落ちる
「ホントだ」
「呪われてるだって」
SNS上で、二之丸公園のことが悪い意味で、ちょっと話題に上っていると聞き、事務長以下四名全員で、同じ画面を見ている。
どうやら、意識が飛んで気づいたら祠の前にいた人が、他にもいたらしい。名前やアイコンから想像するに、女子高生くらいかな。
「柵の取り替えだけじゃなくて、御祓いもした方が良いのかしら」
と佐藤さん。
「やって、絶対効き目があるんならな」
ため息をつきながら事務長。
やっぱり、もう一度様子を見に行ってみよう。
私が心の中で、一人決心したとき、矢野先輩が小声で言った。
「余計なこと、するなよ」
「しませんよ」
余計なことは。
ちょっと祠の中の石像を、確認するだけです。
とは言え、やっぱり何かあったら怖いので、人が多そうな時がいいだろうな。
翌日、十月にしては暖かく、お天気は予報どおり快晴。お弁当も作ってきたし、昼休みに公園で食べて、祠の中を覗きに行こう。
公園までの坂道を登っていると、子供達のはしゃぐ声が聞こえてきた。
入り口で守衛さんに声をかけると
「近くの小学校の生徒が来てるよ」
と教えてくれた。
見渡すと、レジャーシートを広げて、お弁当を食べている子や、既に食べ終わったのか、追いかけっこをしている子供達がいた。
その中に、見覚えのある男性を見つけた。
確か青木先生とか、言ったっけ。出来れば、関わりたくないな。
私は小学生達とは離れたところにあったベンチで、お弁当を食べることにした。
う……、日陰だ、こんなにお天気良いのに。紫外線少なくてラッキーと思うしかないな。
「やっぱりいた」
日向の子供達を眺めながらお弁当を食べていると、目の前に矢野先輩が現れた。手には、コンビニのレジ袋をぶら下げている。
「あれ、いつもの食堂行ったんじゃなかったんですか?」
「行こうとしたよ。そしたら弁当ぶら下げて、ふらふら出て行ってる奴が見えたんだよ。」
そう言うと、すぐ隣にドサッと腰を下ろした。
「あの、何か怒ってます?」
「余計な事するなって言ったよな」
「しませんよ。ちょっと祠の中を覗くだけです」
「危ないだろう」
「それはちょっと思ったので、人の多そうな時に来てみました」
「思ったんだったら、声かけろよ」
あ……。
「思いつきませんでした。」
横目でちらっと先輩を見ると、睨んでるような気がする。眉間には皺も刻まれてるはず。
ちょっと面倒くさい、とか思っちゃダメなんだろうな。心配してくれてる訳だし。
「あの、コンビニのパンって、不味くないですか」
「不味くはない。旨くもないけど」
「一個、食べませんか。これ、昨日と同じメニューなので」
そう言って、お弁当箱を差し出した。メニューは照り焼きチキンをはさんだサンドイッチだ。
照り焼きチキン、二日目だけと三食目。
料理は嫌いではないけれど、作り置きとか冷凍保存とかできるほど極めてないので、真面目に作ると三日くらい同じ物を食べる羽目になる。
先輩は黙ってお弁当箱からサンドイッチを取ると、代わりにコンビニの袋から菓子パンを一個寄越した。
410キロカロリー。こんな食べ応えの無い物に。
「またデブに舞い戻りそうだろ」
「そうですね」
うん、機嫌直った。
では、そろそろ目的の場所へ。と思ってトイレの方へ目をやると、裏側から女子小学生が出てきて、何か探してるのかキョロキョロとし始めた。
「先輩、あの子」
「行くか」
小走りで近づく。
「お前、声かけろ。女子の方が良いだろ」
「はい」
「ねえ、どうしたの。お兄さんとお姉さん、ここの公園の人なんだけど」
女の子が立ち止まって見上げてきた。
くりくりした瞳が可愛らしい、色白のおとなしそうな子だ。
「あの、先生が、青木先生が、何かヘンになって、向こうに行っちゃって」
え。ヘンになってって。
ヘンになるのって、女子だけじゃないの?
とその時。
「うわあぁっ!」
という男性の叫び声と、何かが滑り落ちる音が聞こえてきた。
先輩が声の方へ走り出す。
私は女の子に
「ここにいてね」
と声をかけ、公園の方を振り返った。
今の叫び声が聞こえたらしく、人がこっちに集まって来ている。先生っぽい人も来てる。よし、この子は大丈夫だ。
私も先輩の後を追って、トイレの裏側へ回った。
柵の向こう側で、先輩が近くにある木を抱えるようにして身体を支え、斜面の下を覗きこんでいる。
「あの、先輩?」
「見えないな。下まで落ちてしまったみたいだ。救急車」
「どうしました?」
守衛さん、到着。息が上がっている。
簡単に説明して、とにかく救急車を呼んでもらう。
先輩が柵の向こう側から戻ってきた。途中、一瞬立ち止まって屈んでいたけど。
「ここからは下りられそうにないから、下から回った方がいいと思います」
と、守衛さんや青木先生の同僚だと思われる人達に説明した。
そして、私にだけ聞こえる声で
「これ、落ちてた」
と言うと、さっき拾った物を見せてくれた。
それは故意に割られたような傷と尖った断面がある、石像のかけらだった。
「これって、祠の中に祀ってあったんじゃ……」
「俺もちゃんと見た訳じゃ無いけど、石像みたいなのは確かにあったよ。でも、無くなってる」
どこからかサイレンの音が聞こえてきた。
「これは後回しだな」
先輩は、柵を乗り越えて祠の扉の前に石を置いた。