表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14/28

おでかけこーで

 ロープウェイ乗り場に現れた先輩は、私を見つけると、軽く目を見開いて立ち止まった。

 そうだよね、やっぱりそうなるよね。


「お疲れさまです」

「それ、葵ちゃんの意向?」

「どうなんでしょう。そんな気もするし、私の趣味のような気もするし。どうぞ」

 既に買ってあった、ロープウェイのチケットを渡す。


「趣味?」

「希美さんみたいな流行の服、似合わないんです。それで、母が持ってた着物を着てみたら、はまっちゃって。ちょっと古臭い顔立ちにも、しっくりきましたし」


 言いながら、ロープウェイに乗り込む。もう夕方だし、今から登る人は、多くはない。お天気が良く暖かいせいか、さっきチケット売り場で見た、数人の観光客っぽい人達は、リフト乗り場に向かって行った。


「着物って、自分で着れるもんなの」

「着れますよ、普段着物なら。フォーマルは無理かな」

「普段着物って、え、俺、初めて見るんだけど」

「初めて見せましたから」


 たぶん、ここなんだろうな。葵ちゃんが憑いた理由。

 流行の服をほとんど持っていない私が、頑張って装うとしたら、着物になる。でも、なんか恥ずかしくて、休日に先輩と会うときも、通勤着とほとんど変わらない姿で出かけていた。

 美しく装う余裕なんて無かっただろう葵ちゃんにしてみれば、腹立たしいだろう。


 更には、自分の趣味を優先して、お誘いを断るとか、寝てる間に入水自殺されなくて、本当に良かった。まあ、近所にそんなことができる場所、無いんだけど。


 お城の入り口で、閉館まであと三十分ほどしかないと告げられた。葵ちゃんの鎧を見るだけだから、十分だ。


 葵ちゃんの鎧は、やっぱり簡素で、男性用の甲冑と比べると見劣りがした。


「葵ちゃんは、まだいる?」

「いいえ。いません」

「そうか」

 安堵したような、柔らかい笑顔を向けられる。


 本当の事を言うと、少し前、ロープウェイに乗る前くらいから、葵ちゃんの存在を感じなくなっていた。締め付けられるような感覚が、全く無くなっていた。先輩に会った時点で、葵ちゃんの希望を叶えてあげられたんだと思う。


 お城を出て、本丸前の広場を歩きながら、先輩が言った。

「正解は、着飾ってデートってとこか」

 へ?

 あ、えーっと……

「はい」

 そうか、そう言えばいいんだ。


「何だ、今の間は」

「い、いえ、ちょっと考え事をしてたので」

「ふうん。まあ、せっかくいなくなったんだったらさ、魔除け買いに行くか」

「魔除け?」

「酒井に聞いた。光り物に弱いんだろ」

「いや、それは希美さんが言ってるだけで。それに今日は着けてますよ、希美さんがくれた魔除け」


 右手を上げて、指先を見せる。ピンクベージュが基調のネイルチップは、五本の内三本が無地で根元にスワロが光り、残り二本はよく見ると花唐草だ。希美さんから見ても、私はそのイメージみたいだ。


「魔除けなんだから、いくつあっても良いだろ。この前、姉貴に連れて行かれた店が、すぐ近くにあるから……」

 あー。

「あの、小リスちゃんですか」

「小リスちゃん……、まだ、疑ってんのか」


 と、先輩が立ち止まり、ポケットからスマホを取り出した。画面を見る表情が険しい。

 何だろう?


 ため息をつき、スマホをポケットに戻すと、嫌そうに呟いた。

「行き先変更。会いに行くぞ、凶暴な齧歯類に」


 誰、それ。


***


 連れて行かれたカフェにいたのは、お祭りの日に見た小リスちゃんで、歴とした先輩のお姉さんだった。お姉さんは、麻由美さんといい、見たとおりに快活で、よくしゃべる人だった。


 知らなかったー、こういう娘がタイプだったんだー。

 テレビでアイドル見て、ブスばっかりとか言うと思ったら、こういう楚々としたのが、タイプだったんだね。アイドルには、いないよねぇ。

 で、何?その彼女に信じてもらえないって?

 うわっ、日頃の行いが、伺い知れるわね。

 引くわ、お姉ちゃん、引いちゃうわ。

 それにしてもあなた、この見てくれだけの弟のどこが良かったのかしら?その見てくれも、毎年、正月休みには崩れかけるのよ。食べ過ぎて。

 あら、そう言えば今年は崩れなかったわね。

 あー、そういう事ね。とも君、がんばっちゃったんだ。


「とも君?」

 隣に座る先輩を見る。

 顔、引きつってる。怒りたくても、怒れないってとこかな。こんな表情、始めた見た。

 ふふっ。私の頬は、緩んだ。


「何、笑ってんだよ」

「いえ、笑ってなんか、いませんよ」

 ダメだ。震える。


「あら、彼女ったら、丁寧語使ってんの。とも君、全然心開いてもらえてないじゃない」

「姉ちゃん、そろそろ黙ろうか」

「嫌だわ、お姉ちゃん、とも君のために、わざわざ時間作って来てあげたのに。あ、来た。ここのパンケーキ、食べてみたかったのよねー」

 お姉さんの前に、ベリーと生クリームがどっさり積まれたパンケーキが置かれた。これ、地元誌の特集で見たことがある。人気のやつだ。


「帰っていいかな」

 先輩が言うと、お姉さんはにっこり笑って、指先で伝票を摘まみ上げた。先輩は、舌打ちしてそれを引ったくると、席を立ってしまった。


 あ、え?


「紗那ちゃんだっけ。あと、よろしくね~」

 よろしくって。

「ご機嫌、直しといてね」

「ど、努力します」

 それだけ言うと、頭を下げて、お姉さんとパンケーキを後にした。


***


 お腹が減った。とにかくしっかり食べたい。肉食べたい!お米食べたい!吉牛行きたい!という私の希望は、「その格好で、吉牛って」と言う先輩によって、却下された。

 私が平気なんだから、良いと思うんだけど。


 近場に、外にがっつり食べられそうなお店はないし、今から作るにしても材料を調達するところからだし、仕方なく、吉牛テイクアウト。どうせなら、お店で出来たてを食べたかった。


「葵ちゃんがいなくなったせいか、お腹空くんですよ」

 お茶を淹れながら言う。

「葵ちゃん、胃にいたわけじゃないだろ」

 先輩はネクタイを緩めて、完璧にくつろぎモードだ。


「あのパンケーキも、美味しそうでしたね」

「あー、あれな。自分の金で食えばいいのに」

 苦々しげに言うけど、結局はお姉さんの言うことを聞いてるわけだし、お姉さんは弟のために時間作ってるし、仲は良いんだろうな。

 二人の様子を思い出すと、自然と笑みがこぼれる。


「とも君は、お姉さんに弱いんですね」

「その呼び方、なんかイヤだな」

「そうですか?お姉さんと仲良しなんでしょ、とも君」

「止めろって」

「可愛い呼び方ですよね、とも君」


 あ、黙った。

 と、急に意地悪そうに、眼を細め、口角を持ち上げた。


「あれ、嘘だろ」

「あれ?」

「葵ちゃんの答え。着飾ってデート」

「へ?」

「突っ込むの、止めとくつもりだったんだけどな。ほんとは違うよな」

「う、嘘じゃ、ない、ですよ」

「そうだな、全くの嘘ではないな」

 先輩が、身を乗り出してきた。

「三割くらいかな」

 右手が顔に伸びてきた。

「教えてくれてもいいんじゃないか」

 開いた手で、両頬を掴まれる。今私、すごいブスだと思う。

「つき合ったわけだし」

 そうなんだけど。つき合ってくれたから、葵ちゃんが出て行ってくれたんだけど。


 とも君なんて、呼ぶんじゃなかった。


「ほら、言ってみろ。」

 う……。

 両手を伸ばして先輩を押し戻し、俯いて目をそらしてから、何とか絞り出した。

「…………めに、装う、です。」


「ん?」

「だからっ。好きな人のために装うって、言ったんです」

「え!?」

 え?


 ちらりと様子を伺うと、中途半端に口を開けた顔が見えた。

「な、何で。そこまで、驚かなくても」

「いや、その、そんな可愛い答えが返ってくると思わなかったから」


「あ……」

 軽く、軽く、軽~く流して欲しかった。

「そうか。うん、そうか」

 じっくり噛み締めるように頷きながら、私の腕を引っ張り、抱きすくめた。


「あー、でもこれ、脱がし方がわからん」

「脱がっ、さないでください。着るのに、二十分かかったんですから」

「りょーかい。とりあえず、今のところは」

 今のところはって。


 お姉さん。

 任務、完了です。


***


「何で姉ちゃんがいるんだよ」

「紗那ちゃん、言わなかったの?」

「言いましたよ」


 学生街の一角にある、ワンルームの私の部屋は、築年数が経っているので、値段の割には広い。とは言え、大人が三人も入ると、やはり窮屈だ。私と、麻由美さんと、友哉先輩と。

 今日は、「普段着物って可愛いんだね。着てみたいな。」と言ってくれた麻由美さんに、私流の適当な着付けで着物を着てもらうと、ちゃんと説明している。


「麻由美さんがね、これ買ってくれたんです!」

 私は嬉々として、部屋の中央に鎮座する姿見を指差した。その周りには、帯揚げ、帯締めが散らばっている。

 いつも部屋の真ん中に陣取っている小さなテーブルは、足をたたんで隅に追いやった。


「それ、そんなに嬉しいもんなの」

 と、友哉先輩。

「嬉しいですよ。今まで、窓に映してたんですからっ」

 着付けの時、後ろ姿や裾線は、掃き出し窓に映して確認していた。何とか着られるから、買わなくてもいいかなぁと思っていたけど、やっぱり全然違う。着やすい!


 すると麻由美さんが、眼を細めて口角をちょっと持ち上げ、意地悪そうな表情で言った。

「あんたが買ってあげた光り物より、嬉しいって」

「え!?姉ちゃん」

「これ、ロープウェイ街の彫金ギャラリーのオリジナルだよね~。買ってあげたんでしょ?」

 そう言って、私の耳たぶを触る。言わなかったけど、やっぱりわかるんだ。


「じゃ、紗那ちゃん、そろそろ行こうか。とも君も来る?」

「どこへ!」


 私は、この間読み終えたばかりの文庫本を取り出した。

「麻由美さんが教えてくれたんです。ぶたぶたさんが作るホットケーキに、そっくりなのを出すお店が有るって」

 分厚い二枚重ねのホットケーキの後ろから、小さなピンクの豚が顔を出している、可愛い表紙の本だ。


「どうせ、俺に払わすつもりだろ」

「嫌なら、帰りなさいよ」

 うん、そうなりそうだから、誘わなかったんですよ。ちゃんと説明もしたんですよ。なのに、どうして来た。


「着物姿の美人、二人も連れて歩いたら、気持ち良いわよ~」

 麻由美さんが、また意地悪そうに笑って、友哉先輩を両手で部屋から押し出しながら、買ったばかりの草履に足を入れる。


 私は、くるみのかごバッグを手に取ると、姿見をちらりと見た。

 水色の越後花織の着物に、半幅帯をカルタに結んだ姿は、チノパンの友哉先輩とまあまあ釣り合いがとれてるかな、と思いながら部屋を出た。

私の趣味全開のお話にお付き合いくださり、本当に、本当にありがとうございました!


・作中のホットケーキの表紙の本は、矢崎存美さんのぶたぶたカフェ(光文社文庫)です。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ