表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/28

趣味はイケメン観察です。

作中の伝承、ほとんどいじっていません。本当です。

「休憩、行ってきます」

 私はいつも通り、山田事務長、佐藤さん、友哉先輩に声をかけると、お弁当入りのトートバッグを掴んで、事務所を出た。


 昼間でも電気をつけなければならない薄暗い廊下を抜け、建物の外に出ると、眩しいくらいに晴れわたっていた。そして、暖かかった。カーディガン、置いてきたらよかった。


 お天気が良い日の昼休みは、散歩も兼ねて外へ出ることが多い。いつもは職場から北西の位置にある広場か、そこから少し城山を登ったところにある二の丸公園へ行くけど……。

 門を出て、西へ20メートルほど歩き、いつもとは反対の南側を見る。ツツジが満開だ。


 城山とその麓の広場を囲むお堀には遊歩道があり、そこには様々な植物が植えられていて、今はツツジが見頃を迎えている。

 少し前には桜もきれいだったけど、桜は見に来る人も多くて、遊歩道に置いてある数少ないベンチは、いつも誰かが座っているようだった。

 ツツジは、桜ほどは人気がない。ベンチ、使えそうだ。

 私はツツジを眺めながら、お弁当を食べることにした。


 桜より人気がないとはいえ、散歩する人はそこそこいて、十分ほど歩いて、やっと空いているベンチを見つけた。

 ベンチに座り、お弁当を食べながら更に南側に目をやると、お堀の際に赤い幟と小さな鳥居が見えた。

 何だろう?

 幟は榎大明神と白で抜かれている。ということは、鳥居の脇の大きな木は榎か。


 からになったお弁当箱と、飲みかけのペットボトルを手早く片付け、鳥居まで歩いてみた。

 鳥居は、人が一人やっとくぐれるくらいの小さなもので、お堀に向かっていくつか連なり、その先にはたくさんの狸の置物が見えた。

 狸を祀ってるのかな。


 狸の置物のそばに、小さな文字が書かれた立て看板が見えたけど、時間切れだ。読みに行く時間は、無さそうだ。

 その場で軽く手を合わせ、職場に戻った。


***


 おかしい。何かがおかしい。

 午後から仕事が手に着かない。集中出来ない。斜め前に座る友哉先輩が、とにかく気になる。気になってしょうがない。

 見慣れてるはずなのに!


「どうした?」と先輩。

「どう……したんでしょう」


「また何かに憑かれたかな~」

 笑いながら、事務長が言った。

「止めてください」

 とは言ったものの、うっすらといやな予感はする。

「でもその書類、いつもなら一時間程度で作ってるわよね」

 佐藤さんが言いながら、私の手元を覗き込む。既に、二時間近くかかっている。

「すみません。先にこれ、二階に持って行ってきます」

 私は届いたばかりの新しいパンフレットを、気分転換も兼ねて、二階の希美さんのところへ持って行くことにした。


 大きな硝子窓がはめ込まれた受付の部屋に入ると、希美さんは接客中だった。

 窓の向こう側に立つのは、若い営業マン風の人で、片手にスーツのジャケットを引っ掛けて、訪問先である事務所の場所を訊いていた。


 何かスポーツやってるのかな。短髪で、まあまあの長身で、Yシャツ越しに、鍛えられたようながっちりとした肩が見て取れる。輪郭は少し四角い感じだが、目鼻立ちはすっきりとしていて、暑苦しい印象はない。少し日焼けした肌は、お礼を言って浮かべた笑顔にぴったりだ。

 かっこいい。友哉先輩とは、また違うかっこよさだ。


「浜本さん。パンフレットなら、私がもらっとくよ」

 後ろから高橋館長の声がして、我に返った。手に持った湯呑みからは、今日もやっぱり梅昆布茶の香りがする。


「紗那ったら、何見とれちゃってんの~?今の人、かっこよかったけど、あんたの好みとは違うでしょ」

 接客を終えた希美さんが、ギャザースカートの裾をヒラヒラさせ、笑いながら近寄ってきた。


 私は、大きなため息をつき、うなだれた。

「やっぱり私、おかしいですよね」

「どうしたの」

「お昼から、見慣れているはずの友哉先輩が気になって、仕事が手に着かないんです。今も何故だか、しっかりイケメンを堪能してしまいましたし」


 すると、梅昆布茶をすすりながら話を聞いていた館長が言った。

「あー、もしかして浜本さん、狸見に行った?」

「狸、ですか。そう言えば、見ました、ね」

 偶然だけど。

「え、私だけわかんない!?」

 希美さんが、説明を求めるかのような顔で、私と館長の顔を交互に見る。


「堀端に、赤い幟があるの、知らないかなぁ」

 と、館長。

「それは、知ってます。ちゃんと見たことは、無いけど」


「あそこに狸を祀ってるんたけどね、けっこう有名なんだよ、榎ダヌキ。商売繁盛とか、家内安全とか、御利益も色々あって。子供向けの民話集なんかには、狸は榎に登って人間観察してたって書いてあるけど、その狸は雌でね。いい男を眺めてたって説が残ってるんだよ」

 いい男。


「道路の拡張工事の際に、一旦はどこかの寺に祀られてたんだけど、色々あって、結局あそこに戻ってきたみたいだね。あの場所だと、駅からオフィス街に向かういい男、たくさん見れるからかな」

 館長は笑いながら話すけど、私にしてみれば笑い事じゃない。


「明治の初め頃には、路面電車から榎の近くの電停に降り立った女子学生が、その狸の生まれ変わりだって言われたこともあったみたいだね」

 女子学生だろうが、雌狸だろうが、どっちでもいいけど、イケメンを眺めるのが好きなのは、間違い無さそうだ。


「イケメン観察する、雌狸って」

 希美さん、すごい笑ってる。


「まあ、特に害は無さそうだし。そのうち飽きて、いなくなるんじゃないかね」

「そのうちって、いつですか」

 不満の声を上げてみたけど、二人とも笑って、相手にしてくれない。


 と、希美さんが急に真面目な顔になって言った。

「あんた、帰り、気をつけなさいよ。誰彼かまわず観察して、勘違いされたり、危ない人に間違われて通報されたりしないようにね」


***


 ありがたいですよ。下手にイケメンが目に入らないように、家まで送り届けてもらえるのは。

 でも、これはちょっと……。

「友哉先輩、距離が近すぎませんか」

「そうか?」

 そう言って、ほんの少しだけ、距離をとる。


 今私は、路面電車の中で、電停で開かない側のドアに向かって立っている。そしてすぐ後ろの、数センチ離れた位置には、先輩が立っている。

 周りの人間からは、公衆の面前でいちゃつく、ただのバカップルにしか見えないだろう。


 電車が高校の近くの電停で止まり、制服姿の男子が数人乗りこんできたのが、ドアのガラスに写った。彼らのうち二人は、私のすぐ右側の、今空いたばかりの席に座り、残り二人はその前の吊革を握った。

 みんな、文系っぽいな。小太り君に、小柄君、ひょろっとしたもやし君。その中に中肉中背ながら、整った顔立ちの子が一人。お肌もつるんとして、思春期らしからぬ清潔感が漂う。


 ……て私、何、男子高校生観察してるのー!


 くるんと振り返り、目の前を先輩の白シャツでいっぱいにした。

「何?」

 頭のすぐ上から、声がする。

「後で、説明します」

 仕方ない。今日は、バカップルで結構です。


***


「榎ダヌキ、守備範囲、広そうだな。下は高校生からか」

 家に着いてから、電車内でのことを説明したら、先輩が苦笑いしながら言った。


「上は、今のところ、山田事務長かな」

「え、事務長!?」

 ベッドを背もたれにして、だらしなく座っていた先輩が、身体を起こした。


「今日、先輩が席を立つと、事務長に目がいっちゃってたんですよ」

 ふふっと笑って、続ける。

「素敵ですよね。アラフォーなのに、お腹出てないし、髪の毛もフサフサで、全然おじさんっぽくなくて。ちょっととぼけた笑顔は可愛いし、笑ったときの目尻のしわなんか――」


 事務長の良さを力説していたら、襟元をグイッと引っ張られ、口を塞がれた。

 目の前には、友哉先輩の顔。

 口が開いていたせいで、いきなり、しっかり、深く、食らいつくかのように、合わさってしまった。


 へ!?


 一瞬、固まってしまい、されるがままになってしまったものの、思いっきり腕を伸ばし、先輩を引っ剥がした。

「びっくりした……」

 大きく息をつく。

「俺も。まさか、あんながっつりいくとは」

 先輩はそう言って、人差し指の関節で口元を拭いながら笑う。


「だったら、すぐに止めてください。あ、でも」

 友哉先輩の顔を、じっと見つめてみる。が、簡単に目を反らすことが出来た。

「狸もびっくりしたみたいです」

「もしかして、役に立ったか」

「ええ。全然見惚れません」

「え」


 狸にしろ、明治の女学生にしろ、いきなり()()は、刺激が強すぎたんだと思う。私でも、ちょっと驚いたし。


 翌日、職場のみんなには、一晩寝たら狸はいなくなった、ということにしておいた。

・狸が出てくる民話とか伝承とか、とにかく多くて…。西日本の民話は、狸率、高いようです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ