心身共に健康な成人男性の揺らぎ
トイレ……。尿意を覚えて、目が覚めた。
それだけじゃない。背中が痛い。喉が渇いた。右腕が重い。何で?
それは目を開けたらわかった。
うわっ。紗那!?右腕の上に彼女が三分の一ほど乗っかっている。それにここ、床の上。
えーっと、確か昨夜は学生時代の友達と飲みに行って……、あ、先にトイレ、トイレ。
彼女を起こさないように、そっと右腕を取り戻し、起き上がる。あれ、ベルト外れてる。チャックは……、大丈夫だ。3センチくらいしか下りてない。
で。
昨夜は学生時代の友達と飲みに行って、そうそう、最近彼女ができた奴が、彼女自慢を始めたんだ。全員、学生時代のノリが戻ってきて、彼女がいる奴らが対抗するように自慢し始めて、グチも言い始めて、俺も参戦して。そしたらなんとなく顔を見たくなって、ちょっと顔見てから帰るかと、飲み屋街からここまで歩いた。
20分も歩いたら着くくらい、ここは繁華街に近い。そして、大家の家も近い。すぐ隣の一軒家だ。アパートの管理を不動産屋に丸投げしている大家も多い中、ここの大家は自分達で管理している。穏やかで朗らかな老夫婦で、たいていどちらかが家にいて、オートロックよりも良いセキュリティだったりする。
でもな、これがな、ちょっとな……。
一人暮らしの女の子の家に入り浸る若い男は、老夫婦の目にどう映るだろう?
もちろん、毎日きちんと帰宅していた理由は、それだけではない。大の男が、彼女の家に入り浸るのはだらしないと思っていたし、真面目につき合ってますよ、大事にしていますよアピールも兼ねていた。本人に対してはもちろんのこと、俺の家族に対してもだ。
しかし、いずれは泊まるつもりでいた。そしてそれは、酔って眠るためだけに泊まるわけではなかった。
昨夜、何で歩こうと思ったんだろう?ここに着く頃にはアルコールがまわって、フラフラになっていた。床に倒れ込んだのも、ぼんやりと記憶にある。そのまま寝てしまったんだろう。
でも、どうして紗那まで床に寝てるんだ?
顔を洗って身形を整えていると、奥の部屋で人が動く気配がした。起きたかな。
部屋に戻ると、ヘロヘロのTシャツにハーフパンツの彼女は、床からベッドの上に移動していた。タオルケットを抱えて顔を押し付け、小さく丸くなっている。
俺は、ベッドの縁に座って、彼女の白い二の腕に右手を伸ばした。
「遅くに、悪かったな」
「ん……帰る?」
「うん」
「始発、まだだよ」
「うん」
「タクシー、勿体ないよ」
「うん」
次の瞬間、右腕を掴まれ、不意をつかれた俺はベッドに引き倒された。右腕はがっつりとホールドされている。
あー、わかった。昨夜の右腕の状態と、紗那が床に寝ていた理由。
即座に『週末はお泊まりOK』と、自分ルールを変更した。
お付き合いいただきまして、ありがとうございました。




