1話 突然現れた
お菓子の袋を抱えて自室のドアを開けたと同時に、目の前に真っ裸の男が出現した。
何が起きたのかさっぱり分かりません。いやだって、部屋に元々その男がいたわけじゃなくって、ドアを開けたらフッと現れるなんておかしい。しかも裸。
もちろん見覚えなんてまるでない。
そもそも私は流行りものも好きだけれど、どちらかと言えば漫画とかの方が好きな、ちょっとオタク寄りかもしれない普通の女子高生だ。
放課後とか特に予定が何もない時は、自宅の自室でお菓子を食べながら漫画を読んだりスマホを見たりパソコンを見たりと、ダラダラと過ごすことが好きな割と引きこもりタイプだ。
間違ってもノリと勢いで知り合った人を自宅に連れてきたりはしないから、誰だっけ?え?昨日遊んだ?じゃあ友達だね!!みたいな状況になることはない。
見覚えのないその男は少しきょろきょろした後、部屋の入口にいた私と目が合うと嬉しそうな表情になった。
「よかった!誰もいないから場所間違えたかと思ったよ!危うくただの変態になるところだった!!」
危うくも何も十分ただの変態です。
そんな突っ込みを頭の中で思わずしていた。
親し気なその態度に知り合いかと思ってしまったが、全然まったく見たことがない。そもそも私には男の友達はいない。
誰かと間違えている?人の部屋に突然現れて間違える?いやいや、そもそも間違える以前に人が突然現れる事なんてないし。
なぜ?だとか、どういうこと?だとか、疑問の言葉だらけが頭の中で浮かんでは消えて行く。
脳内で処理できない出来事に混乱していると、いきなり男に腕を掴まれたので流石に慌てた。
「ちょっと?!離してください!」
「大丈夫!用が済めばちゃんと帰すから!」
どう考えてもそれ全然大丈夫じゃない。そんな、いかにもこれから何かヤバいことがあります的なセリフを言われて安心できるわけがない。
そうだ警察!と思って今更ながらスマホを手に取るが、すぐに男に取り上げられた。
「これは消えるから持たないほうがいい」
「はあ?!ていうか返して!」
「はいはい。これは持っていけないからベッドの上に置いとくね。それじゃ、行っくよー」
男はそう言って軽く投げるようにしてスマホをベッドに置いた。
その瞬間、まぶしい光で辺りが真っ白になった。あまりに眩しくて反射的に目を瞑ったけれど、それでも眩しさを感じるほどだ。
それと同時に、体中の力がストンと抜けた。足の力も抜けたのでその場で倒れそうになったが、腕を掴んでいた男が引き寄せてくれたことで倒れることはなかった。
だが、男は全裸だ。
支えてくれているらしいが安心できるわけがないというか、むしろ危機感倍増だ。
離れたいが体の力が抜けてしまっていて動けないし、声さえも出ない。
なにこの詰んだ状況。
眩しい光が段々落ち着いてくると、徐々に体の方も元に戻ってきた。
「っいい加減に離し……」
もがきながら男から離れようと、両手で男を押し出したときにふと気が付いた。
確か今日も、学校から帰宅後は特に予定がなかったので、いつも通りのダラダラスタイルである上下長袖長ズボンのスエットに着替えていた。
だから今、私は長袖のスエットを着ているはずだ。
なのに、視界に入った両腕は思いっきり素肌。
そのまま視線を下に移動すると、これまた素肌が続き……
「っぎゃーーーー!!」
私も全裸……全裸?!なんで服どこ行った?!
咄嗟に両腕で体を隠すようにしながらその場にしゃがみ込んだ。
意味が分からない訳が分からないなんなのこれ?!
「あ!!やっぱりあっちに行ってやがった!」
「うわぁ、これは無いわぁ。何も知らない女の子に対してこれは酷いわぁ」
「しょうがないだろ!急いでたんだし」
「すみません!すぐに服を用意いたしますのでこちらへ。あのバカには怒っときますんで」
数人の話声で人が集まってきたことは分かった。でも私は顔を上げられずずっとしゃがんだまま下を向いていたので、周りの状況が今のところ全く分からない。
ていうか私全裸なのに色んな人に見られているんだよね?!
最悪だ。混乱しすぎなのも相まって涙がボロボロとあふれだした。
「貴方たち全員部屋から出ていきなさい!……とりあえず着替えましょう?大丈夫、バカどもは全員部屋から追い出したから」
確かに、男の人たちの話声は遠くなっていっていた。
女性しかいないなら……と、優しい声色だったこともあり、私はゆっくりと顔を上げた。
そこに居たのは、深緑色の長い髪を緩く束ねた、同じく深緑色の瞳という人としてあり得ない配色だけれど物凄い美女だった。
涙が一瞬で引っ込んだ。
そういえば、さっきの全裸の男の髪の色は黒というより青っぽかったような気がする。
何かのコスプレ?いやでも、さっきの変態男ならまだしも、この人はまともそうに見えるのに。
ああもう何なの本当に!
「ごめんなさいね。どうせあのバカの事だし、説明なんて何もしてもらえてないでしょう?」
美女は私の為に持ってきてくれたらしい服を着せてくれながら、申し訳なさそうにそう言った。
説明……あれは確かに説明なんてものじゃない。
「……いきなり、部屋に知らない男の人が裸で現れて、腕を掴まれたらなんか眩しくなって気が付いたらここに居た」
「誰か!あのバカ殴っておいて!!」
ここにいる経緯、と言っても話した以上の事はさっぱり分からないので物凄い簡潔な内容だけれども話すと、女性は聞くなり部屋の外に向かってドスの利いた声で叫んだ。
「他に何か失礼な事言われたりしなかった?」
「他?……用が済めばちゃんと帰す……だったかな」
「間違ってはいないんですが言い方……あのバカはいつものノリでやってしまったんでしょうね。まあ、あとで絞めときますんで」
「え……」
間違ってはいない?つまり、私に何か用があって、それが済まなければ帰らせてもらえないという事?
「あ、ごめんなさい!用が済めば帰すって言葉、怖かったですよね?違うんです!どうしても貴女にしか頼めない事態になってしまったので、協力してほしいという事なんですよ!強制的になってしまったことは本当に申し訳なく思っていますけれど、絶対に危険な事にはならないようにしますので!」
私が顔を強張らせたことに気が付いた美女は、慌てたようにそう言って頭を下げた。
「本当は、あちらで生まれた貴女には、あちらで人生を全うするまで私たちからは干渉するつもりはなかったんです。ですけど、ちょっと面倒なことになってしまって、貴女でなければ出来ないんです……絶対、絶っ対に危ない目には合わせませんから!!」
「えっと」
「意味が分からないことを聞かされているのは分かります!時間が無いので詳細までは説明できないのですが、ざっくり状況説明は致しますので!!」
「あの……」
「どうか!!お願い致します!!!」
ゴンっと、頭を床に思いっきり叩きつけながら美女に土下座された。
自室で突然真っ裸の男に腕を掴まれ、次の瞬間には自分も真っ裸で明らかに場所が自室から移動し、外見コスプレ的な人から土下座で懇願される。
「……と、とりあえず、お話聞いてからでもいいですか?」
ほぼ逃げられない状況なのでNOと言える勇気は私にはなく、かといって何も分からないのに快諾できるはずもないので、こう言うしか選択肢がなかった。