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女中の娘

 気づいていないわけではなかった。涙を流す回数が増えてるかな、とか、夜中に目覚める回数が増えてるかも、とか。

 でも、やり過ごすって決めちゃったから、気づいてないふりをしてしまった。鎧が島に帰れば、きっと葵ちゃんも帰ってくれるだろうから、それまで我慢すれば良いと思っていた。


 甘かったみたいだ。


 そもそも葵姫って、どんな人だったっけ?なまじ知っていたせいで、ちゃんと読んでいなかった。


 堅く絞ったハンドタオルをジップロックに入れ、電子レンジに放り込んでから、スマホで検索した。


――葵姫は、領主である父親が、女中に手を着けてできた子だった。丈夫で元気だったことから、父からたいへん可愛がられ、幼い頃から武術や兵法の手ほどきを受けた。

 陣代として出陣するようになったのは、討死した兄の代わりだ。島に攻め込む敵を二度退け、その戦の最中、右腕だった家臣と恋仲になる。

 しかし、三度目の戦いで恋人が討死。身方もかなりの数を失ってしまったため、降伏する案が持ち上がった。

 しかし姫は、残った兵力をかき集めて夜襲をかけ、敵を退けた。

 戦いの後、姫は神社への参拝を済ませると、恋人の後を追い入水自殺し、十八年の生涯を閉じた。――


 え?これって、悲恋のお話?


 私はてっきり、勇ましいお姫様のお話だとばかり思ってた。だってフライヤーのお姫様、薙刀振るってたよ。

 悲しいのは、寂しいのは、戦で身近な人をたくさん亡くしたせいだと思ってた。後を追って死んじゃうほど、大切な人を亡くしてたなんて、思いもよらなかった。


 チン。電子レンジに呼ばれた。


 ジップロックから蒸しタオルを取り出す。うん、四日目ともなると、一発で適温。床に座ってベッドにもたれかかり、タオルを顔に乗せる。


 恋人の後を追って自殺した、ということは、あの世でちゃんと結ばれたんだよね。じゃあ、何で想いが残ったんだろう?

 普通に考えると……


「生きてるうちに、やり残したことがあったんだろうなあ」

 ため息とともに、独り言つ。


 あと二週間、と少し。日毎に増す絶望感に苛まれながら過ごすのと、葵ちゃんのやり残したことを考えて、出来れば早めに出て行っていただくのとでは、後者の方が良いに決まっている。


 そういや希美さんは、何て言ってたっけ。気持ちが揺らいでる人に憑く、だっけ。

 でも、あそこ、まあまあ人の出入りが有るから、気持ちが揺らいでる人は、希美さんだけじゃなかったと思う。ほかに、ばばあの怨念、長いな、鵺に気に入られる理由が、あったんじゃないだろうか。


 あ、まずい。そろそろ家、出なきゃ、遅刻する。でも、何か掴めそう。丸三日も、考えることを放棄していたことが、悔やまれる。


 うーん。


 休んじゃえ。いい、よね?有給、有るし。このまま仕事行っても、上の空になってしまう。


 三十分後、そろそろ佐藤さんあたりが出勤したかなと思い、事務所に欠勤の電話を入れた。


***


 はやっ。今、十時だよ。勤務時間中だよ。希美さん、返信、早すぎる。


『鵺に気に入られた時、気持ちが揺らいでたんですよね。どうして?』

『彼氏と上手くいってなかった』

『ありがと』

『それだけ!?ほかになんかあるでしょ!?』

『なんかとは?』


 一呼吸おいて、電話が鳴った。

「あんた、大丈夫なの」

「それは、私の台詞です。希美さん、勤務時間中でしょ」

「ちゃんと館長には断ったわよ。で、どうなの」

「もしかしたら、葵ちゃん、何とか出来るかも」

「何とかって?」

「希美さんが鵺に気に入られたのは、気持ちが揺らいでた以外にも、何か理由が有るんじゃないかと思ったんです。そしたら、彼氏と上手くいってなかったって。いかにも鵺が好きそうな理由じゃないですか」

「まあね」

「だから私も、葵ちゃんに気に入られる理由があったんじゃないかと思って」

「へえ。で、それって何?」

「それは、今から考えます」

「何なの、それ。まあ、元気そうで良かったわ」

「ありがと。わかったら連絡しますね」


 さてと。

 もう一度、さっきの葵姫の物語のサイトを開く。


 葵ちゃんは、お姫様とはいえ、正妻の子では無かった。女中に産ませた子を、()()()()()受け入れる正妻なんて、そうそういないだろう。


 そんな葵ちゃんは、お屋敷の中では立場が弱かったんじゃないかな。父親に気に入られてしまったことで、尚更、正妻には疎まれてしまいそうだ。

 それなのに、可愛がられたら、どうするだろう。


 兵法や武術に興味が無くても、教えられれば、頑張るだろう。本当に好きで学んでいたら、正妻の子である兄より秀でることの無いように、適度に手を抜くだろう。


 戦になど出たくなくても、出なければならないのなら出るだろうし、たとえ自ら進んで出たとしても……


 薄汚れた姿を、好きな人に見せたいかな、十八歳の恋する乙女が。


 あー、今の考えだと、ちょっと恥ずかしいことやらなきゃいけないような気がする。

 でも、これが当たりとは限らないし。

 ハズレなら、また考えなきゃいけないし。

 なら、早めに試した方が良いし。


 頑張れ、私。とりあえず、職場に電話だ。


「はい。旧本館、管理事務所です」

「あ、先輩。お疲れさまです」

「浜本!?おまえ、大丈夫なのか」

「大丈夫ですよ。ちょっと考え事をしたかっただけです」

 息を付く音が聞こえた。


「それで、先輩にお願いがあって電話したんですけど」

「何だ?」

「時間休、とれませんか?えーっと、二時間」

「訊いてみる。けど、何で?」

「葵ちゃんに、出て行ってもらう方法を考えてたんです。合ってるかどうかはわからないけど、とりあえず試したくて。つき合ってください」

「わかった」

 保留音のカノンが流れる。


「良いって。で、どうすればいい」

「四時に、城山のロープウェイ乗り場まで来てください。一緒に葵ちゃんの鎧、見に行きましょう」

「それだけ?」

「それだけ」

 あ。


「そういえば、この前のお城下祭りの日に、女の子と腕を組んで歩く先輩を見かけました」

「え」

「あ、別にそれは良いんです、今は。ただ、見たぞって言いたかっただけなので」

「ちょっ、ちょっと待て。あれは違う」

「じゃあ四時に、お願いしますね」

「待て。聞けよ。あれは姉貴だ」


「あんな小リスみたいに可愛いこが、お姉さんですか」

 あら?

「と、とにかく四時に、お願いしますね」

 自分が吐いた台詞に驚き、慌てて電話を切った。


 うわーっ、私、自分が思ってたより、全然平気じゃなかったんだ。しっかり、妬いてたんだ。


 スマホから、ピコンと音がした。先輩からのラインだ。

『ほんとに姉貴だからな!』

 とりあえず、了解な感じのスタンプを返しておく。

 今は、葵ちゃんに出て行ってもらう方が先。

 自分に言い聞かせて、準備にとりかかった。


 先輩は、職場から直接、待ち合わせ場所に来る。ということは、ネクタイを締めている。それなら、この間のお祭りの時よりは、カジュアル度を減らしたコーディネートが良いだろうな。


 着物は、買ったばかりの紅型っぽい染めの小紋に、すぐに決まった。帯は、半幅よりも名古屋だな。でも、可愛くもしたいから、お太鼓じゃなくて、銀座結びにしよう。銀座結びにするなら、赤い塩瀬よりも芥子色の織りの方が結びやすい。

 半襟は、白シャツ率の高い先輩に合わせて、白。でも、真っ白じゃかしこまりすぎるから、生成りの小花の地模様が有るのに付け替えよう。


 だいたい決まったところで、お腹が鳴った。時計を見ると、お昼をだいぶまわっていた。そういえば、朝から何にも食べてなかったな。

 久しぶりに、ちゃんと空腹を感じているような気がする。それに、葵ちゃんの締め付けも、若干、緩くなっているような気がする。

 この方向で、合ってるのかな。


 帯締めと帯揚げを考えながら、冷蔵庫を開けてみたら、ろくなものが入ってなかった。

 ここ数日、食欲も作る気力も無くて、お惣菜ですませてたんだっけ。これ、あと二週間我慢してたら、自殺はしないまでも、確実に体調を崩してた。


 仕方がないので、冷食のパスタで、とりあえずお腹を満たした。

・○姫伝説をお借りしました。

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