デュエルストーリー ~世界一ピュアな2人~ 1
勇者一行側の話になります。
まだ、生々しく手に剣の折れた感触が残っている。
リュシアンは気が付けば、己の右手を見つめることが多くなっていた。
幼い頃、村が魔物に襲われた。
15年くらい前から各地で魔物の数が増え、時折小さな村が襲われる事件が起こっていた。リュシアン達の村の周囲は比較的平和だったはずだが、少人数であり、まともに戦える者がいなかったせいか、彼が10歳の時に村は魔物の群れに襲われ、生き残ったのはリュシアンを含めた子供4人だけだった。
それからリュシアン達4人は、ずっと一緒に生きてきた。
孤児院で過ごすことになっても、リュシアンが勇者だと分かり魔王を倒すために旅立っても、村の生き残りの子供たちであるランドリクとガイとエミリアは、ずっとリュシアンと一緒だった。
旅をしていく中で仲間は増えていったが、リュシアンにとってこの3人は特別だった。
側にいて当たり前の存在だった。
居るのが当然で、誰かが欠けるだなんて考えたこともなかった。
魔王との戦いは熾烈を極めた。
聖剣でしか魔王を傷つけられないとはいえ、仲間たちのサポートがあってこその戦いだった。
あと少し、本当にあと少しというところだったのだ。
そのあと少しというところで、何の前触れもなく、聖剣は折れてしまった。
折れた聖剣には魔王を傷つける力はない。
リュシアン一行は撤退を余儀なくされた。
宿屋の部屋で、リュシアンがまたぼうっと右手を見つめていた時にガイがやってきた。
「リュシアン起きてるか?怪我の具合はどうだ?この村に回復師がいて助かったな」
「ああ……そう、だな」
この村には扱うことが難しい回復魔法を使える回復師がいた。リュシアン達が魔王との戦いから撤退し、満身創痍で村にたどり着くと彼らはリュシアン達の傷が回復するまで全力で術を使い続けてくれた。
回復魔法を扱える者は貴重な存在だ。そもそも生まれ持った素質で使えるかどうかが決まるが、素質を持つものでも上手く扱えるものは少ない。
魔術師のエミリアは素質を持っていなかったため、全く扱うことは出来なかった。
他にも仲間に魔術師はいるが、素質を持ち、尚且つ扱える者はたった1人だけだった。
そのたった1人、リュシアンにとっては掛け替えのない幼馴染の3人の内の1人は、今はもういない。
「手、どうした?」
「え?」
「この村に来てからお前はよく右手を見てるだろ?傷が痛むのか?」
「傷、じゃないんだ。……なんかな、消えないんだ……消えないんだよ。折れた感覚が、ずっとな、手に残ってて」
「リュシアン……」
「苦労して、世界中を回ってさ、説得したり戦ったり、話し合いをしたり、色々。それで、やっと、真の力を得て魔王に挑んだ。これで終わるって。やっと、やっとだ。なのに、なのに僕が!」
「お前のせいじゃない!」
「じゃあなぜ折れた!僕は勇者として出来る限りの事をしてきた!だけど、足りなかったという事だろ!……僕の力量が足りなかったから折れたんだ!」
強く握りしめた手で、リュシアンは思わず壁を殴った。
「折れたのはお前のせいなんかじゃない。自分を責めるのは止めろ。これからの事を考えるんだ、リュシアン」
「……いつも、冷静だよなガイ」
「先に怒る奴がいたからな」
「そうだな、いつも何かあると……ランドリクが先に怒っていたな」
リュシアンは力が抜けたように腕を下ろし、その場に蹲った。
「どうすればよかった?あの時、何が最善だったんだ」
「誰も聖剣が折れるなんて思ってなかったろ。あの最悪の状況下で、戻れたことが奇跡だ。だから、俺はこの状況があの時最善だったんだと思っているよ」
「ランドリクを置いていくことが?!」
「転移魔法はあいつしか扱う方法を知らなかっただろ!しかも魔王がいる異空間からの脱出だ、失敗する可能性が高かった。あいつが……残って最後まであちら側からコントロールするしか、なかったんだよ」
回復魔法と共に、転移魔法を扱うことが出来るものも希少だ。その希少な両方を扱うことが出来たのがランドリクだった。ただし、転移魔法は魔力の消耗が激しいため、よほどのことが無い限り使う者は少ない。
ランドリクは、万が一の為にと転移魔法を使う素質があると分かった時から、いつでも扱えるように常に魔力をその分温存していた。もちろん自分も含めた全員を転移させるだけの魔力をだ。だから、ただ移動するだけだったのなら、何もその場に残る必要はなかった。
しかし今回は場所が悪かった。魔王が居るのは特別な空間であり、尚且つ魔王との死闘の最中での使用だ。共に移動する場合、魔王からの追撃の危険があった。
だからランドリクは魔王のいる空間に残り、リュシアン達を脱出させるため最期まで転移魔法を使い続けていた。
「リュシアン、あいつは……ランドリクは諦めなかったから、俺達を逃がしてくれたんだ。聖剣が折れて、確かにあの時みんなの心もくじけていたと思う。だけどあの絶望の中で、あいつは一早く何をすべきか、何が最善かを考え、すぐに行動してくれた。……あいつの気持ち、無駄にするつもりか!」
「……ああ、無駄になんかしない。魔王を倒さなければ、すべてが終わる。なあガイ。古の聖女が言っていたヴィルドという人は、まだ来てないのか?」
リュシアン達がこの村につき、動けるほどに回復した頃に古の聖女が悲しげな表情を浮かべながら現れた。
聖剣が折れた事を報告したリュシアンに、すべて見ていた、と答えた古の聖女は、数日のうちにここに聖剣を守護する一族のヴィルドという者が来ることを告げ、それまでここで待っているように言うと消えてしまったのだ。
聖剣が折れてしまったリュシアン達には、今はその古の聖女の言葉に従って待つことしかできなかった。
「一応誰かが来たら伝えてもらうようにしてもらっているが、まだ来てないみてーだよ」
「そうか。……待つだけ、というのは辛いな」
「ねぇリュシアンいる?……あ、ガイもいたんだ」
部屋の入口で、エミリアがちょこんと覗き込みながら声をかけてきた。
「どうしたんだ?エミリア」
「リュシアンが寂しいかと思って来たんだ。ランドリクの事……私も、すごく悲しくて」
リュシアンの側まで来たエミリアは、目に涙を浮かべながらリュシアンの両手を握りしめた。
「私、リュシアンの為なら何でもしたいよ。ねえ」
「おい、夜に男の部屋に女の子が居るのは良くねーよ。部屋に戻りな」
「もう!ガイったら!昔はよく一緒にいたじゃない!」
「エミリア、ガイの言う通り君は部屋に戻りなよ」
「……一緒にいちゃ、ダメ?寂しくて、悲しくて、私」
「エミリア、いくら昔から一緒っつったって俺達は男だ。夜遅いのに一緒にいるわけにはいかないだろ」
「そうだよ。夜更かしは良くないし、部屋に戻りなよ」
2人から部屋に戻るように言われたエミリアは、寂しそうな表情を浮かべたけれど、小さく頷いた。
「うん、分かった。でも、寂しかったらいつでも言ってね」
何度もチラチラとリュシアンを見ながら、エミリアは部屋を出て行った。
「昼間は皆に対して気丈に振る舞っているけど、エミリアもやっぱりショックが大きかったんだね。この村に来てから僕の側に居たがることが多いんだ」
「……今みたいに夜に部屋に来たりしてたのか?」
「夜に来たのは初めてだよ。でも、女の子が夜に来るのは良くないよな。他の人にも同じことをしたら、無事に済むか分からないし、心配だよ」
「あー……うん、まあ。大丈夫だろ」
「そうだな。流石に寂しいからってエミリアも僕達以外の人の部屋に行ったりしないよな。でも、幼馴染だからって気軽に夜に来るのは止めさせないと……?」
リュシアンがエミリアを心配していると、ガイがリュシアンの頭をポンポン叩いた。
「なんだよ」
「いや?そうだよな。エミリア……うん、そうか。俺が注意しとくよ。お前だと強く注意できないだろーし。……じゃあな、俺も部屋に戻って寝るわ。戸締りしっかりしとけよ」
「あ?ああ……ガイ、ありがとな。僕はここで立ち止まるわけにはいかない。もう大丈夫だ」
そのリュシアンの言葉に、ガイは手を挙げて軽く振りながら部屋に戻っていった。
翌日。
彼らが滞在している村にヴィルドと名乗る老人が訪れ、リュシアン達に面会を求めてきた。




