異臭
不審者は、気持ち良さそうにゴミ袋にダイブして逆さまにもたれ掛かっていた。
街灯に照らされた顔は、何故かイタズラがバレてしまった後に主人の出方を伺う飼い猫の表情を思い起こさせた。
……本物の猫だったらどんなに良かったろうなぁー。
地面に手をつけ、身軽に前方に転じて起き上がってきた男に両肩を掴まれながら、オレは物思いに耽る。
「スまなイが君、いくツか質問サせテくだサイ!」
必死な形相でこちらを見詰める男に、苦笑いを浮かべつつ、オレは「はあ」と肯定を思わせる曖昧な返事をした。
「ここハ、日本、か!」
オレは無心に頷く。
掴まれた肩が地味に痛いとか、とても臭いとか、他にも言いたい事は山ほどあるが、それらを思考回路から強制的に遮断させ、男の茶番に差し支えのないように対応する。
「人探シ、手伝っテくれ!」
それは質問じゃなくて要求だ。
危うく了承する所だったオレは、顎を引くように見せ掛けて首を傾げるようにした。
それを見るやいなや、男は続けて言う。
「ナオト、アイハ。知っテるか!」
ああ、早く帰りたい。
そんな事を思いながら、オレは溜め息をつくのだった。
※
「それで?その、外人さんが来てるの?」
ロリが眉を顰めて言った。
訝しむ我が妹に、オレは神妙に頷く。
「柵が壊れたって言ったじゃん?その犯人が外人さんで、偶然めぐり会っちゃってさ、支払う間住まわせる事にしたんだよ、まだ家もないらしいし」
「にぃにが言うなら別にいいけど、なんで外で待機させてるの?」
「会ったら分かるさ」
そう答えるなり、オレは出迎える準備をした後、男の元へと向かった。
待っている間、男は指示通り鎧を外している。物騒な剣は、まだ担いだままだ。
「これに入れて」
手渡したゴミ袋に、男は黙々と鎧を入れる作業を行う。それを見届けたら、オレは自宅であるアパートの2階へと案内した。
家内に入ってくる男の姿を目にしたロリは驚いて口が塞がらなかった。
そりゃそうだ。オレは178センチ、対して男は200センチほどあり、また筋肉質で雰囲気も一味違う。間近では滅多に見掛けないような図体である。最初の印象さえなければ、俳優か軍隊か何かかと勘違いしていただろう。
「…………こんばんは」
失礼のないように挨拶するロリ偉い。
男も背筋を伸ばし、綺麗に返礼する。
「あっちにそれ置いてきて。その剣も」
それとは勿論鎧の入ったビニール袋の事だ。柵のないバルコニーを指差してオレは促す。
「何かあった?」
ロリは何かを察したのか、男を眺めつつひっそりと訊いてきた。
「いや、ちょっとした常識をね、伝授させただけだよ」
男を土下座させて聞かせるそれは、説教か躾をさせる光景と対して差はなかったのだが。
「何教えたの?」
「こんな時間帯に騒いじゃいけませんってね。常識だろ?」
物静かな男だと印象を受けたロリにはあまり想像できないらしく、可愛く首を傾げた。
「風呂沸いたから入って」
戻ってきた男にバスタオルと着替えを持たせて風呂場へ案内する。
蛇口は使わない事、あと訊いてきたのでシャンプーとボディーソープの容器はどれか等も教えた。
「……なぜ?先にふろ?」
「教訓3 復唱」
おずおずと尋ねる男を見据えて、オレは静かに言った。
「“身なりには気を配ろう”…………?」
「そいういう事だ」
決めたばかりのをルールの確認をさせる。
臭うんだよ、そこは察してくれ。ゴタゴタした話はそっからだ。
自分の服を嗅いで顔を顰めた男を残し、オレは風呂場から退場することにした。
その間ロリは、やはり臭いが気になったのか、消臭剤をスプレーしていた。
…………ぁ、不定期です。
ご了承ください。