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社会科見学

 昨晩準備しておいた、白いシフォンのブラウスに袖を通す。ボトムはひざ下丈の、紺色のセミフレアスカート。

 黒くて真っ直ぐな髪は、サイドに編み込みを入れてリボンのシュシュで一つに束ねる。


 奥二重の瞳に暗い影を落とすふっさふさの睫毛は、ビューラーで軽く持ち上げるだけに留め、小さな唇は少しでもふっくら見えるようにと淡い色の付いたグロスを塗る。

 が、良く言えば古風、悪く言えば古臭い顔立ちなのは、否めない。そこはもう、諦めている。


 姿見は無いので、洗面所の大きめの鏡に、なるべく全身が映るように、鏡から少し離れて、自分の姿を確認する。

 よし、これなら怖くないはず。


 今日は午後から、小学生の社会科見学の案内役だ。


 私は先月、初の案内役で、見学に来たちびっ子達を萎縮させてしまった。黒いリクルートスーツにピシッとアイロンがかかった白シャツ姿、真顔で、たたみかけるように館内の説明をする大人は、たぶん怖かったのだろう。


 にこやかだった子ども達からだんだん笑顔が消え、談笑していた小さな声も聞こえなくなっていった。楽しいはずの社会科見学が、終わる頃にはお通夜のようだった。


 表情も話し方も、もちろん気をつけるつもりだが、まずは見た目、第一印象の改善だ。


 ピンクベージュのカーデを手に取ると、予算が足りず買い換えることの出来なかったリクルート用のパンプスを履いて、家を出た。


***


 勤務先の旧本館は、正面玄関が二階にある。

 チェッカーボードのような床がレトロ可愛いロビーに、石造りの階段が、車寄せから伸びている。


 その階段の裏側に当たる一階に、私達社員が使う倉庫や事務所や更衣室がまとめられている。中でも倉庫と更衣室は完璧に階段の裏側で、窓が無い。

「良い部屋は全部貸し出して、利益出さなきゃね~」

 という、佐藤さんの言葉が思い出される。


 出勤すると通用口から入り、穴蔵のような更衣室で作業服に着替えた。更衣室から出たところで、矢野先輩に会った。


「おはようございます」

「はよ。え、なんでお前、作業服着てんの」

「私服、昼までは汚したくないので」


 二人揃って、事務所に入ると、佐藤さんが受話器を下ろしたところだった。すぐ側には、まだカバンを抱えたままの事務長が立っていて、二人とも顔を曇らせている。


「朝一からクレームですか」

 先輩が声をかける。

「ん、クレームっていうか、ご提案っていうか……。今月に入って二件目なの」


 聞けば、二の丸公園の柵を、もっと細かい仕切りが有る物か、高さの有る物に変えて欲しい、子供が柵を越えて危険だ、という内容らしい。


「まだ九時前ですよ」

「昨日、電話しようとしたら、お家の人に止められたんですって。柵を越えたうちの子が悪いんだから、恥ずかしいまねするなって。でも、お母様にしてみたら、我が子が危ない目にあったわけだからね。お家の人が出て行ってすぐに、電話してきたみたいよ」

 それで、この時間。


「じいさん達に念入りに草刈ってもらったのが、裏目に出たかなぁ」

 山田事務長が、溜め息混じりに言った。


 半月ほど前に、シルバー人材センターから草刈りに来てもらった際に、本当に隅々まで丁寧に刈っていただいた。柵の向こう側も、危なくない程度に、しっかりと。


 そのせいで、柵に近寄りやすくなったのかな。

 何か、向こう側に気を引く物が、有ったっけ。


 あ。


 一つ思い当たって、先輩を見上げた。

 先輩も同じ事を考えたみたいで、目が合った。


「お前ら、何か知ってるのか」

 事務長が訊いてきた。

「そういや、祠があったかなと」

 と、先輩。


「それは、前からあったでしょ。確か、人骨見つかった時に」

「「人骨!?」」

 先輩と二人でハモってしまった。


「あ、事件とかじゃないわよ」

「公園の前に有った、学校を壊したときだったかな。かなり古い人骨が出てきたんだよ」

「埋まってた場所的にも、天守閣を造った時の人柱じゃないかって」

 そう言うと、佐藤さんは書棚の隅から、地元の出版社が出している民話集を出してきた。


 民話集によると――

 立派なお城を築くために、若くて美しい娘を人柱にすることとなったが、生き埋めにされるとあって、なかなかなり手が見つからない。

 そこで、困った築城の担当者は、もうすぐ行われるこの辺りで一番大きな祭りで、さらうことにした。

 人柱として白羽の矢がたったのは、この辺りで一番美しいといわれていた娘で、最近嫁入りが決まったばかりだった。

 祭りの日、そろそろ仕舞いかという頃になって、婚約者の男が、娘の姿がないことに気付いたが、いくら探しても見つからず、何日経っても娘は戻って来なかった。

 しばらくして、娘は人柱になったのではと、人々がささやくようになった。


「生き埋め……」

「お前、息止めてるだろ」

 あ。

 先輩の手が伸びてきて、親指と人差し指で、私の眉間に寄ったシワを伸ばした。


 その様子を見ていた事務長が、くすりと笑った。

「祠が有る場所って、確かトイレの裏側の景色が悪いところだったよな。そこを子供が越えたとも限らんから、柵のことは追々考えるとして、午前中しっかり働けよ。午後から通常業務は、出来ないからな。それと、浜本」

「はい」

「午前中一組、高橋館長に案内役やってもらうから、見学して来い」

「あ、はい」

 そう言えば事務長、見てたっけ。お通夜のような見学の様子。


 高橋館長は、ここでは最年長だ。もう何年もここにいるので、案内役もお手のものだ。普段は正面玄関の脇にある、受付にいる。


 雑務を片付けるのに思いの外手間取ったせいで、館長の案内が始まる時刻を過ぎてしまった。

 慌てて階段を駆け上って、ステンドグラスのある踊り場で、見学グループをつかまえた。


 館長は、子供達の顔を見ながら、丁寧に館内の説明をしていた。無秩序に質問を挟んでくる子供にも笑顔で受け答えし、時折じゃれあったりもしながら、楽しそうだった。


 あんな雰囲気に出来たら良いなぁ。


 階段の隅で様子を見ていると、子供達の何人かが、こちらをチラチラ見ているのに気がついた。何か小さな声で話している。


 かっけー?


 かっけー。

 かっけー。


 あ!


 私は更衣室に駆け込むと、編み込みをほどき、無理矢理伸ばして、黒ゴムでポニーテールにした。


***


 午後、受付に行くと、既に社会科見学のグループが到着していた。私より少し年上の、酒井さんという女性事務員が、対応している。

 

 酒井さんは私がイメージする、今時の女子そのものの見た目だ。

 焦げ茶の髪はいつもきれいにカールしているし、ぱっちりした二重瞼を縁取る睫毛は常に上向きだ。メイクはもちろん、指先まで、つやつやキラキラしている


「あ、ちょうど良かった。このグループ、お願い出来るかな」

「はい」

「二組来てるんだけど、矢野君は?」

「もう、くると思います」


 そこまで言うと、近寄ってきて、声を落とした。

「で、えっと、今日は、その格好?」


 酒井さんが、不思議そうな顔をするのも無理はない。私は作業服のまんまだ。


「コレには理由がありまして……」


 説明しようとしたら、男の子数人が、こちらを見ながらヒソヒソ話すのが聞こえてきた。


 かっけー。


 酒井さんと顔を見合わす。

「そういう訳です」

「なるほど。了解」


 どうも一部の子供達にとって、この作業服は『かっけー』ものらしい。


 年度始めに支給されたイマドキの作業服は、私がイメージしていた、ベージュや淡いグレーのもっさりしたものとは、全く違っていた。カーキ色で胸ポッケのファスナーは赤いし、パンツはカーゴだ。


 無愛想な私が、ふんわり優しい案内をするのは、かなり無理がある。それよりも、かっけー案内の方が向いているだろうから、楽しい社会科見学にするために、イマドキのかっけー作業服を利用することにしたのだ。

 よりかっこよく見せるために、髪はキリッとポニーテールだ。


「あ、お前、着替えてないのかよ」

 先輩が、現れた。いつもの白シャツと細身のパンツ姿なのに、薄暗い一階で見るより、キラキラして見えるのは気のせいかな。


 そんな先輩の元へ、頬をほんのりと染めた酒井さんが近寄って行く。

「矢野君、こっちのグループ、お願い」

 酒井さん、声のトーンがちょっと上がったような……。


 ま、とにかく今は、社会科見学。

「それじゃあ、行きまーす。着いてきてくださーい」

 私は、近くにいた方のグループに声をかけると、本日二組目なので、探検隊第二班の班長という設定で、案内を始めた。

○主人公&酒井さんのビジュアル、少し書き足しました。(2018.11.05)


○トイレが面倒!という理由で気に入らなかった「かっけーつなぎ」を「かっけー作業服」に変更しました。(2019.3.29)


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