異拶
____い。痛い。熱い。暑い。痛い。
眩しい。
「…………あ?」
重い瞼を上げる。
汗が酷い。汚い。頭が、痛い…………。寒い。
視界が、青掛かって見えた。
そのまま、寝た。
※
はい、アニでぇーす。
寝ようと思ったけど、色々思い出して目ぇ醒めちゃいましたぁー。
うん、来たよ。生きてたよ。フツーに、生き延びてたよ。
視線を、上に向ける。
……………………____。
「知りたくない天井…ッ!!!」
もぅイヤ! なんで屋根無いの!? なんでこの建物、隙間があるし大きいの! こんなオープンなお部屋初めて見たよ?!
アート?アートってヤツ!?だから丸いのこの小っちゃい建物!!
しかも、一番上が青空じゃない。もう、………いや、青いよ? 青いけどさァ………どう見たって、海面にしか見えないんだよなあ。
あ、小学の時に行った沖縄の修学旅行を思い出す〜。水族館、楽しかったなぁ…………。
あれ、フェリオナの言う『アラムデュア』ってこんな世界なの?
あの魔物はアラムデュア出身……だっけ?……え、アイツ怪我してたし、帰ってくるなら故郷かと思ったんだけど。
そもそもアラムデュアに生息してたの? 分からないことだらけの未知の魔物なんだっけ?
これは………なんか、ヤバくないか?
怪我してたから別の異世界に行っちゃったりして…………?
「だぁぁあああ!なんであの時ちゃんと訊かなかったんだよ!バカッ!オレのバカ!!」
感情任せに話終わらせるんじゃなかった!!
「ヒィノォサス?」
「ハイ!」
背後から声がしたので、反射して返事をする。
………おい、ちょっと待て。
「ネェ トゥネスリヘェ、ュシァルストスワァ」
ほっとした表情を浮かべ、声を掛けてくれた女性は言う。
「……流石、異世界………」
オレはそう呟いて、只々 頭の中で、これからどうすべきかを考えた。
※
水棲人。
フェリオナ以外に、初めて出会った異世界人の女性を見て思った、オレの印象だ。
もう性格云々なんて後回し。
オレとは明らかに別の、人種だった。
全身には、水色の鱗が生え渡り、指先の爪が鋭い。首にはジンベイザメを思わせる鰓の様な筋が見えて、耳の部分は金魚よりも先の尖った、ヒレの様なものがあった。
首辺りからはあまり鱗は生えていないが、そこから見える肌は青白くて艶がある。唇は赤っぽくなく、薄い。それから、鼻と呼べるのか分からない程、その鼻の部位は平たかった。眉毛はなく、髪も青い。
全体的に、青い。
だから、オレは水棲人だと結論付けた。
※
「……ハァあああ…………」
困った。
まさか、ここでまた言葉の壁にぶつかるなんて。
オレは今、布団を敷かれた、岩でできたベットの上に正座している。
先程 現れた女性は、何かを言って立ち去った。
そう言えば。
服が、変わっている。
「うっわ汗クセぇ………」
……あの空間に入ったって所までは憶えている。
あれから、どの位寝てたのだろうか。
きっと何かあったのだろうが、夢の様に忘れてしまっている。
____……ロリ、フェリオナ。
フェリオナにはちゃんと料理を教えた。ロリにはしおりをあげた。しおりには、アルバイトを辞める旨と謝罪を書いた手紙が挟まれている。もしもの時は、これを渡すようにと書いておいた。
オッチャンにも、話は通してる。
あっちは、恐らく大丈夫。後から何か言われそうだけど。
切り替えて、深呼吸をする。
「あ、ありがとうございます」
再度訪れた女性は、オレの制服とリュックサックを持って来てくれた。
「あリィガトゥ?」
オレは頷き、もう一度「ありがとう」と言って、私物を受け取った。
「ヒィノガスツェ」
彼女は笑顔を見せた。
___ どういたしましてか、ありがとう、か。
「ヒーノガステ?」
聞いた言葉を口にしてみた。すると女性は可笑しそうに笑う。
「ンガルガル、ヒィノガスツェ ラハ スシャムリンガントゥ」
彼女は首を横に振って言った。それから、手の平をオレに向ける。
「ありがトゥ」
そう言い、次に手を自分の方に胸を添えるようにして「ルダクァルギノォ」と言った。
___ああ、なるほど。
オレは、彼女がやった事を反復するように、ジェスチャーをとる。
つまりオレの言語では「ありがとう」が感謝の意味、そっちでは「ルダかルギノー?」と言うらしい。
確認すると、彼女は笑って肯いた。
上手く言えていないが、まぁそこはご寛恕願おう。
「“ヒーノガステ”は。こっちでは、どういたしまして」
彼女は盛大に頷き、「ヒィノガスツェ、ドゥいタシましテ」と言ってくれた。
どうやら何とか意味は通じるみたいだ。
「オレはアニ。名前は、アニ」
オレは右手を胸に当てて名乗り、それから相手に手の平を見せて「あなたは?」と言った。
「ニルミアンヌ」
「……ニルミアンヌさん、初めまして。オレはアニと呼んでください。今後とも、よろしくお願いします」
頭を下げて、敬意を表す。
彼女は少し戸惑い、それから手を差し伸べるように出す。
「……」
____うわ、きたぁ……。
これは、何を要求しているのだろう?
オレは、彼女の手を見詰めて固まる。
握手だと思う。
分かってはいるが、迂闊に手は出せない。
日本とここは違う。
ジェスチャー1つで、相手に不快を抱かせる事があるのだ。
こっちにとっての常識は、ここじゃ通用しない。フェリオナがそうであったように…………ここは、分からない素振りを見せたほうがいい。
キョトンとするオレに、ニルミアンヌさんは痺れを切らし、オレの手をとって、片方の手で少し力を込めて固く握った。
……………握手で、良いらしい。
ここでは、これから宜しくのジェスチャーが握手。
「ュシイサスォ、アニ!」
「ユシサス、ニルミアンヌ」
そうやって挨拶を交わし、オレは、暫くこの人の世話になる事が、決まったのだった。