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第16話 KILLING JOKE

2月2日 10時44分


“不幸な1日……

 世間と俺との違いはそれだけさ”

「やっぱりさ、朝っぱらからバイクは寒かった」


「マジか、やっぱこの辺は性差なんかな。でも朝日眺めながらのタバコは一味違っただろ? 清々しい顔していたじゃん」


「いや、単にタバコが美味しかっただけだよ」


「ひえーっ」


 道雄は不愛想に驚いた様子を見せた。彼なりに道化を演じてみたようだが、めぐりの反応は芳しくない。


 2人がいるのは定食屋。有名店だとか、ゲテモノ料理が味わえるとか、そういった特殊な付加価値のない、普遍的な定食屋だった。20坪程度の室内に、手書きのメニューが壁に飾られ、机や椅子はそこそこに年季が入っている。


調理の様子が目の前にあるカウンター席に2人は座り、昼飯となる料理を待っている。もちろん、めぐりは懲りずに煙草を指に挟み、傍らに煙草の灰皿をセット。実のところ、2人がこの店を選んだ理由は、喫煙可能だったからである。普通、定食屋のほとんどは禁煙であり、めぐりの眼鏡に適わない。


「あたしらって、もしかして相性サイアク?」


「んー、まぁそうだろ。お前はギャル系だけど、俺はむしろオタク系だし」


「えーっ。バイク乗ってるオタクなんているの!? 皆ヤンキーでしょ」


「お前、俺の事をヤンキーだと思ってたのか? というかバイク乗り=ヤンキーって認識もだいぶ古い」


 道雄は、呆れたような、苦笑いをするような顔で言葉を続ける。


「俺だって、ちょっと前はアイドルの追っかけとかしてたんだぜ」


「えーっ、誰好きなの!?」


 めぐりはテレビでよく見かけるアイドルグループを雪崩のような勢いで列挙した。〇〇!? ミルチーは〇〇とか好きそう! とくに〇〇ちゃんみたいなロリ系! などと甲高い声を続けるものだから、道雄は舌と思考が追い付かずに戸惑う顔しか応えられなかった。


「ま、まぁマイナーな奴だな。そんなに長くはファンしなかったけど」


「なんで止めたのさ?」


「厄介なファンが起こす面倒なイザコザが多くて嫌になったの」


「えー、でもそういう人ばかりじゃないでしょ」

 

 道雄は、まぁ確かにそうかもしれないけど、と一言おいて、


「まーでも、何かを好きになったとき、同時に何かを嫌いになったと気づいたんだ。何かを好きになる理由があるなら、何かを嫌う理由もできてしまう、って気づいて、自分が少しみっともなくなった。自分は理知を装っているようで、アンチとなるものが嫌いだった。反対意見なんて気にしない、って思ってる時点で気にしてるんだ」


「んー? まぁよくわかんないけど、好きなら好きでそのままでいいんじゃないかな」


「確かにな。流石メーグ賢い」


「あたしでも分かるくらいバカにしてる!」


 ハハハッと道雄は笑い、少し怒っためぐりが火のついたタバコをちょいちょいと道雄の方へ振り付ける。道雄は流石に焦って椅子からバランスを崩して転げ落ち、それを見ためぐりは少し失笑した。道雄も最初は不機嫌になったが、おかしくなって同じく笑った。

 

「オタク怯えろー、不良っ子のタバコ攻撃!」


「わかった、もうお前に煙草を買ってやんない」


「あーっ! ごめん! ホントありがとミルチー!」


「単純なヤツだなぁ……」


  慣れてきた笑い声を遮るように、突然、定食屋のドアが開いた。調理台のほうから料理人やバイトの中年女性が「いらっしゃい!」と声をかけた。


「アイビーっ、アイアイビー」


 その客は、ボロボロの服を着た若者だった。体や衣服は傷と泥だらけ、頭はボサボサで手入れがされていたい、走って来たのか呼吸は荒く、よく見ると裸足だった。何かに顔は殴られたように変形していた。


 うわっ、気違いだ……。と道雄は辟易した。店のスタッフたちも、彼の様子を見て、それぞれが似たような感想に至った。料理人の男なんかは面倒ごとが特に嫌そうで、露骨に顔に出したし、物柔らかな中年女性も困惑は隠せない。


「ひっ、うあああっ!!」


 だが、取り立て恐怖を覚えたのが、めぐりだった。彼女は少し視線を送っただけで、恐怖で体が竦み、椅子を蹴り飛ばすような勢いで壁際にまで逃げ出した。


「お! お前はあの……っ!」


 めぐりは名前こそ知らなかったが、この気違いにしか見えないこの男、これはかつて蒼に追い詰められて逃走した、あの春巻だった。ボロボロ姿なのは、名古屋から滋賀の西部まで走って移動したからだ。寒天で薄い装備を走るとすれば……どれだけ舗装が整った道路を渡ろうと、壮絶な道のりだったに違いない。


 今にも泣きだしそうなめぐりをその気違いはニヤニヤしながら距離を詰めた。いや、ニヤニヤの範疇を超えるほど気色悪く顔が歪んでいた。まるで、彼女を犯す妄想をしているくらいに。


「アイビーっ、愛しき、愛しき……」


「おい!」


 明らかな異常事態だと察した道雄が、春巻とめぐりの間に割って入る。店のスタッフも、「お客さん、困ります!」と声をかけている。


「よくわからんが、女の子が怖がってるんだぞ。それを見て、何を笑っているんだよ。おかしいんじゃないのか?」

 

 道雄が説教を始めようかとした瞬間、彼は春巻に胸倉を掴まれ、片手で反対方向まで飛ばされた。道雄はギョッと目を丸くしたまま、空中で遊び、無人の机といすに衝突して埋もれる。


 信頼し、頼りにしていた道雄が為す術もなく行動不能にされ、めぐりは一層に顔を真っ青にした。小さい声で、み、ミルチー……と声をかけて、応答を願って見るが、それは声が小さいからなのか、それとも意識がなくなったのか、道雄は何も応えなかった。キッチンの方では、中年女性がひぃっ! と怯える声がした。


「アイビー、キたよ、キたんだ迎えに」


「嫌っ! あっちへ行け! あっちへ行け!!」


「アイビーっ、君のナ前……。カわイいアイビー、ボクとマザーの……可愛い娘……」


「わああああっ!! ミルチーっ!! 助けてミルチーっ!!」


「うるサいぞ!!」


 春巻が拳でめぐりを殴りつけると、めぐりの顔は90°回転し、首の頸椎と脊髄が衝撃で完全に壊死し、めぐりは即死した。めぐりは瞳孔が完全に開き、自重を支えるものがなくなって、完全に倒れた。


「女はだからうルサいんだ、アイビー……」

 

 春巻は完全に死亡しためぐりの衣装を乱暴に剥いだ。そして、子宮辺りをまじまじと観察し、そして絶望したような顔をした。


「なぁ、なんで!? アイビゥがこんにゃにも弱弱と!」


 春巻はめぐりの腹部をひっかくように触れていたが、怒りが高じて、ついに長くてよく切れそうな爪を使って、腹部をひっかいて掘り探った。そしてめぐりの真っ黒と緑が混じった不健康な色をした子宮を掘り上げると、その中にあった小さな食虫植物みたいな生き物を取り出す。


「あああっ、成長がこんなにもおクれてる……ああぁまざぁー……」


「ふ、ふざけやがってっ!」


 道雄が春巻に向かって、椅子を振り落として攻撃する。攻撃が一度だけで収まるはずがない。何度も何度も、怒り任せに椅子を叩きつけた。


「よくも! よくもメーグを!! 俺には彼女しかいなかったのに! 何でそうも奪うんだ!!」

 

 道雄には、めぐりがもう助からないとわかっていた。少しでも彼が賢いならば、一目瞭然であるからだ。しかし、それはあまりにも突然で、それでいて大いなる悲劇であったから、道雄には冷静さという物が欠いた。とにかく悲しみを怒りに変換し、暴力で発散する他になかった。


「ジャマだっ!」


 そしてそれは春巻も同様だったらしい。なにか大切な存在を失ったような、そんな行き場のない悲しみを暴力で訴えるように、道雄の攻撃を跳ね返し、その体を蹴り飛ばした。道雄はまた勢いよく吹き飛び、壁に叩きつけられる。


「あっ、うぅぅ……いてぇ……。ふざけんなっ……」


 全身に痛みが襲っているにもかかわらず、道雄はまだ立ち上がり、春巻を食って掛かるように睨みつけていた。春巻はそんな道雄が気に食わず、彼にへと飛びかかる。


「そこまでよ」


 それは、女の子の声だった。凛々しさと幼さを合わせ持ち、特殊な少女マニアなら興奮剤となりえる、妙な妖艶さを持つ声。


 それと共に、春巻は道雄を殴るよりも早く全身が跡形もなく燃え、悲鳴を上げるまもなく焼失した。 


「感染者……こんなところで見つけるのはラッキーね」


 そこには、人形に着せるような真っ赤なドレスを身に纏ったイギリス風の少女__紅のⅠが立っていた。

 


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