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第21話 私の薔薇を喰みなさい

“私のバラを、さぁ喰みなさい”

 プロミネンスが意思を持ったような動きで炎はうねり、マザーを焼いた。緑色の巨体はドラゴンに食われているかのように炎が侵食していく。だが、マザーも黙ってそれを見るだけではない。黄のⅢによる超音波攻撃を独自に改良し、炎に当てることでそれを相殺する。そして、紅はまた別の炎__たとえば連続した爆発であったり、またはマザーの体内に直接的に熱を加えたり、とにかく紅の多彩なアプローチをマザーは何とか凌いでいた。


 そんな戦闘が数十秒も経てば、マザーは形成を何とか逆転しようと躍起になる。近場にいた感染者たちに信号を送り、紅への攻撃指令を出す。たとえ古参でも新参でも、感染者はマザーの忠実なる僕だ。彼らは喜んでその信号に従い、紅へ襲い掛かる。その数はおよそ千を超える。実のところ、蒼がナゴヤドームの入り口付近で感染者を減らしているので、その数はまた減るのだが、それでも相当な数になる。


 紅はまさか、そんな数の感染者たちを1人ずつ燃やすなんて手間はかけない。自身の周りにコロナのような膜を張り、紅へ襲い掛かる感染者の群れをまとめて滅した。しかし、これがまるで失策とは言えなかった。あまりの物量に、紅はコロナの温度に気を抜いてしまえば、感染者が自身に襲い掛かり、さらにコロナの範囲に気を抜いて狭くすれば、視界が狭まるからだ。紅の集中力は若干衰え、攻撃の勢いは以前より衰える。


 ついに、マザーが紅へ向けて超音波攻撃を仕掛ける。紅はそれを熱攻撃で相殺する。すまし顔に見えるが、実のところ冷や汗を流してもおかしくないくらい際どい防御だった。


「やるじゃない」


 紅が攻撃をヒートアップし始める。


 ドームのあらゆる場所にマグマの砲弾が浮かび、マザーへと襲い掛かる。マザーも全てを対処しきれず、至る所が損傷する。しかし、肉を切らせて骨を断つかのように、マザーは玉砕覚悟の攻撃に出る。すると紅は防御の手間も増え、また攻撃の勢いが衰える。


ナゴヤドームの客席はほとんど熱で溶けていた。マグマや炎がマザーから外れ、それがかすめてクレータのような大きな穴が開いた場所もある。


 マザーの地中から重いものが引きずられるような鈍い音が鳴る。それと同時に、マザーの形態が変化する。ウェルウィッチアという植物をご存じだろうか。奇想天外だとか世界一醜い植物だとか称され、たいへん寿命が長いことで有名なアフリカのアンゴラ及びナミビアのナミブ砂漠に分布する裸子植物だ。


 マザーはそれを模したのか、大きく裂かれた二枚の巨大な葉を出現させ、その多大なる質量を紅に向けて落とす。


 紅はドームの高さをはるかに超えるフレアでそれを迎える。流石の熱量にドーム内の感染者たちは焼失するか全身の皮が溶けるほどの火傷を負った。緑の煙も急激な上昇のせいか、すべて散って消えた。


 この火柱は緑の煙のエリア外でも一般人の目に留まり、たいへん名古屋人たちの記憶に刻まれることになる。面白がっている者、何かの神秘性を感じ、信仰するほどに陶酔するものなど感想は多様であったが、ドームの入り口付近で感染者を刈っていた蒼やドーム内に向かっていた道雄にとっては、死を覚悟する程の威力であった。


 しかし、マザーは未だに息絶えない。体内に蓄えたエネルギーが溶けた部分をすぐさまセンサーで検知し、化学反応を起こして再生させる。紅は追撃も怠らなかったが、本気になったマザーの再生速度は攻撃の速度を少しばかり超えた。


「あらあら。これは少しばかり難儀ね」


 余裕の顔を見せて見るが、別段、紅の優位的状況ではない。不利と言うわけでもないが、それでも決定打が欠けているのは事実。やはり、黄のⅢの技術が漏洩した事実は大きい。マザーが賄っているエネルギーの大半は振動を応用したものであり、それがなければ紅の攻撃をいなすどころか、再生すらほとんど叶わないはずだ。


 紅がどうしたものか、と言う顔をしているとドーム内の入り口を吹き飛ばしながら侵入してくる軽自動車が現れた。黄色のハスラー。本田が乗っていたものと同様に盗難車である。しかし相当に荒っぽい運転をしたのか、あちこちが凹みや擦れた跡が見られる。感染者の群れを数体、轢いて来たのだろうか。


運転席には道雄は、すでに八割がたが割れているフロントガラスから、大声で紅へと向かって叫んだ。


「俺ごと燃やせ!!」


 紅はその意図をすぐに察し、ハスラーが出来るだけマザーに近づいたタイミングで車を炎で囲った。


「ああああああああ! 死ねエエエエエ! 死ねや! 糞ったれの宇宙人んんん!」


 炎が車を覆っても、道雄は気合の入った声とアクセルを弱めない。車の時速は70、80キロとどんどん加速する。


「いや、逃げなさいよ……」


 流石の紅も自殺でもしようかとする阿呆の道雄がする所業には呆れ果てた。彼が本当に自殺志願者であることを実感すると、あまりに哀れだった。車を乗り捨ててしまっても、車はそのままマザーの元へと突っ込むことは明白だった。つまり、彼が無理にハンドルを握って怪物に近寄る理由など、ほとんどない。


 しかし、マザーがやって来るハスラーを迎撃しようと、大きな葉を伸ばしてきた瞬間に道雄はハンドルを大きく切り、それを避ける。もし、彼が臆病風を吹かれた常識に則り、車を乗り捨てていれば車はマザーの元へ辿り着かなかっただろう。


「まぁだからと言って褒められた行為でもないでしょうに」


 紅がまた呆れたような感想を言った。そもそも、たとえ道雄がマザーの迎撃が頭になかったとしても、彼は迷わず突っ込んでいたに違いない、などと紅は憶測した。もちろん、蒼のように論理的な導きによって得られた答えではない。なんとなく、である。


 ハスラーがついに、マザーの緑の体を突き破り、体内に侵入した。紅の熱攻撃を浴びていた静か、それとも普通に温度上昇のせいなのか、マザーの体は脆い。まるで綿あめの中を突き抜けるような抵抗しか感じなかった。


「車の炎が弱い! いっそ爆発させろ!」


「貴方ねぇ……。もうどうなっても知らないわよ」


 紅は道雄の指示通り、車がある当たりの位置に爆発を起こした。


 大きな爆発音とともに、マザーの体は溶けていく。しかし、爆発の威力のわりに、マザーのダメージが大きかった。車に大量のタバコと少量のガソリンが入っていたからである。コンビニやタバコ販売店からとにかくタバコを掻っ攫い、詰めるだけ車に詰めて、ガソリンを満タンにし、加えて少しだけタバコの上に振りかけた。


 流石のマザーも、体内で弱点となる成分をまき散らされては、再生機能のほとんどが無力化された。さらにエネルギーを生成、貯蔵する機関が軒並み破壊され、起死回生の術も見事に失った。


勝敗は決した。マザーの敗北である。


 マザーの体は溶けるように消え、そして落ちる。大きな体がドームに勢いよく伏せたため、周りに大きな衝撃が生まれた。


 そんなマザーの中から、小さなエンジン音が聞こえた。それは少しずつマザーから離れ、紅のほうへ近づいてきた。


「あっぶねえー! 死んだかと思ったわ!」


 水色のヤマハ・ビーノで駆ける道雄が溜め込んでいた息を吐き出すように叫んだ。爆発の中にいたのだから、酸素が薄くなっていたのだろうか。体中が焦げたように黒く、もちろん火傷の跡もたくさん見当たった。


 実は、ハスラーの助手席に原付を置いていた。もちろん、このビーノも盗難したものだ。たまたま、スズキのハスラーとヤマハのビーノが置いてある住宅があったため、ついでにと言う感じだろうか。しかし、狭いハスラーの中で、よくもまぁ原動付自転車を置けたものである。


「よくやったわ。おバカさん」


 紅はコロナの膜を解除し、ついでにまだ突撃を続ける感染者を軽く滅したのち、ビーノでやって来る道雄に拾われ、ナゴヤドームを脱出する。その際、もちろんドームの一面を炎で焼き尽くし、マザーの細胞を一片たりとも残さなかった。もちろん、感染者が持っている細胞も含めて。


 その途中、未だに感染者を刈っていた蒼とばったり遭遇する。


「紅。ドームの中じゃなく、もう全体を燃やし尽くした方がいいよ。手っ取り早い」


「そうね」


 そう答えると、ドームは完全に炎に包まれる。中にいた感染者たちは軒並み塵も残らず消えただろう。もちろん、ドームも完全に崩壊する。


「そう言えばなんだけど」


 紅は道雄に向けて話しかける。


「ここ、けっこう大きな建物だけど、何をする場所なの?」


「気にするな。観客の集まらない野球球場さ。俺は読売ファンだから、中日の球場なんてどうでもいいし」


次が物語的には最後です


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