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第二十二話 「咆哮」

 果ての無い広大な空間の中。

 存る筈の無い脅威(SSランク)の蒼騎士を前に、ヘリアンは呆然と立ち尽くした。


 蒼騎士は不動を貫いている。新たな動きを見せる様子は無い。しかし、それは此方が動いていないが為の不動だ。スリットから覗く赤い眼光は明確な敵意を滲ませており、此方が前進か後退の動きを見せれば即座に襲いかかってくるだろう。


 リーヴェもまた己に不動を課し、一切の油断を排した瞳で蒼騎士を注視している。僅かでも蒼騎士が動こうものなら即座に行動を開始するが、逆に言えば蒼騎士が動き出すまでは己もまた不動を貫く態勢だ。彼女はただじっと、己の主による指示を待っている。


 故に、この場における決断の全てはヘリアンという一個人に預けられている構図となる。ヘリアンが決め、動かぬ限り、両者は延々と不動を貫き続けるだろう。

 そうしてヘリアンが思い浮かべるのは、何度目かも分からぬ現状への自問だ。


(――どうして、こうなるんだ)


 これでも、自分なりに綿密な計画を立てたつもりだった。

 次から次へと押し寄せる仕事にどうにか目処を立たせ、自分の欠点には目を逸らさずに直視し、いつか帰れるその日まで“万魔の王”を張り続ける為の努力をしようと心に決めた。


 これが最適だと胸を張れるだけの自信なんて無い。

 だけどそれでも精一杯に考え抜き、どうにかしようと思い悩み、身に余る重責に押し潰されそうになりながらも限られた時間で計画を練り、勇気を出して国外へと旅立ったのだ。


 ――なのに、現実は斯くも無情だ。


 あれだけ頑張って作り出した計画は目的地に着く前から早々に狂い出し、本来接触する必要の無かった権力者と関わりを持ってしまった。

 それでもどうにか軌道修正を行おうと足掻いてみたものの、現地到着二日目にして迷宮暴走などという騒動に介入してしまい、完全に目をつけられた。

 更には、自らの選択によって雁字搦めになった為に辺境伯の依頼を断ることも出来ず迷宮探索に参加する羽目になり、強制的に孤立状態へと追いやられ、こうして何処とも知れぬ場所で存在するはずのない神話級脅威を目の当たりにしている。


「――――」


 あまりに無残な状況だ。

 もはや完全に呪われているとしか思えない。

 予定通り事は進まず次から次へと困難が押し寄せ選択を迫ってくる。

 なのに最善と信じて尽くした努力は何一つ実を結ばない。

 更には状況はこちらの事情などお構いなしに選択を突きつけてくると来た。

 まるで運命を弄ばれているかのような感覚。

 身を襲う尽くが不条理の連続だ。

 何もかも思い通りにならない。

 理不尽にも程がある!




「――――――それが、どうした(・・・・・・・・)




 ガヂリ、という異音と共に意識(スイッチ)が切り替わる。

 脳内に刻まれたイメージは銃爪に似た。

 (ボタン)を叩く勢いは撃鉄を落とすソレだ。

 意識の変革はそれこそ一瞬。

 三崎司は仮面を被り、万魔の王(ヘリアン)として其処に立つ。


「……ああ、そうだ。この世界が理不尽だなんて、そんなこと――」


 そんなこととっくに分かっていた。

 だって、()()()()()()()()()()()()()()

 リアルなんて代物はいつだって唐突に理不尽な選択を迫ってくる。

 どれだけ綿密に人生設計しようが歯車は狂いっぱなしで、予定通り事が進んだ経験なんて数える程しかない。


 だからこそ、三崎司は仮想現実に魅せられたのだ。

 頑張れば頑張った分だけ必ず等価値の経験値(リターン)が得られる、確実に報われることが約束された優しい世界に耽溺した。数値で構成された完璧な箱庭に夢中になり、青春の大部分を費やした。夢のような第二の世界に没頭し続けた。


 しかし、これはもはや現実だ。

 零と一で構成された都合の良い幻想ではなく、紛れもない残酷な現実として此処に在る。


権能仮想窓ファンクションウィンドウ開錠(オープン)


 その認めがたい事実を三崎司は既に承知していた筈だ。

 苦しみ喘いだ挙げ句の果てに辿り着いたあの日の“始まりの地”で。

 とある気高き姉妹に背を押され。

 そうしてお前は認めた筈だ。

 この世界は、どうしようもなく、現実なのだと。


秘奥発動対象指定(アクティベーション)(リーヴェ=)(フレキウルズ)


 だったらこんなところで心折れてどうする。

 これは自分で決めた選択の結果だ。

 ならばその結果には責任を取る必要がある。

 選択と責任とは元来そういう代物の筈だ。

 何ら特別な話ではなく人として極々当たり前の常識である。


追加設定(コンフィグレーション)実行(オン)使用許可確認手順サブコンファメーション省略(カット)


 故に俯くな。

 目を逸らさずに前を向け。

 己の選択の結果から逃げ出してどうする。

 何もかも全て、貴様が決めたことだろうが――ッ!


秘奥発動宣言フォビドゥンファンタズム:〝紅月ノ加護(クリムゾンムーン)〟!!」


 宣言と共に身体から大切なものが奪われていく。

 抜け落ちた生命力は機構(システム)に貪り食われ、秘奥を発動させる為の糧へと変換。第一の配下の身に取り込まれた。


 同時に身を襲う苦痛。だが苦悶の表情は浮かべない。完全に仮面を被った現状、そのような無様は以ての外だ。

 これより戦いに臨まんとする――否、この俺の手によって戦いの場に放り込まれようとしている配下を前に戦う前から苦悶の呻きを上げるなどと、万魔の王の姿ではない。


「……ヘリアン様?」


 秘奥の発動という行為をどう受け取ったか、リーヴェは戸惑いの声を漏らした。


「逃げは無しだ、リーヴェ。アレが何なのかなど知ったことではないが、我々の障害となるのなら討ち倒すまでだ」

「し、しかし、ガルディやセレスと完全に分断されました。この状況で神話級脅威との正面戦闘など……」


 ああ、確かに分断された。

 既に戦車(ルーク)僧正(ビショップ)は手元から失われている。

 駒落ちも甚だしい有様。

 本来なら絶望的とも言える窮地。

 だが、


「まだお前がいる。他ならぬリーヴェ=フレキウルズが此処にいる。

 ――ならば逃げる理由など何処に在る?」


 傍らで生じた息を呑む音。

 構わずヘリアンは一歩を踏み込む。


 ――ああ、そうだ。自分にはまだリーヴェがいる。

 死を経験したあの日、唯一信じ抜くと心に決めた第一の配下が残されている。

 ならばたかが神話級の敵が現れた程度で、どうして怯え惑う無様を晒せようか。


「万魔の王、ヘリアン=エッダ=エルシノークの名に於いて。

 アルキマイラが瞳、リーヴェ=フレキウルズに命ずる」


 真っ直ぐに右腕を翳す。

 五指立てた右手の先には謎の蒼騎士。

 正体不明の神話級脅威。

 敵は強大。

 配下はたったの一人だけ。

 されど我が身に残されしは第一の配下たる最頼の一騎(クイーン)


 ならば恐れるな。

 歯を剥き笑んで威を示せ。

 何一つ躊躇うこと無く絶叫しろ。

 叫ぶべき言葉は唯一つ――!!


「――――撃滅せよッ!!」




    +    +    +




 ――そして、第一の配下は王の号令を耳にした。


 その時の衝撃をどう現せば良いのか、と。

 彼女は溢れんばかりの感情を得ながら其れを想う。


 ……ずっと不安だった。

 ただ一人罪を背負ったまま眠れぬ夜を幾夜も越えた。

 一体どうすれば信頼を取り戻せるのかと苦悩する日々だった。

 いつか捨てられるのではないかと恐怖していた。


 しかし、王は逃げる必要など無いと告げられた。

 正体不明な神話級脅威を前に、己一人しか戦力が残されていない状況下で。

 それでも、お前が居るのだから逃げる必要は無い、などと口にしてくれた。



 ――“お前を信じている”と、そう言われた気がした。



 勘違いかもしれない。

 ただの自惚れなのかもしれない。

 けれど、確かに、そう想えたのだ。


「グル、ル……」


 月狼の咽喉(のど)から音が零れ落ちる。

 ル、から始まる唸りの響きは、やがて音の連なりと成った。


「ゥルル、ルゥ……!」


 両の手は激情に戦慄(わなな)いた後、刃金(はがね)よりも硬く拳を造る。

 噛み締めた牙の隙間から溢れる吐息は灼熱に似ていた。

 内に秘めし感情の発露は昂揚の二字で身を満たす。

 堪え難い衝動が血流を介して体内を駆け巡った。


「ルルルルルウゥウゥゥゥゥゥ――」


 溢れ出す熱と音。

 最早押し止める理由など無い。

 月狼は奔る衝動に身を委ねた。

 沸き立つ激情は緋色の咆哮と化して迸り――


「ルゥゥウウウウゥゥゥォオオォオオォォォォ――――ンッ!!」


 ――月狼の咆哮(ハウリングムーン)

 絶叫はスキルとして昇華され発動を果たした。

 開戦を告げる高らかな咆哮。

 空気を震わせる叫びは月狼の身に力を与え、基礎戦闘能力増強(ステータスバフ)の効果を齎す。

 そうして全身を戦意で満たした月狼は己に託された王命を即時実行すべく、一条の槍と化して蒼騎士へと突貫した。


 ――神話域の決闘が、幕を開けた。




・次話の投稿予定日は本日の23時です。


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