傷一つ通らない。
その腕の一振りは巨大な岩盤をも打ち砕く威力があり、その一撃を食らった物は……良くて即死、最悪ミンチになってしまう。
尻尾の一撃は、普通の人では気が付いた瞬間に即死している程の高速で振り回され、その速さと質量ゆえに受け流すことも不可能。
この時点で討伐が不可能と思われるのに、さらに龍種はブレスまで使用してくるのでどうあっても勝ち目がない。
え、ブレスの威力はどの程度かって?
俺が呼んだ王城で読んだ書籍によれば、過去に地龍を怒らせた城塞都市が一撃で跡形もなくなったらしい――文字通り木端微塵に。
まあ、そんな伝承が数百年経った今でも残ってはいるのだが、過去に魔王と戦うために龍の素材を欲した勇者や貴族が龍と戦ったことはあるらしいが、全て敗北しているとの事だ。
そんな龍種の中でも最強と言われる原初龍が守る夢幻大陸……そんな場所に俺行かされるのかよと頭を抱えたくなったのは仕方のない事だろう。
「恐らく問題なく上陸許可が出るかと存じますが、問題が発生した場合は即座に退却する必要があります」
「……それって逃げられるの?」
ゲームとかで良くある『しかし逃げられなかった』の様な状況に陥るんじゃないかと心配になったが、その心配は無い様だ。
龍種の知能が高い事で知られてはいるが、原初龍は人よりも知能が高く敵対行動をしなければわざわざ攻撃してくることは無いらしい。
……その代わり、それなりの貢ぎ物は必要らしいけどね。
「出発前に一度顔合わせをしたいと思っておりますが……白虎とは既にお会いしているとの事ですが、その際に会わせたい方が居るというお話はありましたでしょうか?」
「白虎ってかハルさんに合って話はしたよ。ヒエン卿の代理人って人と後日会うことにはなってるけど……」
「それならば問題ありませんね。シクラ様にお会いしていただきたいのはその方達ですので」
ふうむ。となると、ヒエンさんもアカリに何らかの指示を受けているのか、それともクリスが何らかの伝でそれ依頼したのかな?
まあ、どちらにせよその人たちと顔合わせをする必要がありそうだから、皆が戻ってきたらその辺りを含めて話をしよう。
それにしても、ドラゴンか……ラノベや漫画などでも出てくる定番のモンスターではあるけど、この世界だとガチで最強種なんだよな。
まあ、知能が人種以上って言われているから問題ないとは思うけど、心配だな。
「本当にそのマウントドラゴンって会って大丈夫なのか?」
「流石に勇者と言えどもドラゴンは怖いか。安心せい、ユピリルからでも極僅かではあるが夢幻大陸とは交易もしておるし、それにクリスが手配しておるんじゃから問題なかろう」
「え! そうなのかクリス?」
「お二方とも、今はクリスではなくクリストフです――まあ良いです。おやっさんが言ったとおりその辺りの手配はぬかりありません。ただ、見知らぬ人がいた場合マウントドラゴンが感知しますので、その際に大陸に入る許可を得る必要がありますが、おそらくあの方がいらっしゃれば問題なく入ることが出来ると思います」
そんな危険な所とも交易をしていることに驚きつつも、そう考えるとそこまで危険ではない気がしてきたな。
夢幻大陸に行く為にヒエンさん白虎を護衛につけてまでこちらに送ってくれた人材……まさか前にあった王族の誰かじゃないよね?
……流石にそれはないとしても、クリスがあの方と言う言い方をしていることもあるから、それなりに重要人物が来ていることは確かだろう。
グランツたちが合流した後、皆にもその辺りはしっかりと伝えておこう。
「そこまで準備しているのなら、今更行かないと言うわけにはいかんわな。まずはグランツたちが戻ってから皆に説明して、その後そのヒエン卿の代理人に会ってから予定を決めるって感じで良いのかな?」
「それで結構です。それと、夢幻大陸には白虎達も同行しますがよろしいですか?」
よろしいもなにも、白虎の人たちが一緒なら安心感が全然違うので肯いて了承した。
彼らは護衛なのだから付いてくるのは当然と言う思いもあるが、それ以上に俺はこの異世界に来て始めて出来た知人達との再会を楽しみにしていたりする。
まあ、ハルさんとはあったけどトラオウさん達とも久しぶりに会いたいんだよね。
その後、クリスとはある程度打ち合わせをした後……妹の話がしたいと言われたのでそれに付き合って話をした。
呆れながらもおやっさんもアカリの話に付き合い、おやっさんの時間切れまで長々と話をしていた。
二人と別れた時には既に夜は更けており、大通りはガランとしてほとんど人が居なかった。
そんな通りを一人寂しく歩きながら宿に帰っていった。
部屋に戻ると机の上にマリアからの書き置きが置いてあり、買い物の最中にコンラートの奥さんと会ったので一緒に買い物した後一緒に食事を取ったとのことだった。
少し寂しい感じもしつつ、ベットに横になって眠りについた。
……今日はいつもよりベットが少し硬く感じた。
「おっはよ〜! 今日も良い朝だね〜」
「……おはようマリア。今日はやけにテンションが高いね」
寝ぼけた頭をなんとか動かしつつ、勢いよく扉を開けて入ってきたマリアの対応をする。
この世界に来てから寝る時間が早くなっている事もあり、昨日みたいに少し夜更かしすると朝がとても辛かったりするんだよね。
「んふふ〜昨日はトマにアオイちゃんの新しい服見せてあげられなかったからね! 入って入って!」
未だ完全に覚醒していない頭で「ここは俺の部屋なんだが」と考えていると、扉の影から一人の少女が入ってきた。
「ーーっえ?」
その少女を見た瞬間、俺は固まってしまった。
何故ならその少女少し恥ずかしそうにその服を着こなしている。
その服はどこでそんな服を見つけて来たのか知らないが、元の世界で女子高生が着るブレザーだったからだ。
「えへへ、アオイちゃん似合うでしょ。この間の入港祭の時にウグジマシカから入ってきた物らしいんだけど、アオイちゃんが気になっているようだから買っちゃった」
「えーと、なんか珍しいなって思って見てたらマリアさんが買ってくれました」
「アオイの見た目はいいんだから何を着ても似合うのじゃ。流石わっちの従者なのじゃ!」
褒めるチュンちゃんも、なかなか面白い服装をしている。
アオイちゃんはブレザーだったけど、チュンちゃんは子供が着るようなセーラー服っぽい服を着込んでいる。
ブレザー姿のアオイちゃんは普通に女子高生って感じだけど、チュンちゃんの場合はお姉ちゃんに付き添って貰ってお出かけるす妹のように見えてしまう。
そんなことを口に出すしたら後々面倒なことになりそうなのは目に見えていたので、「二人とも似合ってるね」と、簡単に褒めておいた。
ここで多少不満があっても誉めておかなければ、後々根に持たれるというのは妹で経験済みだ。
まあ、俺の誉め方も適当で社交辞令ってことが見え見えなのだが、二人とも不快には思っていないみたいなのでよかった。
「って、服を買ったのは分かったけど装備品も買ったんだよね?」
ウグジマシカからの交易品ならそれなりに高い気がし、装備をまともに買えたか気になってしまったのだ。
「あー普通の装備一式は揃えられたよ。ただ、流石にアオイちゃんが装備できるまともな武器はなかったから、護身用というか解体用のナイフを買ったのと……一応革鎧の一式は買っておいた……わよ」
微妙な感じで言うマリアに少し頭を傾げながらアオイちゃんを見てーー「なるほど」と俺は納得してしまった。
一般的な装備品は、基本的には鍛冶師や裁縫師が手作業で作っている物だ。
そして、普通の店においてあるのは一般的なサイズのものが多く、この世界でもそれなり大きい部類に入るアオイちゃんのある部分のせいで、市販品ではサイズがほとんど合わなかったようだ。
革製ならまだサイズはあったみたいなんだけど、金属製の鎧は俺が持っているような物でもないい限り自動で調整されないので、とりあえず今回は見送ることにしらしい。
それに、一般的に革製はすべての冒険者が装備する事が多いのでサイズは多いが、金属製は鉄以上位にならないと購入しないのでオーダーになるので売っている物の殆どは中古品だそうだ。
流石に革製のみだと防御が不安になるので、鎖帷子を中に着こむことにしたらしい。
なんだかんだ言いつつも、鎖帷子に革製の鎧系は鉄級相当の装備になるのでそこまで悪いわけではない。
なんたって、俺が初めて会った時のグランツ達がこの装備と変わらなかったからね。
鉄の盾の場合はグランツの盾やアシュリーの弓など、装備品や消耗品にかなりお金かかっていたからね。
ついでにベロニカさんも装備を買ったそうだが、彼女の場合魔導士なのと元々騎士団だった物があるそうでそれ程買う物はなかったらしい。
念のための木に鉄を貼っただけのバックラーと、傷んで来ていた鎖帷子の修理に出してきたみたい。
因みにベロニカさんの装備は本来騎士団退団時に返却する必要があるのだが、ヒエン侯爵指示でそのままの装備が与えられたとの事だ。
騎士団の紋章などが入っていた物は流石に問題があるからと新品に交換され、魔導騎士団の頃と同様の完全装備を持っていて恐らく今のメンバーの中で一番装備が良いのは、俺の秘匿する装備を除けばベロニカさんがダントツになっている。
とりあえず、アオイ達の装備品や必要な物はそろえることが出来た……と思ったのだけど。
「昨日は服とか装備品を買って時間が無くなっちゃったから、まだ足りない日用品とかを買いに行ってくるね」
そう言って女性陣本日も買い物へと向かって行ってしまった。
なんでも、昨日コンラートの奥さんに良い店を何件か聞いたらしく、今日はその店をハシゴするそうだ。
流石に二日連続で一人だと――ちょっと寂しかったりするから一緒に行こうかといったんだけど――。
「無理無理無理無理! 流石にトマと一緒じゃ無理!」
「そうですね。今日はシクラ様はゆっくりお休みください」
「そうなのじゃ。女性の買い物について行くものではないのじゃ!」
「シクラそれ……セクハラ」
と、猛反発を受けてしまった。
アオイちゃんのセクハラ発言で何となく何を買うか察してしまい、失言に気が付き俺は顔が真っ赤になってしまった。
恥ずかしさから宿を飛び出していった。
「はぁ。朝っぱらから疲れたよ……」
そんなことをボヤ聞いていると、お腹が鳴る音がして朝食も未だだったことを思い出した。
それに、まだ朝も早い時間なので恐らく解体小屋が開いていないと思ったので、大通りにでて適当に買い食いをしてから解体小屋へと向かった。
解体小屋の扉をくぐると、多数の視線が俺に集まっているのに気がついた。
いつもと違い受付のある部屋にはごっつい人達が大勢集まっていたが、直ぐに興味を失い何やら話し込んでいた。
そして、人混みが割れておやっさんが現れた。
「なんじゃトマ、こんな朝っぱらから解体か?」
「あ、おやっさん。おはようございます。お願いしたいのですけど――大丈夫ですか?」
「かまわんぞ。オラ皆の衆仕事の時間だ! さっさと持ち場に付け!」
「「「「ウッス!!」」」
おやっさんの一言で受付の辺りの人が一気に動き出し、解体場へと続く扉へ向かって行った。
なるほど、流石に未だ朝早くて依頼が無かったから解体小屋の人達が集まって居たようだ。
「昨日に引き続き今日も大変な一日になりそうじゃな。また大量に持ち込んできたんじゃろ?」
少し呆れながらも、肩を回しながらやる気満々のおやっさんと一緒に解体場へと向かうのだった。
そして、俺が積み上げた魔物の山に作業員たちが絶句しておやっさんが一喝すると言う一幕があったが、あれほど大量にあった魔物達は昼前には全て解体されさすがプロだなと感心してしまった。




