006 再開
「アンタ、なかなかやるじゃないのっ! やっぱり私の目に狂いはなかったわね!」
階段を降った先に待っていたのは大きな両開きの扉と、一人の美少女。
銀髪の姫カットはダンジョンの松明に浮かび上がってもなおキラキラと輝いている。
高瀬マリナ先輩その人だった。
愛し合う二人の再会である。ここはもう、猛烈にハグするしかないだろう!
ハグ童貞よさらばっ!
迸る青春パワーでもって全力で先輩に飛びつこうとしたものの、与えられた感触は先輩の柔らかい身体とは正反対の硬く冷たい靴底だった。
鼻先に強烈な蹴りをもらって思わずひっくり返ってしまう。
「何よアンタ! 発情期なの!? いきなり抱きつこうとするなんて頭でもいかれたのかしらっ」
「だ、だって先輩は俺に愛の告白を!」
「愛の告白ぅ~? たとえ彼女でもイキナリ抱きつくなんてマナー違反なんだから、おぼえておきなさいっ! それに私は告白なんてした憶えはないわっ! 確かにそれっぽくはしたかもしれないけどっ」
「そ、それっぽく!?」
先輩は何を言っているんだろう。
頭が真っ白になる。
やっぱりオタクの自分なんてリア充達の罰ゲームとして利用されただけなんだろうか。
もう学校なんて通ってられる状態じゃない。引きこもらなければ。予定を前倒ししてニートへのジョブチェンジを敢行しなくては。
お父さんお母さんごめんなさい。これからタツヤ君は二次元の世界を思う存分満喫します。
「何をこの世の終わりみたいな顔してるのよっ! 立ちなさい! そんなんで高瀬マリナの騎士が務まるとでも思っているのかしらっ」
座り込んでうなだれている自分の目の前に、腰を折る形で高瀬マリナの整った顔が近づけられる。
燃えるような真紅の瞳。そんな目で見つめられて恋に落ちない童貞がいるんだろうか。
先輩からは良い香りがした。
「き、騎士……? 罰ゲームじゃないんですか?」
「罰ゲーム? 契約のために少しばかり夢を与えただけじゃない。アンタみたいなオタクはああいうのが好きなんでしょう? この私のために働けることを感謝するといいわ! アンタは私の騎士。それでいいじゃないっ」
悪戯っぽく笑いながらも力強い言葉を並べる彼女は、とても眩しく見えた。
タツヤ君はリア充にはなれなかった。
なれなかったけれど、高瀬マリナの騎士にはなれました!
今はそれでいいじゃないか。今はね!
気合を入れて立ち上がる。
「なんだ、少しはキリっとしたじゃない! その意気よっ」
「俺は先輩の騎士ですからね。格好悪くしていたら主人の恥でしょう?」
「生意気な! でも、そういうのは嫌いじゃないわっ」
リア充への道は打ち砕かれたものの、楽しんでいる自分がいる。
超絶美少女の騎士という立場も、存外悪いものではないはずだ。
騎士とヒロイン、苦難をのりこえて結ばれた方が物語はおもしろい。
先輩の騎士として誇れるような男になりさえすれば、リア充の仲間入りも難しくないはず。
「ところで先輩、契約ってなんですか? このダンジョンは?」
「あなたに渡した指輪は封印の指輪モデル:騎士。了承の上はめることで契約が成立するの。指輪に封印されしダンジョンへの出入りと、ダンジョン内で騎士としての能力を行使できるようになる。今のところはこんなものかしら」
封印の指輪モデル:騎士。なんだかやたらとカッコいいじゃないか。
それに、指輪に封印されしダンジョンだって?
「それじゃあこのダンジョンはこの指輪の中にあるんですか?」
「簡単に言えばそういうこと。私たちは指輪の中にいるわけ。今の身体は指輪が私達のために構築したもので、本当の身体は指輪の外にあるわ」
「指輪の中なら怪我をしても大丈夫ってことですか?」
「それがそうもいかなくて……。身体は違っても中に入っている魂は同じものだから、本当の身体にも影響があるのよね」
おいおい、危なかったじゃないか。
よくそんな大事なことを説明せずにゾンビやスケルトンが徘徊するダンジョンなんかに放り込んでくれたもんだ。
「そう険しい顔にならないでよっ! ちゃんと遠隔透視魔法で見守っていたんだからっ」
「見守ってるだけじゃないですかっ」
「あ、バレた?」
してやったりって顔して笑ってるよこの人。
絵になるもんだから何も言い返せない。
腹立たしさを通り越して愛おしいじゃないか。
「さて、楽しいお喋りはこのへんでおしまいよっ! ダンジョンマスターとご対面といきましょうっ」
「だ、ダンジョンマスターってボスってことですか!?」
「頼りにしてるわよ! 私のナ・イ・ト・さ・ま♡」
痛恨の一撃。今のは童貞野郎にはきつすぎた。瀕死の重傷ってやつですよ。
スケルトンなんて目じゃない攻撃力。顔が火照るのを感じてしまう。脇汗を垂らしている場合じゃないっ!
これでやる気を出さなきゃ男じゃないだろ。
先輩が俺みたいなオタク野郎を騎士として契約したかったのかは全くもって理解に苦しむが、貴方のことはタツヤ君が必ずやお守りします!
「それじゃあいきますよ!」
緩みきった顔を先輩に見せるわけにもいかず、扉の方へと向き直ってそのまま開け放つ。
その先に待っていたのはだだっ広い大広間だった。
部屋の雰囲気は墓地といえばしっくり来るだろう。
墓石が何列にも渡って並んでおり、その中心にモンスターが一匹佇んでいる。
背丈はこれまで相手にしたスケルトンやゾンビと大差ないようだ。
漆黒のローブを羽織り、その手には巨大なスタッフが握られている。
ローブから覗かせている顔面はドクロのようなので、スケルトン系のモンスターだろうか。
「スケルトンウィザードでしょうか。魔法を使う相手と戦うのは初めてですが、俺が前に出て様子を見てみます」
「待ちなさい! スケルトンウィザードがあんなに良い装備をしているわけがないわ。今に正体を表すはずよっ」
先輩の声に答えるように、推定スケルトンウィザードがスタッフを空に掲げて呪文を唱える。
「同胞よ、集え! 今こそ恨みを晴らす時! 【亡者復活】!」
掲げられたスタッフが紫色の光を放つと墓石の一つ一つに魔法陣が出現し、スケルトンやゾンビがにょきにょきっと生えてくるではないか。
その数およそ十体。
「わしは知識の探求者にして偉大なる魔法使い。我がダンジョンに挑みし者よ。その力を示してみせよ!」
聞き覚えのある、ナイスミドルな声だ。棍棒をゲットしたときに頭に響いてきた声の主がこいつだったのだろうか。
ここまで戦ってきたモンスターの中で、言葉を喋る者はいなかった。
魔法で攻撃してくるスケルトン程度の相手だろうと考えていたが、予想を修正する必要がありそうだ。
アンデッドを使役し、流暢に言葉を操る魔法使い系モンスター。
そこから導き出される回答は……。
「あいつはリッチか!」
「正解よ、良くわかったじゃない。一回ハズしたからご褒美はなしねっ」
思わず先輩のご褒美について訪ねたくなってしまったが、その言葉はぐっと飲み込んだ。
この状況でそんな事を聞いてしまえば減点は確実だ。
先輩はブレザーのから短く細い棒を取り出した。木と皮で作られたそれは、ひと目で高価なものとわかるような見事な装飾をしている。
ワンドというやつだろうか。さきほど遠隔透視魔法とかさらっと言っていたし、先輩の職業は魔法系なのだろう。
「私が援護するわっ! 突っ込みなさい!」
「はいっ!」
命じられるまま、亡者の群れへ向かって突進する。
覚悟しろよアンデッド! これが俺と先輩で取り組む初めての共同作業だ!