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第十四話  「死」

 ヘリアンは玉座の間を後にして、今度はちゃんと城門を潜り城外へ出る。

 踵を合わせて敬礼する城兵に見送られながら、ヘリアンは街の様子を(うかが)う。


 さすがに人通りは殆ど無い。

 極々小規模とはいえ反乱が起きた為、住民は皆屋内に引っ込んでしまっている。

 いつも賑わっている市場に人々がいない光景は新鮮だったが、同時にひどく不気味だった。どこか物悲しい気分になってくる。


 確か現場はこのあたりだったな、とヘリアンは見当をつける。

 <地図(マップ)>を見れば友軍を意味する緑の光点が角向こうに集中していた。一際大きい緑の光点に視線でカーソルを合わせると、第五軍団長がいることも確認できた。どうやらこの先で間違いないらしい。


 角を曲がり、ヘリアン達は大通りに出た。最低でも二十人は並んで歩ける広さが自慢の大通りが、視界一杯に広がる。




 ――そこには、赤が溢れていた。




 普段は買い物客で溢れている大通りに一般人の姿はなく、角を生やした大きい人型のなにかがバラバラのパーツとなって転がっていた。

 その周囲には、ペンキでもぶち撒けたかのように赤い液体が飛び散っている。


 あまりに無機質すぎて、最初はそれが何なのかよくわからなかった。

 手を伸ばせば触れるような距離にまで近づいて、ヘリアンはようやく、それが何なのか理解に至る。


「これ、は……」


 オーガだ。

 オーガの死体だ。

 右手は根本から荒々しく引きちぎられて両足もあらぬ方向を向いてはいるが、これは人形ではなくオーガの死体だった。


 見下ろしていた視線を上げて大通りを一望してみれば、一体や二体どころではない数のオーガの死体が散らばっていた。


 自慢の特産品を多く取り扱っている南大通りに、普段の姿は見る影もない。

 薬屋の商品棚には鎮圧に使用したのであろう血まみれの得物が無造作に転がっており、普段は生鮮食料を売っている店の軒先には商品の代わりにどこの前衛アートなのかと問いたいような奇怪なオーガの肉塊(したい)がぶら下がっていた。よほど強い力で殴打されたのか、腹部がひしゃげて白いほねが背中から飛び出ている。


 黒焦げになったり首が刎ねられている死体などは序の口で、原型を留めている方がむしろ少ない。バラバラに爆散した肉塊や、数体のオーガがぐちゃぐちゃにかき混ぜられてハンバーグみたいになっている死体すらある。


 それらは圧倒的な現実感リアリティを携えてヘリアンの五感を刺激した。血風が肌を撫で、鉄錆びた死臭が鼻腔をくすぐる。


「…………っ」


 喉までせり上がりかけたモノをすんでのところで飲み込む。

 胃酸が舌を刺激したが、リーヴェとエルティナの目がある此処で嘔吐などという醜態を晒すわけにはいかない。根性で吐き気を堪えて、ヘリアンは一歩退がりそうになっていた自分の足を叱咤する。


 ……想像が甘かった。


 そう言うしか無い。

 無粋だの何だのと散々叩かれていた倫理規定による表現規制が、どれほどプレイヤーの精神を守っていたのかを嫌になるほど理解した。


 こんなものを日本の一般ゲーマーが日常的に体験していたら、すぐさま精神に異常をきたすに違いない。


 現実と虚構の境目が分からなくなったゲーマーが、どこぞの路上で刃物を振り回しているとのニュースを見たところで『当然だ。無理もない』とあっさり納得できてしまうことだろう。


 それほどに目の前の光景は、普通の日本人でしかないヘリアン――三崎(つかさ)にとって、衝撃的過ぎる代物だった。


「これが、あの大通りなのか……」


 普段は外国の客で溢れかえっている南大通り。

 そこには至る所にオーガの死体の残骸がぶち撒けられている。

 何故か。

 ヘリアンがそう望んだからだ。

 他ならぬ(ヘリアン)が、治安維持を――反乱が鎮圧される事を望んだからだ。

 だから第五軍団長率いる討伐部隊はそうした。

 治安維持という命令通りに己の役割を果たした。

 その結果が、これだ。


「……第五軍団長は、あそこか」


 何かから逃げるように、ヘリアンは大通りの奥へ歩を進めた。


 一際大きい巨体を持つオーガの死体の前には、派手な肩掛けを身に纏う、濃い茶色の乱れ髪をした大男の姿がある。鬼族や巨人族が中核となっている第五軍団の長、ガルディだ。


「おぉ、総大将。見ての通り鎮圧完了しましたぜ」


 言って、ガルディは――マフィア顔負けの悪人面ながら――人好きのする笑顔を浮かべて、ヘリアンに向き直った。


 魔獣素材のジャケットアーマーに身を包み、首元がファーで覆われたマントを身に着けているその姿はどこの蛮族かと問いたくなる様相だが、これでもれっきとした軍団長の一人である。


 彼はリーヴェとは異なる方向性で近接戦闘に特化した前衛職のキャラクターだ。

 現在は、2メートル超えというかなりの大柄ながらも人間形態を取っているが、その正体はアウルゲルミル――要するに巨人族だ。


 大雑把すぎる能力と性格が玉に瑕(たまにきず)だが、その体格から醸し出される威圧感と、独特のカリスマを持つガルディは、バランにこそ及ばないものの治安維持及び鎮圧能力において高い適性を誇っていた。


 そしてその高い鎮圧能力を存分に発揮した結果が、ご覧の有様というわけだ。

 (ヘリアン)の望み通り配下(ガルディ)は任務を遂行し、()くして鎮圧は完了した。


「……よくやった、第五軍団長ガルディ

「いやいや、とんでもねえよ総大将。第一、反乱発生を防ぐこと自体は出来なかったしな。こいつは俺様とバランの手落ちだろうよ。ある程度の罰は覚悟してらぁ」

「いや、オーガ一派には反乱を起こす下地と条件が整いすぎていた。これは仕方のない結果だ。お前らを責めることなど出来ん」


 鷹揚(おうよう)に手を振ってみせる。

 部下の落ち度を許せる器である、とのアピールも兼ねているが、実際にこの反乱は不可避だっただろう。なにせ悪条件が整いすぎていた。


 せめて建国祝賀祭だけでも開催出来ていたなら、反乱を未然に防げた可能性は高いが、都市ごと転移されるなどという馬鹿げた出来事イベントを誰が予測出来るものか。


「反乱の主導者はどこだ?」

「ああ、そこの武器屋の店先に転がってるのがそうでさ」


 ガルディが指出す先には赤い肌のオーガがいた。

 突然変異種のオーガだ。

 原型こそ留めているものの、今はもう物言わぬ肉塊となって転がっている。


 ……出来れば、見たくない。

 だが、これはある意味、自分の望んだ結果なのだ。

 ならば、その末路を見届けるべき義務があるだろう。


 覚悟を決めてレッドオーガの死体に近づいてみれば、その腹部には拳大の風穴が空いていた。視線を上げて顔を見る。まるで打ち上げられた魚のような、白く濁った眼をしていた。こみ上げる吐き気を堪えながら、その姿を目に焼き付ける。


「……おいガルディ。さっきから黙って聞いていれば、ヘリアン様への言葉遣いがなっていないぞ」

「まーたその話かよぉリーヴェ。バランといいオメエさんといい飽きねえなあ。第一、他ならぬ総大将が言葉遣いについては許してくれてるんだぜえ? 今更だろうによぉ」

「限度がある。ましてや兵の前だぞ。最低限の体裁ぐらい取り繕え」

「へーへー。あ、総大将。俺様ぁ死体の処理とか後始末があるんでこの場は退散させてもらわぁ」

「オイ待てガルディ。まだ話は終わってないぞ!」

「あらあら。二人とも喧嘩はいけませんよ」


 ガルディは面倒ごとから逃げるようにして、小走りにその場を去ろうとする。

 小言を言うリーヴェは逃がすまいとその肩に手を伸ばそうとした。

 エルティナはその様を見て、どのタイミングで止めようかと思案する様子を見せている。



 ――だから、誰も、間に合わなかった。



()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()――ッ!!」


 咆声。

 赤い肌を持つオーガの死体が何かの冗談のように跳ね起きた。


「――――――――は?」


 ガルディは場を離れようと背を向けている。

 リーヴェはその背に手を伸ばそうとする体勢。

 エルティナはそんな二人に向き直っている。

 そしてヘリアンはレッドオーガのすぐ傍に立っていた。


 故に、レッドオーガの死体は握りしめたままだった己のメイスを。

 最も近場にいたヘリアンに対して、無造作に繰り出した。




    +    +    +




 ――ああ、これ死んだな。


 目の前に迫ってくる無骨な鈍器を前に、他人事のようにその事実を認識した。


 現実には凄まじい勢いで振るわれている筈の鈍器メイスが、感覚的にはゆっくりと迫ってくる。これはアレだ、死の間際には全ての物がスローモーションに見えるとかいうヤツだろう。原理としては、防衛本能がどうにか身体を動かして死を回避させようとして体感速度を超圧縮する、だっただろうか。


 だが無意味だ。そもそも自分には大層な身体能力などない。いくらスローモーションに見えようが肝心の身体は動かず、目の前の死に抗う術など無い。


 突如として脳裏に幾つもの映像が浮かんだ。

 思い出されるのは今日一日で発生した幾つもの出来事。

 あまりにも馬鹿げていて、それでいて現実感の強すぎる事象の数々。

 これは所謂(いわゆる)、走馬灯とやらなのだろう。スローモーションで迫りくるメイスの影で、様々な映像が怒涛の勢いで流れていく。


 残念ながらその中には、親に可愛がられていた幼少期の記憶やら、数少ない友人と遊んだ記憶やらは含まれていなかった。

 それを残念に思う心がある。最後ぐらいはせめて綺麗な記憶に包まれながら死にたいと願うのでさえ、贅沢な話なのだろうか。


 うだうだと下らないことを思考したが、それでもメイスは到着しない。

 未だ自分は死の淵に立たされている。

 何だこの拷問。

 正直怖くてたまらない。

 身体が動くなら情けなく泣き叫んでいるであろう事は間違いない。

 命乞いをして助かるのなら、プライドなど投げ棄てて地面に這いつくばっていることだろう。


 嫌だ。

 死にたくない。

 死ぬならせめて家で死にたい。

 こんな世界で死にたくない。


 精神(ココロ)が死を拒絶する。

 だが現実は容赦なく死を運んでくる。

 もう感覚的にすら数秒も無い。

 文字通り目と鼻の先にメイスが迫っている。


 まず顔に風圧が届いた。

 続いて前髪にメイスが触れる。

 凶器メイスの表面に赤黒い錆が浮いているのが見て取れた。

 血が固まったものだろうか。哀れな犠牲者の先達がいるらしい。

 このメイスの錆になるのは俺で何人目だろうか。

 ああ、ダメだ、もう死ぬ、すぐ死ぬ、死ぬ、死ぬ、死にたくない、誰か助け――


「――――」


 グヂャリ、という異音。

 そこで思考すら終わりを迎えた。

 ただの人間でしかない彼の頭部はスイカのように弾け飛び、粉砕された頭蓋の中身が汚いケチャップと共に地面にぶち撒けられる。




 ――こうして、最弱の王であるヘリアンは。

   自らが統治する国の民に反逆され、死亡した。




 

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