第二十六話 「リーヴェの望み」
第二章のエピローグ回です。
――それから、丸二日間眠っていたらしい。
ようやく目覚めたのが三日目で、まともに会話出来るようになったのが四日目。どうにかベッド上で身体を動かせるようになったのは七日目の話だった。
ラテストウッド首都での無謀な行いに比べれば随分と負担は軽かった筈なのだが、生命力半減状態からの秘奥の連続発動はそれなりに無茶な行為だったらしい。
もしかすると夜を徹しての連日の執務や、いきなり背負わされた重圧による精神的過労、その他慣れぬ旅路での疲れや気を張り詰めっぱなしだったシールズでの日々など、諸々の要素が負債としてのしかかって来た結果がこれなのかもしれない。
あの後一騒動あったものの、どうにかヘリアン達はガルディと合流を果たし、地上へと帰還した。そして儀式を済ませたシオン達もまた、誰一人欠けること無く全行程を終えることが出来たとのことだ。トラブルはあったものの、取り敢えず辺境伯の依頼に関しては無事に達成出来たということである。
迷宮が安定し、事態の終息宣言が出されたことによって、一時封鎖されていた迷宮区には避難していた住民が戻ってきた。迷宮暴走は些細な事件として処理され、境界都市シールズは平穏を取り戻しつつある。
そしてヘリアンは今、ベッドの上で開いた<仮想窓>で<記録>を眺めていた。
「…………」
眉間に皺を寄せたまま、ヘリアンは何度も繰り返し<記録>を読み返す。
そして読み込んだその内容が自分の見間違いではないことを認めると<権能仮想窓>を開き、ポツリと口語命令を呟いた。
「転移門:設置」
呟きに応じ、微かな光を放つ玉が発生した。
作成された転移門の光玉が、横たわるヘリアンの隣でふわふわと浮遊している。
手を触れれば、アルキマイラの首都であるアガルタ、ラテストウッド本国といった転移先候補一覧が正常に表示された。
「……転移門の設置に成功、か」
茫洋とした表情のまま呟くヘリアンの視界の片隅。
迷宮探索時の出来事を表示していた<記録>には、蒼騎士撃破直後の情報が以下のように記されていた。
――該当領地における象徴物の破壊に成功。
――該当領地における第一勢力の完全殲滅に成功。
――該当領地における【支配力】が小規模領地規定における基準値を超過。
――領地権限開放:該当領地における転移門の設置が解禁されました。
別の<仮想窓>で領地情報を確認するも、迷宮区を除いたシールズ全域における【支配力】分布に関する変化はほぼ無かった。しかし、迷宮区についてはアルキマイラが五割強の【支配力】を有しているという事実が記されていたのだった。
迷宮暴走や迷宮探索での活躍が市民に評価された結果――などでは無い。
些細な出来事として処理をする必要性もあり、ヘリアン達の功績が大々的に告知されたわけではなく、そもそもの話としてあの程度の功績ではいきなり五割強もの【支配力】を得られるわけがないからだ。
そしてこの五割強という割合は、先日の商談後に確認した第一勢力の割合とほぼ完全に一致した。
つまり、<記録>にある通りアルキマイラが奪い取ったのだ。
第一勢力を殲滅し、その勢力が有していた【支配力】の全てを我がものとした。
そして第一勢力とは、事前に推測していた辺境伯グレン=ガーディナーのことではなく、迷宮内で突如遭遇した蒼騎士だったということだ。
この状況からして恐らくは、四割の【支配力】を掌握している第二勢力こそが辺境伯だったのだろう。
こうしてアルキマイラは――迷宮区限定とは言え――もともと予定していなかった『軍事侵略』方式で大量の支配力を獲得した。
これにより今後はアルキマイラ本国から瞬時に人員を移動させることが出来るようになり、またその逆に連れてきた軍団長を本国に戻すことも可能となったということだ。
物資を輸出入することも容易となり、人類領域における活動拠点確立に向けて大きな前進を果たせたことになる。
「……一体なんだったんだろうな、あの蒼騎士は」
脳裏に思い浮かべるのは蒼い鎧を身に纏った超常の騎士の姿だ。
改めて、アレは異質な存在だったように思う。
近接戦闘職であるにも拘らず無詠唱で大威力の魔術を繰り出したり、配下蘇生以外の手段で蘇生を果たしたりと、ヘリアンにとって未知の能力を有していた。
その類でいえば見たことのない固有召喚魔術を操るレイファや、戦闘能力を持たないとされる『人間』であるにも拘らず高い戦闘力を保有する辺境伯の存在など、類似の例は幾つかある。
なのでそれについては今更な話ではあるのだが、そこに軍団長並の戦闘能力をも有すると来てはたまったものではなかった。
正体についてはまるで想像もつかない。
冷静になって考えてみるも、あれは[タクティクス・クロニクル]に似たこの世界において特異な個体であるように思えた。
人類領域を護る境界都市、その守護者たる聖剣伯はBランクの下位相当。
そして、人類種の共通敵である『魔王』なる存在との戦いに投入されたという妖精竜でさえ、その強さはBランクだった。
しかし、それでも人類領域の平和は保たれている。この数百年、人類は自らの力で繁栄を維持して来た。
そのような歴史的背景がある中での、蒼騎士という神話級脅威の存在だ。
普通に考えれば有り得ない。明らかに異質だ。知りうる限りの歴史背景と情勢に照らし合わせても完全に浮いている。アレはこの世界にとっての“異物”のようにさえ感じられた。
――そう。まるでこの世界における我々のように。
「ヘリアン様。お茶の準備が整いました」
思考に沈みつつあったヘリアンの耳に、リーヴェの涼やかな声が届く。
いつの間にか彼女はベッドの脇に立っていた。ヘリアンは邪魔な転移門を消し、身を起こそうとする。
「あっ、どうかそのままで。介添え致します」
リーヴェは手にしていた茶器一式をサイドテーブルに置くと、すかさずヘリアンの背に右手を差し入れた。
対象者へ負担をかけずに身体を起こすという介助行為は簡単なようでそれなりに専門技術を要する筈なのだが、リーヴェの手助けを得たヘリアンは痛みも無く座位を取ることが出来た。
介助などというスキルは存在しない筈なのだが、これは礼儀作法スキルや給仕スキル等の延長線上のものとして解釈された結果なのだろうか。いまいちその辺りの仕組もよく分からない。リーヴェの忠誠心が為せる業と言えばそれだけの話かもしれないが。
「……良い香りだな」
「はい。今日はホウルミの茶葉を淹れました。疲労回復の効果が高く、爽やかな風味が特徴です。ご満足頂けるかと」
説明する傍ら、リーヴェは淀みの無い動きで紅茶を注ぐ。その背後では銀の尻尾が揺ら揺らと動いていた。彼女は今、魔人形態になった状態である。
周囲警戒に万全を期す為、ヘリアンが身動き出来ない間だけでも許可して欲しいというリーヴェからの直訴に応えた結果だ。
他の宿泊客や従業員に見られると少々厄介だが、リーヴェならそのような下手は打たないだろう。個人的にも彼女の感情が読みやすくなる為、まあいいかと許可を出したのだった。
「お待たせ致しました」
コトリと、ベッドに横づけたサイドテーブルに茶器が置かれる。
ヘリアンは細緻な金細工の施されたカップを手に取り、口をつけた。
舌を包む風味と喉に落ちる程よい熱がなんとも堪らない。
カップを傾けつつ、リーヴェの後ろで揺れている尻尾をなんとなしに眺める。
「いつもながらお前の淹れる茶は美味いな」
「恐縮です」
無表情で会釈を送るリーヴェだが尻尾の往復速度が二割増しになった。
結果として、揺れている、という動きから、振られている、という早さになる。
澄まし顔をした宿主の意思とは裏腹、本能に忠実な尻尾の動きに微笑ましさに似た感情を覚えずにはいられない光景だ。
紅茶の効能で神経が和らいでいることも手伝ってか、リーヴェの前だというのに王の仮面が緩んでしまい、不意に微笑を浮かべてしまった。
「――――ぁ」
いかんいかんと表情を引き締め直していると、リーヴェが掠れた声を漏らした。
何故かほんのりと頬が紅潮しているようにも見える。
どうかしたかと問いかけるも、リーヴェからは「何でもありません」と淡白な回答が帰ってきた。
どことなく素っ気ない態度にも思えたが、尻尾の動きは変わってないので気分を害したわけではないのだろう。
ヘリアンは引き続きお茶を味わいつつ、何の気なしに問い掛ける。
「ところで、ガルディとセレスはどうした?」
「迷宮探索に関する報酬の受領に出向いております。中央区へ続く大通りに面した場所にあるとのことで、なかなかの好物件のようです」
「ほう。大通り前とは一等地だな。実際に見るのが楽しみだ」
辺境伯から依頼された迷宮探索のクエスト。
それを受けるにあたって出した要望は、転移門を隠す為の施設――表向きは商店として扱う予定の店舗だった。
元々は一軒家だったらしいので店舗に改装する必要はあるが、ちょっとした屋敷程度の大きさはあると聞いている。少なくとも新米商人が店を構えるにあたって贅沢過ぎる建物であるのは間違いない。
ともあれこれで、転移門の設置とそれを隠す為の施設の入手という当面の目標は早くも達成されたというわけだ。どれだけ早くとも一ヶ月、普通に考えれば半年以上はかかると予想していただけに、計画の前倒しも甚だしい成果である。
しかし、結果はともかくとして経緯は不本意なものだ。
なにせ頭を捻って作り出した計画は当初から躓き、その修正も困難。
予定外の出来事が続き、幾度も選択を迫られ、その度に臨機応変に対処してどうにか帳尻をつけた結果でしかなく、運にも助けられただろう。
少なくとも自分自身の力で事を成し遂げたと胸を張ることは出来そうもない。
だが――
「何もかも自分自身の力で成果を上げなければいけない道理はない。大事なのは結果に対して責任を持つこと……だったか」
小声で呟きながらレイファに貰った言葉を思い出す。
今にして思えば少しばかり肩肘を張りすぎていたかもしれない。
この街に来てからというもの、俺には余裕というものが無かったようにも思う。
いや、それを言うならば国を出る前からか。
国を背負っているのだと、俺が自分でどうにかしなければいけないのだと、独りでも頑張らなければいけないのだと己に言い聞かせてきた。
配下に裏切られないよう素晴らしい王で在り続けなければならないのだと、強迫観念に駆られていた。
……まったく、笑い話にもなりはしない。
レイファに貰った助言も活かせず、一人で何もかも背負い込んでしまっていた己を嗤う。たとえ迷宮暴走や迷宮探索の一件がなくとも、あのままでは背負った重みに耐えきれずいずれ破綻を迎えていたことは想像に難くない。
我が事ながら馬鹿げた話だ。
隣に立つリーヴェを見て心の底からそう思う。
何故ならこんな俺に対して、こんなにも真っ直ぐに忠義を尽くしてくれている存在がすぐ傍に居たのだ。
そんな彼女を前にして、俺は独りなのだと、誰も頼れないのだと、そのように思い悩むのはリーヴェという一個の人物に対する侮蔑でしかないだろう。
そもそも目指すべき理想の王像すら見つけられていないというのに、素晴らしい王も何もあったものではない。
「……ヘリアン様?」
「気にするな。ただの独り言だ」
軽く首を傾げたリーヴェに返答する。
ふと彼女を見れば、声を聞き取ろうとしての動きか、頭の位置が随分と近いところにあった。
手を伸ばせば届く距離。
その様子にいつかの寝室での一幕を思い出す。
そして、その時の行いを再現するかのように右手が動いた。
何の気なしにリーヴェの頭にポンと乗せられた掌が、まるで飼い犬を褒めるかのような手付きでその銀髪を撫で付ける。
「――――えっ?」
そんな声と共に、リーヴェは硬直した。
頭や手足はおろか尻尾すらもピタリと動きを止めてしまっている。
恐らくは思考も停止しているに違いない。
正しく完全停止状態である。
同時にヘリアンもまた我に返った。
そしてリーヴェの頭の上に置かれた己の右手を直視し、ピシリと石化する。
曰く表現し難い沈黙が訪れた。
「……………………」
――やばい。やばいやばいやばいやばい完全にやらかした。
あまりにも丁度良い位置に頭があった為か、或いは以前の寝室での一幕を想起させるシチュエーションだった為か、前触れもなくリーヴェの頭を撫でてしまった。
現代日本に当て嵌めれば看護師にお触りをする男子学生の構図である。
普通にアウトだ。
反乱直後の寝室ではとんでもないセクハラをブチかましたものだが、今のこの状況もその一歩手前である。なんとか取り繕わなければならない。そうでなくてはリーヴェの反感を買う。しかしこの場に相応しい言い訳など咄嗟には出てこない。
それでも何か言わなければと焦る思考が勝手に口を動かした。
「そ、そういえば、今回の件で恩賞を与えねばな。此度のお前の働きは誠に見事であった。その働きに報いたいと思う」
さっさと離せばいいものを、リーヴェの頭の上に手を置いたままの発言である。
そして一旦喋り出したことによって手放すタイミングを見失ってしまった。
結果、部下の頭に手を置きながら恩賞の話をする王という滑稽な図が完成するがもう止まれない。
自分自身のあまりの不器用さに若干泣きそうになりつつ、裁判を控えた罪人のような気分でリーヴェの答えを待つ。
「……い、いえ。反乱の折、御身を守れなかった私に恩賞などは……」
リーヴェは頭を固定したまま視線を下げ、沈んだ声色でそんな台詞を口にした。
それを受け、はてとヘリアンは首を傾げる。
「うん? 何を言っている。そんなものは既に精算済みであろうに」
「…………えっ?」
「ノーブルウッドとの一件において私が命を落とさずに済んだのはお前の英断のおかげだ。それにこの世界への転移現象以降、国王側近としてあらゆる分野で働き続けてくれた事を私は評価している。反乱時の失態など、とうの昔に帳消し済だ」
告げると、リーヴェは琥珀色の瞳を大きく見開いた。
……もしかしてあの一件を未だに気にしていたのだろうか。だとしたら悪いことをした。自分の中では当たり前のことだったのだが、リーヴェにはちゃんと伝わっていなかったのかも知れない。
自省しつつ、リーヴェに言葉を投げかける。
「それに今回の功績は殊更大であった。なにせ神話級脅威の撃破という大戦果を上げたのだ。これに何も報いないようでは、王として些か以上に狭量が過ぎると言うもの。なんでもいい。思うがままに望みを述べよ」
普段からリーヴェは滅多に要望を言わない。
それを踏まえて考えれば、これはある意味絶好の機会だ。
普段から尽くしてくれている彼女に、何かを報いてやりたいという気持ちがあった。
さて。リーヴェの望みはなんだろうか。
武器か、防具か、それとも他の魔導具か。
単純に報奨金を出してもいいし、彼女が望むのなら長期休暇も許可しよう。
内政に打撃を与えるような報酬を望んできた際には少々考えさせて欲しいところだが、これまでの働きの分も含めて可能な限り応えてやりたい。
「そ、それはその…………なんでもよろしい、ので、しょうか?」
怖ず怖ずとリーヴェは言う。
まあ、言っていることに間違いは無い。
どんな要求であれ全力で叶えようという心意気である。
コクリと首肯で応じた。
「ほ、本当に、なんでも……なんでもよろしいのですね!?」
リーヴェが俯き加減だった顔を上げる。
何故か頬が紅潮していた。
ついでに言えばガン見だった。
追い詰められた餓狼のような双眸が己の瞳を捉えて離さない。
「……う、うむ。私にしてやれる範囲に限るが」
ここに来て予防線を張る自分のチキンっぷりが恨めしい。
だが鬼気迫るような形相で詰め寄られれば致し方ないと思うのだ。
いや表情自体は相変わらずの無表情、もとい微表情なのだが、琥珀色の瞳が雄弁に意思を語っている。
ギラついた瞳には、どこか決意のような光さえ宿っていた。
「で、では……その……セ、セレスがですね、露店で買い物をしてもらったと、言っていたのですが……」
「……あ、ああ」
謎の薬草を十束買った。
それが何だと言うのだろうか。
謎の前置きに、ゴクリ、と唾を飲み込む。
そして一体どんな無茶振りが来るのだろうかと身構えるヘリアンに対し、
「ですので、その、次に露店巡りをする時には……――わ、私を、連れていっては頂けないでしょうか!?」
と。
神話級脅威を単独撃破してみせた第一軍団長様は、そんな望みを口にした。
「………………………………は?」
ヘリアンの口を吐いて出たのは疑問の一語だ。
あまりに予想外の内容に愕然とする。
今のは聞き間違いかと、己の耳の故障を疑った程だ。
だって願いがあまりにささやか過ぎる。
あれだけボロボロになるまで戦ってくれて、神話級脅威の単独撃破という快挙を成し遂げた身の上で、更にはあそこまで鬼気迫る様子で詰め寄っておいて。
そうしてようやく口にした望みが、ただの買い物の付き添い?
……なんだそれ。
「――――い、いえ。訂正します。次の次の機会で結構です。次は引き続きセレスで構いません。自重します」
こちらの沈黙をどう受け取ったか、リーヴェはわたわたと手を動かして弁明じみた何かを口にした。しかし一切の反応が無い事実に焦りを募らせたのか、彼女は動揺に瞳を揺らして捲し立てる。
「……で、では、更にその次で如何でしょうか。セレスには劣りますが道具鑑定のスキルはそこそこあります。また、いつも連れている者とは違った視点からの意見も具申できると思われます。それから、えぇと……ご、護衛性能に関してはセレスに負けません。完璧に安全な買い物を提供できるものと自負しています」
なんか譲歩案のようなものを出してきた。
ついでにセールストークのおまけ付きだ。
それでも何の反応を見せない自分に、次第にリーヴェは眉尻を下げていく。
それからもリーヴェは色々と言い募るも、段々と語尾が弱々しくなり、提案にはどこか懇願じみた響きさえ含まれ始めた。
それでいて『一緒に買い物に出かける』という要求だけは引き下げられないらしく、先延ばしにしてでもどうにか要望を通そうとしてくる。
――その様子が、なんとも可笑しすぎて。
――あれだけ尽くしてくれたというのに、求める願いがささやか過ぎて。
――その様はどこか叱られる前の子供のようで。
――それでいて褒められるのを待つ忠犬にも似て。
――しかも、俺の手が置かれている頭だけは動かす気配が一切無くて。
だから、ああもう、なんていうか――。
「クッ……ククククク……! ぶはっ、ハ、アハハハハハハハ――ッ!」
限界だった。
というかもう無理だ。
こんなもん耐え切れるわけない。
そもそも堪えろという方が無理無茶難題である。
だって、もう、まったく、コイツは、コイツときたら――!
「ハハ、ハ、買い物! 買い物と来たか!! ああ、いいぞ! 構わん、構わんとも! そんなものでよければ幾らでも付き合ってやる! 身体が治れば早速にでも街へ繰り出そうではないか!! クハハハハハハハハ!!」
涙が出るほど笑いながらリーヴェの頭を撫でくり回す。
もはやその手付きに一切の遠慮呵責はない。
わしゃわしゃと銀の髪をかき混ぜれば、普段の綺麗な髪型があっという間にボサボサになった。
なのにリーヴェと来たらポカンと呆けて見たこともない表情を晒しているくせに、尻尾だけは自己主張も激しくブンブンと振られていると来てはなんかもう色々と駄目駄目だった。
「よしよし近う寄れ! こうしてやる、こうしてくれようとも! アハハハハハハハハッ――!!」
「ヘ、ヘリアン様……!?」
ようやく意識が現実に還ってきたらしいリーヴェに構わず、撫でる、モフる、掻き乱す。更にはその小振りな頭を胸に抱き抱えるようにして撫で倒す。
胸の中で悶え暴れるようにして、しかしその実、全く抵抗らしい抵抗をせずにされるがままになっているリーヴェの百面相が面白すぎてもう堪らない。
そうして普段の鉄面皮はどこへやら。もはや尻尾や耳など見るまでもなく、頬を朱色に染めて慌てふためく第一の配下がそこにいた。
――ああ、そうだ。そういえば、コイツは可愛いヤツだったんだ。
国王側近などという格式張った役職に付けるよりも以前の話。
まだ小さかった頃のリーヴェの姿を思い出したヘリアンは、体力が尽きるまで彼女を構い倒すことを心に決めた。
そうして童心に帰ったような笑みを浮かべつつ、心の片隅で思い浮かべるのは己の目指すべき未来の姿だ。
三崎司には、グレン=ガーディナーのようなカリスマも戦う力も無い。
彼のような指導者になるのは不可能だ。
三崎司には、レイファ=リム=ラテストウッドのような信念も誇りも無い。
彼女のような指導者になるのは不可能だ。
だから何を目指せばいいのか迷っていた。
ましてや己は人間ですらない魔物達の王だ。
どんな指導者になればいいのか分からなかった。
けれど今、最低限目指すべき王の姿だけは定まった。
――リーヴェだ。
彼女の前で胸を張れる王で在り続けるべきだ。
それが具体的にどういう王なのかは分からない。
決断の機会は多く、相談相手は乏しく、判断に迷うことはしょっちゅうだ。
これでいいのかと。王として正しいのかと。そして人として間違ってはいないのかと。そんな苦悩の続く日々である。
だが、運命を分かつ大きな決断を求められた時。
そんな時は、己の決断がリーヴェに対して胸を張れるものかと己に問えばいい。
“アルキマイラの瞳”を前にして、威風堂々を貫けるのかと問えばいいのだ。
それで全ての出来事に答えが出るとは思わないが、少なくともその時点で首を縦に振れないようであれば、それは己の歩むべき道ではないということだろう。
前途は多難だ。
帰る手段は未だ見つかっておらず、それどころかこの世界の調査、その前段階作業でさえ危うく命を失いかける始末。
それでいて託された生命は数多。
身に背負う重圧は押し潰される程に重く、この世界は過酷である。
だけど諦めずに頑張っていこう。
世界はこんなにも厳しいけれど、自分は独りなのだと絶望する必要はない。
だって自分の傍らには、こんなにも頼りになる、最頼の配下がいるのだから――。
- 第二章 了 -
・これにて『異世界国家アルキマイラ』の第二章は終了です。
ここまで読んでくれてありがとうございました。




