異談
日曜日。
本日は曇り。
まあ暑くもないしジメジメしてないし、休日としては最適な天気か。
「…………話しとは何だ?」
室内が暗いせいか、それともロリと一緒にフェリオナと相対して席に付いているせいか。
深夜に自己紹介をした出来事を思い起こしてしまう。
「うん、お話し。人探しについてね。分かんないことだらけなんだぁコッチも」
日本語は勉強させた。ちゃんと自分の経験を口にできる程度に上達した。
しっかり柵も弁償して貰っちゃったし、フェリオナのやりたい事に、しっかり耳を傾けなければならなくなった。………まさかこんなに早いとは思わなかったけど。
話が合うように、異世界ものについてとかも予習している。
出来ることはした。
「フェリオナ、教訓5。今は配慮しなくていい。それよりも、しっかりとフェリオナが探してる人間ってのを知りたい。ほら、初めてあった時さ、フェリオナはオレに要求したよね。えっと」
「ナオトと、アイハを知っているのか……」
その続きをを口にしてくれたフェリオナに、オレは笑って頷く。
オレの妹も、真面目な話だと悟り、身構えた。
「………そうそう、それそれ。それねー、よくある名前なんだよね。オレの知人も幾人かその名前なんだよ〜。全国探しまわったらきりがない。もう少し具体的に話してくれない?………その、ナオトさんとアイハさんの事。そもそもどうしてその二人をフェリオナが探すことになったのさ」
何か食い違いがあったみたいで、フェリオナは首を傾げる。
「…………ああ、すまない。説明が足らなかった。私が探しているのは、その子供だ。ナオト、アイハを知っている子供を見つけてほしいと彼女に頼まれた。あの時それを確かめたくて、私はああ言っていたのだ。
………たしか、そろそろ15になる息子……中学生?だと言っていたな。それから、5歳児の娘もいるらしい」
「おお、大分絞られたなぁ。そっか、なるほど。頼まれてわざわざ日本にまで来ちゃったのか。……うーん、学校にチラシでも配ると良いかもしれないね。因みに訊くけど、何で探すの?」
「家族の問題が発生したからだと言っていた」
「問題?あ、そのアイハさんとナオトさんって結婚してるんだね」
「ああ、夫婦らしい」
「ん?……ってことはお別れでもするのかな?離婚?」
途端、食卓が揺れた。
「違う……ッ!二人が、そんな事をするわけがない!……アイハはちゃんと、ナオトを思っテいた!!」
フェリオナは前のめりになって、必死な形相で否定する。
……おいおい、その言い方だと不倫してるように聞こえるぞ。
「待て待て、落ち着いてよフェリオナ」
興奮し始めるフェリオナに、オレは手のひらを軽く挙げて制止させる。
「悪い、オレが悪かった、極端な物言いだった。けど どうしてお別れするのか、もう少し砕いて説明してくれない? 話が見えないんだ」
フェリオナは息を詰め、それから瞼をおろして深呼吸をし、気持ちを落ち着かせた。
「……ナオトが、ナオトの体が、ウストゥラ・バゥアルに乗っ取られたからだ。意識があるか……本当の意味で、生きているかどうか……今ではもう分からないと、アイハが言っていた」
深刻そうな顔をしてフェリオナは言葉を紡ぐ。
「? 誰そいつ」
「……そうだな、ここで言うと魔王に当たる。アイハもそう呼んでいた筈だ」
…………。
「魔王? ___ん?…ってことは、え〜っと、勇者もいるって事になるのかな?この流れだと二人のどっちか?」
「そうだ。ナオトが勇者だった」
……あははははー。…………もぅ、ムリ。
「………く………ふはははは!ちょ、夫が勇者って……えぇ、DTがなるもんじゃないの……!?」
「……アニよ、何が可笑しいのだ?」
フェリオナの機嫌が悪くなった。そりゃそうか。
そんな目で見んなよアニキ。ジョークだよ、ジョーク。
「…………っはははは、ごめんゴメン。ちょっとラノベの読み過ぎでちょっとした誤想が……………えーっと、それいつの話よ?」
「アイハに頼まれたのは、1ヶ月前。ここ日本にくる直前だ」
「…………へぇ?アイハと知り合ったのはいつ?」
「アイハとは1年前に出会った」
「うっわ、どれだけだよ。そっちの時間経過壊れてんじゃねーの?」
「…?……アニ、それはどういう__……」
「うん、お察しの通り___あんたが探してるのはオレとロリだね」
オレは戯けて、そう言った。
※
異世界といえば。
獣耳、モンスター、中世モチーフ、ファンタジー、転生、召喚、冒険者、勇者、魔王、王族、貴族、人外、ギルド、無双、チート、ハーレム、エトセトラ、エトセトラ…………。
……あぁ。それから、魔法。
魔法。
科学が発展している現代社会で、そんなもの生でお目にかかれた事はなかった。
なかったのだが。
わざわざ異世界からおいでなさった大男が、ふつーに、さり気なく、使っていた。当たり前過ぎて、何気なさ過ぎて、はじめは本物なのかどうか判断もつかなかった。
異世界人、フェリオナ・ティエール。
信じていなかった訳ではない。証拠となり得るものは、幾つも目の当たりにした。
例えば。
最初に出会った時の服装。凝った細工が成された鎧は、コスプレとは言い難い完成度であった。
例えば。
一番最初。妹が倒れ、助けの声が聞こえた後。リビングでカーテンを開けた瞬間。
空中に、穴のようなものがあった。
穴。
そう、あれは穴だった。もしくは隙間、もしくは洞。
糸も棒も吊り下げている訳もなく、種も仕掛けもない、ただの穴。それが、空中に、影もなく、オレん家のそばにあった。
様々な色が入り混じって徐にうねり、美術の授業で体験したマーブリングを連想させるような模様が、奥の空間には埋め尽くされていた。
それはすぐに縮んで何事もなかったように消えたので、とても気色悪かった。
フェリオナはあそこから現れたのだ。
例えば。
フェリオナが犬を捕まえた時。彼の動きは、速すぎた。片手には、本が入った重い鞄を持っていたというのに。あんな正確にうなじを掴めるのか?
それから、犬が暴れた後。フェリオナの右腕に、爪に引っ掻かれた痕が出来ていた。妹を抱っこする際、フェリオナは指先に豆電球ほどの淡い光を放って、それを傷にあてていた。あれが、魔法とやらなのだろう。ロリを気遣ってか、密かに行っていたのでオレは言及しなかった。…………したくなかった。
皮膚の上に出来ていた赤い線は、手品のように無くなっていた。
他にもあった。
料理をしていた時。
ガスコンロの使い方が分からなかったフェリオナは、変な文字を書き込んだ用紙をライターとかを使わずに、点火させた。どうやらそれを火種にして、バーナーに火をおこさせようとしていたらしい。 ………アホか。危うく火事になるところだった。
他にも。
たまに会話が成り立たなかったり。普通に2階から跳び降りようとしたり。
非常識の塊、フェリオナ・ティエールとでも名付けたい程に、奴は変だった。