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第10話 禁じられた遊び

彼らの旅から数日前の事……


“世界は聳え立つお城。ゲートを開けるのは神”

 その男はグラウンドに墜落した。


 そいつは有野高校のグラウンドが見渡せる丘の上から、助走付きの跳躍をしたと思えば、10メートル以上は空中を彷徨い、放物を描いて落下した。10メートルから飛び降りれば、時速50キロメートルで衝突したに等しい。加えて、これは飛び降りではなく跳躍。下方向だけでなく水平方向にも速度があり、上に述べた以上の衝撃を受けたはずである。


 しかし、彼は無傷。骨が折れていなければ、擦り傷もない。砂の汚れを少し払ったくらいだ。


「俺、すげえかも」


 感嘆にも似た声。自身の強靭な肉体を隅々まで見渡し、惚れ惚れと顔を緩ませる。


 彼の名前は谷口太。デニムのジャケットの下に白いシャツを入れ、シルバーリングのネックレスを身に着けている。髪はオールバックにシャープな爬虫類のような顔つきのせいか、どこかワイルドな印象を与える。


例の本田清志との同僚であり、2時間後に自殺という形で死亡する予定の男である。しかし今の彼は病気や怪我と無縁なほどに健康体、いやそれ以上に肉体が強化されていた。気分は高揚し、筋肉の組織は震え、激しい運動をしなければ満たされないとさえ思っているが、反面にロジカルな思考を理解しており、これから有野高校へ侵入するために、暴れるような行動をしようとは思わない。


 猫が走るような俊敏さで校舎まで駆けると、彼は地上から校舎の窓やオブジェの凹凸を足場に、屋上まで軽々と登った。だいたい20メートルを、ものの数秒で完了させている。すでに人間の身体能力を超えているだろう。


 谷口が屋上から校舎に侵入したのは、入り口に監視カメラがあるからではない。彼はなぜだか、自身がその校舎に侵入することで起きる社会的損害を勘定には入れていなかった。つまり、自身の行動の動機を言語化できないのである。そして、校内のセキュリティーシステムが警報を鳴らすとも思わなかったし、それが鳴るならむしろ本望とさえ思っていた。


 屋上から校内に侵入する扉の鍵を開ける。ガチャガチャ、ガチャガチャ、と音が経つ。これはもちろん、違法な行為。しかし谷口はこれからの目的に対し、社会や……あるいは倫理などの外圧はないに等しかった。


 明かりのない階段を下り、廊下に出る。視覚だけを頼りにすれば、恐怖に竦むだけでなく、物理的にはスムーズに歩むことは難しいはずだが、彼の感覚は鋭敏だった。一歩、また一歩と足音を放つことで、その反響から周囲の環境を把握できるように成長していったのだ。そして、その成長は着実に効率化が磨かれ、今では足音は全く聞こえない。すきま風が校内に通った微小な音、人間をはるかに超えた可聴域による振動などを捉えるまでに至る。


 谷口は、そういった科学的な原理を全く実感せず、それを行っていた。まるでコウモリやイルカがそれを意識しないように。


 それよりも彼には帰郷したような懐かしさを感じているくらいだった。随分と、有野高校の生徒は大人しくなっているな。以前ならば、窓はもっと荒れているだろう。少なくとも、割れた窓が塞がれていることはなかった……。と、これはまるで普通のOBで、超越した生物の凄まじい行為に対し、頭はただの俗である。


 谷口は喉を鳴らし、30kHzの超音波を放った。それは校舎内全体に行き渡り、そして反響し、谷口へ約5万平方メートル近いエリアの情報が流れて来る。それは教室やトイレ、それに職員室や美術、音楽室などの配置はもちろん、どの教室のどの机の引き出しにコンドームが入っているかさえ谷口にはお見通しだった。そして勿論、いくつかの教室で、人型の生物が集まっているかも、谷口は発見するのに時間はかからなかった。


 谷口は目つきを変え、目当ての教室へ向かう。風を切る音が、ワンテンポ遅れて通り過ぎる。腰を低く、前のめりだから風の抵抗がない。足の動きも前へ前へと足が伸び、地面との接触はほとんどなく、音もたたない。しかし目で追えぬほどのスピードを持っていて、カーブ時や階段を下る時でさえ減速はほとんどしない。まるで運動の法則が乱心を起こしたような現象であった。

 

 僥倖にも、扉が開いたままの教室へ音もなく侵入する。そこには3人の男女がいて、3人の中心には緑の煙があった。谷口はそのうちの女を捉え、首の骨を折った。


「ぎゃっ」


 小さな悲鳴。しかしそれを十分にする暇もなく、静かに眠る。女が倒れると、そのあたりにあった椅子にぶつかり、それがまた他へ飛んでいくものだからドミノのようにオブジェたちが衝突して音を立てる。走り始めてからの動作があまりに洗礼されていたため、まるで、その衝突の音たちは、初めて音が生まれた時の錯覚すらある。


 しかし、教室にいた残りの男2人はそれに感動しない。ボケっとしていた顔が打って変わり、獣のように「うぅううううっ」と唸りをあげて威嚇をする。臨戦態勢そのもので、1人は机から鉄パイプの部分をもぎ取り、もう1人は自前のナイフを取り出し、それぞれが武器をそろえた。2人はすぐにでも、谷口へ攻撃を開始するだろう。しかし、そんな狂暴な2人と対峙しつつも、谷口の平静は一糸たりとも乱れない。2人が先に攻撃を始めようと、自分が先に攻撃しようと、武器をそろえて精神的優位にあるはずの2人より冷静な行動が望めると言っていい。


 鉄パイプを持った方がほんのわずかに瞬きをすると、谷口はそいつの心臓へ掌底を打ち込んだ。男は机や椅子を一瞬で薙ぎ払いながら、窓ガラスを突き破って落ちていく。少し遅れて鉄パイプが地面で音を鳴らす。ナイフの男も、何か抵抗することなく、一瞬で地に伏せられた。


 墜落したパイプ男と白目を向いたナイフ男を確認することもなく、谷口は緑の煙を出している葉を確認する。その内から、焦げ目のないものを手に取る。それは一般的な広葉樹の葉にしか見えないが、谷口の目はそう判断しなかった。まじまじと、まるで分子構造レベルまで分析しているように目をぱっちりと開く。裏表、葉の感触、匂い、味、それらを一通り観察し終えると、興味を失ったかのようにそれを捨て、谷口は新たに走り出す。また、無駄な音が一切にないあの走法である。


 谷口は図書室の扉を蹴り飛ばし、乱暴に侵入に成功する。


 そして、彼はとりたて躊躇をする間もなく、そこにいた男女2人を制圧するつもりだったのだが、2人の光景を見て、硬直するように体は停止した。


男女は、体に衣装を着けず、体を重ねていた。男はそのペニスを女へと乱暴にこすり付け、恍惚に浸る。女はぼうっと涎を垂らして放心している。2人の周りには緑の煙が充満していた。それに当てられた成果、2人はそれぞれに人間の理性や倫理を欠片にも感じなかった。男は獣の様だし、女はまるで知障の顔でいる。


 今の谷口が、下手にロジカルなのが拙かった。女に抵抗した後があること、2人のすぐそばのセーラー服が乱暴に捨ててあり、無理矢理に剥がされたらしいこと、それらから、谷口はこの行為が男のレイプであることを瞬時に理解した。


 冷静だった谷口に、怒りがこみ上げる。


 谷口の登場にすら気づかず、腰を振ることに何時間も執心なそのレイパー男。すでに意識がなく、非常な現実を呪う事すらできず、緑の煙(言うまでもないが、これはドラッグである)が起こす快楽に溺れる悲劇の女。


 谷口の義憤が、思考のすべてを燃やす。



 ___まずい。あのボンコツ男、怒りで制御不能になっている。


 ___なんて間抜け。ワタシが手帳まで用意してもここまでこれなかった阿呆め。


___仕方なしに、ほぼすべてのコントロール権を奪い、ここまで来たというのに。


___もう良い。底上げした身体能力をほどほどに残し、権利を放棄する。




 谷口は切れそうなほどに鋭い顔でレイパー男へ向い、突き刺すように腹部を蹴り上げた。レイパー男は本棚の方まで吹き飛んで、倒れた棚に埋もれた。


 はぁ、はぁ、はぁ。と谷口は急に呼吸を荒くする。以前のような超人的体力は、谷口に残っていなかった。どっ、と肉体へ疲労が襲い掛かる。おそらく、今の蹴りだけでなく、今まで行ってきた超人業の残滓もその疲労に含まれているのだろう。


 初めて、谷口の思考はロジカルな支配を逃れ、オリジナルの物が蘇る。それは、なぜ自分がこの有野高校に侵入したのか、なぜ自分が超人になれていたのか、ついさっき自分が痛めつけた3人の男女、それに目の前の2人は何者なのか、という当然の疑問を目に見えさせた。

 

 谷口はそれらの明確な答えを導く前に、すぐさま窓を開けて室内を換気した。そして裸の女に制服を着せてやり、緑の煙から離れたところに置く。彼には、その緑の煙の正体がドラッグであることはすでに知っていたし、それどころかそのメカニズムも頭に入っていた。もし、この悲劇の女に少しでも幸運の女神の慈悲でもあれば、助かる見込みはあった。


 谷口が、悲劇の女を助けている最中の事だった。本棚の陰に潜んでいた生物が、谷口へ向って蔓を伸ばす。


 凄まじいパワーを持った蔓だった。以前の谷口でさえ抵抗は難しかっただろう。彼は易々ときっちりと掴まれた蔓が誘導する方向へ引きずり込まれた。その途中で頭をぶつけたものだから、谷口は完璧に頭が真っ白になり、抵抗どころか、自分を襲う生物の姿を確認することすらできなかった。


 その生物は谷口を完全に本棚の陰に引きずり込むと、超濃縮した自身のドラッグを谷口に浴びせる。谷口はドラッグに包まれる。



___いた!


___あれだけのインベード能力……あれが『マザー』であることは確実っ!



 図書室に、インビジブル状態だった黄色いドールが舞い降りる。


 それは緑の煙へと躊躇なく侵入し、中心にいる『マザー』に超音波の攻撃を浴びせた。


 『マザー』は、発声の能力こそなかったが、確実にその攻撃を受けてダメージを受けていた。暴れるように悶えた後、緑の煙を乱射して黄色いドール、通称『黄のⅢ』に向けて反撃をする。



___無駄。全くの無駄。


___いくら私が戦闘能力の無いドールでさえ、インベード能力への耐性くらい備えてある。

 

 ___このまま押し切れば……しまったっ!?



攻撃に夢中だった黄のⅢの横っ腹に、谷口に退けられたはずのレイパー男が体当たりした。



___糞めっ!


___この愚図の人間ごときが余計な手間を!



黄色のⅢは、それでも事態は悪いほうへ転じないと踏んでいた。『マザー』の緑の煙は、自身に対して効果が薄く、逆に自身の超能力攻撃は『マザー』に有効だったからだ。それを、たかだか人間一人の物理攻撃には覆らない。


 しかし、『マザー』の頭脳が意外に切れ者のものであることは、黄のⅢの予想外であった。『マザー』は緑の煙による攻撃を中止し、蔓による物理攻撃に移った。


 黄色のⅢは咄嗟に空気の振動による周囲の状況把握を発動し、何とかそれ自体には気づくことができたが、蔓の速度、それに強度が少しばかり計算外だった。なにより、暴れるレイパー男を制圧するのに、黄のⅢは手間取っていたため、それへの反応が遅れた。


 黄のⅢの胸に、槍のように尖った蔓が突き刺さった。


 間もなく、黄のⅢはドールとしての機能を失い、停止する。





「うっ……うぅ」


 黄のⅢと『マザー』の攻防の中、谷口は何とか緑の煙を抜け出す。


「おい、起きろ」


 谷口は、女の頬を叩く。


「……うぅうう、はっ! あ、あっあああ」


 女は覚醒と同時に、谷口を見て悲鳴を上げる。谷口へ恐怖に歪んだ顔を見せた後、防衛の為か、彼の頬へ強烈なビンタを食らわせた。


「っつう……」

   

 今の谷口には、その女のビンタさえ受け止める体力がなく、しばらく再起不能にさせられた。その隙に、女は不細工に転びながらも何とか逃げ出す。谷口は、女にまともに何か言ってやる余裕どころか、背中を見送ることさえできなかった。


「お、俺も逃げなければ」


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