首都キザカオの街 前編
シクラ様が剣の勇者と言うのは、とても喜ばしい事だ。
あの、コジーラの悔しそうな顔は久しぶりだな。まあ、今度酒でも飲みながらからかってやろう。
それにしても、シクラ様は力はあるのに、技が一切ないのが不思議だ。前の勇者様は、力も技術もありる剣だけでも超一流だったのだが。
ショートソードを折る馬鹿力だが、刃筋を立てないと剣はすぐにダメになってしまう。
今回は少々特殊なのは知っているが、流石にこのまま旅に出ては問題だろうから、最低限の技術を教え込まないといかんな。
それにても今日の付き添いはアイリスか……ついて来るなら姪のダイアンちゃんが良かったな。
あの子は、同年代では相手にならないので俺に稽古を頼んでくるけど、負けん気の強さや容姿が妹によく似ていて可愛いんだよな。
最近は、シクラ様の専属をしているせいでこっちにないから、シクラ様のに言ったら連れ来てくれない者かな。
byクック=ヒューズ
目の前に俺の手があり、周りも特に変化はない……やはり俺は魔法が使えない様だ。
アイリスのすまし顔、ヒューズさんにしたり顔、コジーラさんの残念そうな顔。
「ははは、やはりシクラ殿は剣の勇者なのだな。魔法なぞ使えなくても、剣が使えれば問題あるまい。」
「ですけど、旅の間魔法が使えないと火も起こせないし、水の調達も大変だと思うんですけど。」
「なに、シクラ殿が使わなくても一緒に旅をする者が使えれば問題あるまい。国王様にも進言しておいてやるから、まずは身を守る剣術を身に付けて頂きたいですな。」
ヒューズさんが言っていることは間違ってはいないが、俺自身魔法を使ってみたかったから、暇な時間に練習しよう。
とりあえず、剣術の訓練をする事にしよう、自分自身を守れなければ旅なんて出来ないからね。
「ヒューズさん、俺は剣自体扱ったことが今日が初めてなので、色々教えて頂けるとありがたいです。」
「わかりました。シクラ殿の命が掛かっていますので、厳しく指導しますので頑張って下され。」
「あ、はい……。」
流石に死にたくはないから真面目にやろうと思うけど、剣術なんて本当に出来るようになるのかな。
□
「今日の所はこんなところでしょうな。」
「あ、ありがとうございました……」
地獄の特訓が終了した。
体力の確認の為に走り込みから始まり、剣の持ち方や切り方を教えてもらい、その後ずっとヒューズさん監視のもと素振りをし続けた。
剣の振りが少しでもおかしいと注意され、手にマメが出来ると潰してアイリスが治癒魔法をして使用して素振り再開。
日が暮れるまで素振りをして、城に戻ってすぐに風呂に向かい汗を流して部屋に戻ってきた。
夕食を食べた後俺は疲れ切っており、直ぐに寝てしまった。
翌日、全身が筋肉痛で動けない俺を、アイリスは治癒魔法で直し練兵場に連れて行かれた。
この日から、一か月間地獄の特訓が続いた。
一日中素振りや一日中型の練習もあったし、永遠と木刀で丸太の同じところを打ち続ける練習や、ヒューズさんと掛かり稽古もやった。
一番きつかったのは、騎士団員と一日中地稽古したことだ。
掛かり稽古は、ヒューズさんに俺が打ち込みをする練習なので、物凄く疲れるだけで済む。
騎士団員との地稽古は、お互いに打ち合いをするので受けられなければかなり痛いし、何度も意識がなくなり倒れたが、アイリスの魔法で強制的に回復させ起こされて再開する。
魔法があるから後には残らないけど、なかったら全身が青あざだらけだったのだろう。
そんな地獄の特訓を一か月続けたおかげで、騎士団員との試合では勝てるようになってきた。
まあ加護があるから、基本的な体力や力も常人よりも遥かにあるからね。
未だにヒューズさんから一本もとれないけど、ひと月でかなり成長したとお誉めの言葉を頂いた。
この一か月休みなしで特訓ばかりしていたが、ようやく今日は休みでご褒美に街に出かけることにした。
国王に許可はもらったが、服装を一般人と同じ服にして、護衛としてアイリス達を連れて行くことを条件を出された。
この国には、他種族も大勢いるそうで文化の違いで喧嘩などしないよう注意された。
他種族か、猫耳とか犬耳とかも居るかなと考えていると楽しみで仕方がない。
資金も、一か月騎士団員と一緒に訓練したと言う事で、給金も頂けることになった。
この国のお金の単位は、薄銅貨、銅貨、鉄貨、銀貨、金貨、聖金貨となっている。
薄銅貨、銅貨、鉄貨、銀貨は、十枚で上の貨幣と同じくらいの価値になるとの事だが、銀貨百枚で金貨、金貨百枚で聖金貨との事だ。
聖金貨は金ではなく白金で、とれる量も少ない為かなり高価で出回る事はほとんどなく、国家間の取引しか使われないとの事だ。
今回貰った給金は銀貨十枚で、下級騎士と同じ給金だそうだ。
実際にどの程度の価値なのか分からないが、結構な大金になるのだそうだ。
まあそんな事より、今日は初めて街に行けるのでとても楽しみだ。
起きてすぐ着替えをして、朝食を食べて準備万端だ。
「今日は、アイリスとダイアンの二人が一緒に行くんだっけ。」
「そうです。シクラ様は本日、どのような所に向かわれたいですか。」
「適当に見て回りたいけど、市場と食堂とかには行ってみたいね。」
「かしこまりました。シクラ様一応ですが、剣をお持ちになってください。キザオカの街は治安は良いですが、持っているだけで変なのに絡まれることも減りますので。」
アイリスにそう言われ、訓練中にいつも使っている模擬刀を剣帯に刺して一応持っていくことにする。
今日はアイリスもダイアンもいつものメイドのような服ではなく、普通の服っぽいものを着ている。
しかし二人が着ると、どうしても良い所のお嬢さんに見えてしまって、俺が護衛みたいに見えていそうだ。
街に向かうのだが、城から直接向かうと色々と問題があるとの事で、一旦馬車で教会へ向かい教会から徒歩で街に向かう事になった。
教会は街の中心付近の丘に建っており、周りには高い塀で囲われているが、中は木々が植えられているため、圧迫感はなくどこか神社の森を思わせる雰囲気になっている。
立地的にも、貴族街と平民街の中間地点に建っていて、どちらの住民も行き来がしやすくなっている。
教会の東西南北に門があるが、北が王城や貴族街、南が平民街、西が練兵場や騎士団、鍛冶屋街があり、東側が今日のお目当ての市場と宿場町方面だ。
一応教会に行ったので、シュレルさんに簡単に挨拶をして意気揚々と街に向かって歩きだす。朝も早い為か、教会にはシュレルさんとシスターしか居なかった。
挨拶を終え、市場方面へ向かうために東門をくぐるとそこには……大小さまざまな建物が立ち並び、雑多な感じはするが、冒険心をくすぐられる街並みが広がっている。
そして、家族や友人同士で買い物をする者、朝っぱらから酒を飲んで騒いでる者、多種多様な人種の人達が歩き回りこれぞ王道ファンタジーと言った町並みが広がっている。
俺は東門を出たばかりの所で立ち止まり、人々や街並みを見て感動して挙動不審にきょろきょろ見廻してしまう。
「凄いねこの街並みに、この人々! やっぱり異世界と言ったからこうじゃなくっちゃ! 」
「あの、シクラ様。」
「お、あそこに犬なのか猫なのかの耳が生えてる人が居るな、しっぽが細いから猫の獣人かな! 周りに他の獣人らしき人もいるし、向こうにはエルフっぽい人も居るね! あっちにはなんかでっかい建物があるな、何の建物だろう、後で寄ってみよう! 」
「ダイアンお願いします。」
「はぁ……わかりました。」
俺が人々や建物に興味深々で騒いでいると、アイリスがダイアンに指示して俺を静かにさせようとして、結構鋭い一撃が俺の腹に命中する。
「ぐふ……ダイアンなにをするんだよ。」
俺はダイアンに非難の視線を向けるが、ダイアンは「アイリス様の指示ですので。」と何食わぬ顔で言ってきた。
「シクラ様、落ち着かれましたか。街中で騒ぐのは他の方のご迷惑になりますのでお控えください。」
「え、そんなに騒いでた? ごめんね、この街並みや人々を見ていたら感動して楽しくなってきちゃってさ。」
「とりあえず、目的は市場の視察でよろしかったですよね。まずは、食料が売っているあたりから周り、雑貨系、衣類系を周り、昼食に食堂に行きたいと思いますがよろしいでしょうか。」
「あ、はい。すみませんでした。」
アイリスの言葉遣いは丁寧だが、言葉端々にとげとげしい感じがする。
テンションが上がって、騒いだのは悪かったとは思うけど、やっぱり現実世界では見たことがない町や人々を見ると、感情が高ぶってしまうのは仕方がないかと思う。
まあ、元々異世界の人達にはわからないだろうから仕方がないのだろうな。
ダイアンは俺がアイリスと話している間に、迷惑をかけた獣人たちに謝りに行っていた。
ごめんなダイアン。
でも、しかたないんやで……。
東門から出た大通りには既に露店が立ってっており、俺はダイアンに手を繋がれ、後ろからアイリスに監視されながら市場を周ることになった。
通りは、道の真ん中は通路として開いており、両側に露店が居るがその裏もまた通りになっており、露店の裏側には店舗が並んでいる。
店舗は基本的に高額な商品や、大量に買う穀物関係を扱っているものが多かった。
見慣れない食べ物を見ると立ち止まり、どんなものか聞いたり、値段の確認をしながら通りを歩いていく。
ダイアン先導され、おすすめの果物を三人分買い食いしながら歩いていくと、大きな十字路にでる。
十字路の角には、衛兵詰所があった。
衛兵詰所は、主要な通りの端には必ずあり、暴力などの揉め事が起きた際に対応するため、騎士団員数名も交代で詰めているとの事。
今食べている果物は、真っ白なリンゴの様なもので、甘味もあるが酸味が強く日本の果物より雑味もあるあまり美味しいものではなかったが、値段は三つで銅貨一枚と安いのである。
この国では気性が安定しており、温暖なため比較的野菜や果物は安く、肉類は高めなのだと説明を受けた。
十字路の三方向で売っているものが違うようで、まず左に曲がり雑貨が売っているエリアに向かう。
雑貨系は、コップや皿など日本でもよく見る物から、用途不明の不思議な物体まであった。
ダイアンに聞くと、それらは魔道具の一種との事だ。
魔道具と言っても様々で、リモコン位の大きさの金属の物体は、突起を押すと先端の穴から火が出るライターの様なものだったり、押すと光が出る筒だったり様々だ。
魔法道具は一般的に普及しているが、値段はそれなりに高いようで、ライターの様な物が銀貨三枚、ライトの様な物は銀貨十枚もする。
魔道具は、魔法が使えなくても使用できる道具だが、基本的に自分の体内の魔力を使用するため、長時間使用できないデメリットもあるようだ。
雑貨系が売っているエリアは村人みたいな人が多かったが、魔道具が売っているエリアでは小説などでよく居る冒険者風の者達が多く居た。
そのまま歩いていくと露店が途切れ店舗だけの通りになり、先程の冒険者風の人々ではなく、俺たちは一流の冒険者です、みたいな装備が充実した人々や、商人や貴族の様な人々が歩いているエリアになった。
この辺りは、高級な雑貨や魔道具が置いてあるエリアになるらしく、魔道具屋の前には門番の様な人が立っている店も多々あった。
この辺りの魔道具屋で売っているものは、見た目小さめで、装飾などされていて、一見して高価なものだとわかる。
効果も折り紙付きのようで、魔力を込めると半透明な板状な物が指輪から発生し、鉄と同程度の盾が出来る物や、多少の傷を治すネックレスなどいい物がそろっているが、金額が最低でも金貨二十枚以上と超が付くほどお高い。
「おい、どうゆうことだよ! 何のために金をかき集めたと思っている! 」
高級店ばかり並んでいるこの辺りでは珍しい、罵声が聞こえてくる。
罵声は、向かいの店から聞こえてきており、店主と冒険者が揉めている様だ。
「そう言われましても、他の方がさらに高値で買い取って頂けるとの事で、今現在取り置きしている状態ですので、お売りすることが出ない無いのですよ。」
「だが俺の方が先に取り置きしてもらって、期限内に金を払いに来たら物が売れないとはどういう事だ! 」
なんとなく話が見えてきた。
冒険者が前に取り置きしてもらっていたものを、別の人が更に高値で買うのでキャンセルしたと言う事か。
「なあアイリス、これって問題ないのか? 」
「そうですね、本当は問題になるかと思うのですが、売買契約を書面に残していなければ証拠はありませんが、この時間帯に店で揉めていること自体が信用に関わる問題かと思うのですが。」
「口約束は契約にはならないのか? 」
「一応はなりますが、証拠にならないので訴えてもどうしようもないですね。」
証拠がなければど訴えてもどうしようもないか、でも証拠があればいいのか。
俺はポケットに入っていたスマホを取り出し、動画録画を起動して胸のポケットから、カメラのレンズが出るようにして、録画しながら揉めている店へ近づいていく。
「シクラ様、何をなさるのでしょうか。一応揉め事に首を突っ込むのはやめておいた方がよろしいかと。」
「いやなに、どんな問題が起きているか聞いておこうかと思って。それに俺なら何とかなると思うしね。」
店の前に付くと、冒険者の人だかりができていた。
店の中では相変わらず口論が続いており、どちらも引かない罵声合戦が続いている。
俺は人混みをかき分けて進み、周りの冒険者達が奇異の目で見られるが、無視して店の中へ入って行く。
アイリスは付いて来たが、ダイアンは店の外で待っている様だ。
店の中には、店主と店主の護衛、人間と獣人の冒険者二人が向かい合っていた。
「やあ、何か揉め事かな。」
店主と冒険者がこちらを向く、店主は忌々しそうな顔をしており、冒険者たちは憤怒の表情だ。
「いえ、既に買い手が付いた商品を売れとこの者たちが申しておりまして、こちらも商売ですので困ってしまって。」
「なんだと!俺たちが先に予約しておいた物を、それよりも高く買う奴が居たから俺たちに売れないなんて、そんな馬鹿な話があるか!」
「ですけが、正式にはまだ取引しておりませんの、こちらとしても高値で売れる方に売るのは常識かと。」
「俺達冒険者とは正当に取引できねぇって事か! 」
「まあまあ、抑えて。ここで言い争っても意味はないですよ。店主さんちょっといいですか。売る約束をしていたのに、更に高値で買う人が出てきたので物はそちらに売ると言う事が、店主さんの言い分ですか。」
「あなたには関係ない事です。」
店主はすっぱりと俺の質問を拒否した。
「ボウス、こいつはな、五日前に俺たちがこの魔道具を買う金を集めてくるから、十日間は取っておいてくれと言っておいたんだが、昨日俺達より高値で買う奴が出てきたからその金額では売れないって言いやがったんだ。しかも今さら、書面がないから正式な契約ではないので問題ないと言ってきやがってな。しかも取り置きの代金も払ったのに、正式な取引ではないと言いやがる。」
店主の代わりに冒険者が説明してくれるが、どう考えても店主側に非がありそうだ。
俺はちらりとアイリスの方を見ると、アイリスは少し困った顔をしていたが頷いた。
状況から察するに、高く買うと言っている奴は貴族か他の商人で、冒険者との揉め事などどうにでも出来る相手なのだろうな。
まあ、俺が身分を明かせば何とでもなりそうだが、それをやらなくても今回はどうにかなりそうだな。
「冒険者の方はこう言っていますが、間違っていませんね。」
「ですから、取り置きの代金はさっき返却いたしましたのでお引き取り下さい。」
……そうですか、俺の質問には答えたくないんですか。
俺は店主に向き直り、何とか答えを引き出そうと考える。
「……俺の質問に答えてくれたら、この人達を解散させます。ですから、冒険者の方がさっき言っていたことは間違ってないですね。」
冒険者は、俺が急に敵に回った為、殺意のこもった視線をこちらに向けてくる。
アイリスが咄嗟に、俺と冒険者の間に入ってこようとするが、手で制して待機させる。
「……まあそうですね、間違ってはいませんが。ただ、正式に書面にしていない為、証拠はありませんし高い方に売るのは商売としては間違っていませんので……。」
よし、言質をとったぞ。
「ダイアン、詰所で誰か暇そうな人を連れて来てくれ。とりあえず、店の前で集まっていたら他の店や人に迷惑だ。」
俺は外に居るダイアンに指示を出し、店の前に居る冒険者達に解散するよう伝える。
ダイアンは、騎士団詰所の方へ走って行ったのを見て、店の前の冒険者達は顔を見合わせて、一人二人と店の前から離れていく。
店主は、ほっとした表情をしていたが、冒険者たちは、俺を視線で射殺さんばかりの怒りを向けてくる。
しばらくして、ダイアンと衛兵、騎士団員が数名が店にやってくる。
騎士団員は、俺に一瞬視線を向けるが特に何も言わない。
今の状況を説明するが、取り置き金は店主が無理やり冒険者に渡しており、店主は衛兵たちに「俺はそんな約束はしていない、こいつらが勝手に言ってるんだ。」とさっきとは全く違うことを言っている。
冒険者たちは、俺に説明したことを衛兵に行っていたが、店主が約束していないと言っているし、契約書が無ければ証拠がないと言って聞く耳を持たない。
流石に冒険者たちも、騎士団員と衛兵相手に喧嘩を売るわけにはいかないので、顔を見合わせて表情を曇らせる。
「証拠さえあれば問題ないのか。」
俺は何食わぬ顔で、衛兵と騎士団員にあるブツを見せる。
「あ、ああ。証拠があれば問題はないが、証拠なんてどこにあるんだ。」
衛兵は、俺が差し出したものが何なのかわかっていない様だが、騎士団員は分かったようだ口元を少し上げている。
「では証拠を出しますので、見ててくださいね。」
俺は、先ほどまでのやり取りを録画していたスマホの動画を、衛兵と騎士団員に見せる。
一通り聞き終わり、衛兵と騎士団員は頷きあった。
店主の愕然とした表情で、顔色は真っ青になっており、冒険者は俺のスマホと俺を交互に見て、俺に対してニヤリと笑った。
「さて、これはどういう事ですかな。あなたは先ほど私たちに嘘を言っていたという事ですかな。」
「こ、これは。何かの間違いです。」
自白した動画を撮られていたら、どう言い訳しても言ったことは取り消せないからね。
店主は衛兵に連行されて行き、この場は解散することになった。
最後まで読んで頂きありがとうございます。
次回も月曜日更新にしたいです。




