異妖
「……ッ痛ぅ〜」
大きく揺れた時、布で覆って隅に置かれていた物がオレの方に降り注いで来た。
ものっそい痛い。箱の角とかシャレにならんから!
((……!ねん____!!))
「?」
背後から、幼い声が聞こえた。
ここに居る子供達じゃない。隅まで転がって、今は泣いている。
扉は閉まったままだし、窓は無いから外でも無い。
((少年!!お願いだ_____……くれ!))
「ああ もぅ何〜?」
((そこの瓶!___開けて……む!!))
辺りを見渡すと、扉の前に瓶が落ちていた。
「んじゃコレ?浮いてるし……」
拾い上げた透明な硝子の瓶の中には、真紅の宝石が浮遊している。
((そう!開けて……、お願いだ!))
「あー……はいはい…………」
頭に響く程 鬱陶しい声にウンザリしながらも、オレは瓶の蓋を抜いた。
すると、目の前に人の顔が現れた。
恐ろしい事に瞳が無い。白眼ならぬ黒眼が目を光らせている。
(( 助かったよ!!少年!ありがとう!!!))
「……はあ」
((ボクはドグ!キミは?))
ボクっ娘……?
あれ、女で合ってるよね? それにしても……いや、胸部は見ないでおこう。美脚だし女の子だ。多分。
「アニです……」
((そう!!長男坊かい?随分安直な名前をつけられたものだねぇ!))
ドグさんは目を細めて笑う。
……ちっちゃい、妖精だ。
オレの顔から離れた彼女は、人形の様に小さい。
後ろにはグラデーションのある、透明な羽が浮かんで見える。背中から生えておらず、あまり動いてもいないのに飛行しているから、不思議なものだ。
((ではアニ!暫く契約を交わそう!))
不意に、口元を舐められた。
「へ……ッ?」
((精霊は契約しないと手が貸せないんだ____ヒール))
「…………」
舐められたのは、唇の傷だ。
踏まれた時に、歯に当たって怪我をした傷。それが、淡い光と共に消えた。
額の傷も……手脚の打撲、抉られた爪痕もだ。
まるで時間が巻き戻った様になくなっている。
「ちょっとした恩返しダヨ!」
……どうやら危害を加える事は、しないようだ。
何か胡散臭いけど。
「てか、言葉通じるんだ」
((精霊だからね!キミの脳に直接語り掛けてるんだ、そっちの言語で都合良く変換されてるさ!))
ドヤ顔なのが少しイラッと来たけど、まぁいい。
「そっか。だったらさ、ここの言語分かる? 恩返ししたいって言うなら、出来れば教えてほしいんだけど……あと通訳も」
((勿論!お安い御用さ!))
ドンと来いと、ドグさんは胸に拳を当てた。
「アニ!!!!」
扉をこじ開けて、彼女が現れた。
「___二ルミアンヌさん」
……タイミングが宜しいようで。
足音をたてながら、二ルミアンヌさんはオレに迫り、頬を叩く。
「ケィ……リィ……サスェヒャウンガトフェツェ……!」
声が震え、瞳は潤んでいる。……相当 彼女を心配させたようだ。
「ラァ…ヌォゲィアルストスゥ!シェクァル ヘァヒィンガ……ァルミィ……!」
これは怒りか、悲しみか。そんな混じりあった彼女の感情が、空気を通じて伝わってくる。
二ルミアンヌさんは言葉の整理が出来ていないのか、目を泳がせて、途切れ途切れに怒鳴った。
___何て、良い人なのだろう。
「すみません。……ゲィネせ、心配させてすみませんでした。えっと……助けに来てくれて、ありがとうございます」
ついに彼女は涙を流し、オレを強く抱き締めた。
「ユシァルスゥ!ウァスェギィノヌアァ……!」
腕をまわし、彼女の背中を軽く叩いてオレは再度謝る。
((ひゅ~ひゅ~!お熱いねぇ!))
「…………」
感動シーンに邪魔が入りやがった。
二ルミアンヌさんの背後でドグさ……ドグがニマニマと気持ち悪い笑顔でこちらを見ている。
……何か恥ずかしくなってきた。
おいやめろ、唇立てんな。そういう関係じゃねぇから!
二ルミアンヌさんが泣き止むまで、オレは暫くドグのからかいに耐えながら待つ。
睨んだりして止めるように促すのだが、ヤツは笑い返して身振りが益々酷くなるばかりだった。
アニ「……ぇ、次話までこの態勢なの?」