すみっこ
良い天気だ。屋外でお弁当を食べるには、もってこいだ。
二の丸公園のベンチに腰掛け、空になったお弁当箱をトートバッグにしまった。食後のデザートは、守衛さんがくれたお煎餅だ。
私、そんなに飢えてるように見えるかな。
矢野先輩もよく、小さなお菓子を投げて寄越す。もちろん、ありがたくいただく。
この公園がある城山は、近隣の学校が、体力作りと称して登ったり、写生大会の場所として使ったりしている。
北側は観光客も使う立派な登山道で、ロープウェイがあって、お土産屋さんやお食事処が並んでいる。が、南側はほぼ地元民しか使わない、獣道に毛が生えた程度の道で、これを登るときにはこの公園を通過する。
就学前や低学年の子達の場合、城山へは登らず、ここで事を済ませる場合もある。
柵のクレームが何となく気になって、昼休みに散歩がてら来てみた。
守衛さんによると、今月に入ってから、迷子騒ぎが把握しているだけで、四件あったらしい。みんな女の子で可愛らしかったことから、最初は誘拐かとも思われたが、みんな柵の向こうで見つかった。あの祠の前で。
元気な子もいたけど、みんな普通の子達で、柵の外に出るような、危ない真似をするタイプの子達では無かったらしい。
気になるのは、みんななぜ自分がそこにいるのか、わからないと言っていることだった。
大人達は、無事見つかったことにほっとして、大して気にとめて無いみたいだけど、中の一人は中学生だ。わからないなんて事が有るかな。
私は、公園の隅にあるトイレの裏手に回り、先輩と草刈りをした場所まで来た。
改めて見てみると、祠、割と目立ってる。
ここまで来ると、あれが何だか確認したくなる気持ちも、わからなくはない。
でも、スッゴイ隅っこだよ。トイレの裏側だよ。
こんな所まで、わざわざ来るかな。
あれ?
前に見たときと、祠の様子が何となく違って見えて、近寄ってみた。柵に手をかけて、グッと乗り出す。
ぴたりと閉じられていた扉の、格子状の小さな隙間から、石像のような物が見えていた思ったんだけど、見えない。
よし、これは行ってみるしかないな。ラッキーな事に、今日はパンツだ。
柵の出っ張りに、トートバッグをひっかけてから、よいしょと、柵の下の段に足をかける。
背は低くはない。だから、足も短くはない。でも、この間の先輩みたいに、軽々と跨ぐことはできず、少しよろけた。
そう、よろけたところまでは、覚えてる。
「そこで何をしているんですか?」
誰かに声をかけられて、ハッと我に返った。
私は祠の前に立っていた。
え?私いつ、祠の前まで来たんだろう?
よろけた体勢を立て直して、伸び始めた雑草踏みつけて。
「祠にお参りされてたんですか」
声の主は、日焼けした若い男性だった。
「え……、まあ、はい」
ホントは、違うけど。
「そこ、危なくないですか」
「あ、はい。もう、戻ります」
頭が、ぼうっとする。
何が起こったんだろう?
働いてない頭で考えながら、柵を跨ごうとしたら、またよろけた。
うわっ。
男性が手を差しのべてくれて、とっさに二の腕を掴んでセーフ。と思ったら、思っていたよりも派手によろけてたみたいで、男性の胸にすっぽり収まってしまった。
「わっ、うわっ、ごめんなさい」
慌てて離れようとした。
だけど……
え?何?背中に手が回ってる?
「おい。そこで何している」
聞き慣れた声がして顔を向けると、不機嫌な顔の矢野先輩がいた。
背中に、男性の手は無い。気のせい?
「そいつ、知り合い?」
ふるふると首を振って答える。
男性は、何かまずい雰囲気を感じとったのか、慌てて自己紹介を始めた。
「そこの小学校の教員で、青木といいます。今度生徒達を連れて来る予定なので下見に来たら、こちらの方が柵の向こうにいたので、声をかけたんですよ。顔色も悪いようだし、よろけたので、支えただけですよ」
「ほんとか?」
「ええ、まあ」
なんかしっくりこないけど。教員を強調したのも気になるし。
「もう、戻る時間なので。失礼します」
そう言うと、先生はそそくさと去っていった。
先生が見えなくなってから、先輩が言った。
「大丈夫か?」
「大丈夫……だと思います」
「だと思います?」
「なんか、頭がぼうっとして。あ、先輩、今何時ですか」
「一時半」
えっ!?
頭が急にはっきりした。
「昼休み、とっくに終わってるじゃないですか!」
「だから、探しに来たんだろ。そしたらどっかの男に抱きしめられー」
「早く帰らないと!」
「聞けよ、人の話。お前、何でスマホ持ってないんだよ」
「帰りますよ!」
私は先輩の袖を掴み、引っ張った。
と、チッ。舌打ちの音が聞こえたかと思うと、逆にその手を掴まれた。
「走るぞ」
長い足で走り始めた先輩に、トロい私が着いて行けるはずもなく、引きずられるようにして帰った。
***
事務所へ戻ると、事務長と佐藤さんに平謝りに謝った。お二人とも、注意するだけで怒らないのが、逆にいたたまれない。
今、事務所は私と先輩の二人っきりだ。事務長は本社へ、佐藤さんは上の階の人に呼ばれて、それぞれ出て行った。
キーボードを叩く音と、書類をめくる音が響く。
「何があった?」
書類をめくる音が止んだ。
私もキーボードを叩くのを止めて、先輩を見た。
「そうですね。何があったんでしょうね」
先輩が眉根を寄せる。
「話したくないのか」
「違います、違いますっ」
私は慌てて、首を振って否定した。
「本当に私もわからないんです。柵を跨いだところまでは覚えているんですよ。でもその後、意識が飛んだというか、記憶が飛んだというか」
「それ危なくないか?」
危ない?
「たぶん大丈夫だと思いますけど……」
実はさっきから、気になっていたことがある。そのせいか、データの入力が遅々として進まない。
私は思い切って、口に出してみることにした。
「もしかしたら私、柵越えた女の子達と、同じ状況だったのかなって」
そこで、公園の守衛さんから聞いた話をした。
「人柱にされた女性が、自分の身代わり探してるような気がしたんです」
「けどさ、そういう妙なことが起こらないための祠だろ?」
先輩は私の突飛な話に変な顔せず、真面目に答えてくれた。良い人だ。
「そうなんですけど、この間見た時は、石像みたいなの祀ってあったと思ったのに、今日はそれが見えなかったんです」
「で、それを確認しようとして、こういう事になったと」
あ。
「止めとけ」
え。
「あそこは、柵を取り替えて、それで終わりだ。危ないから、行くなよ」
……。
「はい」
なんとなく腑に落ちなかったけど、迷惑をかけるのもイヤだから、はいと言うしかなかった。