第13話 仮面舞踏会
2月2日 1時23分
“Wake up disire!”
おい!
と、声に出し、手を伸ばすことさえ叶わなかった。
本田と蒼が有野高校に侵入すると、内部にはドラッグに感染された人間で溢れていた。それこそ、その人口密度は昼間とさえ差支えがなく、学生だけに留まらず教師や学校と無関係とも思える主婦やサラリーマンもいた。そして廊下や教室のほとんどに緑の煙が充満している。
夜の住人たちの目に輝きはない。涎を垂らして倒れる者、極寒というのに一糸まとわず互いにSEXをし合う男女、男同士、女同士、一人手淫をする者、糞尿を漏らす者、チョークの芯をボリボリと齧っては飲み込む者、空想の女性と茶番を繰り広げ、窓から落ちて高笑いする者……。もちろん、校内は隅々まで荒れていた。ドラッグと排泄物が混じった悪臭まみれの場所は、人間の住める環境でなかった。いくら随一の底辺高校とはいえ、これは異常でしかない。この様子であれば、昼間も学校としての機能があったのか怪しいところだ。
苦い顔をする本田と蒼の2人は、すぐさま感染者たちと戦闘になった。2人は中枢にいるであろうマザーを叩き、破壊することでドラッグの進行を防ぐことが目的であったが、それはマザーの手下たちが許すはずがない。それらは2人を囲い、獰猛な目で睨み、攻撃的に威嚇し、飛びかかった。彼らが人間の言葉を発することも、他者を攻撃する不徳を感じることもない。
蒼は彼らの攻撃を難なく避け、縦横無尽を飛び跳ねるような軽快的ステップで廊下を駆けていくが、本田はあっさりと捕まった。無数の腕や感染者の噛みつきで身動きが取れなくなり、ついに本田の視界に蒼は消えた。
おい!
と、声に出し、手を伸ばすことさえ叶わなかった。
本田はそこで察する。蒼にとって自身は使い捨て以上の存在ではなく、この感染者たちに太刀打ちが出来ない時点で、価値はないと見なされたのだ。
本田は感染者たちに埋もれ、緑の煙に包まれる……。
蒼は、いつかの谷口のように__正確に言えば黄のⅢによる超音波技術のような広域の索敵能力こそ乏しかったが、それを補うスピードと分析能力を駆使し、マザーの元へ辿り着いた。建物には至るところにマザーの細胞が付着しており、蒼はそれが濃くなっていく経路を辿る。蒼のように、これを音が通り過ぎるようなスピードでそれを実現するには、超高速の計算処理が必要である。紅蒼黄の中でも、蒼はとりたて特徴の薄い個体だったが、処理能力や身体能力などの単純なスペックは蒼が最も高性能だった。
__なるほどね。
__校内の様子を見る限り、マザーの洗脳能力は予想以上に向上しているね
蒼は分析の過程で、マザーの細胞が春巻の見せた時と比較し、どれほどの変容があったかを見抜いていた。こればかりは直で観察するほかに得られないデータで、蒼も少しばかり驚愕を拭えない。黄のⅢが敗北を喫してさえ、彼女の能力で単騎突入をすれば、結果は不思議ではなかったと結論し、予想された能力より向上していると腹心になかったのだ。
蒼は破壊されて修繕されていない図書室のドアをくぐって侵入する。すると視界では捉えにくいが、2人の男がいた。蒼には黄のⅢほどじゃないにしても、振動を捉えて索敵する能力があった。そして、2人の佇まいから、他の知能の低い感染者たちよりスペックが高いことも、当然に推察できた。
『
__おそらく、有野高校の学生だね。
__それも、春巻より浸食率が高い。彼らはもう手遅れだ。
』
蒼が2人を学生と判断したのには、理由がある。
マザーを頂点とした感染者たちの組織は、よりマザーの細胞が濃い者ほど位が高いヒエラルキーである。事実、マザーの細胞が濃い者は強靭な肉体を有し、そのドラッグに含まれていた依存性が薄れる為、概してチンパンジーから人間程度の知能を持ち合わせていた。今の蒼が敵対している2人が、蒼を警戒して、すぐに飛びかかってこないのもその為である。
そのマザーの細胞を多く摂取するためには、長時間、緑の煙に晒される必要がある。また、マザーから直接、細胞を取り込む場合。どちらも、マザーの手下として古株でないといけない。だが、校内にいた主婦やサラリーマンの感染者たちは、おそらくこの学校が機能しなくなった以後に感染した者たちでろう。なにより、マザーは健全な身体に反比例する思春期の複雑な精神を弄ぶ性質があった。そちらの方が強靭な手下を、容易に揃えることが可能だからである。だから教師の線も薄い。
『
__まぁ、それなら駆除に遠慮が要らなくて楽だね。
』
蒼はそこらに転がっていた木製の椅子を拾い、それの分子レベルまで分解し、そして新たに組みなおした。すると、それは鉄の剣の形になる。(ただし、鉄と言うのは地球上の鉱物の中で最も見た目と強度の類似が見られるというだけで、実際は地球上には存在せず、名称もない材質である)
蒼はその剣を2人のうちの一人へ投擲。すると、音もなく学生の一人は首が切断され、死亡する。頭部が転がり、落ちていた分厚い本に止められる音だけが響いた。
そして間もなく、一直線に投擲されたはずの剣が、残りの学生の心臓を後ろから一刺しする。学生はもがき苦しみ、剣を掴んで抜こうとするが、手のひらから血が流れても、それが叶うことはなかった。そして間もなく、剣が学生を一刀両断した。
『
__さて。
__マザーはどこだろうね。確かに、ここに強いエネルギーがあるんだが。
』
『
__ハロウ、蒼。
』
突如、蒼が支配していたはずの剣が超振動を起こし、破裂した。
蒼はすぐさま状況を把握する。ドール特有の思考回路に通信できるプロトコルは、ドールの他に持ち合わせない。もちろん、それと通信を可能に出来る伝送回路を構築することは理論的に可能だったが、それにはドールの構造を熟知する必要があり、少なくともマザー程度の知能ではそれは不可能である。
『
__まさか、黄のⅢ?
』
『
__YES
』
それが黄のⅢである確認が取れると、その部屋に黄のⅢの気配が現れる。




