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怪異に逢うのもお仕事です  作者: まゆりえ
閑話・その3
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心身共に健康な成人男性の揺らぎ

 トイレ……。尿意を覚えて、目が覚めた。

 それだけじゃない。背中が痛い。喉が渇いた。右腕が重い。何で?


 それは目を開けたらわかった。


 うわっ。紗那!?右腕の上に彼女が三分の一ほど乗っかっている。それにここ、床の上。


 えーっと、確か昨夜は学生時代の友達と飲みに行って……、あ、先にトイレ、トイレ。


 彼女を起こさないように、そっと右腕を取り戻し、起き上がる。あれ、ベルト外れてる。チャックは……、大丈夫だ。3センチくらいしか下りてない。


 で。


 昨夜は学生時代の友達と飲みに行って、そうそう、最近彼女ができた奴が、彼女自慢を始めたんだ。全員、学生時代のノリが戻ってきて、彼女がいる奴らが対抗するように自慢し始めて、グチも言い始めて、俺も参戦して。そしたらなんとなく顔を見たくなって、ちょっと顔見てから帰るかと、飲み屋街からここまで歩いた。


 20分も歩いたら着くくらい、ここは繁華街に近い。そして、大家の家も近い。すぐ隣の一軒家だ。アパートの管理を不動産屋に丸投げしている大家も多い中、ここの大家は自分達で管理している。穏やかで朗らかな老夫婦で、たいていどちらかが家にいて、オートロックよりも良いセキュリティだったりする。


 でもな、これがな、ちょっとな……。


 一人暮らしの女の子の家に入り浸る若い男は、老夫婦の目にどう映るだろう?


 もちろん、毎日きちんと帰宅していた理由は、それだけではない。大の男が、彼女の家に入り浸るのはだらしないと思っていたし、真面目につき合ってますよ、大事にしていますよアピールも兼ねていた。本人に対してはもちろんのこと、俺の家族に対してもだ。


 しかし、いずれは泊まるつもりでいた。そしてそれは、酔って眠るためだけに泊まるわけではなかった。


 昨夜、何で歩こうと思ったんだろう?ここに着く頃にはアルコールがまわって、フラフラになっていた。床に倒れ込んだのも、ぼんやりと記憶にある。そのまま寝てしまったんだろう。


 でも、どうして紗那まで床に寝てるんだ?


 顔を洗って身形を整えていると、奥の部屋で人が動く気配がした。起きたかな。


 部屋に戻ると、ヘロヘロのTシャツにハーフパンツの彼女は、床からベッドの上に移動していた。タオルケットを抱えて顔を押し付け、小さく丸くなっている。


 俺は、ベッドの縁に座って、彼女の白い二の腕に右手を伸ばした。


「遅くに、悪かったな」

「ん……帰る?」

「うん」

「始発、まだだよ」

「うん」

「タクシー、勿体ないよ」

「うん」


 次の瞬間、右腕を掴まれ、不意をつかれた俺はベッドに引き倒された。右腕はがっつりとホールドされている。


 あー、わかった。昨夜の右腕の状態と、紗那が床に寝ていた理由。


 即座に『週末はお泊まりOK』と、自分ルールを変更した。

お付き合いいただきまして、ありがとうございました。

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