第24話『魔女裁判』
「ほう。行商人殿が、我々の村のことに口を出すのかね」
「我々の? ハッ、冗談でしょう。貴方が独占しているが本来は貴方ではなく、貴方のバックにいる人物のモノでしょう」
「ほう……言いますな。この子らを庇うというのであれば……貴方も魔女の疑いがあるとして、拘束させていただくが」
「ええ、そうするといい。ただし、彼女たちは全くの無実。解放しなさい……魔女のことを一番分かっているのは、魔女ですから。魔女たる私が断言します、彼女たちは魔女ではない」
神姫がそう言った途端、静かだった傍聴席は一気に沸き立つ。
「ちょっ……! 神姫さん!」
磔が神姫を宥めようとするが、その声を遮って裁判官席の男は大きく声を放つ。
「魔女であることを認めたな? では問おう、魔女よ。貴様が嘘をついていないとどうして証明できる。あの子らが魔女でない証明を」
「では、彼女たちに魔女の儀式をさせればいい。それで魔術が行使できるのであれば、彼女たちは魔女でしょう。それとも何か、魔女だからと言って彼女たちのすることを全て嘘だと決めつけるのですか?」
「如何にも。それが主の意思」
「そうですか。これだけ言って聞かないなら、貴方には私の真を伝えねばなりませんね」
神姫がそう言った瞬間、その姿は瞬きの間に変化した。声も変化し、圧倒的なカリスマを内包する。それは見るもの聞くもの全てを威圧し、虜にし、少しづつ世界へ認識を変化させて行く。
「私こそが貴方の言う主です。こんなくだらないことはやめなさい、我が敬虔なる信徒よ」
「な……主……だと……!?」
「如何にも。貴方が求めるならば、今ここに聖書の全てを実行しましょう」
「ぐっ……!」
男が言葉に詰まった次の瞬間、裁判官席の後ろから神々しい姿を纏う少女が現れた。
「騙されてはなりません。彼女が主だと言うのであれば、なぜ貴方の息子は救われなかったのです。貴方はもう知っているでしょう」
「そうだ……そうだ、そうだ! 私の祈りが足りなかったのではない! 神などいないのだ! であれば、自分の身を守るのは自分である! そして……それを教えてくれたのは、貴方だ。四ノ宮様。ああ、敬服を。貴方に、敬服を」
「ふふ、良いのです。さあ、彼女を縛り上げてしまいなさい」
四ノ宮と呼ばれた少女の声に従い、影より現れた鎧の騎士たちが神姫を拘束した。
「離れろ!」
「ダメです! 磔さん、ここで手を荒げてはいけません、異変解決が難しくなる。手を荒げるなら、この村の罪なき人々全てを殺さなければ収まらない」
「そんな……」
「大丈夫です。留置所に次の午前一時、顔を出してください。それまでに色々と探っておきます」
「……分かった。俺たちも俺たちで情報を探っておく」
意気消沈する磔に代わり、アルマがそう答える。神姫はそれにニコリと微笑み、鎧の騎士たちに連行された。
「それでは、これで裁判を閉廷とする。各自、各々の仕事に戻るといい」
鎧の騎士たちが神姫を連行した後、男がそう宣言して裁判は閉廷となり、傍聴席からは一部の人を除いて立ち去った。
「うぅ……」
「……」
刑の確定した少女たちの母親の1人であろう女は、隣に座る父親であろう男に慰められていた。
「……罪なき人々が、あんなに大量に死刑か。こりゃ、只事じゃぁねぇな」
「そうね。そもそも私、魔女裁判なんて初めて聞いた」
「……磔。お前は知ってそうだな」
「ああ。魔女裁判ってのは……悪夢だよ」
◇◆◇◆◇
魔女裁判。集団心理の暴走の具体的な例であるソレは、無実の人々が次々と罰によって殺されていく、魔女狩りに非常に近しいものだ。
アメリカにおける最も有名な魔女裁判、セイレム魔女裁判はそれによって200人もの被害者を出した。
誰が真の魔女か、誰が犯人か。何もわからずにただ被告の言葉のままに時には嘘の証言も重ね、関わった全ての人々を暗闇へ突き落とす、最悪の事例。
魔女裁判は壊れた歯車のおもちゃの如く、歯止めの効かない状態でひたすらに歯車が回り続ける。故に、被告人となったが最後……その先にあるのは、絶望のみ。
止まる事なき絶望への道──それこそが魔女裁判だ。
「……へぇ」
「魔女裁判……。噂では聞いてたけど」
「ああ。酷い話だ」
「神姫さんなら大丈夫だと思うが……」
そう言って、磔は口を濁しながら神姫の消えていった方向を見やった。
「……」
「なんにせよ、俺たちはやるべきことをやるべきだ。そうだろう?」
「そうね、神姫さんとも約束したし。私たちはあの裁判長と……四ノ宮麗子とかいうのについて調べましょう」
「お前ら……ドライだな」
「まあ、ね。神姫さんなら大丈夫よ」
「……それもそうだな」
磔はアルマとパルスィの2人に押し切られ、そのまま街へと3人で出て行った。
◇◆◇◆◇
「裁判長? あぁ、あんたら、あの時の商人さんか。あの人はいい人だったよ。ただ……」
「ただ?」
「あの人は、30年も前に死んだはずの人だ。あの人のことなら、そこにいるじっちゃが知っとるから、聞くとええ」
「なるほど。ありがとうございます」
「別に、これくらいぁどうってことぁねぇ。……兄ちゃん。俺らもこんな殺人劇ぁさっさと終わらして欲しいけ。兄ちゃんらにゃあ期待してっぜ」
そう言って、若い男は磔を置いて足早に去って行った。
……30年前に死んだはずの男。それが何を意味するのかは磔は分からない。が、その復活こそが一連の異変の鍵なのだろうか。
そうは思いつつも、磔は男に紹介された老人の元へ向かった。
「あ」
「お」
磔がその家の目の前に着き、呼び鈴を鳴らそうとした瞬間、家の扉から2人、人影が出てきた。
「アルマか」
「磔じゃねぇか。この家の人には、聞けること全部聞いといたぞ」
「お、サンキュな。どうだった? そっち……四ノ宮麗子は」
「どうも何も、真っ黒だったわ。男の方は……聞いても、悪い印象はなかった。一回死んでる以外はね」
「死んだってのは俺も聞いた。今から詳しい話を聞こうと思ってたが……必要ないか」
磔の言葉にアルマは頷き、口を開く。
「ああ。とりあえず、移動しよう」
アルマの提案に頷き、3人は近くにあった茶屋へと入って行った。




