第二十三話 「神話域の決闘」
神闘は剣戟と拳撃の音で幕を開けた。
前者が蒼騎士のもの、後者が月狼のものだ。
蒼騎士の得物は幅広の騎士剣だ。但し片手で扱っているそれは、本来ならば両手でも扱いかねるような重厚さを備えていた。華美な装飾が施された蒼銀色の剣身は、しかしその重量に反して宙に数多もの斬影を走らせる。
対する月狼は武器は紅色の篭手だ。拳聖たるリーヴェが繰り出す拳撃はアルキマイラ製の破城槌をも凌駕する。手首と上腕部の動きのみで繰り出した左の牽制打はそれだけで現代主力戦車の正面装甲をも破壊する威力があった。
激突する。
剣閃は拳撃で逸らされ、拳撃は刀身で受け流された。
瞬く間に二十八合。
一撃毎に大気を震わせ、両者は二十九合目で相反するように弾き飛ばされる。
一拍遅れて衝撃の余波が吹き荒れた。
余波は暴乱の嵐と化し、両者の周囲に乱立した石柱を幾本も破壊する。
輪切りにされた石柱の成れの果ては蒼の騎士剣が煌めいた結果であり、粉微塵に粉砕された元石柱の残骸は紅の篭手が穿った結果だ。
初接触を終えた両者。
だがこれほどの攻防を経て、尚双方は無傷だった。
リーヴェの身体に切創は一つも無く。蒼騎士の鎧に打撃痕は一つも無い。
接触前と比較して変化があったとすれば、蒼騎士の装甲に積もっていた埃が燐のように散ったぐらいのことだ。
――化け物。
もしもその様子を見届けた観衆が居たならば誰もがそう思ったに違いない。
只の様子見程度の応酬でしかなかったにも拘らず、既に両者は人外の動きを見せていた。
いや、仮に観衆が居たとしても、そもそも視ることなど出来なかっただろう。精々遅れてやってきた衝突音と周囲に乱立する石柱の被害状況から、何らかの破壊現象が生じた事実を察するのが関の山である。
――だからこその神話級脅威。それが故の神闘だ。
化け物などと生温い。元より両者は当初から人外だ。人間などという脆い生き物と比較しようとした時点でそも誤っている。
一般的な人間の知覚できる領域に両者は居らず、共に神話に謳われた威を放つ超越者だ。それを力なき余人が推し量ろうなどと烏滸がましい。眼前で繰り広げられし光景は神話級脅威同士が相争う神話域の決闘である。
だが、その戦いを見守る者が一人居た。
否。
その戦いに身を置く弱者が其処に居た。
「戦術仮想窓:複層開錠。改造形式:単騎決戦」
ヘリアンは口語操作で複数の<仮想窓>を開錠する。
事前にカスタマイズした設定を使って呼び出したのは、単騎対単騎の戦闘用に最適化した<記録>や<人物情報>に<地図>の数々だ。
数多呼び出された<仮想窓>の群れが、ヘリアンの視界前方百四十度を包囲する。
特に<記録>に関しては戦闘状況を把握し分析調査する為、長年のプレイから得た経験則に基づき最適な必要情報を抜き出せるよう抽出条件を指定済みだ。求める情報は状況に応じて多岐に渡る為、呼び出した<記録>の<仮想窓>は最も多い六枚である。
眼前に数多展開された<仮想窓>は透過率にも拘っており、戦闘を視ながら<仮想窓>を読み取れる絶妙な設定を探り出していた。常人では到底読み取れない戦闘状況を、ヘリアンは数々の<仮想窓>を駆使することで把握する。
「――――ッ!」
再び生じる激突音。二度目の攻防が始まった。
既に様子見は終えたということか、空を裂く剣閃と穿つ拳撃は先程よりも鋭く強い。野放図に放てば城壁をも吹き飛ばす大威力を剣と拳に収束し、眼前敵を屠る為に最適化した出力で放つ攻撃の数々は時に物理法則すら捻じ曲げている。
回避や防御よりも先ずは己の攻撃を相手に通すことを優先したのか、蒼騎士は先程よりも深い踏み込みでリーヴェの懐に侵入した。
その動きに合わせるようにしてリーヴェはすかさず迎撃の拳を放つ。入った。直撃とはならなかったが鎧の右肩装甲を大きく抉る。その損傷を代償に、蒼騎士は近接距離からの振り上げを繰り出した。
首を刎ねに来る剣身。リーヴェは仰け反ることで剣閃を躱すも、無防備を晒した腹部へ盾突が来た。直撃する。第七軍団謹製の戦装束は衝撃の何割かを軽減したが、余りの威力に固く根を下ろした筈の足が浮いた。
しかしリーヴェはそのダメージを無視し、浮いた右足で蒼騎士の左肘に蹴撃を見舞う。装甲の薄い関節部を狙った爪先は微妙に打撃点をずらされたものの、盾を取り落としかける程の損傷を蒼騎士に与えた。
一際強い衝突音。
リーヴェと蒼騎士は弾け飛ぶようにして再び間合いを開ける。
今しがたの攻防によるダメージ量に大差は無く、ここまでの戦闘では両者の実力は拮抗しているように伺えた。
互いに神話級脅威だから互角――というわけではない。
そもそも神話級脅威とは、ある一定ラインの戦闘力を超えた者全てに与えられる脅威度判定だ。つまり“計り知れない強さ”を持つ者は押し並べて神話級脅威に認定されるという、上限の定められていないランクになる。
その為、上限と下限が定められているGランク~Sランクのように単純な脅威度だけで戦力比較をすることは出来ない。
極端な話をすれば、ぎりぎり神話級脅威に到達した魔物が第八軍団長に闘いを挑んだとしても九割以上の確率で敗北することだろう。
故に神話級脅威と看破出来たところで、王にとって勝利出来るかどうかの判断材料にはならない。
なにせ文字通り“計り知れない強さ”を持つ敵だ。
闘いを挑んでみなければ勝敗は分からない、戦略としての計算式に大いなる変動値として割り込む存在――それが神話級脅威である。
「臥嗚アァ唖々ァァァァ――ッ!!」
連撃による応酬に見切りをつけたのか。大きめのバックステップで距離を取った蒼騎士は折り畳んだ腕に盾を固定し、咆哮と共に全力で突進した。構えた盾を肩越しに押し込むようなその態勢は、純粋な力押しの選択を示している。
対するリーヴェは応じるようにして真正面から迎撃した。僅かな間合いで銃弾を超える加速を果たした両者は激突し、結果として拮抗が生まれる。互いの肉体は彼方此方に吹き飛ぶこと無く、その場で均衡を保つ形となった。
その事実にリーヴェは歯噛みした。
〝紅月ノ加護〟を発動した彼女の膂力値はSSにまで到達している。
月狼であり拳聖という職業に就いているリーヴェの膂力値は八大軍団長の中でガルディに次いで高く、力押しに関してはある程度の優位性を見込んでいた。
だが、蒼騎士はそのリーヴェとの小細工抜きの押し合いで一歩も譲らない。つまり膂力値についてはほぼ互角であることを意味していた。
「ぐッ……!」
リーヴェは既に強化術式を己に付与している。
月狼の咆哮による強化効果も未だ継続中だ。
これにより彼女の膂力値は相当な高みに達しているが、一方で通常スキルによる強化はここが限界である。
種族毎に定められた基礎戦闘能力の上限値に到達してしまっているからだ。
最高位階種族の一つである【月狼】と言えど、これ以上は幾らスキルの重ね掛けを行おうとも膂力の強化は叶わない。
――だが、その前提を覆す力が此処に在る。
「秘奥発動宣言:〝朱月ノ聖痕〟」
この闘いは一対一――戦闘規模は単独戦闘に規定されている。
リーヴェ最大の切り札たる秘奥は大規模戦争であることが発動条件に含まれている為に使用不可能だが、彼女は他にも〝紅月ノ加護〟を代表した優れた秘奥を幾つも会得していた。
秘奥はただでさえ取得条件が厳しい。取得した秘奥が使い物になるという保証もなく、中には一度発動するだけで王の生命を全損するどころか“生命の貯蔵”を丸々三つ消費するという浪漫兵器じみた実用性皆無の代物まで存在する。また、王の傍でなければそもそも発動出来ないという条件は大きなデメリットだろう。
しかし、全配下中最も集中的に育成され、かつ国王側近の配下として常にヘリアンに侍っている彼女の運用方法は基本的に王とセットだ。従って彼女には、対単体戦闘特化型でありつつ秘奥特化型とも言える育成コンセプトが与えられていた。
その力が今、遺憾なく発揮される。
「――――ッ!」
〝朱月ノ聖痕〟が発動を果たし、〝紅月ノ加護〟による真紅のオーラに包まれたリーヴェの身体表面随所に一際強い光が宿った。
スキルでは超えられない上限値の壁を、秘奥は当然のように突破する。
鮮やかな朱光はリーヴェの両腕を中心に刻印を刻みつけ、両の拳に新たな威を装填した。
この秘奥の効果は膂力値の強化、並びに回数消費型の攻撃力増幅効果付与だ。
今しがた刻まれた刻印を消費することにより、瞬間攻撃力が爆発的に増大する。
ましてやスキルではなく秘奥によって齎された支援効果だ。
その倍率は折り紙付きである。
刻印は最大で八画付与されるが、付与成功判定を受けたのは四画のみだった。
十分だ、とリーヴェは判断する。
もとより主の生命を削り続ける長期戦に持ち込むつもりなどない。
彼女の狙いは最初から超短期決戦だ。
「ハァッ――!」
限界突破した膂力で一気に盾を押し返す。
そして前傾という優位な姿勢を得たリーヴェは、腰を落とした密着状態からの発勁で盾ごと蒼騎士の身体を弾き飛ばした。
蒼騎士が踵で地面を削りながら停止した結果として、両者の間に百メートルという間合いが生まれる。
リーヴェは咆哮と共に突撃を敢行した。
彼我の距離は刹那という所要時間で零となる。
先ずは右腕の一画を消費し、蒼騎士が迎撃に振るった騎士剣目掛け拳撃を繰り出した。
衝突。
次いで爆裂音。
爆ぜる音に続いてリーヴェの狼耳に届いたのは打割の響きだ。
幅広で分厚い剣身は半ばから割り砕かれ、切っ先が宙を舞った。
その代償としてリーヴェの右拳から鮮血が飛沫くも、彼女は気にも止めない。
即座に追撃。
左腕の一画を費やし、蒼騎士が構えた凧状盾に打撃を撃ち込む。
騎士剣よりも耐久値が高かったのか盾は砕けなかったものの、余りの威力に蒼騎士の左腕ごと盾が大きく弾かれた。
ガラ空き。
絶好の好機。
到底見逃せる筈もない。
両腕に残された刻印は一画ずつ。
その内の片割れ、左腕の刻印を起動し、リーヴェは蒼騎士の懐に飛び込んだ。
咄嗟に放たれた迎撃の刃。半ばまで折れた騎士剣がリーヴェの腹を抉る。
――問題ない。この程度のダメージなら致命傷には至らない。
リーヴェは即断という対応で更に踏み込み、爆発的な攻撃力を得た左拳による直撃をぶち込んだ。
「雅ァ亞アァ猗ァ飽ァァァァ――ッ!?」
蒼騎士が絶叫を上げる。
人語とは思えない鋼の叫びが悲痛の響きを携えて戦場に満ちた。
しかし月狼は追撃の手を緩めない。
右腕の刻印を起動。
本命の一撃。
月狼は右拳を腰だめに構え、全身の動きを発射台として前方に射出する。
「オオオオオォォォォ――――ッ!」
着弾と同時、拳が生んだとは思えない炸裂音が生じた。
あまりの攻撃力の発露によるものか、拳に巻き込まれた大気が悲鳴を上げる。
蒼騎士の断末魔は爆ぜる音と大気の叫声で掻き消された。
「我臥ァ……アァァ……――」
そして逃げ散った大気が戻ってきた頃。
もはや呻き声しか出せなくなった蒼騎士の腹部装甲には、向こう側の景色が覗けるほどの大きな風穴が空いていた。
やがて呻き声が止み、完全に動きを停止させた蒼騎士がグラリと揺れ、無造作に倒れる。石畳に横たわった騎士の残骸はそれきり動きを見せず、勝者と敗者がここに定まった。
「――――」
都合、三十二秒。
開幕が唐突なれば終幕もまた唐突に。
互いに神話の域に身を置いた者同士の戦いは、月狼の目論見通り短期決戦で幕を下ろした。
――その筈、だった。
「――――ッ!?」
それに気付けたのは偶然ではなく必然だ。
もはやトラウマとなった反乱時の失態がフラッシュバックする。
過去の悔恨がけたたましく警告を発した。
まだ何も終わっていないのだという本能の叫びが、月狼の身体を突き動かす。
――一閃。
先程までリーヴェの首があった空間を、横合いからの騎士剣が薙いだ。
頭部の動きに遅れた髪がバラバラの銀糸となって宙に舞う。
死体と化した筈の蒼騎士がそこにいた。
「な、に……!?」
驚愕に目を瞠る。
それは彼女の主とて同じことだ。
月狼の眼前に転がっていた死体は消失し、蒼騎士は彼女の右方向に再出現した。
「臥嗚アァ唖々ァァァァ――ッ!!」
「………くっ!」
荒々しく放たれた連閃をどうにか捌いて距離を取る。
そうしてリーヴェが検めたのは腹部の傷を修復した蒼騎士の姿だ。
完全に致命傷だったのにも拘らず、破壊された武器までも復元し、猛然と騎士剣を振るう蒼騎士の姿がそこにある。
リーヴェはその様に理不尽と驚愕を覚え――即座にその感情を捨てた。
感情を消すことには慣れている。
元よりあの忌まわしい失態以降、毎夜毎に己を苛んでいた記憶の再現だ。
感情の発露たる動揺は少なく、意識と身体は即座にトップギアに復帰した。
蘇ってきたのならもう一度殺せばいいだけのこと。
リーヴェはそう結論し、間断の無い連撃を繰り出した。
蒼騎士もまた連撃に応じて連閃を煌めかせる。
応酬の速度は回転数を増し、それはやがて縦横無尽に戦場を駆けながらの高速機動戦闘へと移行した。
此方で生じた炸裂音を置き去りに、彼方で蒼剣と紅拳が猛威を振るう。
〝紅月ノ加護〟による紅いオーラは未だに月狼の全身を包んでいるが、〝朱月ノ聖痕〟の刻印は全て使い切っている。彼女にとって決め手にかける状況だ。
しかしこれ以上主の生命を喰らうことを良しとはしない月狼は、単純な攻撃力で押し切ることを諦め、別種の切り口で攻め入る戦法を選択した。
「神革の戒め!」
発動させたのは即時発動型の妨害系に属する束縛スキルだ。
それは彼女の意思に呼応して伸長し、蒼騎士の身体を幾重にも縛りつけた。Bランク以下の魔物ならば問答無用で拘束する神革はしかし、蒼騎士の膂力によって力任せに引き千切られる。成果として眼前敵の動きを妨害出来た時間は僅か一秒。
「神鉄の戒め!」
一秒で十分だ。
間髪入れず発動所要時間付きの束縛スキルを発動。
神革の戒めの二倍の束縛性能を持つ神鉄が蒼騎士の身体を縛り付ける。
恐らくは三秒と持つまいが、その僅かな時間で以ってリーヴェは体内の気と魔力、そして身に纏う〝紅月ノ加護〟の力を融合させ、新たな武装を創出する。
それは本来、【月下】の地形効果を得ている時でしか使えないスキルだった。
この場は迷宮の何処か――恐らくは疑似拡張された亜空間――であり、時刻もまた夕方にもなっていない時間帯だ。月明かりは戦場に届くことなく、本来ならばスキルの発動判定に一〇〇%失敗する。
しかし、今の彼女の身を包むのは〝紅月ノ加護〟。
その加護を得ている限り、月光は常に月狼と共に在る。
「――月剣、在れ!」
月狼の求めに応じ、彼女の両肩背後に発生したのは月光で編まれた大剣だ。
左右に三振りずつ出現し滞空する合計六振りの大剣は、その長大さと流麗さもあってか、まるで月狼の翼のようにも映る。
リーヴェ=フレキウルズの職業は【拳聖】だ。
そして【拳聖】に至るまでの間、数多の職業を経験した万能キャラでもある。
剣の扱いにも習熟しており、ましてや三対六翼の大剣は月光で編まれた代物だ。
ならば月狼である彼女に扱えぬ道理はない。
「月剣、舞え!」
リーヴェの叫びに応じて六振りの月剣が踊る。
蒼騎士が振るう騎士剣の剣撃に合わせ、月剣は最適な角度で刃を重ねた。
しかし蒼騎士も然る者。月光で編まれた大剣はまるで硝子細工のように砕け散り、合計八合でその尽くが破壊された。
――構わない。
それすらも囮。六振りの月剣の目的もまた時間稼ぎ。そして月剣は与えられた役割を完全に達成した。蒼騎士の至近距離にて気を練り込む時間を得たリーヴェは、裂帛の気合と共に五指立てた両掌を突き出す。
前方に伸ばした両腕から放たれたのは、月光の奔流だ。
「――――ッ!!」
それは時をかけて練り込んだ気と魔力を合成し、〝紅月ノ加護〟の力を全て注ぎ込んだ絶対破壊の砲撃だった。
蒼騎士の鎧は重厚で防御力に長けるがその分俊敏性に劣る。格下相手なら誤差のような速度の低下も、神話級脅威同士の神闘であれば時として致命的となる。
ましてや大量の魔力を消費して使用した二つの束縛スキルと、月光の大剣による支援攻撃で隙を作った上での近接砲撃だ。回避出来る道理もない。
〝紅月ノ加護〟の解除を代償とし、全力で放たれた大口径の砲撃。
ほぼ零距離から解き放たれた月光の奔流は蒼騎士の身体を飲み込み、その胴体を完膚なきまでに消し飛ばした。
そうして紅に滲む月光の残滓が消え去った後、そこに残されたのは上半身を喪った蒼騎士の残骸である。
「――――」
斯くして蒼騎士は死亡した。
非生命体種族である魔導鎧人系の魔物だろうが、頭部や心臓部といった核を破壊されるどころか消滅させられては“死ぬ”しかない。
二度目の死。
リーヴェは確実に蒼騎士の生命を奪ったことを確信する。
だと言うのに何故だ、と彼女は己の心に問うた。
二度の殺害を果たしたというのに、月狼としての本能は戦闘が終わっていないことを警告し続けている。
そして、その本能は何処までも正しかった。
「――――不死身か、貴様は」
下半身だけになった蒼騎士の身体が消滅する。
その代わりに再出現したのは傷一つ無い鎧を纏う蒼騎士の姿だ。
既に二度の死を経たというのに、その戦意には些かの陰りもない。
蒼騎士はスリットから敵意の眼光を瞬かせ、幅広の騎士剣を静かに身構える。
「数多の生命を持つ騎士……とでも言うのか」
そんな魔物をリーヴェは知らない。
そもそも自己蘇生能力を保有する敵など、彼女は百五十年の生で一度きりしか視たことが無い。
確かに先の反乱騒動の首謀者に関しては、死後に一度きり反撃を行う固有能力を保有していた。だがアレは蘇生の域に達しきれておらず、そんな代物でさえかなり稀有な能力である。その上更に完全な蘇生を果たすだけでなく、二度目の死をも乗り越える能力など破格に過ぎた。
しかし、この戦場においてリーヴェに撤退の二字は無い。
他ならぬ主からの王命を受けた戦いだからだ。
ましてや王の生命が懸かっている以上、この戦闘においてリーヴェが己に許せる結果は勝利をおいて他にない。
「――ならば、死ぬまで殺し続けるまでだ」
膝を曲げ、溜めた両足を瞬発させる。
一息で己の躰を最速に乗せた月狼は、幾度目かも知れない突撃を敢行した。
・次話の投稿予定日は【12月16日(日)】です。




