異色
アラーム機能でスマートフォンが振動した。
額に皺をよせながら、液晶画面をスワイプしてバイブレーションを止める。
起床したオレはシャワーを浴び、それから調理を始めた。
作り置きしといたチャーハンはなかったので、ロリが食べたのだろう。いつもは俺が帰って来るまで待ってくれるのだが、昨日は遅かった。 帰宅した時は起きていたからずっと食べていないのではと心配したが、………そうか、一人でも夜に食事をとれるようになっていたのか……んじゃあ今までのはオレのことを気遣って……?
先に食べてて良いって言ってるのに。『怖いから』なんて嘘つきよって………兄ちゃん嬉しい!!寂しい思いさせちまってゴメンよ!けどそんな偉くなって……あぁもう、感動ものだよ!
…………おっといけね、涙がこぼれちまいそうだ。ご飯に入らないように気をつけねば。
「アニ、おはようござイまス」
「……ああ、おはよう。そのタオル使っていいよ、顔洗ってきて。あと教訓4」
「“物は大切に扱おう”」
「正解。レバーを上にあげるだけだからな、誤って壊すなよ」
「分かった」
テーブルに予め置かれていたタオルを手にとり、フェリオナは洗面所へと向かった。オレは、たまごスープを温め、食パンをオーブントースターで焼くなどしてフェリオナと自分の分の朝食を準備する。
それにしても。
急に背後から挨拶されてビビった。
気配消せるくらいに物音たてずにいれるなら、昨夜もそうして欲しかった。結構ホラーだったんだぞ、暗かったし。………鎧を外して身軽になったからか?
…………んん?
さっき見たフェリオナの顔を思い出してみる。
「フェリ。その瞳、さっき銀色じゃなかったっけ。あれ、カラーコンタクト変えた?」
戻って来たフェリオナの赤い目を眺めながら、オレは訊ねてみた。
「………あぁ、矯正シテイる。術かけるト赤くなる。銀色が元ノ色だ」
「へぇ?そんなに視力が悪いんだ」
「イや、悪くハなイ」
ふん?
「私ハ見え過ぎるからだ」
ああ、だからさっきは瞼を窄めてたのね。おかげで違いに気付くまで分からなかったよ。……よくやる。
「そうなんだ。あ、布団そのままにしないで折り畳んでおいで。昨日みたいな状態に」
「分かった」
リビングに移動するフェリオナを眺める。
教訓のおかげか、随分と物分かりが良くなった。最初は首を傾げるばかりだったのに。
こっちは大人に指示する事に毎度 違和感を覚えてるんだけど。情けないとは思わないのか?
せめて何か手伝うことはとか、訊いてくるもんだろう。…………いや、昨日の今日で判断するのは良くないな。きっと心のどこかで考えてはいるんだろう。タイミングを見計らっているのかもしれないし。
オーブントースターの鐘が鳴った。
「フェリオナ、終わったならぼんやりしてないでおいで。朝食とって」
そう言いながら、オレは焼き上がった食パンを皿に移す。
席についたフェリオナは、なかなか食事を始めなかった。ずっと行儀よく座っている。
「………食欲ないの?」
「アニ、朝食 食べなイノか?」
疑問を口にしたら質問された。
何だそんなことか。
食卓にはオレの分の朝食を置いてるんだけどなぁ。ロリの分だと勘違いしたのかな?
「いや、食べるよ。でもその前に、ロリのぶんを準備してからだから。気にせんで先に食べて」
「分かった。イただキまス」
…………多分、皆で一斉に食事をとるのが当たり前な家庭だったんだろう。
皿におかずをよそい、ラップをする。置き手紙を書いてオレも食卓についた。
※
ぐっすりと寝ているロリの肩を揺する。
「……ロリ、ロリ。オレ行くからね。ご飯テーブルに置いてるから」
「んんぅ…ご飯何?」
「たまごスープにツナ入りの野菜炒めだよ。米炊いてないからパン食べてね」
「ん、……わかった。いってらっしゃい」
「行ってきます」
二度寝をはじめるロリの頭を撫で、オレはフェリオナにも一言二言伝えて出かけた。
※
「嬢ちゃん、もぅ体調は良くなったのか?」
洗った食器を布巾で拭く作業をしている最中、厨房から声を掛けられる。
「おかげ様で。オッサンありがとね」
「いんやぁ、いいっての。お前に妹がいるとは聞いたが、まさかの初見がぶっ倒れている所ってのがなぁー。ビックリしたぜ。あっちにお前ん家があるのか」
「うん、2階に住んでるよ。オッサンの声っぽいなぁって思ったけど、その通りでオレも驚いたよ。ところで何してたの。スマホ持ってないなんて珍しい」
「………散歩だよ。ジョギングすると邪魔だから」
「ぇ、メタボが?」
「おま……っ、最近そればっか言うから少し散歩をだなぁ!」
「気にしてたの、冗談だよ? スリムじゃん」
「てめえ自分で鏡見てから言え。減給するぞガキぃ……嫌味か!」
オレは素直に肯いた。
バイト先の店長__ ロリが倒れた後、駆け寄って助けを呼んでくれていた、あのオッサンである。
お世話になってこの冗句はどうかと思うが、オレはまだ反抗期アンド思春期の真っ只中。……そう、ツンデレってヤツだよツンデレ。仕事で返すから勘弁してほしい。
「あ、またマンガ借りてもいい?」
「お前、成績落ちるからって自重しただろ?」
横目でじとりと視線を送るオッサンに「オレじゃないよ」と苦笑しながら弁明した。
「妹さんか」
「まあね、全部にルビがふられてるやつ出来る限り借りて行きたいんだけど」
フェリオナに読ませるのがメインだが。
「完結してるマンガは良いぜ。ジャンルどうする?」
「ん〜、冒険ものとかヒーローものかな。あと日常もの。昔借りてた感じがいい」
「かしこまり」
真顔で敬礼する店長に、オレも倣って敬礼した。