異態
咄嗟にロリの腕を引っ張った。
オレの腕を差し出して、噛ませようとする。…………しようとしたが、激痛が走ることはなかった。
代わりに犬が鳴いた。
フェリオナが、犬の首を掴んだのだ。
犬は前を睨みつけ、歯を食いしばって威嚇する。それから体を捻ってフェリオナの手から逃れようと足掻いた。だが流石フェリオナ、異世界設定は伊達ではなかったようだ。握力が強まり、逆に掴まれた皮膚の痛みが増し、犬は許しを乞うように鳴き始めた。
「もう二度トシなイか?」
言葉を発せない犬を睨みつけてフェリオナは言う。
犬は鳴く。
「どうシた? 返事ハ」
おいおい。
「フェリ、もう良いよ。逃がしてやって」
「だガ」
「いいから」
反論しようとするフェリオナの言葉を遮って促す。そろそろ犬が可哀想になってきた。
フェリオナは渋々と犬を離してくれた。犬は、こちらを見ずに一目散に逃げる。
「フェリ、ありがとう。助かったよ」
「ああ、無事デ良かった。ロリよ、大丈夫か?」
「…………うん」
まだ恐怖は拭えていないらしく、ロリの手はオレの服を握ったままだ。
「ロリ、抱っこ」
朗らかな顔でオレは言い、ロリを迎える。ロリは少し嫌がるが、オレに表情を見せたくないようで、素直に抱きついた。
「………見逃シテ良かったノか? 後からまた来るかもシれなイぞ」
ロリを抱えるオレに尋ねてきた。
…………犬に結構シビアだなぁ。
「大丈夫だよ。犬と何かあったの?」
「人を襲う犬ハ、大抵誰かガ教育シた猟犬だ。賢イ犬なら、餌を貰うために甘えテくる。あんな襲う真似ハシなイ。言葉を発せなイトなるト、非道な暮らシをシたノだロう。もう手遅れだ、ああイう育ちをシたなら痛イ目を見ねば」
「待って待って。フェリ、もしかして犬って喋ると思い込んでんの?」
「何を言っテイる。そうだロう? 」
フェリオナは眉を顰めて言い放つ。
「いや、ねぇから。そんな理由で犬を不埒扱いはするなよ。ここを縄張りだと勘違いしてるのかもしれないし、もしかしたら子供が近くに居るのかもしれない。犬が凶暴になる理由は様々なんだ、一概には言えないよ。身内を助けてもらって申し訳ないけど、ここは異世界なんだろ?しっかり区別しなくちゃ。それに、もう痛い目見たはずだから大丈夫だ」
「…………そうか。なら良イ」
「ありがと。帰ったらデザートでも食べよっか」
「デザート?」
「アイス!アイスのチョコが良い!」
現金だなもぅ。
「デザートってのは、食後に食べるお菓子や果物のことだよ。ケーキとか、冷たくて甘いアイスとかね」
元気になったロリを目尻に、オレは疑問符を浮かべるフェリオナに説明した。
「荷物置いたら、近くのスーパーで買っておいで。その間昼食作るから。1人一個だからね」
「今日は何?」
「カレーライスだよ」
「んじゃ夜もだ!」
「ブブー。カレーパスタでーす」
不正解でも喜ぶロリが可愛すぎる。
フェリオナも楽しみなのか、表情が明るくなった。ちょっと歩くの早くなってますよお兄さん………。
まだ抱っこしてよかったのだが、本人が拒否するのでロリを下ろし、それから階段を降りた。
※
「やっほー、元気かぁ〜?」
返事はない。当たり前だ。
「こらこら、舐めんなって! さっきの態度と全然違うぞ!」
カレーの臭いが染み付いているのだろう。先程の野良犬は、オレの顔を舐めてくる。
ロリとフェリオナは食事を終え、アイスを食べてゆっくりしている。因みにフェリオナは、ソーダ味のアイスを買っていた。
オレはというと、買うものがあったのでスーパーへと向かい、帰りに川沿いの道を再度訪れている。
運良く犬を発見することができた。
犬が好きそうな缶詰めの餌を買い物袋の上に盛って、そこになんとジャーキーも添えられた! 腹を空かした犬が食いつかないわけがない!
最初は警戒していたが、今ではこの通り、近寄っても問題ないくらいに懐かれた。
「良い子だ良い子だ〜。さっき走り回ったもんな、ストレス解消出来たか〜? さっきお前のせいでなぁ、フェリオナと険悪な感じになってたんだぞ〜、どうしてくれるー。うりゃうりゃ」
とっておいたジャーキーを見せると、ものすごい勢いで指ごと食べてくる。……手がベトベトだ。
「何でオレがお前のフォローするんだよってな、…………よし」
背中を撫で、それから首輪を着ける。
縄も繋いでいるので、これで逃げられないだろう。
「オレとはこれっきりだけど、散歩でもしよっか」
度々 餌を与えながら、オレは保健所まで犬を連れていった。
※
「ただいま〜、ふぅー」
オレは食卓に買い物袋を置く。
二人はいつもの事ながら、リビングで読書をしていた。
「お帰り、にぃにエコバック忘れて行ったでしょ」
「そうなんだよ〜、ビニールが伸びてもぉ手が痛いわ……」
オレは手を洗い、食材を冷蔵庫の中に入れる。
「カレー臭いね、そこドア開けて」
「……随分 遅かったな?」
ドアを開けてくれたフェリオナが言う。
「スーパーで近所の人に捕まっちゃってね。世間話で盛り上がっちゃったよ………うわ臭っ、汗臭っ! オレ シャワー浴びてくるわ。その後掃除するから、二人共その時は読んでないで手伝ってよ」
「「分かったー」」
…………ハモりよった……。仲良しめぇ…。
※
今日の掃除は、床を綺麗にするだけだ。
ロリは自分の部屋、フェリオナはリビング、オレは廊下と台所。箒で掃いて、雑巾を引っ掛けたワイパーでフキフキして終わり。
ただ掃除道具の数が限られてるので、ロリが先に使っている間にフェリオナは放置された鎧の手入れを風呂場で。オレは荷物を整理するなどして、交代で行った。
フェリオナは掃除道具を難なく扱えている。……あんなにハラハラした清掃は初めてだったなぁ……。
無事に掃除道具も片付けられ、いつも通り夕食を作る。
フェリオナが、食後に皿を洗うと申し出た。
うん、信じてたぜアニキ。やっと自分から動いたかぁー。
ロリも手伝うらしい。…………うん、偉いよロリ……。
皿洗いを二人に任せ、オレは明日の支度を始める。今回は早朝のアルバイトはないが、9時からオッチャンの所でシフトが入っている。
…………今日はお金使いすぎた……。
そんな事を思いながら、オレは水を流したままである浴槽へと蛇口を閉めに行った。