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怪異に逢うのもお仕事です  作者: まゆりえ
閑話・その2
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続・ざんねんないけめん

伝承も民話も出てこない、ただの着物あるあるです。

 インターホンが鳴ったので、慌てて腰紐の端を絡げて、ドアを開けた。そこには、墨色の浴衣に身を包んだ、友哉先輩が立っていた。


「また、高そうな……」

「開口一番、それか!?もっと外にあるだろ。似合うねとか、かっこいいねとか」

「いや、挨拶が正解なんじゃないかな」

 なぜ、ほめ言葉なんだ。


「でも、良いですね、それ。どうしたの?」

「いや、家でちょっと、浴衣買おうかなと口に出したら、母親にすごい勢いでデパートに連れて行かれて……」

 真新しい下駄を脱ぎながら言う。


「え、もしかして、お誂え!?」

「いや、さすがにそれは。店のおばちゃん達と母親に、次々着せられて、こうなった」

 あー、なんか目に浮かぶわ、おばちゃん達が楽しんでる姿が。


「良いなあ、高級浴衣」

 薄暗い玄関から、明るい部屋に移って、じっくり眺める。


 これ、本麻のちぢみじゃないかな。ほんのり透ける墨色の地に、ランダムに白く細いラインが入った生地には、細かいしぼが見える。仕立てもきれいで、縫い目が表に出るような縫い方はしていない。プレタだから、ミシン仕立てだと思うけど、これが量販店の安物だと、袖や裾などにしっかり縫い目が見えるのだ。

 浪人結びの角帯は、上品な光沢を放ち、間違いなく正絹だ。


「で、そのかっこうは?」

「あ、ごめんなさい、あと帯結ぶだけだから、五分待って。さっきまで希美さんに着せてたんです」


 毎年夏になると一カ月間ほど、職場周辺に複数ある商店街全てで、夏祭りが催される。毎週土曜の夜に行われるので、土曜夜市と呼ばれていて、大勢の人で賑わう。


 この夜市、賑やかなだけでなく、華やかでもある。昨年、県外から来られた方がおっしゃっていたのだが、浴衣の着用率がかなり高いらしい。


 普段は着物に縁がない希美さんも浴衣は持っていて、夜市や夏祭りに行く日は着るのだそうだ。が、着付けは出来なくて、ランチをご馳走してもらうのと引き換えに、着せてあげた。


 姿見の前に立ち、半幅帯を一番簡単なリボン返しに結んでいると、ベッドの足下の方に腰掛けて、静かに眺めていた先輩が言った。

「男と女で、違うんだな、着物って」


「ん?ああ、そうですね。男性は、おはしょり無いし、衣紋も抜かないし、身八つ口も無い」

「おはしょり?身八つ口?」

 着物初心者の先輩には、さっぱりわからないみたいだ。


「ここ」

 とりあえず蝶結びにした帯を、前に抱えたまま、腰の辺りの布が重なった部分を持ち上げる。

「これがおはしょり。で、衣紋はここね。男性は首にくっついてるでしょ。女性は、首から拳一個分くらい離すの」

 後ろを向いて、うなじの辺りを見せる。


「で、身八つ口がここ。男性は、無いでしょ」

 右腕を上げて、帯の上の脇線を見せる。後ろ見頃と前身頃が縫われていない部分なので、中が見えないように注意しながら。

「何で開いてるんだ、そこ」

 男性のは、開いてないもんな。


「えーと、何だっけ。確か、女性は帯を高い位置で締めるから、腕の動きを妨げないように、だったかな?」

「ふうん」

 そう言うとスマホを取り出し、検索し始めた。疑ってるのかな。良いけど、私もうろ覚えだし。


 蝶結びにした帯の、垂れ下がった部分を結び目に下からくぐらせ、形を整える。息を止め、ちょっとお腹を引っ込ませて、帯を半周させた。よし、出来た。


「お待たせしました、と、わっ」

 腕を引っ張られて、先輩の膝の上に乗せられた。


「身八つ口、ほかにも意味があるみたいだな」

 耳元で話す声が、少しくすぐったい。


 俯いて先輩のスマホを見ると、『諸説ありますが、男性が、女性の胸元に手を入れやすくするためという、色っぽい理由もあるんですよ』と、書かれていた。


「あの……これ、検索しても最初には出てきませんよね」

「まあな。でも、この理由が、一番納得できた」

 言いながら、左手を脇に入れてきた。


 ちょっと待って、そこ、身八つ口!


「あっ、あの、友哉くん!?着崩れるんだけど。夜市、行くんだよね?」

 左脇に力を入れて、グッと締めながら言う。

「そんなもん、来週もやってるだろ」


「そっ、そうだけど。ごはん!晩ごはん!良いお店見つけたって、言ってなかった!?」

「あー、そっか、仕方ないな。身八つ口は、あとで試すか」

 左手が身八つ口から抜かれ、立てと言わんばかりに持ち上げられ、二人一緒に立ち上がる。


「戻ったら、身八つ口の検証な」

 玄関に向かいながら言う。

「夜市から、まっすぐご帰宅ください」


 やっぱりざんねんだな、この人。何でそこまで、身八つ口に興味を持つんだろ?検証って何を考えてるんだ、検証って……。


 ……今は考えるの、止めておこう。

 とりあえずは、晩御飯だ。

 今日は何を食べさせてもらえるのかな。


 シコロ貼りの桐下駄に足を突っ込みながら、私の気持ちは晩御飯への期待一色に、染まってしまった。

ありがとうございました。


着物に興味を持ってくれる方が、一人でも増えたら良いな~。


エロ描写ができたら、このままムーンライトの方に行くのにな~。

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