異圧
「うっわ冷たッ!寒!」
膜を通ると、やはり冷水のように水温が下がった。
寒がるオレに、ナルミナァストちゃんが心配してくれている。
子供達は大丈夫みたいだ。……鱗パワーが欲しい。
気泡を胴体まで広げてもらっている。魔法のお陰で水圧に耐えられてはいるが、呼吸がし辛い。心なしか海水に浸っている手足が鈍くなっている感覚がした。
子供達に引っ張られながら徐々に上昇していき、崖の端まで足を落ち着かせてもらう。
波に揺られ、自分が今 住まう国を、ただ静かに見詰めた。
ここはシェルミンキノケソーを見渡すには最適なスポットだ。
地上と錯覚させる程に透明で、月明かりの様なスポットライトを浴びられ、哀愁の色に染められた海の盆地。その中心には、魔法という不可思議な力で築き上げた大規模なスノードームが存在する。本物とは違って雪が舞い落ちてはいないが、反射光によって膜が蛍のように発光していた。
人にバレて居ないか____オレ的には、そうなってくれるのが望ましいが……そんな不安が胸の内に過る。
つぎに背後を振りかえると、珊瑚礁の宝の山が、そこにはあった。
洞窟の影では様々な色の魚が自由気ままに泳ぎ、隙間から入る陽射しによって、鱗が宝石の様に輝いている。
宝石なっているのは、魚だけじゃない。多彩な貝殻や海星のような生物が岩の隙間や砂に居住まい、中には発光した貝もいた。
他にも、珊瑚の卵に似た粒がアメーバの様に形を成して、海中を悠々と漂っている。機尋の様な虹色の軟体生物が、オレ達の目前を通った。まるで小さなオーロラだ。
夢の中に居る様な、現実味のない光景。
一歩前へ進めば、そこは神秘的な風景とは違う、暖かく幻想的な海底が広がっている。
感嘆の声を上げるなんて痴がましい。ずっと、そのまま眺めていたい
気分だった。
「ヒキノォシュム!ヌォゲンガシュムイ!」
グルドラァナ君は胸を張り、鼻を鳴らす。
オレを驚かせる為に、計画でも立てていたのだろう。
今日の子供達は何処か落ち着きが無かった。
海水浴場にいた子供全員が、やたらとこちらに視線を向けていた。
水棲人とは違う人種だからか、皆の物珍しそうな視線に最近敏感になっている。ここの人達釣り目が多いですもん、ものっそい怖いんすよ。イヤでも分かるって。
大人を誰1人、連れて来る者も居ない。
岩場に誘われた際も、不自然に賑わって自分に注目を浴びせようとする子供が居た。
「ルダかルギノー。ヌおゲンガ、ギツェミー。……本当に、綺麗だ……ありがとう。とても、凄いね」
子供達は聞き取れたのか、照れくさそうだ。
気持ちが通じて何より。
さて。
「………ノーニェ、ンガせ……?」
オレは近くに居たナルミナァストちゃんの肩に手を置き、上に行こうというジェスチャーをした。
事前に打ち合わせといて良かった。
「ヒィノォサス!?___ノォニェ!ノォニェ ンガスォクュシ!!」
いやぁ、海中で額に汗を浮かべるって初体験じゃない?
あ、もう海中に住んでるだけで、オレの人生初が短期間で自己ベスト貫いてるのか。……異世界と関わりを持つ時点で規格外だろ〜。
そんな1人ツッコミをしながら、子供達に運ばれてオレは海面から頭を出す。
____やっと。
やっと、本当の青い空を拝める事ができた。
「ゲホッ……!……ハア!ハァ!ッう………はぁ…………!うぉえッ………」
「アニ!」
ナルミナァストちゃんがそう言って背中を擦ってくれた。
異世界と言えども、気遣いから出る行為は共通しているね。
「____………ぐネスェ、ルダかルギノー。ちょっと空気が足りなかっただけだよ……もう、大丈夫」
腕を貸してくれた子供達に、オレは謝罪と礼を伝える。
「ブォッザァ?!」
「ラゥヌァクァル……ルゥストスゥリィ?」
「ンガシャツェアロ!!ウイシァルストスゥ!」
まだ子供達は心配顔だ。
こりゃいけねぇなー。
「ルダかルギノー、大丈夫。………ミノーンガラヒー、んガセ。綺麗だからさ、まだ見てたい」
再度、オレは海底に潜りたいと申し出た。それから、オレは肺呼吸について身振り手振りで、子供達に何とか説明を試みる。
ナルミナァストちゃんがやっていたの気泡をつくる魔法。
アレは空気を閉じ込めていただけであって、酸素の生成、空気の循環なんてしていない。
オレが青い顔して上に行こうといったのは、二酸化炭素しかなくて酸素の摂取が出来ずに呼吸困難になったからだ。
自分の吐いた二酸化炭素を吸い込むって、結構エゲツない。
危うく吐くトコだったわぁ。
はぁ〜、死ぬかと思った。
シェルミン キノケソーの壁はどうやって空気の入れ替えをしてるんだろう? 水圧の重力を抑えてあれ程広範囲な空間を造るだけでもスゲーっていうか、ここの魔法だけでスゲーっていうか……。
気泡が1つだと、オレは苦しくなるというのが分かったらしいナルミナァストちゃんは、気泡を幾つも作ってくれた。
それから5分ごとに、オレは海上に向かう事を周知させる。
気を取り直して、オレと子供達はダイビングを始める事にしたのだった。
※
グルドラァナ君は魚を追いかけ、ハウードマック君は綺麗な貝殻を見つけては、オレに見せてくれた。ナルミナァストちゃんは、魔法の効果範囲があるのか、それとも先程の事を気にしてくれているのか、ずっとオレの傍に居てくれている。
時間はあっという間に過ぎ、そろそろ帰らないと大人が気付くので戻ろうかと、海上で話し合った。
気付けば、シェルミンキノケソーから随分遠く離れてしまっている。
深くは潜らず、国の全体を眺めたあの絶景スポットまで、プールの底程の水深を保って移動する。
気泡を入れ替えしながら泳ぐには、それが最適なのだそう。水圧を気にせんで行けるから助かる。
上から眺める海底の景色もまた、心を穏やかにさせてくれた。
帰路では、どういう魚が居たとか、ここでこの貝を拾ったんだとか、それぞれあった事を、子供達は駄弁っている。
………まぁ、ハッキリ何言ってるのか上手く聞き取れないんだけど。子供達が楽しそうだからいっか。
そんな、想いに浸っていたのだが。
「え?」
子供達が、急に静かになった。
賑わっていたのに。
泳ぐのも止め、ただ俯いて体が動かない。
動いて、いない。
「が!?…………ッ!」
海水を、誤って飲み込んでしまった。
気泡が弾けたのだ。
波が荒くなり、子供達は死体の様に流れる。
それから網が現れ、オレ達は魚と共に引っ掛かった。