第9話 Girl,Girl,Girl
2月1日 22時12分
“もし抱きしめて、キスでもしようものなら……くびったけになっちゃう”
カラオケ店が寝床に最適と言われ、納得するものは少ないだろう。しかし道雄はそれを確信していると言っていい。
一人での入店だというのに広い部屋に案内され、ドリンクは飲み放題、それにある程度の防音も備わっている。もし隣人の音が漏れようと、それは誰かの歌声と思えば苦はしない。苦をしても値段相応である。暖房も好きに操作できるため、肌の心地は暖かい。寝起きにはコーヒーと紅茶、それに抹茶などバラエティーのあるラインナップ。一般的なホテルはコストが付き物で、ネットカフェは他人の生活音に悩まされる。
この度のカラオケ店も、道雄の思い通りの内装で文句はなかった。2人分の料金を取られ、少し高くついたが、それでも宿舎代としては破格のもの。ディスクトップの光を消し、照明をそこそこに快眠するつもりだったのだが……。
「~~~~♪♪ ~~~~♪!」
「うるせえ」
室内に、どこかで聞き覚えるあるジャニーズの楽曲が流れる。彼女は歌う時、立ち上がり、身振り手振り大振りといった具合なので、余計に声量も伸びる。困ったことに、道雄に対する配慮もないし音痴である。金属を擦る音を奏でるのだけは一人前だ。金属の加工工場とかに就職でもしてもらえれば、重宝されることだろう。
「おい」
道雄はめぐりの肩を叩く。彼は半覚醒のせいか、瞳は細く鋭く、生気を失っているゴーストの顔だった。
「なに?」
対してめぐりは清々しい顔をして振り向いた。彼女は少し遅れて道雄の不機嫌な顔つきに気付き、そしてまた少し遅れて、その原因を考え抜いた。
「ああ、ごめんごめん」
めぐりは軽い感じに謝罪しつつ、コントローラに手をかけ、BGMの音量を少しばかり下げた。
道雄はそれに憤りながらコントローラを奪い、音楽の再生を消した。
「カラオケに来たのに寝るなんてヘンなの」
「夜中にカラオケ店にお邪魔している時点で十分ヘンテコだろ。ヘンテコとヘンテコ、マイナスとマイナスでプラスだ」
「いや、マイナスとマイナスが混ざったらすんごいマイナスじゃん」
「……」
めぐりがカラオケマシーンに予約していた曲が自動的に流れてきたので、道雄はそれも黙って消去する。次、そしてまた次にと予約してあった曲も次々に消去。最終的にはディスプレイの光も消した。
「ミルチー見てるとさ、人間って変な人もいるんだなぁって思う」
「お互い様」
道雄は黙って、ベットの上で包まった。
「お前も早く寝てくれ。もう11時だぞ。言っておくが、明日は5時起きだからな」
「5時!? バッカじゃないの!?」
「日の出が6時なんだよ。だから5時には外に出たい」
「意味わかんない。日の出なんかより暖かいところで歌った方が楽しいじゃん」
「バイクの旅は楽しくないもんだよ」
「?? なんで楽しくないのにやってんの?」
「それが楽しいから」
「はあ? もうわけわかんない」
めぐりはポケットから煙草を取り出して火をつける。もちろん、道雄は今更文句は言わないし、むしろやっと大人しくなったかと安心する。しばし2人の間には静寂が佇む。あるのはライターに火をかけるときの『カチッ』っという音、口内の煙を吹きかける音。
「ミルチーはさ、なんであたしを連れてきてくれたの?」
「あー、なんかその質問、デジャブな気がするなぁ。そんなことばっかり聞かれてる気がする」
「なんで?」
「俺のエステが2人まで乗せて良いって言ったからさ。その辺の車だったら4人はオッケーするんだろうけど、うちのエステはワガママだからな」
「はぁ……」
「……いや、まぁあんまり理由はないよ。なんとなくだ」
少し気取った風の返答が後になって気恥ずかしくなったのか、道雄は遅れて答える。もちろん、表情は見えない。
「なんとなく?」
「言葉にできないか、したくないか、理由が多すぎてカオスになってるのか、そもそもないのか」
めぐりはそれに返事をせず、新しく煙草に火を付ける。カチッ、カチッ、と火を付けるのに手をかけた。ようやく落ち着いて煙草の先に火を浴びせる。道雄は顔を隠すように寝ているため、表情は伺えない。
「あたしってさ、魅力ない?」
「知らん」
「だってさ、普通はラブホテルに連れてくでしょ」
「……おまえさぁ。意味わからんし」
「ちょっと照れたね、プクッ」
「はよ寝ろ」
「あたしはミルチーの子供産んでもいいんだけどね」
「……もう黙って」
「だって、ミルチー頭いいじゃん」
「俺は大馬鹿者だよ。お前が知らないだけ」
「大学行ってるんでしょ?」
「そんなに頭のいい大学じゃない。それにその中でも落ちこぼれだ」
「バイクってハンドル回すだけで動かないんだね。あたしじゃ、あのエステちゃんは動かないと思う。カチャカチャって、操作難しそう」
「俺も転んでばっかりだったよ。慣れただけ」
「あたしね、自分がすっごい馬鹿だってわかってるんだ。あの大馬鹿高校で、一応勉強頑張ってるんだけど、そんなに褒められないし、制服着てるだけで、いろいろ言われる。兄ちゃんと弟がいて、2人は頭がいいから母さんもそっちばっかり見てて、うん」
「そうか」
「そんな時に、クスリが流行ってたの。最初は馬鹿にしてたし、ゼッタイにやらないと思ってたんだけど……勉強してた図書室で……図書室は、いつも誰もいないから、そういうのの取引場所になってたんでけど、それで……」
「やったんだな」
「うん」
「でも今はタバコくらいで何とかなってるだろ?」
「何とかなってるかな?」
「少なくとも、この一日はなんとかなってるさ」
「なんで煙草なんか……。あたし、どんどん不良みたいに……。一生消えない傷を負って、ズキズキ深くなってく。もうあたしの人生メチャクチャ」
「……明日」
「……ん?」
「明日、帰るつもりだったけど、もうちょっとだけ旅を続けるか? 滋賀なら……京都とか、大阪とか、いや……長野にいきたいな。イナゴ料理があるらしい。楽しみだ」
「明日も、いいの?」
「ああ、というか煙草吸ってるくらいで不幸とか語るなよ。言っておくがな、俺は煙草どころかセミとかトンボとか食べたことあるんだぜ」
「えぇ……なんでそんなまた」
「いろんな物が食べたくなったんだよ。セミとかムカデとか、ゴキブリ食べようと思ったけど親がうるさくてな。というか冗談じゃなく雑菌がヤバいらしい。焼けばいいと思ったんだがな」
「あたしでも止めるよそれは……」
「だからな、煙草が何だよ。俺の方が不幸だ。人生メチャクチャだ。友達もいないしな。人生で一度も友人がいなかった人間がいるか? そしてソイツがどれだけ悲惨な人生を歩んで荒んでいくことか。俺は心療内科で病気だなんて言われるような奴だ。社会のはぐれ者なんだ。メーグがなんだよ。煙草やらクスリやらで、ゴチャゴチャ言いやがって。俺の方が不幸だよ! お前なんて幸せもんだ。少なくとも、お前が不幸な顔してて嫌な思いをする奴がいるんだ」
「うん……でも、お母さんも、みんなも。友達だって、私あんまりいないし」
「……」
「……」
「……」
「ねぇ、もしかして、ミルチーって私と友達だって言いたかったの?」
「……まぁ友達だろ」
「……」
「私が悲しい顔して、悲しい気持ちになったの?」
「嫌な顔してる奴を見て、気分がいいやつはいない」
「……ありがとう」




