第29話『空間支配』
更新でございますぅ
聖人は駆ける。目に見えぬ大地を蹴り、吸と共に霊夢を探す。
不意に、吸と聖人は目に見えぬ壁に阻まれた。
「あら……悪い子ね、ここまで来てしまったの」
「お前は……夜桜!?」
「ええ。あの子の気持ち……壊させはしないわ」
「『あの子』……?」
「あら、私ったら」
そう言ってクスクスと笑う夜桜は、目を細めると指をクイと動かす。次の瞬間、聖人と吸は夜桜から弾き飛ばされる。
「クゥッ!」
「強えな……!」
吸と聖人は怯みながらも夜桜に弾幕を放つ。
夜桜は左手を払う。すると弾幕は夜桜から逸れてどこか遠くへと消えていく。
「近づきさえもできねぇか」
「どうすれば…….」
吸は困惑しながらも立ち上がって夜桜を睨みつける。聖人も嘆息しながらも、その戦意は衰えてはいない。
「ふぅん……中々悪くないわね」
夜桜はその姿勢を誉めながら、しかし手を緩める様子はない。
「ハアッ!」
聖人は超技術『縮地』を使い、目に見えぬスピードで夜桜に迫る。その速度で振るわれる刀は──夜桜の目前で静止する。
「チッ! 空間断絶かよ!」
聖人はそう吼えながら、夜桜の攻撃を受け止める。
隣に戻って来た聖人に、吸は提案を持ちかける。
「聖人さん、私が道を開きます。先に行ってください」
「作戦があるのか?」
「はい。能力が効かない聖人さんに能力が通じるってことは彼女の能力は多分、空間に干渉するタイプのものですよね」
「ああ、そうだが……お前、意外と頭いいんだな」
「白さんから色々学ばせていただきましたから」
「そっか、あいつがなぁ……。よし、じゃあ頼むよ」
聖人はそう言うと、武器を納める。
「作戦会議は終わったのかしら?」
「ええ。……私を甘く見てると、痛い目に遭いますよ。ちょっと驚くかもしれませんが」
吸はそう言うと、ルーミアにも似た頭のリボンをとる。その途端、膨大なエネルギーが吸から溢れ出た。
「気配が……変わった……!?」
その気配は吸元来の穏やかなものから一変、フランを思わせる狂気に満ちた気配に変貌する。
「面白いわね……」
吸は腰の剣──天叢雲剣を抜くと、スペルを唱える。
「雷符『ヤマタノオロチの怒り』
水符『ヤマタノオロチの涙』」
高水圧のウォーターカッターに雷の鞭が纏われ、夜桜へと放たれる。
それは夜桜の空間断絶に防がれる──が、空間断絶を取り囲んだ。
夜桜の視界は断たれるが、気配は依然として感じ取れる。
夜桜は己の明敏な感覚を頼りに、空間を操って駆け抜ける吸や聖人を阻まんとする。が、それは吸の作り出したダミー。視界が取り戻された時には、既に聖人はそこにはいなかった。
「中々やるわね……けど、原子もないこの空間ではあなたの実力も十全には発揮できない。それに、空間断絶を破れないあなたでは私には敵わないわ。吸──いいえ、伊吹 春だったかしら」
「私は今もハリスマリー・吸ですよ」
「あら、そう」
吸は夜桜の言葉を否定しながら、レミリアのスペルによってエネルギーでできた槍……グングニルを手元に出現させる。
吸は駆ける。それと同時に夜桜は吸を阻害するべく空間を動かすが──同じ分だけ、空間が破壊された。
「なっ!?」
「あなたの能力、使わせていただきます──空間を支配する」
吸はそう言いながら、空間断絶の壁に対してグングニルを突き刺した。
夜桜が回避行動をとると同時に、空間断絶の壁は破壊され──否、空間がその場所に取り戻され、夜桜の肩にグングニルが突き刺さった。
「痛ッ……!」
「これなら……!」
「馬鹿言わないで頂戴……!」
「あぐっ!?」
一瞬だけ怯んだ夜桜に対して手応えを感じた吸を嘲笑うように、その首を圧倒的な膂力で握りしめる。
吸はジタバタと身悶えしながら、忌々しげに夜桜を睨みつける。
「まだそんな余力が残ってるの……腐っても"導かれる"だけの力はあるってことね。暫定救世主の孤児よ」
(暫定救世主……?)
「この世界には境界がない。生死も曖昧であれば、そこにあることすら未成立。外の世界で言う"死んだ時"に人が消え入るところは……見てないか。でも、あんな風になるのよ。あなたもね」
(……殺される……!!)
恐れを抱いた吸の首を握りしめる夜桜の握力はだんだんと強さを増していく。
吸血鬼の縁者であり能力の影響もあって、何かであって何者でもない吸は、しかしその強靭な肉体も自然と動かなくなっていく。
極めて物理的に、酸欠によって彼女は首を潰されるのを待つまでもなく死にかけていた。
「おいおい……随分と無様な負けっぷりじゃないか、吸」
「あなたは……!」
「で、夜桜とはまあ、久しぶりの再会だが……」
突如吸の背後に現れた磔は、言葉を濁したまま駆け抜ける。
「くっ……!」
「神風」
磔はスペルカードでもない、その技を宣言する。刀を用いぬ居合斬り──多くの超技術の複合技による足での一閃は、夜桜の肉体を貫いた。
「くっ……!」
「白さん! どうしてここに!?」
「あいつが言っていただろ。生死の曖昧な世界……死ぬのも簡単なら、生き返るのだって簡単だ。何より……」
白はそう言いながら、刺された傷をさする。
「あの程度の傷、屁でもねぇ。能力の干渉もなんもねぇんだからな……そうだろ、お前も」
「勿論よ。ただ……霊斗のやつ、どんな事情があろうとも許しはしないけどね」
白のその問いに、脳漿をぶちまけたハズの安倍桜は肯定しながらも明確なまでの殺意に飲み込まれていた。
「怒気を隠せ。吸が怯えてるだろ」
「……それもそうね」
桜はそう言って、一呼吸すると気持ちを抑える。最も、その両目だけは血走っており、殺気が消せていない。
「落ち着け。霊斗が死んだのは、見ただろ」
「あの程度じゃあのクズ野郎は死なないわよ」
「それにゃ俺も同意だが……そもそも、俺たちは霊斗の実態を掴めてねぇんだ。そこら辺は後で終作に聞くとして、今は霊夢を探そう」
吸と桜は磔のその言葉に頷き、自身に流れる神の力で自らの命を延命する夜桜の方を向く。
「行かせは……しない……!!」
「「邪魔よ(だ)」」
磔と桜は、自らの能力で3人を行かせんとする夜桜に対して、余命宣告のようにそう言いながら刀を振るった。
それによって夜桜の能力は解かれ、夜桜はその場に崩れ落ちる。直後、その肉体は金色の粒子となって消えて行く。
「やっぱり強い……」
「行くとしよう。外ならこいつも復活させられる」
磔はそう言い、桜と吸はそれに頷き、3人は夜桜の元を後にした。




