第二十三話 「王の決断」
「ハイエルフを連れた旅人の一行を引き渡せ?」
オウム返しに口にする。
ノーブルウッドの要求が自分達の身柄などとは、思いもよらなかった。
それもわざわざ“ハイエルフを連れた旅人”と指定してきている。
「はい。『旅人一行』と引き換えに、ラテストウッドの国民を……リリファ達を返還するとのことです。しかも“神樹の名に誓う”との誓約まで口にしました」
「……“神樹の名に誓う”とは?」
「古よりエルフ族に伝わる誓約の文言です。そして神樹とはエルフ族にとっての御神体――神の依代です。その名に誓うという事は、エルフ族にとって絶対の誓約となります」
森の民や辺境部族にありがちな偶像信仰か。
いや、魔術や神術、呪術などが存在するこの世界では、実際に神が宿る樹があるのかもしれない。
「もしもこの誓言を口にしておきながらそれを反故にした場合は、『これを破ればエルフ族にあらず』『我らが神の名を穢す者なり』として全てのエルフ族を敵に回すことになります。何よりエルフとしての矜持が誓約を破ることを許しません。それほどに“重い”言葉なのです」
なるほど。
要は、旅人一行を引き渡せば確実にリリファ達を救える、ということか。
……ウェンリが必死になるわけだ。
「つきましてはラテストウッドの代表者として、貴方様にお願いしたきことが御座います」
「言ってみてくれ」
「今回攫われた民を――リリファ達を、ノーブルウッドより奪還して頂けないでしょうか?」
大体予想通りの言葉ではあった。
しかし、
「奪還と言ったか? 黙って引き渡されてくれ、ではなく?」
「はい。あくまで奪還です。貴方がたをノーブルウッドに引き渡すつもりはありません」
チラリと周囲の様子を窺うが、ヘリアン達を無理矢理拘束しようという動きは見受けられない。
先程のレイファの説明を聞いた民衆や兵は、ヘリアン達一行が戦っても敵わない相手だという事実を理解しているのだろう。
「……三点ほど確認したいことがある」
結論は早計には出せない。
「まず一つ目だが、『神樹の名の誓い』はノーブルウッドとラテストウッドの双方が合意した契約、と受け取っていいのか? それとも、ノーブルウッドが一方的に宣告しただけか? 前者ならば、貴国としては『旅人一行』を引き渡す義務があると思われるが」
「いいえ、後者です。一方的な宣告でした。それも言い捨てて行ったに等しいような状況であり、我々は旅人を差し出すなどという誓約は口にしておりません。従いまして、我々がヘリアン殿達を差し出さずとも“神樹の誓約”を破ることにはなりません」
やはりか。この場合、ノーブルウッドだけが誓約違反の罰則を負うリスクを抱えている。わざわざ合意を取らなかったのは、下位種と決めつけているハーフエルフが自分達に従わないという発想がそもそも浮かばなかったからなのかもしれない。
彼らはとことん、ハーフエルフ達を見下しているようだ。
「二つ目だ。そもそも何故ノーブルウッドは我々の身柄を要求するんだ? しかもわざわざ“ハイエルフを連れた旅人”と指定してきたということは、エルティナが標的にされていると解釈したが……何故ハイエルフと?」
「不明です。私の眼からは只者ではないとしか分かりません、やはりエルティナ殿はハイエルフなのですか?」
違う。
エルティナはエルフでも高位エルフでもない。
エルフ種最高位の一つである神代のエルフだ。
だが、それをこの場で言っても伝わらないだろう。
問題は、ノーブルウッドがエルフの上位種を標的としているということだ。
その上、ラテストウッドのハーフエルフ達よりも優先すべき標的と見做されてしまっている。
「……普通のエルフでない事は確かだ。だが、エルティナが標的になっているのが不可解だ。先日の……サラウィンだったか? アレとの揉め事が原因であれば、人間である私や、彼を殺そうとしたリーヴェも名指しにされている筈だ」
むしろエルフにとっての蔑視対象である人間――ヘリアンを旅人一行の代表者として指定する方が自然に思える。昨日の揉め事の際に、交渉役として会話の矢面に立っていたのもヘリアンだったのだから。
「だが要求の言葉を聞く限りは、標的とされているのはエルティナで、私とリーヴェはただのオマケのように聞こえる。何故、ノーブルウッドはエルティナを標的にするんだ?」
「私にも本当に分からないのです。そもそも此度の開戦の言い分としては、彼らはハーフエルフそのものを敵と見做しているようでしたが」
「耳を見てもらえば判る通り、エルティナはハーフエルフではない」
「承知しております。恐らくは彼らよりも豊富な魔力を持った、もしくは高位の魔術を修めているという事実からハイエルフと推測したのでしょうが……何故ハーフエルフではないエルティナ殿を狙うのか、私には皆目見当もつきません」
嘘は言っていない。
当惑しているのはヘリアンだけでなく、レイファも同じことのようだ。
少なくともヘリアンからはそう見えた。
「――では三つ目だ。心して答えて欲しい」
「はい」
「貴女は我々に捕虜の奪還を求められた。
だが、その要求に応えることで我々が得られるものはあるか?」
問うなり、ウェンリが睨み殺すような視線を向けてきた。
だが気圧されるわけにはいかない。ここが正念場だと、ヘリアンは腹の底に力を入れる。
――ヘリアンはアルキマイラの王だ。
情に流されてはいけない。
非情にならなければならない。
可哀想だとか、助けてあげたいだとか、そう願う個人の意思に国を巻き込むわけにはいかない。
それは王として相応しくない行動だからだ。
個人的意思で動くなど『王の器』ではない、と配下達に思われかねないからだ。
だから見返りも無しに火中の栗を拾う真似は出来ない。助けたくても助けられない状況なのだ。
――だが、見返りがあるなら話は別だ。
国として助けるに足る理由があればヘリアンは動ける。
心して答えて欲しい、とはそういう意味だ。
リーヴェ達に見られている以上そんな本音は口に出せないが、それでも想いの丈を篭めて告げたつもりだった。
物資も無く、敗戦寸前のラテストウッドに差し出せるものがあるのかは分からない。むしろ、先程のレイファとウェンリのやり取りから察するに、見返りとして差し出せるものなど存在しない可能性が高いだろう。
更にノーブルウッドの戦力も測りきれていない状況だ。
個人戦闘能力ならばアルキマイラが勝っているであろうことは、先程の会話から察することが出来たが、敵勢力の総戦力は未だ不明のままである。夕刻迄に敵戦力を把握し、かつそれを上回る戦力を捻出出来るかどうかも分からない。
勝てる保証も無いのに手を貸すというのは、決して利口な選択ではないだろう。
だけどそれでも、無いはずの“差し出せるもの”を捻り出してくれるなら、そしてそれを国家として動ける理由に仕立て上げられるなら、ヘリアンは助けたい。
そういう一縷の望みをかけた問いかけだった。
何故ならばヘリアンは、あの日交わした指切りを忘れていない。
精一杯に頑張って、心を削って、民を救おうとしていた少女と交わした約束を。
あの細い小指を覚えている。
だから頼む、と。
神に祈るような気持ちでヘリアンはレイファの言葉を待った。
「――――」
レイファは僅かに俯き。
躊躇いと呼ぶには短すぎる時間を経て。
顔を上げ、ヘリアンの瞳を真っすぐに見た。
そしてレイファは答えを紡ぐ。
「私自身を対価として、貴方様に差し上げます」
返ってきたのは最悪の言葉だった。
初めから覚悟を決めていた表情だった。
「ハーフエルフは、ノーブルウッドと人間の国家との間に起きた戦争の結果、生まれた者たちです。そしてその中には、人間に捕まった『ノーブルウッドの女王』の子供も含まれます。それが三代前の初代ハーフエルフ……私の曾祖母にあたる人物です」
――つまり、私は『ノーブルウッドの女王』の末裔にあたります。
レイファはそう口にした。
「ノーブルウッドの中で、彼の女王の血を引く直系の子孫は現国王のみです。従いまして、女王直系の血には希少価値があります。また私は処女ですので、付加価値は更に高まります。奴隷商人に売却すればかなりの金額がつくのは確実でしょう」
一例として、去年人間の国で取引されたハーフエルフには金貨520枚の値がついたそうです、と。
レイファは平然と事実を語り、契約の言葉を綴っていく。
「小国とはいえ仮にも王族であり、かつノーブルウッドの女王の血も引く私であれば、最低でもその十倍の値はつく筈です。交渉次第では更にその倍の値をつけることも可能でしょう。
また、売却する迄の間、私に出来る事であれば何でもお申し付けください。当件をお受け頂ければ、その瞬間より、私の全権を貴方様に差し上げます。どのようなご要望でもお応えします。それが、我が方からの対価です」
淡々とした口調のまま、ラテストウッド国の女王は取引材料の説明を終えた。
レイファ=リム=ラテストウッドという商品価値を貨幣に換算してみせた。
更には白紙のカードまで添えて差し出そうとしてきている。
……吐き気がしそうだ。
「……馬鹿げている。この取引が成立したとして、その後のラテストウッドはどうなる? 貴女はこの国の最高指導者だ。それを失った後の国のことをどう考えているんだ?」
「リリファが治めます」
即答だった。
奪還したリリファに、ラテストウッドの指導者を……女王の座を任せようというのだ。
「リリファもまた、私と同じくあの父と母の血を継ぐ者。ならば必要に駆られれば、あの子は王族としての役割をしっかりと果たしてくれます。今でこそ幼い振る舞いを見せてはいますが……姉である私がいるからこそ、わざとああしている節があります。ならば私が居なくなれば、あの子も立派な女王として国を導いてくれることでしょう。私はそう信じています」
真っすぐな瞳だった。
本当にそう信じているように感じられた。
攫われた民を奪還したところで、国としては延命策にもならないということは、ヘリアンでさえ容易に想像がつく。
それでも、レイファ=リム=ラテストウッドは妹を信じると口にした。
嘘偽り無くそう告げた。
「ですから何卒……何卒、ラテストウッドの民をお救いください」
言って。
レイファはその場に跪き、更には両手と頭を地面に突いた。
「――私にはもう、これぐらいしか出来ないのです」
集落の中央で。
多くの民衆の視線が集まるただ中で。
ラテストウッド国の女王であるレイファ=リム=ラテストウッドは、一介の旅人であるヘリアンに対し、這いつくばって懇願した。
「他に手が無いのです。もう、どうしようも、ないのです。もはや貴方様に頼るしか、道が残されていないのです」
懺悔するような言葉だった。
罪を告白するかのような声色だった。
紡ぐ言葉の数々には隠し通せない悔恨が滲んでおり、嘘偽りのない事実を口にしているのだと否応なく理解させられた。
……ああ、知っていた。
そのようなことはとうに知っていたとも。
本当はヘリアンとて以前から薄々と理解していたのだ。
ラテストウッドが既に“国として終わっている”ことなど、とっくの前に気づいていた筈だった。
既に国としての体裁を成していない。
なにせ側近とされるウェンリでさえ、感情に任せて行動してしまうほどに追い詰められている。レイファも口にしていたが、あの時のウェンリは正気では無かった。今は幾分か持ち直しているようだが、きっかけ一つであのような凶行に及んでしまうほど、彼女達の精神はすり減ってしまっているのだ。
そもそも、希少な魔術を有するとはいえ、そして救出対象に王族が居るからとはいえ、囚われた仲間の救出に女王自らが出陣しなければいけないという状況に追いやられている時点で、既に国としてはほぼ終わっている。絶望的という表現ですら生温い。
恐らくは最後の手段という位置づけだったのだろう。
宣戦布告抜きの奇襲攻撃により軍力の大半を失い、そして三週間に及ぶ襲撃により疲弊しきっていたラテストウッドには、それしか手が残されていなかった。
そして、賭けでしか無い最後の手段を実行し……案の定、失敗したのだ。
その結果、ラテストウッド国の女王レイファ=リム=ラテストウッドは、一人の手勢も伴うコト無く単独で森を逃げ回る羽目になり、危うくノーブルウッドのエルフに捕まる寸前だった。
本来ならばその時点で国として終わっていた。
それが最後の手段であった以上、そこで何もかも全て終わっていた筈なのだ。
――しかし、そこに誰もが予想していなかった第三勢力が現れた。
ノーブルウッドにもどの勢力にも所属しておらず、かつノーブルウッドの狩人長に勝る戦闘力を保有し、更にはハーフエルフに対して偏見意識を持たないという、この上なく都合の良い戦力が――ヘリアン達が現れた。
その時のレイファの気持ちは如何なるものだったろう。
救出に失敗し、両親を救えず、自らの命運も尽きようとしている中で、国の滅びを食い止められる可能性のある人物を見つけた際の彼女の心境は、一体どんなものだったのだろうか。
ヘリアンには想像もつかない。
否、知ったかぶりの他人には想像すること自体が許されるようなものではない。
けれど、彼女が友好的に接してくれた理由については合点がいった。
更にはヘリアン達一行の素性を怪しみながらも、全くそれを追求しなかったこともについても理解できた。
なんてことはない。
ヘリアン達が何者であろうとも彼女には関係が無かった。
そんなことは、ひたすらどうでも良かったのだ。
レイファがヘリアン達に出会ったその時点で既に、ラテストウッドを救う為には、見るも怪しい旅の一行とやらに助けを求めるしか無かっただけの話だった。
ただ、それだけの話だったのだ。
だが――
「何を……何をしてるんだ!? 頭を上げてくれ、レイファ殿! 貴女はそんなことをしてはいけない人だろうに!?」
「出来ません。色良いお返事をいただけるまでは」
女王はひれ伏したまま動かない。
一介の旅人に対して頭を下げ、縋り付く情けない姿を、衆目に晒している。
それは王として絶対にしてはならない事だった。
民の頂点に立つ者が、他人に遜り媚を売る姿など、どのような事があっても見せてはならないものだった。
王は万能ではない。
民意を得られなければ国の運営など出来るわけがない。
だから必要なのだ。
権力などという下らないものが。
権威などという巫山戯たものが。
人の上に立つ者には必要不可欠なのだ。
それは地球の歴史が証明しており、日本の教科書にも嫌になる程詳細に記されている端的な事実だ。
だが、レイファはあえて民衆の前で、無様を晒すことを選択した。
民衆の誰の目にも留まるよう、わざわざ集落のど真ん中で、それも皆に言い聞かせるような声で現状を説明した上で、余所者に対して地に頭を擦り付けている。
言うまでもなく、この時点でレイファ=リム=ラテストウッドの女王としての求心力は地に落ちただろう。
自分の力ではどうしようもないと敗北宣言をしたのだから、当然のことだ。
しかし、それが分からない女王ではない。
にも関わらず、あえて彼女がこのような暴挙を犯したのはただ一つの理由から。
――民を救う為だ。
自国の国民をヘリアン達に救わせる為だ。
本当に他の手段が残されていないという実態を、ヘリアンの頭に叩き込む為だ。
そして事実、ヘリアンは正しく理解した。
レイファのこの行為が示す意味を理解してしまった。
それは『もう貴方しか頼れる者がいない』という懇願であり、
そして『もう自分ではどうすることも出来ない』という事実説明であり、
更には『見捨てられれば此処にいる全ての民が死ぬのだ』という脅迫であり、
その全てが紛れもない真実であるという証明だ。
たとえ他力本願になろうとも。
第三者の善意に付け込んででも。
民衆を脅迫の材料に使ってでも。
それでも、国と民だけは救う。
国民を救う為には手段を選ばない。
それが、レイファ=リム=ラテストウッドの在り方だった。
一介の旅人ごときにひれ伏すその姿こそが、ラテストウッド国の女王としての最後の仕事だった。
「…………客人殿……いえ、ヘリアン様。今までの非礼をお詫び致します。何卒お許しください」
黙り込んだままだったウェンリは、その場で膝を突きながら、固く閉ざしていた口を開いた。
「レイファ様の代わりに我が身を捧げます。どうか我が身で取引に応じ――」
「なりません、ウェンリ」
地に頭を突いたままのレイファが、その言葉を遮った。
「貴方にはリリファの後見人となってもらわなければいけません。あの子一人だけではラテストウッドを率いることは不可能です。貴方が必要です」
「ですから、私の代わりにレイファ様がこの国に残って頂ければ……ッ!」
「ハーフエルフの成人女性の標準単価は金貨500枚前後。ヘリアン様達に、そのような端金で命を張れと言うつもりですか? それで納得していただくことが可能だとでも?」
「……レイファ様……!」
「貴方の気持ちは嬉しく思います。しかし、これは私の仕事です。何も出来なかった私の最後の務めです。邪魔を、しないでください」
その言葉に、遂に堪え切れなくなったのか、ウェンリは綺麗なその顔をくしゃくしゃに歪めて涙を流した。
そして泣き顔はそのままに、ウェンリもまた、地面に手を突き頭を下げる。
それどころか、様子を見守っていた民衆もまた、一人二人と頭を下げ始めた。
憎きエルフを連れた人間であるヘリアンに対して、顔を伏せて一様に哀願する。
――売れ、と言うのだ。
彼女を奴隷商人に売れと。
売って、命を張るに足る金銭を得てくれと。
女王の身柄を担保として攫われた者たちを助けてくれと、民が総出で頭を下げている。誇りもなにもかもを投げ打って、地に跪いてそう伝えている。
そこにどれだけの葛藤があっただろう。
守るべき主を人間に差し出す心境というものはどういうものなのだろう。
自分の手で守れぬ民を、他人の手で救ってくれと嘆願する気持ちは、一体どういう気持ちなのだろうか。
ヘリアンには分からない。
分かりたくもない。
分かっていることと言えば唯一つ。
今彼女らを見捨てれば、彼女らの命運は此処で尽きるという事実だけだ。
「――――」
なんだこれ。
なんなんだこの状況。
気持ち悪い。
吐き気がする。
脳が理解を拒んでいる。
この状況を受け入れろなどと無茶振りにも程があった。
たかが二十年も生きていない自分に、この場にいる全ての人の命運が預けられているなどという、あまりに馬鹿げたこの現状を受け入れたくない。
「――――――――、」
ヘリアンはアルキマイラの王だ。
アルキマイラの国民に命じることが出来る立場であり、また命じた結果により生じた全てに責任を負わなければいけない立場でもある。
軽挙な判断は許されない。
滅亡寸前の勢力に手を貸すなど馬鹿げている。
差し出されたモノと提供するモノの価値がまるで釣り合っていない。
ましてや自分の立ち位置すら定まらぬ身で他国の揉め事に首を突っ込もうなどと、愚か者もいいところだ。
そもそもお前に手を差し伸べる資格があるのか。
他人を救えるほど高尚な人間のつもりなのか。
そんな自問にすら答えられない。
答える勇気もありやしない。
強い人間ではないだろう。
身も心も弱すぎる。
立派な人間でもない。
それどころか矮小ですらある。
自信も無い。
ちっぽけな臆病者だ。
王の器には程遠い。
――けど、それでも。
それでも、外道に落ちるつもりはない。
そんな生き方をするのだけは絶対に嫌だ。
今此処で彼女たちを見捨てれば、自分は生涯、その選択を悔やむことになる。
だって、俺の、この指は、あの日の約束を、覚えている――。
――だから。
「リーヴェ、エルティナ、カミーラ」
「ハッ」
「我、ヘリアン=エッダ=エルシノークが汝らに問う」
圧を持ったかのような主の言葉に。
三人の臣下は、揃ってその場に膝をついた。
「ラテストウッド女王、レイファ=リム=ラテストウッドより我が国に救援要請が入った。彼の国は多くの種族が共存する多種族国家であり、その建国の経緯から相互扶助の建国理念、弱者救済の尊い精神性、そして最後の最後まで諦めることのない不屈の国民性を有している。これらは我が国の思想と大いに通じるモノがある。
また、彼の国の代表者は我が国の救援活動に対する対価を約束しており、礼節も十分に弁えている事を、この私自らが確認済みである。
ならばたとえ、彼の国が差し出す対価と、我が国が提供する戦力との価値が釣り合わなくとも、中長期的戦略観点で未来を見据えた場合、彼の国とは良き縁を結ぶ必要があると私は考える。この考察について否があれば答えよ」
偉大なる王の御言葉に、三体の従僕は沈黙を以って答えとする。
「――結構。ならば命ずる。
リーヴェは私と共に帰国し、ラテストウッド使節団の受け入れ準備を整えろ。
エルティナは我が国へ来訪される使節団の案内と、その護衛を任せる。
カミーラは可能な限りの情報収集を行い、仮想敵国の戦力分析にあたれ。
無駄に出来る時間は一分一秒も無い。各位迅速に行動を開始せよ」
「「「ハッ――!」」」
唱和で返ってくる答えを背に、ヘリアン=エッダ=エルシノークは、未だ頭を垂れ続けるレイファ=リム=ラテストウッドに対し、一歩を踏み込んだ。
「面を上げられよ。ラテストウッドが女王、レイファ=リム=ラテストウッド」
強い意志が篭められた声で促され、女王は静々と顔を上げた。
額を土で汚したその顔には、ヘリアンが配下らに告げた言葉の意味を呑み込めないでいるのか、困惑の色が浮かんでいる。
構うこと無くヘリアンは告げた。
「契約は成立した。此方が身分を偽っていた事についてはご理解頂きたい。我が国も少しばかり問題を抱えていた故、慎重に動かざるを得なかったのだ。許されよ」
そして、名乗る。
「改めて汝に我が名を告げよう。
我こそは万魔国アルキマイラが国王、ヘリアン=エッダ=エルシノークである」
困惑の色を驚愕に変えて、ラテストウッドの女王は目を見張った。
「歓迎しよう、盛大にな。現刻を以って貴国の民は我が国の同胞となる。
――異世界国家アルキマイラへようこそ」