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笑う

 先生は、命に別状は無く、全治二ヶ月だった。

 軟らかい土と雑草がクッションとなり、足の骨折と打撲ですんだが、意識が朦朧としていたことから、入院中に脳の検査もしているとのことだった。


 朦朧、ね。無意識に柵越えて滑り落ちたら、まあ朦朧だろうな。


 でも、何で男性である先生の意識が飛んじゃったんだろう。

 自分の代わりになる、人柱になる女の子を探してたんじゃないの。


「ええっ!何これ!」

 突然、事務所内に佐藤さんの声が響いた。


「佐藤さん、仕事中」

 山田事務長が、やんわりと注意する。


「でも、山田君、これ、このニュース見て」

 佐藤さんの声のトーンは落ちない。平静を失って、驚きの表情でパソコンのディスプレイを指す。

 事務長が席を立って、佐藤さんのデスクに向かった。


 私は帳簿をめくる手を止めて、聞き耳を立てた。たぶん矢野先輩も、同じ事してる。


「あ。あの先生、捕まった」

 ええっ!事務長、何でそんな冷静にっ!?


 途端に矢野先輩がキーボードを叩き始めた。検索してるな。

 私はキャスター付きの椅子に座ったまま、先輩の隣にコロコロと移動した。

 

「うわ、マジか」


 記事によると――

 青木先生の勤務先である小学校で、隠しカメラが見つかったらしい。プール用の更衣室やトイレ等に仕掛けられていた。

 教室は一教室だけ、どことは書かれてなかったけど、青木先生が捕まったことを考えると、担任をしていたクラスだろう。

 押収された先生のパソコンからは、隠し撮りされた児童の、多数の画像が見つかったそうだ。


「最低……」


 そう言えばあの日、先生が滑り落ちる直前、女の子はトイレからではなく、トイレの裏側から出てきた。

 どうしてそんな所に先生と?

 あの女の子は、大丈夫だった?


 私の目はパソコンのディスプレイを映していたけど、頭の中はあの女の子のことでいっぱいになった。


 と、先輩が、

「俺の、想像なんだけどな……民話あっただろ」

 そう前置きして、ぼそぼそと話し始めた。


 人柱にされた娘は、この辺りで一番の美人だった。当然、言い寄る男も多かったはずだ。

 そんな娘と婚約した男は、なぜ大勢の人が集まる祭りでそばを離れたのか。

 また娘をさらうにしても、人前では無理だ。誰かが人気の無い所まで誘い出す必要があったはずだ。


「もしかして、婚約者が誘い出したとか?」

「まあ、俺の想像で空想だけどな」


 そして一呼吸置いて

「あの子、助けたんじゃないか」

 と言った。

 あ……。


「何であの女の子のこと考えてるって、わかったんですか?」

「それは、まあ……」


「失礼します!」

 事務所のドアが勢いよく開いた。

「先月分の来館者名簿、持ってきました~」

 受付の酒井さんだ。

「あれ、どうしたんですか。何か空気、重くないですか」


「どうぞ」

 私はまた椅子ごとコロコロと移動して、先輩の隣を空けた。

 先輩が一瞬顔をしかめたような気がしたが、気のせい、気のせい。


 嬉々として近くにあった丸椅子を引っ張っていった酒井さんだったが、先輩が見せたニュース画面を読むうちに、見る見るテンションが下がっていった。

「何これ、変態じゃん」

 全員、無言で同意する。


 その後五分ほど、酒井さんは先輩の隣で、こっちの記事も見せてとか、お祓いはどうなったのとか、話していた。

 そんな二人を横目で見ながら、私はさっきの先輩の話を思い返していた。


 結婚が決まったばかりで幸せだったはずなのに、一転して生き埋めという不幸のどん底に突き落とされる。もしかしたら、人柱として浚うことありきの婚約だったのかもしれない。

 教員という立場を利用して子供を騙した先生は、自分を騙した婚約者と重なったのかな。

 全部、想像で空想で、確認しようが無いんだけど……。


 仕事、しよ。


 酒井さんが、いつもより少し高めの甘い声で、先輩の名前を呼んでいた。

 それを聞いて、ほんのちょっとだけ、胸がざわついたような気がしたけど、うん、これもたぶん、気のせい、気のせい。


***


 十一月の最終週、早くも忘年会が入った。


 会社全体の忘年会、十二月は忙しい施設もあるので、毎年この時期にするらしい。

 本社はもとより、市内の施設に勤務するほぼ全員が半ば強制参加のため、会場はホテルのたぶん披露宴会場だ。比較的地味な部屋を選んだんだとは思うけど、キラッとしたカーテンや柱の装飾が、それっぽい。


 始めは、くじ引きで当たった丸テーブルの席に座っていたが、気がつけば自席に座っている人は少なく、あちこちにグループが出来ている。

 私も、新人研修の時に見た顔を見つけたので、そちらに移動しようと席を立った。


 すると

「ねえ、山田事務長とこの子だよね。ここ座らない。俺、矢野と同期なんだ」

 と声をかけられた。


 こういう時じゃないと、知り合い増やすことできないからまあ良いか、と思い座った。


 が、この人話長い。そして、つまらない。

 反対隣に座った男性は、やたらお酒を勧めてくるし。

 さっきから席を立つタイミングを図っているけど、なかなか見つからない。もうこれは、トイレ行ってきます!とでも言って、無理やり立とう。


 などと考えていたら、後ろから首に腕が回された。

「両脇に男侍らせて、何やってんだよ」

 矢野先輩!ありがとう!でも、侍らせてはないです!


「お、矢野。お前良いな、こんな若くて可愛い子と一緒で。うちなんか、おばさんばっかだよ」

「ってか、お前、それセクハラなんじゃねーの」


「良いんだよ、俺は」

 や、良くないと思う。


「矢野、向こうで女子待ってるぞー」

「そうそう。ほら、紗那ちゃん飲んで」

 ここ、座るんじゃなかったな。


「こいつにあんま、飲ますなよ。酒癖悪いんだから」

 え!?先輩、何を?

「そ、そんな悪くないですよ」

「帰り、心配してやってんだろ」

「なら、先輩連れて帰ってくださいよ」

 と、さっきまでうるさかった両脇が、黙った。


 ん?


「もしかして、お前らつき合ってんの?」

「先、言えよなあ」


 え!?違うっ!

 慌てて否定しようとしたら、首に回った腕に力が入った。


 振り向かなくてもわかる。先輩、男相手にすっごい笑顔を振りまいてる。はず。

 それを見たと思われる男性二人は、すごすごと席を立って行った。


「あの、先輩。勘違いさせたままでいいんでしょうか」

 首に回った腕が、外れた。

「いいんじゃねえの。それとも、あいつらと一緒にいたいのか」

「それは無いですね。では、一時間後に別れるということで」

「別れるって……、じゃ、とりあえず出るか」

 へ?

 訳が分からず先輩を見上げると、ちょっと意地悪そうに口角を持ち上げ、笑っていた。


 えーっと、どうしたらいいのかな。

 アルコールで回りの悪くなった頭で考えていると、先輩は私のバッグとコートを取って、さっさと出口へ向かって行った。


 ちょっと待って!

 コートはともかく、バッグ!財布入ってる!


 私は慌てて追いかけ、ロビーで追いついた。


「先輩、待って。どこ行くんですか」

「デートだ、デート。つき合ってるんだろ」

「いや、あそこ出るんなら、今すぐ別れたので……」

「何か食いに行くぞ。食べた気がしないだろ」

「あー、それもそうですね」

「ラーメン行くぞ」

「ラーメンかぁ」

「いやそうだな。何なら良いんだよ」


 渡されたコートを着て、外に出る。アルコールでほてった頬に、冷たい空気が心地良い。


 食べたい物を考えながらも、私は全く別のことを思い出していた。


――人柱にされた娘は、この辺りで一番の美人だった。当然、言い寄る男も多かったはずだ。

 そんな娘と婚約した男は、なぜ大勢の人が集まる祭りでそばを離れたのか。――


 その後確か、「俺だったら隣にいるよな」と言ってたような気がする。


 隣じゃなくて、後ろだったけど。

 しかも来るの、ちょっと遅かったけど。


 あ、でも、そもそもつき合ってる訳じゃないか。


「おい、ちゃんと考えてるのか?」

「えっと、ここから何か食べに行ってたら、一時間後に別れるんじゃ、時間足りないかなって」

「それ、まだ言ってんのかよ。延長しろよ」

「一時間半?」

「短いわ!」


 うん、楽しい。


 私は、半歩先を歩く、先輩のコートの、肘の辺りをつまんで、言った。

「じゃあ、一番オススメのラーメン屋に、連れてってください」

「了解」

 そう言って、私を笑顔で見下ろした先輩は、ちょっと、いやかなり眩しかった。

ありがとうございました。

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