第18話 Komm, susser Tod
2月2日 11時46分
“I know that I called never love again
I've lost everything ”
道雄と紅を乗せたst250は、高速道路を走る。
紅は以前から道雄が被っていたジェット型のヘルメットをかぶり、退屈そうに景色を眺めていた。対して道雄はクラッチを操作するとき、少し痛みを感じているのか、どこか板につかない運転になっていた。だからといって、道雄は人類を救う大義だとか、正義感と言った感情はない。明るみがなく、死んだといっても差支えがなかった。
時折、道雄はスマートフォンをテレビに接続し、マザーが暴れる名古屋の情報を収集し、それを紅に報告する。ヘルメットに付いていたBluetoothを道雄のヘルメットに付け変えることで、走りながらでも情報を受け取れた。
めぐりと春巻の死体は燃やして細胞1つ残さなかった。紅によれば、あの細胞がマザーの信号次第で遠隔操作も可能、さらには人類が悪趣味な研究をしてしまえば、種の破滅を起こしかねないらしい。めぐりにも、小規模だが植物化が進んでいたらしい。もちろん、タバコによって致命的なラインは引き下がっていたが、体内に彼らの子供を飼っていたのはかなり不味いらしく、死体になっても細胞が活性化すれば生きる屍として人を襲いかねないらしい。
「死にたいな」
道雄がボロッ、と言葉にした。
「学舎を共にした奴らも、クラブで一緒になった奴らも、俺は仲良くなれなかった。たぶん、俺が心を閉ざして、そのまま開ける鍵を無くしてしまうような、どうしようもない人間だからだけどさ。でも、凄くラッキーなことに、ラッキーなことに、めぐりだけは仲良くなれたんだ。本当に、ラッキーなことにな」
おそらく、道雄は紅に聞いて欲しかった独白なのだろうが、紅はそれに何も返答しなかった。だが、道雄はなおも続ける。
「元から生きる気力も薄れてきて、そろそろ死にたいと思っていたところなんだ。この旅だって、もとはそーゆうつもりでいたんだ。でも、めぐりと出会って、ちょっと気分が良くなった。2人分の旅は少々高くついたが、それでも楽しかった。アイツとずっと旅をして、ずっと進んでいけたら……っと思っていたのに、気づいたら、彼女はいなくなった」
だから、死にたいんだ。
と、道雄は最後に吐き捨てた。
「今死なれたら、困るわ」
「そんなの知るか。誰にだって、死ぬ権利がある。死んだあと、お前が悲しもうが、親が悲しもうが、知ったことか。俺はそういう、権利を冒涜しようとする倫理という名のエゴが嫌いだ」
「人類の存亡がかかっているのよ」
「どうでもいいんだ、人類なんて」
「じゃあ、なぜ貴方は今、名古屋に向かっているの?」
「わからない」
道雄は少し沈黙した。実のところ、今の彼は運転に集中できていない。しかし、何かを考えているかとも違う。放心に近い状態だった。
「たぶん、死ぬのが怖いんだ」
「死にたいのに?」
「ああ」
「無様だよ。死にたいくらいつらいし、生きていても楽しいことは少ないと思う。例えば、今から貯金をすべて使い切って、借金をたくさんして、遊びつくしてから、マリファナ吸って自殺した方が、楽しい生き方だと思う。でも、俺はレールをとっくにはみ出ていると見せて、振り向けば、そこにレールがあったんだ。でも、戻る体力がない理由を、いろいろと付けていただけ。ただ、レールと崖の中間あたりをぶらぶらしていた。ああ、無様だな。無様無様……。俺は無様なただの凡人」
道雄は悲壮的な表情をしていたが、涙を流す様子はなかった。ただ、無表情が続くばかりだった。
「私を製造した文明では、考えられない人生ね」
紅は少しばかり会話に興味が出たらしい。
「そこは種の繁栄の為なら、どれだけの労働や犠牲は厭わないの。もちろん、それは社会形態がそうなのじゃなく、一個人の行動形態が、隅々までそう」
「凄いが、一人の人類から見て、少し悲しいな」
「そうかもしれないわね。でも、その分に科学や社会としての発展はヒトを軽く凌駕するわよ。そもそも、ヒトは宇宙連合に正式に文明と認められていないのだから……あれ、でもその動きはあったかしら、まぁいいわ」
「まぁ、これほどの人型ロボットを作れるくらいだしな」
「ええ。ただ、私が感心したいのは、それでも貴方が人類を救っていることよ。道雄」
道雄は、少しプライドを傷つかれたような、ほんの少しだけ苦しい顔を見せた。紅にとっては、それは他ならぬ賛辞の言葉だったのだが、道雄にその意図は伝わらない。
「不思議ね。私でもわからない自浄効果よ。死にたいはず、人類なんてどうでもいいはずなのに、貴方は死ぬ権利すら放棄し、あのマザーを倒せる地球上唯一の希望である私を、どうしようもなくなる前に、プレゼントすることができるのだから」
「うるさい」
「……失礼したわ。私は、ドールの中でも最もヒトに近いようプログラムされているのだけれど、それでも機微がわからないの」
「別に、いい」
それから少しの間、道雄と紅の中に沈黙が生まれた。少し前まではあれだけ白熱していた会話だったものの、すぐに冷えた空気が2人の間に曇りのように現れる。ああ言って許したものの、道雄は少しイライラした様子が続き、紅はそれを刺激しないよう弁えようとしていた。もしも、彼が本当にバイクのハンドルを傾けて自殺してしまえば、紅にとってもそれは損失だった。
「可哀想な奴だった、めぐり。そりゃあ、事情は良く知らないさ。でも、少しでも、俺が幸せにしてやりたくて、でもお節介はしたくなかったから、ただ、飯とタバコを食わせて、バイクを飛ばしてあげた」
道雄が独り言をするようにつぶやく。
「あれ以上にしてあげられることは、俺にはなかった。あの化け物に殺されるときも、どれだけ頑張っても無力だった。植物化してしまっても、偶然、タバコを買ってあげるしか何とかできなかった」
「自分を責める必要なんてないのよ。事実、彼女は私ですらどうにもならなかった」
「ああ。でも、最期を迎える運命だとしても、それまでに幸せな気持ちにしてあげたかった。誰にだって、どんな無様な凡人だって、誰かを幸せにする方法の一つくらい何かあったはずだ。なのに、化け物に襲われる惨い最後が、俺はそれをできたって自信がなくなる」
はははっ、と道雄は笑った。それは自嘲であることは、紅ですら察した。
「なぁ、マザーを倒すの、俺にも手伝わせてくれよ。そいつ、タバコが嫌いなんだろ? じゃあタバコを吸いまくって、匂いを体に塗りつけて、嫌な顔をしている所をぶん殴ってやる」
「別に構わないわよ。植物化した感染者たちがいるだろうから、それを無効化してくれればいいわ。でも、そこまでしてくれなくてもいいのよ。弔いの為かしら?」
「違う」
道雄は短く否定した後、
「単純に、タバコを吸う理由が欲しいだけ」
紅はまた1つ、人間が理解できないと思った。




