龍は子狐と出会った 3
初めてに等しい、外の世界での夜。徐々に暗がりを照らしていた月の時間が終わると、街の外れから上り出した太陽が街を少しずつ照らしだした。太陽に近い位置から日光が照らし出し、灰ビルに等しい建造物に色を取り戻していった。
それと共に、日光と共に出だした朝靄は街に朝が来た事を知らせて行ったのであった。
『・・・ ・・・朝・・・か。』
とある灰ビルで横になっていたストレンジャーは、ガラス窓の無い窓辺からの日光を浴び目を覚ました。ゆっくりと身体を起こし背を伸ばすと、隣で寝ているアルダートを一瞥した。未だに彼は夢の中に居る様子で、彼が寝た後にかけた上着を毛布に眠っていた。軽く体を丸めており、少し可愛らしい寝相であった。
彼が寝ている事を確認すると、ストレンジャーは敷布団の端に置いた靴を履き、その場に立ち上がった。今は上着を着ていないためズボンのみの井出達だが、外の外気は暑くも寒くもないため、特に気にしない様子で窓辺に向かって行った。
窓辺に向かい窓枠に手をかけながら、彼はその場から外を見渡した。すでに日は昇っており、彼等が歩いてきた道路には軽い霧がかかっていた。しかし彼が今いる3階付近は靄が無く、朝の陽ざしが優しく降り注ぎ目の前の風景を明るく染めていた。
灰ビルばかりに等しい街出会ったが、朝方のこの風景だけは少しだけ幻想的にも見えた。時間が止まったと言うのか、はたまた壊れてしまった街と言うのか。動いている物はほとんどない場所であったが、それでもその街は生きていると言えそうな、そんな風景が広がっていた。
点々と立っているビルに、いつから止まっているのかわからない電車が走る陸橋。誰が飛ばしたのかわからない、小さな紙屑は空を舞う。寂しい風景ではあったが、日の光だけで優しさが見え隠れしているのを、彼は感じ取っていた。
【まだ希望が残っている】
そう、感じていたのだ。
『・・・食事を取った後、また行動するか・・・』
朝焼けの風景を楽しんだのち、ストレンジャーは元来た道を戻り。アルダートが目を覚ます前に朝食を調達しに、外へと出て行ったのであった。
スタスタスタ・・・
「・・・」
寝床として確保したビルの階段を下りると、ストレンジャーは辺りを見渡し適当に行く方向を決め街を散策し出した。先日の食事調達も似たような行動を取っており、特に目指す場所は無いが何か無いかと探していたのだ。そんな彼の元に、アルダートを捕まえようとした連中に遭遇し、食糧を得たのだ。
今日も似たような感じだろうと、彼は何故か確信している様子で周囲を散策していた。
しばらく移動すると、彼は小さな空き地にやってきた。乱雑に生えている雑草がその地を埋め尽くしており、道路一帯が灰色なのに対しその場所だけは緑色であった。小さな土管やタイヤが点々と置かれており、しばらくしたら廃棄所になるのでは。
と、思われる場所でもあった。
「・・・?」
空き地をしばらく見ていたストレンジャーは、何かを見つけた様子で空き地に足を踏み入れた。彼が向かった先には、雑草の中で懸命に咲いていた一輪の花があった。薄い水色に白色のグラデーションがかかった、5つの花弁がある花だった。
花の近くで膝をつくと、彼は軽く手を伸ばしその花に触れた。
『・・・まだ、生き物が生きられる土地ではあるのか・・・ 悲しい出来事ばかりだと言ってはいたが、兆しはいくらでも見つけられそうだな・・・』
寂しいその土地でも、こういった小さな幸せを見つけられるだけまだ平和な方なのだと彼は思った。本当に荒んだ世界であれば、自然が生き延びられるほど大地は正常ではなく汚れに満ちていた。今は住んでいる存在達が落ち着いていられない場所になっているだけであり、切っ掛けさえあればいくらでも改善出来る。彼はそう思い、花から手を離し再び立ち上がった。
カサッ・・・
「・・・」
すると、彼が空き地へ入る際に通ってきた入口付近から草を踏む音が聞こえた。ゆっくりとストレンジャーが振り向くと、そこには先日の連中がその場に数人立っていた。だが前回とは違い、今回は余裕そうな表情をしていた。
「よぉ、昨日は世話になったな。 龍さんよ。」
おそらくリーダーと思われる男は、ストレンジャーを見ながらそう言った。昨日同様に裾がボロボロの服を纏っており、おそらく着替えはしていないであろう恰好をしていた。
「・・・何か用か。 こんな朝早くから、ご苦労だな・・・」
「俺達に邪魔伊達をする奴は、お前が初めてだからなぁ。 悪いが、今日はちとばかり付き合えや。 朝早くにこんなちんけな場所に居るって事は、暇なんだろ?」
軽く挨拶をしつつ、ストレンジャーは彼等の居る方へ一歩踏み出した。その場で何か行動してしまえば、今足もとに咲いている花が犠牲になると、彼は考えたのだ。
すると、相手側はそう言い少し時間をくれと言ってきた。
おそらく、昨日同様に喧嘩を始めるつもりなのであろう。今日は体制が万全な様子で、軽く両拳をぶつけながら言っていた。
「・・・ 無駄な時間は過ごしたくないが、すぐに済むなら構わない。」
「安心しろやぁ、すぐに終わらせてやるからさ。 お前が・・・死ねばなぁあ!!」
バッ!!
少しの間考えストレンジャーが返答すると、彼はそう言い集団で空き地に踏み入り襲いかかってきた。前回と違い狭い場所ではないため、多人数が有利だと言わんばかりにストレンジャーを囲うように彼らは走ってきた。
敵との間合いを考えつつ、同様にストレンジャーもその場から駆け出し囲まれる前にと右へ走った。向かった先には、空き地に唯一ある物体である土管とタイヤが置かれていた。それを利用しようと、しているのであろう。
「逃がすか!!」
ストレンジャーの行動を見て、敵はそう言い進路を変え彼を追いかけた。何がしたいのかは彼らにはわかっていない様子で、ひとまず間合いを詰める事を先に行動している様だった。
ガシッ!
「・・・ッ! ハッ!」
一足先にストレンジャーはタイヤを掴むと、ジャンプしつつ空中でスピンしその反動を利用しながらタイヤを投げ放った。投げ放たれたタイヤはそのまま空中で横移動を開始し、周りながら敵の1人の顔面目がけて飛んで行った。
「グァッ!!」
思った以上にタイヤは頑丈な物だったためか、敵の1人は手で防ごうにも重みに耐えきれずそのまま攻撃を受けた。シンプルなゴムタイヤ以上にそのタイヤは固く、どうやら中型車用の固めの物のようだ。その証拠に、タイヤの表面には凸凹の溝が入っており、これまた当たったら痛そうな表面である。
思った以上にタイヤのダメージが大きい事を確認すると、続けてストレンジャーは残りの連中に向かってタイヤを拾い、同様に投げ放った。しかし今度は攻撃を見切っていた様子で、1人は横へ避け、1人はその場にしゃがみタイヤを避けた。
「同じ攻撃が、二度通用すると思うなよっ!!」
攻撃をくらい1人が動けない事を確認すると、敵はそう叫びストレンジャーとの間合いを詰めた。そしてそのままの体制で、右ストレートを彼のボディに叩き込もうとした。
バシッ!
「ッ・・・!」
しかしパンチは数秒遅く、ストレンジャーは両手でその攻撃を受け止め、続けてやってくる攻撃に反応できるよう体制を整えていた。すると、彼の読み通り敵はボディに入らなかった拳を見て、今度は左手で攻撃をしかけてきた。
その繰り返しがしばらく続き、ストレンジャーは1つ1つの攻撃を冷静に見切り、無力化していった。
「クソッ! 何で入らねぇんだ!!」
「・・・」
「だったら、これならどうだぁあ!」
「!」
攻撃がなかなかヒットしない事にいらだつ1人に対し、残っていた1人がストレンジャーの横から回し蹴りを放った。これにはさすがに受け身を取れない事を悟り、ストレンジャーは大地を蹴り一度上空へ逃げた。背後の翼を広げ放物線を描くように彼は跳ぶと、跳んだ先にあった土管の1つを敵目がけて蹴りあげた
「なっ!!」
ドォーンッ!
「ッ! くそっ!!」
大き目の土管であったにも関わらず、蹴られた土管は宙へ浮き敵の1人の上空から大地に目がけて突き刺さった。その拍子に、敵は土管の中へとスッポリはまってしまい、両手両足を拘束される形で埋まってしまった。
必死に顔だけ出したものの、体は完全に入ってしまった様子で、抜けようにも抜けられない様子だった。
「・・・」
敵2人が動けない事を確認すると、ストレンジャーはゆっくりと地面に降り立ち残った1人を一瞥した。軽く距離は空いており、再び行動しようものなら彼は別の手段で敵を倒そうとしていた。体制は整っており、どんな攻撃に対しても反応が出来る状態となっていた。
「チッ。 ・・・やっぱりお前はそう簡単にはやられねぇか。 あのキツネと違って、逃げるような目をしてねぇもんなぁ。」
「・・・」
「これだけは使いたくなかったが、もう倒すにはこの方法しかねぇか。」
ゴソゴソ・・・
「・・・?」
大体予想していた様子で、簡単には死んではくれないだろうと敵は呟いた。敵が何を言おうとストレンジャーは表情を変えず、敵である事だけを認識しておりそれ以上は何も考えてはいなかった。しばらくすると、奥の手とばかりにそう言いポケットから1つの物体を取り出した。
取り出した物体は、透明の液体が入った瓶であり、所々外見がトゲトゲした代物だった。軽く瓶を引き抜くと、敵は振りかぶったかと思うと勢い良くストレンジャーめがけて瓶を振り下ろした。すると、
パシュッ!
「・・・!」
ストレンジャーの立っていた場所周辺で空気の刃が生まれ、周囲の雑草を刈り取られた。何が起こったのかわからない様子で、ストレンジャーは驚き刈られた雑草を見た。
切断面を見てみると、何か切れ味の良い物体が生まれ切り取られたかのように、葉は綺麗に切られていた。刈られた雑草は宙を舞い、風と共にどこかへ運ばれて行ってしまった。
「ぉ、どうやら何が起こったかわかんねぇみたいだな。 龍さんよぉ?」
「・・・ッ」
「ま、驚くのも無理ねぇか。 俺達だって、簡単に手に入れられる代物じゃねぇってことぐらい、分かってて使ってるからな。」
攻撃した直後の反応を見て、敵はストレンジャーが何をしたのかを理解していない事を思った。ただ瓶を振っただけにも関わらず、周囲の雑草が綺麗に刈り取られてしまえば、無理もない。
少し余裕が出来た様子で、不敵な笑みを浮かべつつ敵はストレンジャーと対峙していた。