第二十話 「辺境伯の依頼」
「よく来てくれたヘリアン殿。呼びつけるような真似をしてすまなかったな」
迷宮暴走発生から三日後。
再び辺境伯の館に訪れたヘリアンは、貴賓室で待っていた辺境伯からそう切り出された。辺境伯の隣には愛娘であるシオンが静かに座っている。
「『山吹色の巨山』のクランリーダー……ビーゲル君から話は聞いている。なんでも高位冒険者に勝るとも劣らない活躍をしてくれたそうだな。最大の貢献者として君たちの名を挙げていたよ。次に会った時には直接感謝の言葉を述べたいとも言っていた」
「たまたまその場に居て巻き込まれたようなものです。最大の貢献者というなら、むしろビーゲル殿の方でしょう。私のような若輩者の意見に耳を貸して頂き、ビーゲル殿の懐の深さに助けられました」
「謙虚だな。随分と優れた探知能力を持っていたと聞くが」
「アレは彼女の力です。私は伝言板を務めていたに過ぎません」
セレスに視線を向けながら答える。前回と違って無用な警戒心から解放されていたセレスは、応じるようにスッと会釈をした。警戒心も顕にしていた前回と比べれば格段の進歩と言えよう。
それを受けた辺境伯は「ふむ」と頷く。
そしてしばしの沈黙を挟んだ後、刃を差し込むような唐突さで、
「――私は、迷宮区の住民は見捨てるつもりでいた」
と、そんな告白を口にした。
「迷宮暴走が発生したとの一報を受けた際、私が騎士団に命じたのは迷宮区の包囲だ。そして包囲が完全に終わるまでの間、決して迷宮区に進入しないようにと厳命した。救出部隊の編成を始めたのは包囲が終わってからの話でね、私は正直なところ、迷宮区から逃げ遅れた者の半数以上は犠牲になると思っていた」
しかし、幸いにもそうはならなかった。
逃げ遅れた住民はその場に居合わせた戦う力を持つ者たちが守り、曲がりなりにも防衛線が構築され、ヘリアン一行の助力を受けて時間を稼ぐことに成功した。
結果として死者数は三十名以下という、この地においては些末とさえ言える数値に留まり、他の迷宮暴走の事例と比較して極々小規模の被害に留められたと広報は報じている。歴史上の痛ましい事例に照らし合わせればこれは快挙に近い。
だが、それはあくまで結果論だ。
辺境伯は最初から、小を切り捨て大を活かす判断の下に動いていた。迷宮暴走が起きたという第一報だけで迷宮区の住民を見捨てると即決した。
彼が言っているのはそういうことだ。
「そんな私に対して、怒りはないかね?」
辺境伯の表情に変化は無い。
快活な笑顔も今はなりを潜めていた。
淡々と問い掛けてくる辺境伯に、ヘリアンもまた端的な答えを返す。
「いえ。都市を治める方の選択として理解出来ます」
そう。十分に理解は出来る。
実際、辺境伯の対応は最適解だったのだろう。
迷宮暴走はその性質からして、火事や地震などといった自然災害ではなく、どちらかといえば生物災害に近い。
そしていざ生物災害が発生した際、最も重要なのは被害の拡大を防ぐことだ。
中に取り残された人間の救助はその先の話である。
あくまで被害の拡大を防げる状況が整ってからすべき行いであり、そういった意味では辺境伯の対応はどこまでも正しい。
我慢できなかった何処ぞの誰かとは違い、彼はこの街の支配者として冷静に、そして適切な判断を行っただけの話だ。
そもそも、余所者の自分が口を出せるような問題ではない。
「そうか。いや、つまらぬ質問だったな。忘れてくれ」
辺境伯はそう告げるなり、表情を切り替えた。
ここまではただの雑談。
ここからが呼び出した本題だろうと、ヘリアンは腹に力を入れる。
「さて、呼び出した理由は他でもない。先の一件で活躍してくれた君たちの力を貸してもらいたい。具体的には、私からの依頼を受けてもらいたいのだ」
依頼。冒険者ギルドなどを通じて、依頼者と冒険者を繋げる契約のことだ。
この世界における冒険者は、凡そあらゆる仕事を請け負っている。一般的には武力を必要とする仕事が多いものの、広義の意味では何でも屋と言ってもいい。そして何でも屋でもありながら、同時に専門家の側面も持ち合わせる職業である。
代表的なものを例としてあげるなら深淵森の探索を専門とする深淵探求者や、迷宮に潜る専門家である迷宮探索者。荒野などで様々な素材を採集する狩猟冒険者に、戦闘関連全般を請け負う戦闘冒険者など、様々な分野の専門家が存在する。
しかし、この地におけるヘリアンは旅商人だ。
冒険者ではない。
「申し訳ありませんが、私共は一介の旅商人に過ぎません。今のところ武力を商いにするつもりは無いのですが……」
「それは承知している。だが現状では君たち以外に頼める者が居なくてな。まあ話だけでも聞いてくれ」
辺境伯はテーブルに置かれていた金細工のカップを手に取り、舌を濡らした。
「迷宮暴走に関して事態は収束した。私の名で収束宣言を出したことで、街はとりあえずの平穏を取り戻している。しかし未だ事態終息には至っていない状況だ」
そもそも迷宮暴走とは、魔素の不安定化が行き着く末の現象である。迷宮の外に溢れ出した魔獣は全て討伐したが、迷宮そのものは未だ不安定な状態にある。ついてはこれの対処が急務とされていると辺境伯は言う。
「採りうる手段は二つ」
ソファに深く腰掛けたまま、彼は右手の人さし指をピンと立てた。
「まず一つ目。迷宮そのものを外部から封印すること。これについては簡単だ。神殿の巡礼は終えている故、直ぐにでも封印を行うことが出来る」
迷宮が不穏な動きを見せていた故、普段より前倒しで儀式を進めさせていたのが功を奏してしまったわけだ、と辺境伯は苦笑を浮かべた。
「但し、一度封印を施せば最低半年は封印解除が出来ず、当然のことながらその間は魔石を採取することが出来なくなる。それなりに備蓄はあるが、あまり愉快な状況にはならんな。これ幸いにと平和ボケした王国の馬鹿どもが利権目当てに介入してくる未来が容易に想像出来る」
人さし指はそのままに、辺境伯は中指を追加して立てる。
「そして二つ目。不安定な迷宮に潜り、三十階層の祭壇にて魔素を安定させる為の儀式――“調律”を執り行うこと。一つ目の手段が問題の先送りなら、こちらは根本的治療だな。問題は“調律”を行うシオン本人が自ら迷宮に潜らねばならんという点だ」
つまり、魔素が乱れて魔獣が溢れ返っている最中の迷宮に、愛娘を放り込まなければならないということだ。
ヘリアンは黙したまま、とりあえずは最後まで聞く姿勢を保つ。
「私は、後者の手段を採りたいと考えている」
辺境伯は淡々とした調子で告げた。
「撃退に成功したとはいえ、魔族領域からの襲撃があって間もない状況下での、過去数百年の間一度として無かった迷宮暴走の発生だ。民には少なからず動揺を与えてしまった。――だが、今なら些細な事件として処理することが可能だ」
死者は確かに出た。
不幸な出来事ではあった。
だが被害は極々小規模で済んでおり、これは大袈裟に騒ぎ立てるような事件ではなかった。
そういったものとして処理するということだ。
「事態の終息宣言を三日以内に出せば、それが可能だ。この件についてはとっとと片をつける必要がある。境界都市シールズは決して揺らいではならんのだ」
それは領主として、英雄の家系として、境界都市シールズを治める者としての、巌のような言葉だった。
言いたいことは分かる。
この世界での迷宮は貴重な魔石供給資源だ。
地球でいうところの鉱山の扱いに近い。
鉱山事故が起きたものの、幸いにも――想定外と言っていいほどに――人的被害、物的損害共に軽微で済んだ。
辺境伯の名で収束宣言を発したことにより住民の混乱も最低限に留まっている。
事故の後処理さえさっさと済ませば、街は元通りの平穏を取り戻すことだろう。
問題は、その後処理の為に愛娘の身を危険に晒すという一点だ。
「……もう一度申し上げますが、我々はただの商人に過ぎません。畑違いです。大切なご息女を預かれる程の自信はありませんし、また責任も持てません」
「問題ない。少なくとも娘の身の安全について、君たちが責任を持つ必要はない」
あっさりと告げられた言葉に息を呑む。
辺境伯は今、シオンの生死を気にする必要は無いと言ったのだ。
「そもそも君達に護衛を頼むつもりはない。娘の護衛については騎士団をつける」
「では、私共に求められるのは?」
「有り体に言えば露払いだ。つまりこれは護衛依頼ではなく討伐依頼ということになる。但し討伐対象は特定の個体ではなく、迷宮で遭遇した全ての魔物が対象だ。娘が祭壇にたどり着くまでの間、障害となる敵の排除をお願いしたい」
つまりは分業だ。
騎士達は護衛のみを、ヘリアンは討伐のみを行う。
ヘリアンが騎士達に対する指揮権を持たない代わりに、騎士達もまたヘリアンに対する指揮権を持たない。
「シオン様をお守りする必要は無い、と?」
「そうだ。例え娘が無残な屍を晒すことになろうとも、君たちには一切の責任を求めない。契約書にもその旨を記そう」
その責任は騎士達とシオン自身が負うということか。
ヘリアンが辺境伯の隣に座るシオンを見ると、彼女は穏やかな表情で首肯してみせた。
「これでもガーディナー家の女です。シールズに問題が起きている今、どうして我が身可愛さで屋敷に引っ込んでおられましょうか」
「――ということだ、ヘリアン殿」
当然では有るが、内輪で話はついているらしい。
シオンを送り届けた初日の一件による溺愛ぶりからは想像も出来ない言葉だが、今ここにいるグレン=ガーディナーは父親ではなく領主ということなのだろう。そしてシオンもまた、それを当然のものとして受け止めている節がある。
……こうまで割り切れるものなのか。
そんな想いと共に、レイファとリリファの姿が脳裏に浮かんだ。
「まあ色々と言いはしたが、実のところ私はさほど心配はしていない。三十階層程度であればここの迷宮に慣れた熟練の迷宮探索者がいれば問題なく踏破出来る故な。事実、シオンは以前にも騎士団に護られて三十階層まで潜った経験がある」
「……私共がこの話をお断りした場合は?」
「その場合はスッパリと諦めて迷宮の封印を行うしかあるまいな。今現在シールズに留めている騎士たちも優秀ではあるが、突出した力を持つ傑物は少ない。それでも十中八九問題は無いと見ているがベヘモスの例があったばかりだ。万が一の保険抜きで“調律”に挑ませるのは避けたい」
魔石の供給停止も覚悟の上ということか。
そして、境界領域で待機中の主戦力を呼び戻せるようになるまで待つ、という選択肢もないようだ。
この件は辺境伯本人が言っていたように“とっとと片をつける”必要がある。
少なくとも辺境伯は、この街の支配者は、そう判断を下した。
「…………」
ヘリアンは黙したまま、返答の時間を稼ぐ為にティーカップを手に取る。
口に含んでみればカップの中身は熱を失いつつあった。
どうやらそれなりに時間が経過していたらしい。
喉の嚥下に温さを感じながら、ヘリアンはどう返すべきかを考察する。
おそらく、という枕詞はつくが、魔石の供給が滞ってもどうにかなるのだろう。
この世界は工業技術の発展こそ遅れているものの、代わりに魔導具の発展はそれなりに進んでいる。いや、魔導具があるからこそ工業技術の必要性が低いのだろう。アルキマイラの魔導具と比較してしまうと数世代ほど劣るが、水の供給や光源に熱源といった、生活を支えるものとして魔導具が用いられているのは確かだ。
そして一般的にその類の魔導具は、魔石を燃料として消費する。
であるならば、目の前に座るこの辺境伯が日頃から何の対処もしていないとは考えがたい。緊急時の為の備蓄は勿論のこと、あまり関係はよろしくないらしいが王国からの流通で賄うなど、緊急時の手段は用意しているに違いない。
しかし、突然転移させられた弊害により食料自給率の向上に躍起になっているアルキマイラがそうであるように、資源の自給力が下がるというのは情勢の不安定を招く。
またアルキマイラにとってのシールズは、人類領域における活動拠点予定地だ。現地の情勢が安定しないことは避けたい。事実その理由を前面に押し出して従者に説明し、当初計画を変更して先の一件に介入したのだ。
これにより、目立たず地道に行動するというヘリアン個人の計画は完全に破綻した。もはや一介の旅商人として交渉練習を行うなどと言っていられない立場に立たされている。この上更にアルキマイラとしての利益まで損なわれるのは到底許容出来ない。
そして民衆からの注目を集めてしまった事実を考慮するに、ここは割り切って辺境伯に恩を売ると共に現地住民からの名声を得て【支配力】獲得を目指すよう、計画を修正する他ないだろう。
己の中で導き出されてしまった結論に心の中で重い溜息を吐く。
ヘリアンは中身の無くなったカップをソーサーに置き、辺境伯に向けて一つの問いを放った。
「……依頼達成時の報奨について、要望を申し上げても?」
問いに、辺境伯は満足げに頷いた。
+ + +
話は纏まり、細かい条件を取り交わしたヘリアンは屋敷を辞した。
要望した報酬については「せめてこれだけは譲れない」という強い気持ちでいたのだが、辺境伯は意外にも快諾してくれた。割と図々しい要望を出したつもりだったのだが、彼の懐は深いらしい。或いはそれだけ事態を重く見ているということか。
再びの最高権力者との会合に精神的な疲労感はあったが、疲れたなどと泣き言を口にする暇は無い。セレスに防音術式を展開させた後、ヘリアンは頭のスイッチをパチリと切り替えて従者に告げる。
「――聞いてのとおりだ。予定外の出来事続きで辟易するが文句を言ってはいられん。人類領域における活動拠点予定地であり、かつ人類領域の要所である境界都市シールズの情勢安定化の為、我々は迷宮探索に参加する」
「ハッ」
「辺境伯はとっとと片をつけたいと言っていたが、私も全くの同感だ。迷宮暴走に対処した時と同様、Cランクの中位相当までなら実力を晒して構わん。このような些事はさっさと終わらせるぞ」
従者三人は声を揃えて拝命の意を示した。
「ところで、先日の戦いから得た戦闘能力に関する査定結果だが。確度はどの程度と見る? セレス」
「辺境伯に関しては全てを晒したわけではなさそうですけど、基礎的戦闘力は八割方看破出来たと思います。騎士や冒険者については九割九分間違いないかなと」
視界内に立ち上げた<仮想窓>で<人物情報>を参照する。
そこに表示されている騎士や冒険者の脅威度は大体がDで、たまにCランクの下位が混じる程度。聖剣伯と謳われるグレン=ガーディナーの脅威度も、Bランクの下位判定だった。
看破しきれなかった基礎的戦闘力や未だ見せていない手の内があるにせよ、それを加味しても恐らくBランクの上位が人類の最上限といったところだろう。
妖精竜に近い個人戦闘力を持つ辺境伯は冷静に考えればとんでもない存在なのだが、それでもBランクだ。人間離れした戦闘力ではあるが、人類最高峰の英雄とされる聖剣伯でもアルキマイラの脅威足り得ない。
「つまり――かつての戦争においてエルフに勝利せしめた人間についても、アルキマイラを脅かす程の戦力は無い、ということか」
軍事面において、アルキマイラが絶対的なアドバンテージを得ている事実が確認出来たということだ。怪我の功名と言うべきか、経緯はどうあれ、とりあえず目標の一つはほぼほぼ達成したことになる。
「…………」
中央区を抜ける寸前、ヘリアンは首の動きだけで振り向いた。
馬車が十台横に並んでも尚余裕のある幅広の大通りの先には、まるで城のように聳える辺境伯の屋敷がある。
瞳を閉じたヘリアンの目蓋に映るのは、二人の指導者の姿だ。
――グレン=ガーディナーは、民を導く大器だ。
確かな信念に裏付けされた強固な覚悟を抱く統治者であり、幾百年の歴史を誇る境界都市を今に至るまで治め続ける旧き家の当主にして、人類の守護者たる英雄である。
――レイファ=リム=ラテストウッドは、民の心の支えだ。
どんな状況に陥ろうとも決して折れぬ不屈の精神の持ち主であり、若干十五歳でありながら我が身の不幸を呪わず、女王としての責務を果たさんと邁進するラテストウッドの象徴である。
――では、自分はどうだ?
グレン=ガーディナーのような信念も戦う力も無く、レイファ=リム=ラテストウッドのような不屈の精神や王族の誇りを持たぬ三崎司は。
人間ですらない魔物を従える王として、ヘリアン=エッダ=エルシノークはどのような指導者を目指せばいいのだろうか?
「ヘリアン様?」
「……いや、なんでもない」
訝しげなリーヴェの視線から逃れるようにヘリアンは前を向いた。
答えの出ない悩みを抱えながら、せめて俯かぬようにと顔を正面に固定し、仮宿に向けて足を進める。
――そして。
その背に向けてリーヴェが何かを訴えるかのように口を開きかけ、しかし眉尻を僅かに下げた表情でそれを諦めた事実に。ヘリアンは最後まで気づくことは無かった。
+ + +
――翌朝。
迷宮区における最重要施設である迷宮を訪れたヘリアン一行が目にしたのは、整然と準備を整えていた騎士達の姿だった。予定時刻の三十分前に来たにも拘らず、彼らは今すぐにでも出発可能な状態に整えている。
迷宮の入り口前には騎士とは異なる装いをした二人組がいた。
その片割れ、見覚えのある禿げ上がった頭をした男が「よぉ」と腕を上げてヘリアン達を出迎える。
「こないだは世話になったな、若旦那さんよ」
「……ビーゲル殿?」
「殿なんてやめてくれよ、ケツが痒くなる。単にビーゲルで結構だ。今日はよろしく頼むぜ、若旦那とお三人さんよ」
「ということは、迷宮での案内人というのはもしや」
「俺たちだ。これでも深部階層到達者でな。罠だとか面倒くせえ仕掛けに関しては任せてくれ」
彼の隣に立つ相棒が、どうも、と言うように手を上げた。
以前は持っていなかった槍を手にしている。
ビーゲルもまた長剣を佩いており、スケイルアーマーで身を固めていた。
数多の傷跡が刻まれた鎧が歴戦の猛者であることを如実に示している。
「出来れば休暇を楽しみたかったが、聖剣伯直々の依頼とあっちゃ男として断れねえ。それに借りは早い内に返す主義でな。きっちり仕事させてもらうぜ」
ドンと胸を叩き、彼は相棒と共にニカリと笑ってみせた。
都市に帰属しない筈の冒険者、そして一角の人物であるビーゲルにこのような台詞を言わせるあたり、やはり辺境伯の人望は確かなものらしい。
「この度は宜しくお願い致します、ヘリアン様」
騎士たちが左右に分かれて出来た道。その中心を進み出たシオンがそのように声を掛けてきた。頭にはシースルーのヴェールを被り、白を基調として紺碧で彩られた儀式用らしき衣装を身に纏っている。
「こちらこそ。卑小な身ではありますが、精一杯に働かせて頂きます。シオン様」
騎士たちの視線を意識しつつ、口調を改めて目礼した。
これで迷宮攻略の人員は全て揃ったようだ。
大きく口を開ける迷宮の入り口前で、攻略班は陣形を整え直した。
先頭にヘリアン一行、並び立つようにして迷宮探索者の二人、その背後で円陣を作った騎士達の中心地にシオンを据える形だ。
「それでは皆々様。これより我々は“調律”の儀に臨みます。シールズの為、各方が見事役割を果たされることを切に願います」
その場に揃った者たちは、それぞれのやり方で肯定の意を返す。
辺境伯の息女たるシオンの号令の下、一同は迷宮へと足を踏み入れた。




