きんがしんねんっ!②
「ふぅ……」
俺は風呂につかり、お猪口を口に運ぶ。
中に入っている日本酒が非常に美味い。今まで少しでも見たことのある世界の中でも、一二を争う美味さだ。
聞けば、この世界は酒を巡る争いによって剪定事象の世界(分化しすぎて消えかかった世界)にもなりかけたとか。なるほど、この美味さなら納得だ。
「……月がこんなにも綺麗なんて」
「そうだな。この世界は結界も何も張られていないらしい。幻想郷にとっちゃ不用心この上ないが……ああ、どこまでも澄んでいる月は……」
「悪くない、ですね」
「ああ」
俺と姫ちゃんはそう言って、2人で露天風呂から天に浮かぶ月を見上げていた。
霊斗や霊夢を探している最中、見つけたこの温泉。そこに、俺は姫ちゃんと2人で入っていた。
あの騒がしい大浴場も悪くないが、今は少しだけ。ほんの少しだけ、センチメンタルな気分だった。
どれもこれも、この世界のせいで……ただじゃあ勝たせてくれない強敵、新たな仲間との共闘や宴会。それが、俺の精神を刺激したのだろう。
それは姫ちゃんも同じだったようでちょっと濃すぎる世界から少し離れ、2人で静かな時を過ごすのも悪くないかなと、そう思ったからこその行動だった。
ていうか。大衆の面前に姫ちゃんの裸体を晒したくない。
「あれ、先客かよ」
「ん……悪いな、使ってるぜ。姫ちゃんとお前らさえ良ければ、別に入っても構わんが」
「私は構わないですよ、別に」
「私も全然平気だけど」
「じゃあ、お邪魔させてもらうぜ」
2人……アルマとパルスィは簡易脱衣所で服を脱いでくると、バスタオルで身を隠しながら体を洗い、そして湯船に浸かった。
「ふぅ……。墓場の隣の露天風呂で酒盛りってのはどうかと思ったが……悪くないな」
「そうね。全く、私たちより先にこんないい場所を使ってるなんて……妬ましいわ」
「まあ、そう言ってくれるな」
相変わらず妬む橋姫に俺は笑いながら、お猪口を口に運ぶ。……あれ、飲み干したっけ。
「俺も貰っていいか? なんて聞く前に用意がされる点は、さすが神谷家の完璧な嫁だな」
「お。姫ちゃんの新しい二つ名か?」
「まあ、影でそう呼ばれているだけだがな」
アルマはそう言いながら、姫ちゃんに用意されたお猪口を自分の口へ運んだ。
俺も自分のお猪口を口に運ぼうとしたところで、中身が入ってないのを思い出した。
次の瞬間、姫ちゃんが徳利を傾けて俺のお猪口に中身を注ぐ。
「悪いね、姫ちゃん」
「いえ。兄さんのためですから」
「よく分かったな、中身が無いって」
「喉の動きでさっきお猪口の中身が無くなってたのは分かりましたし、そろそろなくなる頃かなとも思ったので」
アルマが聞くのを姫ちゃんは完璧に答え、パルスィはふんふんと興味深そうに頷いていた。
「……パルスィ。興味あるのか?」
「まあ、ね。あなたの妻として、最大限出来ることはしたいもの」
「そんなことしなくてもいいのに」
「私がしたいのよ」
アルマは不思議がるが、パルスィはきっとアルマに尽くしたいのだろう。俺と姫ちゃんがお互いを想うのと同様に、この2人もお互いのことを想いあっているのだ。……なんだか、いいなぁ。
「うん……これ、すごいな。俺が今まで飲んだ中で一番美味い酒だ」
「好きな人と飲んでるってのもあるだろうが……この酒、中々の上物だな。持って帰ろうか」
「俺も持って帰ろうかなぁ……。さとり様へのお土産に」
「いいわね、それ。今もあの子達を見てもらってるし」
「そういえば、お二人は子供が2人いるんでしたね」
姫ちゃんが思い出したようにそう言うと、アルマは頷く。
「ああ。そっちは? あいつ1人だけか?」
「いんや。他にもいるぜ。まあ、みんなもう一人前になったからな、送り出したが」
「へぇ……会ってみたいな、いつか」
「会えるんじゃないか、いつかな。生きてりゃそのうち会えるだろ」
「それもそうか」
「……神姫みたいに可愛いのかしら。合わせたくないわね……」
「大丈夫さ、パルスィ。俺はパルスィ以外のどんな女にも興味はねぇ」
「……そう。なら、いいけど」
アルマがパルスィにそう言うと、パルスィは恥ずかしそうに顔を赤くしながら顔の半分を水に埋めた。
「……そろそろ出るか」
「そうですね。大和さんと話したいこともありますし」
◇◆◇◆◇
「……そうか。霊斗は……」
「ああ。殺した俺が言うのもなんだが……立派な死に様だったよ。霊夢もな」
「……そうか」
「悪い。霊斗……ってのは?」
「ああ、辰、お前は知らないのか。吸も知らないよな。よし、教えてやる」
幻真はそう言うと、少し悩みながら口を開いた。
「なんて言うかな。霊斗は……ああ、色々めちゃくちゃなだったよ。それこそ、零や終作に張り合うぐらいには」
「お、霊斗の話か。ちょうどいい、聞かせてくれ」
俺たちが霊斗の話をしていると、零と神姫がやってきて俺たちの輪の中にどっかりと座った。
「じゃあ、零や神姫さんも来たことだし、改めて言うが……霊斗は、博麗霊斗は、死んだ」
「……そうか。分かってはいたが、そうか……。やっぱり当事者から話を聞くと感覚が違うな」
零と神姫は俺の報告を聞くと、一瞬だけ悲痛な顔を見せた。が、すぐに立ち直り、俺たちの話を聞く姿勢をとった。
「そもそも、霊斗のこと知らない奴も何人かいるから、それを説明するな。俺たちが知ってる霊斗ってのは……ああ、なんて言うかな。うまく説明できないが……言ってみれば、零や優一と並ぶくらい、最強な奴だった」
そう言うと、一同はそうだなと頷いた。
……俺が知ってる霊斗はたしかに強いが、2人ほどチートな戦闘能力ではないんだがなぁ。
「最も、奴は最後の一撃の代償に自分のほとんど……それこそ記憶とか、能力の制限とか、今まで得てきたもの全てを失ったらしいがな」
なるほど。それで俺が知ってる霊斗とこいつらが知ってる霊斗は違うのか。
「あいつは……気持ちいい奴だったよ。うん。いい奴だし、一緒にいて楽しいし、誠実なやつだったし、何より強かった。戦って、一緒にいて、数少ない"楽しい"って思えるやつだったな」
優一の言葉に、零は同調しながら加えた。
「自分の欲求に素直すぎるところはあったが……それもあいつの良さなんだろうな。普通、あれだけの時間を生きて、その分だけ最愛の人との出会いと別れを繰り返せば、普通ならとうに気が狂ってる。その分、発散がうまかったんだろうな」
「巻き込まれるこっちはいい迷惑だったけどな! ……でも、まあ、悪くはなかった」
零のしみじみとした言葉に、いつのまにか帰ってきたアルマは茶化しながらも答えた。
「俺たちは色んなことをたくさん教えて貰ったしな。格闘だけじゃない、色んなことを。武人としての心構えみたいなものも、霊斗に受けた影響は多少なりともあるだろうし」
「そうだな。俺たちの師匠だし、今でも俺の世界じゃ色んなことを教えてもらってるしな。……そうか。やっぱり、霊斗でも消滅するのか」
聖人の言葉に、磔が頷きながら答えた。
「危ないところを助けてもらったこともあったなぁ」
「危ないところの原因も霊斗だったりしたけどな」
幻真の言葉に、海斗は笑いながら指摘した。
それに、みんなの間で笑いが起こる。
……なんだ。どの世界でも、やっぱり霊斗は霊斗か。
「彼はなんでもありだったね。上位次元者を殺す一撃を作ったり」
「外なる神の世界に来ることができたりな」
シルクが言った言葉に終作が付け加えた。
「武人として、尊敬に値する人物の1人だったのは覚えておりますな」
「人間としても、優秀な部類だったと思うわよ。反省を次に活かし、非があればしっかり認め、成長をよしとする。友達も多かったし、イケメンだったしね」
「ちょっと合理主義的なところはありましたが、筋は通す人でしたね」
白刃、桜、神姫も霊斗に関しては高評価ならしい。聞けば聞くほど、やっぱあいつってすごいなって思わされる。
「俺は直接は関わったことはほとんどないんだが……どうにも気が合いそうなやつだったな」
「長命、ごめん。今ので全部台無しだ」
「おい待てどういうことだよ!?」
そんな長命のツッコミに対して白刃が刀の峰で長命を突き飛ばした。
「ちょっと黙ってろと申しておるのだがな」
ちょっと言いすぎたとは思うが……。うーん……。
「なんで白刃は長命に対してこんなに辛辣なんだ……?」
「この世界に来るときに、頭に直接"こんな扱いでいい"ってお告げがあったのでな」
なんか白刃のキャラが分からなくなってきた……。




