表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

1/3

前編

 後編は一時間後に更新します。



「――ねぇ、()(とう)くん。私のこと、どう思いますか?」

 オレンジ色に染まる放課後の教室で、女子生徒が男子生徒の手を取り、上目遣いに見上げて問いかける。

 女子生徒の方は、誰に訊いても美少女だと答えるくらいには見目麗しく、またその才能と実力から校内で知らない者はいないくらい有名な人物だ。

 対して男子生徒の方は、刀術の実力から一目置かれるも、容姿はぱっとしないし学力も並み程度なのでさほど名は知られていない、どこにでもいそうな男子高校生。

 この二人に接点など、端から見ればなにもありはしないと思うだろう。その学力も、家柄も、容姿も釣り合わない。唯一戦闘能力だけは(魔法と剣術という違いはあれど)近いが、それだけだ。

「どう、って……」

「魅力、あるんでしょうか。気になる人に、その……気を引こうと振る舞っても、全然振り向いてくれないんです」

「あー……や、その。俺は十分、魅力的だと思うぞ? つかお前以上に可愛い女子なんかいないだろ……」

 最後の方は消えてしまいそうなほど小さな声だったが、女子生徒はそれを聞き取ったのか、頬を朱に染めながらもぱっと顔を明るくする。

「本当ですかっ!? よかったぁ……ちゃんと香藤くんに見て貰えてたんだ……」

「っ」

 ふわりと微笑む女子生徒に、男子生徒は顔に熱が上ったことを自覚したのか、口元を手で抑えて視線を逸らす。

 ――下校する生徒の声が、どこか遠く聞こえる。

 まるで世界から隔離されたような教室で、女子生徒は男子生徒に一歩、また一歩と近づく。男子生徒もまた一歩ずつ後退するが、しかし女子生徒が大きく踏み込み、密着したような体勢になると――一息に、力を加えた。

「――っ!?」

 男子生徒が息を飲んだのと、ガツンッ! という衝撃音が鳴ったのは同時だった。

 先ほどまで床と水平にあった視線は、天井を見上げている。

 ふわりと、ウェーブの掛かった美しい薄茶色の髪が男子生徒の視界の中を泳ぐ。甘い香りが鼻を(くすぐ)った。

「ねぇ――香藤くん」

 仰向けに倒れた男子生徒の上に、女子生徒が馬乗りになって顔を覗き込む。その顔が赤く染まっているのは、夕日のせいだけではないだろう。

 放課後の教室。少女が少年を押し倒し、そっと囁く言葉は甘く蕩けるような心地を抱かせる。


 ――これは、一世一代の大勝負。

 前世の親友を馬鹿にするための、酷くくだらない茶番劇。


 全ては――親友を見返したいから。


   ◆ ◆ ◆


 高校二年の夏休み。

 遊んでいられる高校最後の夏の時期、幼馴染みでもあり親友でもある二人で秋葉原に繰り出していたところ、暴走車に仲良く轢き殺された()(がみ)(かおる)鹿()(しま)(なお)()は、女神様曰く転生の間らしき真っ白な空間で説明を受けていた。

「つまり、ゲームよろしくステータスが弄れるってこと?」

 という尚人の言葉に対し、金髪の女神はこう答えた。

「そうね。振れるポイントは生前の善行によって決まるけれど」

「つまりカンストも夢じゃないと」

「アンタどんだけ自信あるのよ。人生の全てを賭けてボランティア企業で世界中飛び回っても、九項目中五つ極振りするのが限界だから」

 十六、七歳までしか生きていないうえにロクに親孝行した覚えもない一般高校生であった二人は「むぐぐ」と押し黙る。

 そこへ、ありがたいことに女神が助け船(?)を出してくれた。

「まぁ普通に生きているなら平均点くらいは取れるわよ。……あまりオススメしないけど、ダイスで決める方法もあるわ……よほどの強運でもなけりゃ平均下回るからやめた方が良いけれど」

「何回振れるの?」

「一つの項目に六面ダイスで三回」

「TRPGかっ」

 とはいえそれなら良いステータスにならないこともなさそうだ。酷く歪な感じになりそうではあるけれども。

 もっとも、人生を左右することをギャンブルに任せるほど賭け狂いでもない二人は、おとなしく既存のポイントで決めることにする。

「……あ、でも私を褒め称えるなら十ポイントぐらいサービスするわよ」

「女神様超可愛い世界一可愛い嫁にしたいっ!」

「気持ち悪いから五点減点」

「んな理不尽なっ!?」

 アホの尚人は撃沈した。南無三。

 骨は拾ってやらないが、仇は取ってやろうともう一人のアホ・薫はにやりと笑って口を開く。

「女神様、あぁなんて貴女は美しいのでしょう。転生した後も貴女を崇め讃えるため、その麗しいお姿を象った彫像を作ることをお許し頂けませんか?」

「……初めて信者ができた気分だわ。それにイケメンだからとても心地が良い。よし、奮発して三十ポイントあげちゃうっ!」

「ありがたき幸せ(よっしゃチョロいぜこの女神っ)」

 アホはアホでも口が上手く顔が良いアホは得をするのだ。五ポイントも失った親友から怨嗟の籠もった視線が飛んでくるが爽やかにスルー。

 ともあれ。

「あーもーっ! いっそやけくそに外見値(APP)マックスにしちまえっ! あと剣とか魔法とかにも全力で注ぎ込むっ!」

 とアホさマックスの尚人がロクにポイントも無いのに極振りしていると、女神が多分の呆れを含んだ声をぶつけてくる。

出自値(LIN)低いと死産するわよ」

「ふぁっ!? じゃ、じゃあ出自値(LIN)は平均値の十振って……ぐ、仕方ない。魔法を切るしかないか……」

 尚人は剣などの武術寄るにステータスを振るようで、魔法は諦めたようだ。未練たらたらなのは男子高校生としての憧れゆえだろう。それでも剣を取ったのも、やはりロマンゆえであるが。

「んー……そっちが剣なら俺は魔法かな。ポイント余るし、外見値(APP)マックス(十八)出自値(LIN)かなり優秀(十五)にして、後は頭脳値(INT)もマックスにしてっと」

「うわずりぃ!」

「口が上手い人間が得をするのだよふふふふふ」

「詐欺師にはなるなよ親友よ……」


   ◆ ◆ ◆


 ――などとアホな会話を交わした過去(体感で五分前、実際は五年前)を懐かしみながら、そのアホの片割れたる佐上薫――転生後の名は(いろ)(がみ)()(おり)である少女(幼女)は現実逃避をしていた。

「あー……外見値(APP)まで弄ったうえに性別指定まで無かったんだから、そりゃ前世とはまったく違う姿に転生するよなぁ」

 鏡に写る姿は、幼いながらにほんわかとかふんわりとかが似合いそうなゆるふわな美幼女で、前世のカッコいい系(親友やクラスメイト談)の容姿とは似ても似つかない。密かな自慢だったイケている(主観)アルトボイスも今は甲高いロリボイスに変化している。アニメに出てきそうな癒しボイスなのでそれはそれで期待値上々なのだが、もう二度と男性ボーカルのカッコいいアニソンを低い声で歌いこなすことはできないだろう。

「いや待て、そもそも前世で低い声じゃ似合わなかった高い女性ボーカルのアニソンが歌えるってことだよな……? うん、そう考えるとなんか良い気がしてきた!」

 ポジティブシンキングである。元・高校生の精神はとりあえずノリと勢いで生きていけるくらいには強いのだ(ただのアホとも言えるが)。

「そうだ、どうせだからとびきりの美少女になってやろう。そんで尚人の奴を堕としてからネタばらしして笑ってやろうふふふふふ」

 親友への半生を賭けた嫌がらせを思い付きで実行しようとする佳織。本人が思っているよりパニック状態なのかもしれない。

「そうと決まればまずは顔と胸だな! 見た目(APP)はマックスだけど、努力することは無駄じゃないだろ!」

 こうして、アホな計画が妙なテンションでスタートしたのだった――。


   ◆ ◆ ◆


 そして時は流れ、高校に入学する頃。

 今世で新たにできた親友の少女と談笑する佳織の姿があった。

 垂れぎみだがぱっちりとした大きな瞳は翡翠(エメラルド)のよう。整った細い眉や小さな鼻、ふっくらとした桜色の唇がまるで神様が調整したかのように絶妙なバランスで配置され、誰に聞いても美少女と答えるであろう天使のごとき容姿を手に入れていた。

 ふんわりとウェーブがかかった薄茶色の髪を背中まで伸ばし、左側の(ひと)(ふさ)を三つ編みにして垂らしている。これ以上凝ったものは本人の性格的に無理なのだが、それでも可憐に映えるのだから、もはや魅力値(APP)の暴力とでも呼ぶべきだろう。

「ところで佳織は何を専攻するの?」

 赤みがかった茶髪をボブカットにした親友――(あい)(ばら)()()の言葉に、佳織はふわりと微笑みを浮かべながら答える。

「概念魔法ですね。私が入る攻勢魔法科では変熱魔法と操作魔法はやりますが、概念魔法はあまり重視しないようなので」

「あー……あの変態魔法か」

 三つある魔法体系の中でも概念魔法は並外れて難しいことから、時折『変態的に魔法に魅入られた奴が使う魔法』略して『変態魔法』と呼ばれることがある。佳織は言われるほど難しいとは思わないのだが、それは転生前に設定したステータス『頭脳値(INT)十八(マックス)』と『魔力値(MAG)十八(マックス)』によるものなので普通の魔道士にとっては難解なのだろう。

 ちなみにですます口調は、佳織が思う理想の女子像からきたものだ。つまり彼女の性癖である。業が深い。一人称も『私』の方が見た目的にも口調的にも合っているので努力して変えた。

「由乃ちゃんは何にしたんですか?」

「あたしは弓術専攻よ。間接武闘科だとそれ以外はあんまり役に立たないしね。魔法と銃器の相性が良ければ機銃兵器を専攻したんだけど」

「なるほど……現代兵器と魔法のタッグはなかなかロマンを感じるんだけど、この世界だとできないんだよなぁ」

 思わず素が出てしまうが、幸いにも小さな声だったため由乃の耳には届いていないようだ。

 佳織は小さく空咳を挟んで、

「それにしても……由乃ちゃんまでここに通うとは思っていませんでしたよ」

 佳織達が通うことになる王立(らい)(てん)高校は、十年前に突如異世界と繋がった『天魔の門』と呼ばれる過去の戦争の遺産の影響で設立された、少々特殊な教育機関だ。

 生徒の育成目的は、『天魔の門』の先にある()()()の侵略のため。

 詳しく言えば、『天魔の門』の先に繋がる異世界に眠る神魔大戦期の遺物を入手し、その妨げとなる魔物を殲滅する力をつけるための場所なのだ。

 もっと詳しくすると、七百年前の『神々の黄昏(ラグナロク)』事件より前には異世界ではなく異階層にある世界と呼んでいて偶然そこと繋がったとか、遺物の四割は『煉獄の魔女』と呼ばれる伝説の魔法使いが作ったものだとか色々あるのだが、そこは割愛。

「ふふ、あたしは冒険とか財宝とか、わくわくすることが大好きだからね。この進路は必然なのよ」

 由乃の言葉に、佳織はなるほどと思う。

 來典高校の卒業生のほとんどは探索者となり、『天魔の門』に生涯を賭けて挑む。一割ほどは軍に就職するのだが、それでもほとんどがロマンと名誉を求めて探索者になる道を選ぶのだ。

「由乃ちゃんはロマンを追うのですね」

「好奇心を満たすことこそが人間の最高の快楽なのよ。……それで? そう言う佳織こそ、どうして來典に進んだの?」

 あんたなら魔法研究者にでもなった方が出世できるでしょうに、と続ける由乃に、佳織は微笑みを浮かべたまま、

「研究者は(しょう)に合いませんから」

「でも、わざわざ危険な探索者になる必要はないじゃない」

「そうですね。でも……」

 すっと目を細め、遠くを見据える佳織。訝しげな由乃の視線を感じると、誤魔化すように微笑んで、

「内緒です」

「えーっ! いいじゃない教えてくれても」

「謎多き女は魅力的に映るんですよー」

「そんな付属効果なんか無くてもあんたは十分魅力的よ。あたしに分けて欲しいくらいにね!」

「ありがとうございます。でも魅力は自分で努力してください」

「辛辣っ」

 と――騒いでいた時、ふと佳織は、視界の端に映った光景に足を止めた。

 立ち止まる佳織に、由乃が訝しげな声色で問いかけてくる。

「どしたの? イケメンでも見つけた?」

「由乃ちゃんじゃないんですから、イケメンをいつ何時でも探しているわけじゃないですよ。それより、あっちです」

 あたしが探してるのは渋いおじさまよ、などと(のたま)う由乃を無視し、佳織は足を止めた原因を指差す。

 そこでは、男子生徒が女子生徒の腕を掴み、どこかへ連れて行こうとしているところだった。恐らく制服のクラス章の色から男子生徒は上級生だと思われる。しかしそこに恋人同士のような甘い雰囲気はなく、明らかに無理矢理であることが見て取れた。

「初日から最悪ね、あの娘。というかこの高校、あんな柄が悪いのがいるのね」

「軍に入る生徒もいるのに、随分迷惑な人です。というか女の敵です」

 あんな光景を見せられて動かない道理はない。佳織は体内の魔力を(おこ)し、魔法を発動させようとするが――直前で、止める。

「誰かしら、あの男子」

 由乃の疑問に対する答えは、佳織は持ち合わせていなかった。

 佳織が魔法を止めた原因でもある男子は、女子生徒を無理矢理連れて行こうとする男子生徒の腕をひねり上げて女子生徒の腕を放させると、男子生徒の腹を蹴飛ばして悶絶させ、その隙に女子生徒を連れて逃げてしまった。

「……なかなかカッコイイわね、あいつ。一緒に探索するならああいう奴が良いわ」

 確かにあの身軽さと上級生相手に手を出させなかった腕はなかなかだし、迷わず女子生徒を助けた性格は快く、頼りになるだろう。由乃が目をつけるのも納得できる。

 けれど佳織は、別のところで彼に目を引かれた。

 別に、もの凄いイケメンだったとか、逆に男の娘な感じだったとか、そんなインパクトがあったわけではない。カラフルな髪や目の色が一般的なこの世界で髪も目も黒なのはある意味目立つが、それ以外にこれといった特徴の無い平凡な少年だ。

 ――これはもしかしたら、なんの根拠もない直感の類いだったのかもしれないけれど。

「まさか、あいつ……尚人、か?」

 ひらり、と。桜の花が舞い散る中、体感時間で十年、現実時間で十五年会っていない親友の姿を、見知らぬはずの少年と重ねていた。


   ◆ ◆ ◆


 さて、この世界には魔法というものが存在する。

 大昔、神魔大戦と呼ばれる神話に語られる戦争が起こった時代には別の名で呼ばれていたソレは、今でもこのアルバーン大陸ではなくてはならない技術だ。

 三百年ほど前、海を越えて西にあるカリストロ大陸から伝わり発達し始めた科学技術と合わさり、二十一世紀の地球とも差分がないほど(一部は追い越すほど)に生活水準は向上したが、それでも超常の術は消えていない。

 それは、七百年前の『神々の黄昏(ラグナロク)』事件の際に異世界からこの世界に流れ込んできた魔物を討伐するためである。

 奴ら自身も魔法を使うのだから、それに対抗するのは魔法しかないという単純な考えだ。しかしこれは現代兵器の併用も可能になったので、ここでの魔法の価値は落ちている。

 だから魔法が単独で活躍する機会が訪れたのは、十年前のこと。

神々の黄昏(ラグナロク)』事件で崩壊し、今や無事だった門だけが文化遺産として残っていた大昔の超巨大迷宮――通称『(てん)(れい)(じゅ)の迷宮』に、ある日突然、変化が起きたのだ。

 残されていた門が突如開き、その先は繋がるはずのない異世界が広がっていた。そこには多くの魔物が()んでいて、失われた神代の遺物が眠っている、多大な危険と利益が共存する魔境だったのだ。

 厄介なことに、門の大きさからして戦車は通れず、しかも探索を邪魔する魔物には魔法的防御が掛かっているのか、魔法の掛かっていない近代兵器の効きが非常に悪かったのだ。おかげで門の向こう側にいる魔物には魔法か、魔法を掛けた剣や槍などの前時代の武装しか通用せず、魔道士の需要が急増したのである。


   ◆ ◆ ◆


『天魔の門』の探索に力を注いでいるため、探索者の育成機関である來典高校の施設には多額の金が注ぎ込まれている。そのため学生が昼食休憩を取る食堂は国中の有名店の支店が並び、それらをかなり安い金額で食べることができるのだ。

 佳織と由乃はそんな有名店の一つに入り、午前中の授業の復習を軽くしながら昼食をつまんでいた。

 入学して忙しい新生活を送り、早くも一ヶ月経って、現在は五月。

 新入生演武会と呼ばれる、『天魔の門』を潜った先の異世界で捕獲した魔物を使った、新入生の素質を見るための大会が二週間後に控えている。

 新入生演武会のルールは簡単で、二人ペアでEランクの魔物(魔法を使えず武術も習っていない一般成人男性が十人がかりでなんとか倒せる程度の強さ)を倒すというものだ。どんな武器や魔法を使っても良いし、危険になったら先生や上級生が助けてくれるという優しいシステムなので、初めての実戦でも安心して臨めるのである。

 ……しかしこの大会、一つだけ大きな問題があった。

 人によっては何の問題も無いのだが、運次第では最悪の結果を引き起こすそれは――。

「そういえば佳織、あんた誰とペアになったの?」

 ……そう。ペアは完全にくじ引きなので、運が悪いと診療魔法科の治癒術師同士がペアを組んで、何の攻撃手段もないという事態すら引き起こすのである。

 しかし佳織は攻撃から回復まで、近接戦闘以外なら全て一人でこなせるため誰と組んでも問題ない。

 佳織はミルク風味の強いコーヒーで唇を湿らせてから、

「えっと、()(とう)(ゆう)()くんです」

「んー……あ、そいつってもしかして、入学式の時の?」

「はい、女子生徒を颯爽と助けたあの男子です」

 何の因果か、あの時佳織が尚人と重ね合わせた少年が、佳織のペアとなったのである。

「へぇ、彼って確か、近接戦闘科だったっけ」

「詳しいですね。調べたんですか?」

「まぁね。将来の有望株には唾付けとくもんよ」

 まぁ、まだなにもやってないけど、と笑う由乃。由乃も佳織ほどではないが、一年生の中ではかなり有名な人物なので、接触していたら噂が流れてきそうだから事実だろう。

「そういう由乃ちゃんは誰と何ですか?」

「あたし? あたしはね、(くら)()(まな)()っていう女の子がペアよ。ほら、入学式の時に上級生に絡まれていた子がいたじゃない。その子よ」

「あぁ……凄い偶然ですね、あのとき関わっていた人達と二人ともペアになるだなんて」

「ふふ、そうね」

 と、そこでチャイムの音が会話を遮る。

 佳織は備え付けの時計に目を移して、

「っと、そろそろ約束の時間が来ちゃいます。すみません、私は演習場に行きますので」

「あー、午後の授業は無しで大会のための準備期間なんだっけ。ってことは香藤悠斗と打ち合わせ?」

「はい。互いの能力を把握しておかなければ、ロクに連携もできませんしね」


   ◆ ◆ ◆


 佳織と悠斗名義で借りた第三演習場に入ると、すでに一人の少年が刀を振るっていた。

 短めの黒髪に、真剣な黒の眼差し。普段とは違うその表情は、平凡な容姿など関係なく凜々しく映った。

 扉が開く音で佳織の存在に気付いたのか、少年――香藤悠斗がこちらに視線を向けてくる。

「来たか」

「遅れてすみません」

「いや、問題ない。俺も今来たところだからな」

 すらすらと流れるやり取りに、ふふっ……と佳織は小さく笑ってしまった。

「……? なんで笑ってんだ?」

「ふふ、すみません。なんだか今のやり取りが、恋人みたいだなぁって思って」

「っ!?」

 意地の悪い笑みで言ってみると、悠斗は一瞬で顔を真っ赤にした。

「ば、馬鹿なこと言ってんじゃねぇよ! とっとと始めるぞッ」

 ふんっ、と顔を背ける悠斗。

 その仕草が、前世の親友が恥ずかしさを誤魔化す時にしていたものと酷く似ていて。

(あぁ……どうしてこんなにもあいつと重なるんだろうな)

 心中で問いかけても、答えは誰も与えてくれない。

「なにしてんだ、早くこっちに来い」

 悠斗に()かされ、佳織は「はい、すぐに行きます」と返事をしてから、入り口の近くに荷物を纏めておくと、小走りで悠斗の傍まで行く。近くに寄ると、彼との身長差で佳織が見上げる体勢になった。目測だが、悠斗は百七十五センチくらいはあるだろう。

「んじゃ、予定通り互いの実力を知ることから始めるか」

 悠斗の言葉に、佳織は頷く。

「そうですね。どちらからやりますか?」

「俺からやる。そこで見ててくれ」

 と言って悠斗は佳織から数歩離れると、腰に差す刀に手を掛けた。

 十秒ほどの静寂が落ちる。いや――張り詰めた緊張のせいで長く感じただけで、本当は三秒にも満たなかったのかもしれない。

 ともあれ数秒の後、悠斗の腕が動いたと佳織が知覚した瞬間――()()の風切り音が()()に演習場を震わせた。

「――っ」

 僅か一秒未満の間隙に、五閃。

 剣線が閃いたのだと気付いた時には、悠斗はすでに納刀していた。

 二秒遅れて、悠斗から三メートル離れた位置にある稽古用の丸太が六つに割れる。

「……凄い」

 思わず零れた賞賛の言葉は、意識して抑えているはずの素から飛び出たものだった。

 それほどまでに、佳織は彼の抜刀術に魅せられていたのだろう。

「ってか、これで俺の実力わかるのか? いや俺が自分からやったんだけどさ」

「わかる……いえ、わかります。完璧にとは言えませんが、香藤くんの刀術が並みのものでないことは理解できました」

「そりゃどーも。さ、次はあんたの番だ」

「はい。……えっと、なにを見せれば良いですか?」

 悠斗みたいに勝手に(なにがし)か一芸見せれば良いのかと思ったが、不安だったので質問する佳織。すると悠斗はひらひらと適当に手を振りながら、

「何でも良いぞ。あー、まぁなんかお前の一番得意な魔法とか、使える中で最も強力な魔法でも見せてくれ」

「一番得意か最強の魔法……ですか」

 ……女神様から貰ったボーナス分のポイントで頭脳値(INT)魔力値(MAG)を最大まで振った佳織にとって、解き明かせない魔法式も使えない魔法も存在しなかった。そのため、幼少期は魅力アップのための血の滲む努力の気分転換として魔法をとことん研究していたのだが……なまじ人類最高峰の才能があるせいで歯止めが利かず、一般公開できないような禁術がゴロゴロできあがってしまったのである。

 なので一番得意かつ一番強い魔法は、無数の巨大隕石を振らせる【ドラグメテオ】だとか、核融合反応による高エネルギー放出で広範囲を薙ぎ払う【アトミックフレア】だとか、物騒極まりない上に下手をすると人類滅亡待ったなしの極悪魔法なのだ。さすがにそんなものをぶっ放すわけにもいかない……が。

(……でもコイツより弱いと思われるのは、なんか苛つくな)

 悠斗の刀を扱う技術は並みのものではなかった。専門家ではないし、まして近接戦闘を深く学んだわけでもないので詳しいことは分からないが、それでも素人目で見て凄まじいことは理解させられた。

 このレベルの人間は早々いないだろうから、彼に負けても仕方がない。そう考えることはできるけれど、自分にはもっと強力な力があると分かっている状況で、それを抑えられるほど佳織は大人ではなかった。

 いや……或いは、悠斗が――初めて見た時、前世の親友の姿と重ね合わせてしまった彼が相手だったからこそ、負けたくないという気持ちが強く出てしまったのかもしれない。

 佳織は教科書に載っている魔法のうち、一番強力なものを放つことにする。

「行きます」

 宣言し、悠斗の一歩前へ。

 胸に手を当て、深く静かな呼吸に合わせて体の奥底から魔力を汲み上げる。一般基準で大量だろうが、人類最高峰の魔力値(MAG)を記録する佳織にとっては微々たるものだ。それを全身に巡る血管に似て非なる回路に通し、循環させる。

「【サンダーストーム】」

 長ったらしい上に真面目に読むと少々恥ずかしい詠唱文を省略し、魔法名だけを告げる。

 世界への宣言が成された瞬間、佳織の足下に三つの紫の魔法陣が展開。それは緩やかな軌道を描きながら回転する。バチバチと弾けるのは魔法が解放される前兆か、或いは佳織の濃密な魔力がスパークを起こしているのか。これから顕現する超常を前に空間が悲鳴を上げるように軋み、突発的に強風が巻き起こる。

「お、おい……いったいなにを放つつもりだよ……?」

 演習場にいるとはいえ、明らかに室内で放つ威力ではないであろう前兆現象に、悠斗が引き攣った笑みで問うてくる。

 けれど、魔法に集中する佳織の耳には届かない。

 そして――魔力の高まりが限界点に到達したと直感した刹那、荒れ狂うその破壊力を解放する。

「轟け――」

 合図と同時。

 (ごう)ッッッ!! と、万象を灼き尽くす紫電の嵐が演習場で吹き荒れた。

 木材が圧倒的な電圧で破砕する轟音が鼓膜を強烈に叩き、ともすれば吹き飛んでしまいそうなほどの衝撃が全身を揺さぶる。意識を強く持たなければ余波だけで気絶してしまうであろうその威力は目標(ターゲット)の稽古用丸太を一瞬にして引き裂き、灼き潰し、それでもなお有り余る力で周囲を大きく抉り取った。

 やがて雷の嵐が止み、もうもうと立つ煙が晴れると、佳織は演習場の惨状を見て冷や汗を垂らす。

(うわぁ……これなら魔力は半分くらいで良かったか。やっぱり威力調整がいまいちだな)

 注ぎ込む魔力の量で魔法の威力は変化する。佳織は保有する魔力量が多すぎるために一発の魔法に注ぐ適量の感覚が掴みづらく、過剰な威力を出してしまうことが多々あるのだ。

「……やり過ぎだ。馬鹿なのかお前は」

 悠斗の呆れを多分に含んだ声が背中にぶつかり、佳織はむっとして振り返る。

「ちょ、ちょっと魔力の配分を間違えただけです。落ち着けばもっと細かい調整だってできるんですからっ」

「ほー、今のは落ち着いてなかったのか。エロいことでも考えてたのか?」

「え、は、はぁ!? なに言ってんの馬鹿かお前っ!? じゃなくて馬鹿なんですか! なんで魔法を放つ時にエロ……じゃなくてエッチなことを考えるんですか!」

 顔に熱が上ることを自覚する。佳織の焦りは、思わず素が出るほどのものであった。

「赤くなってんぞ。図星か」

「違いますっ!」

「じゃあ生理か」

「デリカシーってもんがないのかお前は!?」

 言って、ハッとする佳織。

 僅かに視線を逸らしながら、

「デ、デリカシーってものがないのですか貴方は……?」

「……、」

 悠斗の訝しげな視線が突き刺さる。佳織はただただ冷や汗を垂らして沈黙するしかない。

 一歩、悠斗が佳織に向かって踏み出した。反射的に佳織は足を引く。すると悠斗は逃がすまいと佳織の肩を掴んで、

「……そっちがお前の素か?」

「……………………な、なんのことでしょうか香藤くん? 私は見た目通りの敬語キャラですよ?」

「確かに見た目通りだが、自分で敬語キャラって言うもんか?」

「そ、そういうものです。ええ、そういうものなんです、だから放してください」

 鏡を見なくても自分の顔が引き攣っていることが分かる。きっと今の佳織は、誰が見ても何か隠し事をしていると思われるだろう。

 全力で視線を合わせない佳織をじぃっと見詰める悠斗は、ややあって鼻を鳴らすと、

「まぁいいや。エロい妄想してたってことにしとくよ」

「あ、ありがとうございます……ってそれも嫌なんだが!? じゃなくて嫌なんですけど!」

「お前、隠す気あんのか?」

「か、隠すだなんて、私に隠すようなものは無いです。香藤くんの勘違いですよ。あと私はエロ……エッチな子じゃありませんっ」

「エロ本は上手く隠せよ」

「お前はどうしてもエロ系に繋げなきゃやってらんないのか!? ああもうっ、私、今日はもう帰りますから!」

 駄目だ。こいつといると、十年かけて作ってきた『色神佳織』というキャラが崩れてしまう。誰にでも優しくて、綺麗で丁寧な仕草をしていて、ふんわりとした微笑みを絶やさない、佐上薫(おれ)が思う『理想の女子』から離れてしまう。

「ちょ、待てよっ」

「待ちません。さようならっ!」

 悠斗の静止の声を振り切って、佳織は隅に置いていた自分の荷物を掴むと、普段はやらないような乱暴な動作で扉を開ける。最後に一度だけ悠斗に振り向くと、キッと睨み付けてやってから、演習場から出た。

(まったく。まったくまったくまったくっ! なんであいつはあんなにデリカシーがないんだ! だからモテないんだよっ!)

 心の中で口汚く悠斗を罵りながら、佳織は家の教育と自身の思う女性像に近づけるためにいつも心がけていた『お淑やかな歩き方』も忘れて早足に歩く。目的地はない。ただこの苛立ちを晴らすために、外気を吸っていたい気分だった。

(だいたい女子に面と向かって『エロいこと考えてたのか?』って普通訊くか? 思っても訊かないだろ! つかまず思わないだろ!?)

「ああもうっ! ホントに苛つく……! だいたいあいつは昔っから……っ」

 沸き起こる激情のままに言いかけて。

 ふと、佳織は足を止める。

(……昔っから?)

 そんなわけはない。香藤悠斗ときちんと面と向かって話したのは、これが初めてのはずだ。何らかの用事で一、二言話したとしても、『昔から』などと表現するほど親しい関係にはならないはず。

 いや――これはたぶん。

(くそっ、尚人の奴と混ざったのか)

 前世の親友の姿と、無意識の内に混同していたのだろう。

 それはきっと、彼らの性格があまりにも似ていたから。接していると、薫だった頃に戻った感覚になってしまうから、あんなにも無様な姿を晒してしまったのだ。

「香藤悠斗は……尚人、なのか……?」

 はっきりとした証拠はない。だからまだ、確信するには早すぎる。

 けれど、どうしても重なった二人の姿が、佳織は忘れられそうになかった。


   ◆ ◆ ◆


 ウェーブの掛かった美しい薄茶色の髪をした少女が肩を怒らせて演習場を出て行くのを、香藤悠斗は見送るしかなかった。

 最後に睨み付けられたけれど、垂れ目の彼女が睨んでもあまり恐くない。むしろ可愛いと思うくらいだったので、少し気分が良かったのは悠斗だけの秘密である。

「……行っちまったか」

 ぽつりと独り演習場に残され、悠斗は溜息交じりに呟いた。

 それからチラリと背後を見て、げんなりとした表情になる。

「この半壊した演習場はどうすりゃいいんだよ……」

 佳織の過剰な威力を誇る魔法により、綺麗に並んでいた稽古用の丸太九つは根こそぎ薙ぎ払われて焼失し、さらに有り余る威力によってワックスで磨かれたピカピカの床は土が顕わになるほどに抉り取られている。どう足掻いても誤魔化すことはできないだろう。

 いくら一般人より優秀な能力を有していてその上自分の力を誇示したがる來典高校の生徒とはいえ、入学して一ヶ月程度の新米魔道士がこのような惨状を作るほどの力を持っているとは考えづらい。歴史に残る英傑に匹敵するほどの才能を有しているのか、或いは見た目通りの年齢ではないのか、そもそも肉体的にも魔道的にも非力な人間種ではないのか。可能性はいくつも考えられるが……。

「……見た感じ、一つ目だろうな」

 つまり天才。或いは、天災。

「つか雷って、不定魔法じゃなかったっけ? 何者だあいつ」

 三つの魔法体系に含まれない、未だ体系化されていない魔法のことを不定魔法と呼ぶ。雷はその一つに数えられ、理論は確立され教科書にも参考程度に載るが、使い手が国のトップレベルの魔道士に限られるほどに高難度の魔法なのだ。

 それを余裕で使って見せた佳織は、一体どれほどの魔道技術を有しているのか。

「……ま、大会に臨むペアとしちゃ心強いがな」

 魔法の使えない自分には関係ないと、悠斗は考えることを止め、刀を握って独り鍛錬を再開する。

 ……半壊した惨状から目を逸らしつつ。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ