009 入部
日常回です
「タツヤ! 昨日はネトゲにいなかったじゃんか! 新しいゲームでも見つけたのかっ! 教えてくれないと酷いぞ!」
爽やかな朝の教室に入るなり、心の友のごとく話しかけてきたコイツの名前は土橋アツシ。
数少ない俺の友達であり、ネトゲ仲間でもある。
コイツがいないとぼっちになっていたかもしれない。
「ちょっといろいろあってな。当分ネトゲはできないかもしれないよ」
「お前がいないと野良と組む羽目になっちまうじゃんかよ! っていうかお前、なんだよその指輪! ま、まさかリア充かっ!?」
早速指輪の事がバレてしまったらしい。目ざとい奴だ。
「これはリア充とか、そんな物じゃないよ」
「じゃあ何なんだよ!」
「それはお前、ヒ・ミ・ツ・だ・ぜ!」
アツシがげんなりとした顔を見せたタイミングで、チャイムが鳴り響く。
ダンジョンの事を教えるのはマズイって事くらい、俺でもわかる。
僧侶の指輪を手に入れたはずだけれど、先輩と二人の時間を邪魔されたくないし、こいつからの回復魔法なんて絶対にゴメンだ。
ヒーラーは女の子! ここだけは譲れない。
* * *
放課後。
先輩と約束はしたものの、待ち合わせ場所までは決めていなかった。
どうしようかと悩んでいると、アツシが話しかけてきた。
「この野郎! やっぱりその指輪リア充じゃねえかっ!」
「な、なんだよ急にっ! 違うって言っただろ!」
「じゃあなんでタツヤなんかにマリナ先輩が会いに来るんだよっ!」
ものすごい剣幕で怒鳴るアツシの指差す先の廊下では、マリナ先輩がこちらへ向かって手を振っている。
「高瀬マリナ先輩といえば、超美人なのに勉強ができる才色兼備で実家が金持ち、なおかつその控えめな胸部がマニアックな人気を呼んでこの学校一番の有名人じゃないか! 一体何人の男子生徒が狙ってることやら……」
「本当にリア充とかじゃないんだよ。ただちょっと、いろいろあってさ」
「俺にだったら話してくれてもいいのによ……。もういいよ、行っちまえ」
壮大な勘違いをしているようだが、面倒くさいことになりそうな気がしたので放置する事にした。
なにより先輩を待たせるわけには行かないしな。
「先輩! お待たせしました!」
「私を待たせるなんて、良い度胸してるじゃないっ!」
出たよ、ジト目悪戯フェイス。
いつもありがとうございます。
「すみませんでしたっ! その分あっちでは頑張るんで、許してください!」
「ふーん、それならいいわ。許してあげるっ! それじゃあ行くわよっ!」
視界の片隅で あっちってどっちだよ! と、アツシが机に頭を打ち付けているのが目に入ったが、無視である。
「どこへ行くんですか?」
「我らがダンジョン攻略部の部室よっ!」
そう言って先輩はズンズンと歩き出した。
ダンジョン攻略部? うちの高校にそんなものあったっけ。
疑問に思いながらも先輩の後をついていく。
、しばらく歩くと、部室棟に到着した。
帰宅部の俺には縁のない場所である。
先輩はとある部室の前で立ち止まり、勢い良く扉を開けた。
「ようこそ、ダンジョン攻略部へっ! ちょっと狭いけど遠慮なく寛ぎなさいっ!」
「先輩。ここ、ヨガ愛好会って書いてありますけど……」
「その通り。でもそれは、世を忍ぶ仮の姿よっ! 大体ダンジョン攻略部なんて先生達がゆるはずがないじゃないっ!」
「そういうことだったんですか。でもなんで、ヨガ部なんですか?」
先輩が用意してくれたヨガマットの上へと腰を下ろす。
「指輪の中に入ると、目を閉じて動かなくなるって話したでしょ? 他人から見るとちょうど瞑想でもしているみたいに見えるのよっ」
「なるほど、それでヨガ部なんですか」
「そういうこと。これ、入部届よっ!」
差し出された入部届を受け取る。
なんということでしょう。帰宅部とさよならバイバイだ。
これからは先輩と二人でヨガ三昧。ちょっと嬉しい。
「あと、この愛好会には他の部員もいるから仲良くしてあげなさいっ」
残念ながら二人っきりではないらしい。
「その人達はダンジョンとは関係ないんですか?」
「全く関係ないわ」
「それなのにこんな堂々と話していて大丈夫なんですか?」
俺の言葉を聞いた先輩はキョトンとした顔になった。
「アンタ、まだ試してなかったのねっ」
「な、何をですか?」
「この指輪には魔法がかかっていて、はめていない相手にはダンジョンの事を伝えられないようになっているの。たとえ喋っても、相手には天気とかの他愛のない話題をいきなり喋りだしたように聞こえるのよ」
「マジですか! 便利なんですね!」
「そう取るのは自由だけどねっ! 逆に言えば、バラすことはできないってことよ?」
そう言って先輩は悪そうな笑みを浮かべる。ダークサイドマリナだ。
普段の先輩も可愛いけれど、こっちの先輩はなんともエロいんですよ。
先輩の顔に舌鼓を打っていると、ヨガ愛好会のドアが開けられた。
「お疲れ様で~す! あれっ、そ、その男の子はもしかして新入部員ですか!?」
揺れている。そこにはたわわに実ったニつの果実がぶるんぶるんと躍動している。
背丈は百六十センチほど。瞳と髪の色は鮮やかなエメラルドグリーンで、サラサラのロングヘアーとふくよかな身体が相まってまるで女神のようだ。
胸元には三年生の証である緑色のリボンが窮屈そうに結ばれていた。
「私が連れて来たのっ! 一年生の石橋タツヤよっ!」
「はじめまして、一年二組の石橋タツヤと申します。今までは帰宅部でした。どうぞよろしくお願いします」
ヨガマットから立ち上がり、ペコリとお辞儀をする。
「ヨガ愛好会で会長をさせて頂いています、佐々木ヒロコと申します。これからよろしくね」
佐々木先輩はとびきりの笑顔を浮かべながら手を差し出してきた。
こ、こんな美人と握手なんて童貞には難易度が高すぎますよ先輩っ!
しかしながら、滅多にないチャンスなので思う存分ニギニギさせて頂こう。
先輩の手のひらはプニプニとしていて、少し湿っていた。
もしかして、緊張しているんだろうか。
「ヒ、ヒロコ先輩っ! 私とタツヤは瞑想するわっ!」
マリナ先輩に無理矢理腕を掴まれて、握手を振りほどかれる。
もう少しだけ佐々木先輩と繋がっていたかったが、マリナ先輩も早くダンジョンに行きたいんだろう。
俺もオタクとして剣と魔法の世界は大好きなので、その気持ちもよく解る。
ヨガマットの上に座り座禅のポーズをとると、視界がぐるぐるぐる回りだした。
そのまま意識は吸い込まれていく。
* * *
【佐々木ヒロコ先輩視点】
今日はなんと幸福な日なのでしょうか。
我がヨガ愛好会に新しい部員が増えてくれました。
先輩たちの引退を最後に、新しく入ってくれそうな子達はマリナちゃんがなんだかだと難癖をつけて追い払って来たと言うのに、新入部員はそのマリアちゃんが連れてきたのです。
正直に言えば、男の子の前でヨガのポーズをとるのは少しだけ恥ずかしいです。
でも、私が引退してしまえばマリナちゃんは一人ぼっち。
ここはお姉さんである私が我慢して、彼を歓迎してあげることにしましょう。
* * *
【佐々木ヒロコ先輩視点】
大変です。
緊急事態です。
タツヤくんはマリナちゃんと同じく、瞑想の天才でした。
マリナちゃんと仲良く並び、もう一時間以上も座禅を組んだまま、一ミリの乱れもなく瞑想を続けているのです!
マリナちゃんは入部した当初から瞑想の才能を発揮し、ヨガ研究会の先輩方を大いに驚かせていました。
そんなマリナちゃんの連れて来たタツヤくんも瞑想の天才だとは、彼女が認めて入部を薦めた理由もよく解るというものです!
このままでは私の会長としての立場がありません。
私も気合を入れて瞑想をするのです!
無心にならなくては。息を吸って、吐いて、息を吸って、今日のご飯はなんでしょう。
できれば、オムレツが食べたいです。
トロトロの半熟卵をぷっくりと割って、プルプルのアツアツをお口いっぱい頬張りたい……。
――はっ! いけません! 雑念を振り払わなければっ!
マリナちゃんとタツヤくんにまけてしまいます!
無心! 無心が大事なのです。息を吸って、吐いて、息を吸って、吐いて、トロトロの、プルプルが……。オムライス……。
……お腹が空きました。
やっぱり今日も、上手くいきそうにありません。