第3話 PRIDE
1月31日 正午
「納得がいきませんよ、それ」
その男__本田清志は興奮を抑えられない表情でいた。その声は目の前の上司を威嚇しかねない。背丈が高い体も相まって、まさしく食って掛かりそうな勢いだ。周囲の人間は、彼の虎と見紛う姿に圧倒され、意見はもちろん、近づくことさえ憚った。
本田清志はシャープな顔立ちで肌は浅黒く、よく見れば逞しい体格を持っていた。彼は麻薬取締官であり、若い身の上で過酷な仕事の環境に自分を置くため、自然と体は鍛えられていた。
「しかし、谷口君は自殺としか考えられん」
「あいつが自殺するような馬鹿ですか? 俺は、俺と谷口はいつもヤクってる馬鹿どもを嗤っていたんですよ。自分の身を自分で滅ぼす馬鹿ほどの馬鹿はいないってね。それを酒の肴にしてた谷口が、わざわざ自分の首を自分でくくるなんて」
「私にも意味が分からんよ。しかし、私には谷口くんの自殺に関する捜査なんぞできない」
「ですが、すべてがすべておかしい。谷口も、谷口が行った最近の言動、そしてこの名古屋の雰囲気も」
本田は歯ぎしりの音を隠すことなく、拳を強く握りしめ、そこから血を2、3滴たらす。顔の欠陥が破裂しそうなほど浮かび上がる。
「君の気持はわかる」
上司は本田から目をそらし、苦虫をかむような顔で見せる。
「君と谷口君がどれほど信頼し合っていた仲間であるかは知っている。私は上司だから。そう、谷口くんが初めてここに来た日、遅れて君が来た日、ああ、ちゃんと覚えているよ。谷口君はいじられ上手だったから、君は平気で谷口君を呼び捨てにしていたし、ため口だった。そして彼も一つ違いの先輩後輩なんて気にしていなかったね。社会的にはどうかと思うは、ベストパートナーだった」
「突然、なんです」
「私もね、昔話がしておきたいんだ。私とて、谷口君が死んで喜んでいるわけじゃない。喜ぶものか。人の不幸が、身内の不幸が楽しいなんで狂人の沙汰だ」
「……」
「人の死は、本当に意味が分からないね。今まで馬鹿のように笑っていた馬鹿が、いつのまにかそこにいない。笑い声さえ残さずに散ってしまう。夢の中で会えた朝、もう一度その世界へ行けないかと悩み苦しめられるんだ」
「そんなの、すべては虚構ですよ。モナリザを恋人にするようなものです」
「わかっているよ。意地悪を言わないでくれ……」
上司は俯き、顔を見せない。本田もそれを見、怒りがほとんど萎える。ただ、本田の顔にはぐったりとした疲れと、怒りとも違うやるせなさに苦しむ感情が残る。
「谷口の馬鹿は、三日くらい休みを取っていた」
「はい。仕事馬鹿が休みを言ったときはみんなでからかいましたね」
「谷口の馬鹿の机に、メモ書きがあったらしい」
「谷口が、メモを……?」
本田は眉がピクリと動く。
「あいつが、メモ? 注意しても、しなかったあいつが?」
「ああ」
本田は何かを言うこともなく、静かに考えた。
死んだ谷口のことを、本田はよく知っていると自負していた。そんな自分でも、彼が自殺する理由などはさっぱり覚えがない。そして、谷口が3日の休暇を取る理由も知らなかった。彼が休暇を取るような趣味を聞いたことがなかったからだ。
あいつは、あの馬鹿は何かの事件に巻き込まれた。そのメモ帳には、それのヒントがあるはず。
言葉にこそしなかったが、本田の直感がそう囁く。彼は妄信的な癖があり、一つの考えが定まると、おさまりがつかないほど間違いと思わなくなるタイプだった。今回は特に親友の死というショッキングな出来事で、彼自身がその妄信性を自覚しつつも、谷口が好き好んで自殺したと思いたくない本音がその理性をかき消す。
俺が、暴かなければならない。