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続々・ざんねんないけめん

 田村さんから「遅くなったけど、ご報告を」と言われたのは、監査が終わった翌日の事だった。館内の香りが弱くなったので、杏の木を見に行った時に、声をかけられた。花は色あせて、萎んでいた。


 面倒なことになるのも嫌なので、二人で会うのは避けようと思って、希美さんに声をかけた。


「何で私よ?」

「初めに匂いの元にたどり着いたの、希美さんじゃないですか」

「まあ、そうだけど」


 就業後に、職場近くの喫茶店で会うことにした。周辺にはカフェもあるけれど、この店のテーブル席は壁で仕切ってあって、話がしやすい。そこで希美さんと向かい合って座り待っていると、額の汗を拭いながら田村さんが現れた。


「すみません。思ったよりも大変な事になって、お話しできなくなって」


 後を追うようにお冷やを持ってきたウエイトレスに、アイスコーヒーを注文すると、希美さんの隣に腰を下ろした。


「えーっと、もうだいたいの事はご存知ですよね」

 希美さんと顔を見合わせ、頷く。


 監査が入ったのは、横領が発覚したからだ。横領したのは、三島さんという、一人で経理を担っていた女性だった。真面目で、派手なことを好まないタイプだったと聞いている。お金については、すぐに親御さんが弁済したため、警察沙汰にはしなかったそうだが、三島さんは依願退職した。


「弁済できたって事は、そんなに大きな金額では、無かったんですよね?」

「ええ、まあ。変なことやり始めてから、日が浅かったこともありますけど」

「そもそも、何で分かったの?」


 田村さんの眉毛が、八の字みたいになった。

「先月の頭だったかな。三島さん、有給取ったんですよ。そしたら、支払いの件で業者から電話があって。急ぎだったんで、同僚と三島さんのデスク、漁ったんです」


 その時、引き出しの奥に、様式に少し違和感のある領収書を見つけたそうだ。気にはなったものの、気のせいかと思い、放置したが……


「そしたら、杏の狂い咲きでしょう。杏の謂われは?」

「知ってます」

「このコに、教えてもらった」

 田村さんが頷いた。


「最初は杏香……、幼なじみが怒ってるのかと思って、連絡したんです。そしたら、あの杏の大元の木は、後悔するような金の集め方した女が持ってたものだって言われて。それで、あの妙な領収書の事、思い出したんです」


「三島さんって、入り口近くに座ってた人だよね。ヘンな男とつき合ってたでしょ」

「よくご存じですね」

 希美さんの言葉に、田村さんが細い目を見開いた。


「使うトイレ、一緒だもん。女子トイレって、ゴシップの宝庫よ」

 へえ、そうなんだ。


「三島さん、その男に言われるがまま、金を渡してたみたいで。今回の件で、親御さんにバレて、別れさせられたはずですよ」


「くだらない。何でそんな男に引っかかっちゃうかなあ」

 怒ったように、希美さんが言った。が、すぐにニヤっとすると

「で、杏香ちゃんは怒ってなかったの?」

 と、田村さんを肘で小突いた。


「え、あ、まあ」

 田村さんの顔が、途端に脂下がった。

「大量のジャムとか植木とか送ってきたの、嫌がらせの意味もあったみたいで、もうそれで、スッキリしたって。今週末、こっちに来るんですよ」


 おっ。

「ちゃんと、連絡取って会うようにしたんですね。プレゼント送りつけるより、絶対良いですよ」


 いつだったか、街中で偶然会ったときに買い物につき合うことになったのは、杏香さんのご機嫌をとるためのプレゼントを選ぶためだった。詳しく話を聞いて、結局は買わなかったんだけど。知らない女が選んだプレゼントなんて、余計に気分を害するだろうから。


「今週末だったら、花火大会?」

「一応、そのつもりです」

「杏香ちゃん、浴衣は着ないの?」

「持ってるとは思うけど、着れないんじゃないかな」

「だったらさ、私、このコに着付けしてもらうんだけど、一緒にどう?」


 希美さん、何、勝手に話を進めてるんだろ。一人も二人も大差ないから、かまわないけど。

「着付けするのは良いけど、ランチ一回奢ってくださいね」

「じゃあ、杏香に訊いてみますよ」


 その後、個人的な連絡先を交換して別れたが、別れ際

「浴衣デートか」

 と嬉しそうに呟く田村さんは、ちょっと可愛いかった。


***


 週末、田村さんと連れ立って我が家に現れた杏香さんは、小柄で、華奢で、色白で、同性の私でもキュッと抱きしめたくなるような、庇護感を抱かせる人だった。


「今日は、よろしくお願いしますね」

 と、笑顔で会釈してくれる杏香さん。愛らしい。見た目も、声も。


「よろしくお願いされます。なので……」

 くるりと部屋の中を振り返る。

「先輩は、ここから出て行ってください」


「いちいち言われなくても、出てくわ」

 怠そうに部屋から出てくると、玄関で「え!?あれ?」と目を白黒させる田村さんの肩に手を回し、

「そこのコンビニ行くか」

 と言いながら、靴を履いた。


「で、何分?」

「田村さん15分、先輩30分」

「ちょっ、何で俺、30分」

「もう一人来るから」

 舌打ちする音が、聞こえた。予告なしに現れたの、そっちなのに。


 二人がドアの外に消えた後

「あの、なんか予定があったんじゃ……?」

 杏香さんが、顔を曇らせた。


 あー、もう、聞こえちゃったよ、舌打ち。


「無いですよ。あの人、今日は法事で、そのあと親戚との会食だったはずなんです。何しに来たのか、私にも分かりません」


 そう、だから二人に着付けして昼食代を稼ぐのは、前向きに休日を過ごす方法として、なかなか良い案だと思ったのだ。


「心配だったんでしょ、一人暮らしの彼女の家に、若い男性が来るのは」

 カラフルな風呂敷の結び目を解き、浴衣を取り出しながら言う。


 生成の地に水紋と金魚が描かれた浴衣は、予め画像を送ってもらってはいたけど、想像していたよりもずっと大人っぽい。合わせている帯は今流行りの兵児帯だが、透け感の少ない濃紺のそれは、落ち着いた印象だ。


「あの、杏香……さん、お年を伺ってもよろしいでしょうか?」

「ん?そうね、あなたよりも田村よりも年上、とだけ言っておきます」


 そう言って、何か含んだように微笑む杏香さんの目元は、潤んでいて艶っぽい。


 帯結び、変更。銀座結び風にしよ。


「だから、あなたが田村と二人で食事に行っても、今日のお礼としか思わないから、大丈夫よ」

「あ、はい……」


 うん、お姉さんだ。可愛いけど、だいぶお姉さんだ。


 予定どおり、30分で二人に着付けして送り出し、一息つくために、冷蔵庫から取り出した麦茶をグラスに注いだ。一口、口を付けると、冷え方が今ひとつだったので、氷を二つ浮かべる。


 帯、けっこう可愛く結べたんじゃないかな。


 服を着た状態では華奢に見えた杏香さんは、意外に腰回りがむっちりしていて、垂れのある結び方は喜んでもらえた。希美さんは、三重仮紐を使ってぱたぱた結びにした。華やかな顔立ちと、それに似合う派手な浴衣に、ぴったりだったと思う。


 キッチンで立ったまま、麦茶を飲んでほくそ笑んでいると、先輩がレジ袋の音をさせながら戻ってきた。


「ホントに戻ってきたんですね」

「お前なあ……。食わないのか」


 しかめっ面で渡されたレジ袋には、高級アイスの夏季限定フレーバーが2個入っていた。


「食う!食べる!ありがとう!」


 中身が半分になったグラスをシンクに置こうとすると、骨ばった手が伸びてきて取り上げられた。あ、喉渇いてたんだ。


「まだ、飲む?」


 先輩が首を横に振って、シンクに空っぽのグラスを置いた。氷、食べたんだ。うちの氷、あんまり美味しくないのに。


 まあこの後、美味しいアイスが待ってるんだけど!


 レジ袋を覗き込みながら、部屋の方に身体を向けた。と、後ろから腰に腕が巻きつけられ、後頭部に頭がくっつけられた。


「なんで着付けするおまえが、浴衣着てるんだよ」


 今までで一番きれいに抜けた衣紋のせいで、うなじを通り越して、背中の上の方に息がかかる。


「あ……、えっと……」


 理由は二つ。


「初対面、の杏香さんに、ちゃんと……着付けできま、すよアピール、と……」

「と?」

 もうちょっと離れて、くすぐったいから。の気持ちを込めて身体を捩ってみたけど、先輩の腕は緩まない。


「……友哉君、が、来るような気、したから……」

 声が、尻すぼみになる。でも、この近距離だと、聞き逃しようがない。


 首筋に柔らかいものが触れ、その後冷たい物に舐められる感触。あ……さっきの氷。


 氷で冷えた舌先に舐められたところから、熱が広がっていく。強ばった身体から力が抜けていく。


 が、レジ袋のカサカサという音に、引き戻された。


「と、友哉君、アイスがっ!」

 そう、一人暮らしの私では、なかなか買えない高級アイスがっ!


 でも腰に回った手は一本無くなっただけで、レジ袋を取り上げると、冷凍室の引き出しを開閉する音がした。


 うん、そこからなら、冷蔵庫に手が届くよね~。


 じゃなくて。


 腰に回った手はまた二本に戻り、首筋や耳に新たな熱源が次々と生まれていく。


「あ、あの、せめて部屋、に、行こ」

 震える声で抗議してみたが

「ん」

 と気のない返事が帰ってきただけで動く気配はなく、それどころか、身八つ口から手を入れてきた。


 え、え、え!?


「硬い……」

 ……手を入れた感想が、それね。


 私はため息を一つつくと、腕の中でくるりと回って向き合った。

「前に説明しなかったっけ?現代の身八つ口は、そんなに色っぽく無いって」


「あー、されたかも」

 うなだれるように、私の肩に額を乗せる。


「帯の上に胸が乗っかると太って見えるから、押さえてるんです。潰してるんです。硬くって、当たり前」

「えー、でも俺が来るかもって思ったんだろ?」

「杏香さんに見せるために、着たんです。友哉君は、あくまでもおまけ」


「つまんねー……」

 何を期待してたんだろ、この人は。


 両手で先輩の頭を持ち上げて、だらりと腰に巻き付いていた腕も払い落とす。

「アイス、食べよ?」


 尚もうだうだとまとわりついてくる先輩を、適当にあしらいながらアイスを取り出し、部屋に向かう。


 私が選んだ淡いオレンジ色のアイスは、トロピカルフルーツの爽やかな酸味と軽い甘さがとても美味しくて、一口分けてもらった抹茶アイスも、混ぜ込まれたチョコクッキーの甘味と抹茶の苦味がとても良く合っていて、そして、同じ物を食べて美味しいねと言える人がいることが、とても嬉しかった。

おつきあい、ありがとうございました。


児童書・ざんねんな○きもの事典シリーズは、もうすぐ第四段が出ます。もう一本書けたらいいな~。何も思い浮かばないけど……。


お月様に続き書けたらいいな~、と思っていたけど、そっち方面の語彙の持ち合わせがないことが分かったので、断念。

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