異物
傷口が、大きく開いていく。
爪が見え、牙が見え、毛が見えて___全体像が、ここから見える。
アレは、魔物という動物なのだろうか?
最初は、狼を思い出した。毛色が、黒い狼に似ているからだ。だが毛の生え方はライオンのようだった。鬣があるからだ。佇まいも、何だか似ている。
今は、その様にしか視えない。
アレが、ギーシャ何とか?
叫び声が聞こえないのは、恐らく屋上に誰も人が通っていないからなのだろうか?…………そっか、お昼過ぎたのか。みんな腹空かせてるから、今はあまり外に出歩いてないのか?
辺りを見る。あ、歩きスマホをしてる人。自転車に乗って、前方しか見えていない人。
車の後ろ席に乗った子供が気付いて見ていたが、そのまま走り去って行く。向かいの歩道でカップルが気付いて指差していたが、何かの置物だと思ったのか、別の話に切り替える。
___あぁ、つまりアレは幻じゃないってわけだ。
通信中の電子音が、酷くうるさい。
通路が。傷が、狭まり消失してしまった。
…………何故だろう、何か魔物の顔がこっちを向いてる気がする。
試しに前に歩いてみた。
「_____…………」
あぁ、ヤバい。
人のいなさ気な道を選んで、オレは全力でダッシュする。
《…………はぃ…、にぃに? どうしたの》
寝てたなロリっち。
「……ロリッ! フェリオナに代わって…ッ!急ぎで頼む!!」
《………フェリおじさん!……___》
流石オレの妹!察しが良くて助かる!!
後ろを振り向いてみた。ヤツは、まだ屋上に居る。
…………スーパーの裏側周ったのに何でこっち見てんの!!!あ、そこ車通る___……って…………下りてきた!来るぅ!!コッチ来てるゥ!!!
《アニ、どうした?理乃が慌てて__》
「どうしたも何も………! ハァ…っ…………魔物?だっけ?! 何か見た事がありまくる、所から現れたんだけどッ!!」
《まことか!》
「まことですッ!!!」
…………あぁ……足音が聴こえてきたぁ!!!!
「か……!…………はぁ!…………川沿い!そっち向かってるから…………!」
ヤベぇ口の中が乾いてきた。
《分かった 今行く!》
「お願いします!!!!」
電話を切り、走ることに専念する。
右折し、建物に隠れながら逃げた。
たまに、人の声が聴こえるのだが、構わず逃げる。ヤツはしつこくオレ目掛けて、追いかけて来ているからだ。
…………あっ!屋根に乗っかった!いーけないんだぁ〜!!!ズルいぞコンニャロ!
はぁ、餌になった気分だ…………。
「はぁ、ふぅ…………っ……」
壁を背に、後ろを伺う。…………通りすぎてくれねぇかな?
足音が聴こえなくなったし、撒けたのかも…………。待て、ご飯の香りに釣られてねぇよな? さっきカレーの匂いしたけど!
「グルルル………」
あ、心配御無用でしたね。もたれ掛かってた建物の上からこっち覗いてます。
もぅ!コッチ見つめやがって!可愛くなねぇよッ!!
「うぉ!わ……ッ!!」
敵に背を向けるんじゃないね!魔物に踏まれ、そのまま脚が崩れて倒れた。
…………___あぁあオワタ。
「はぁ!はぁ!ッ………はッ………」
魔物が、クンカクンカしてくる。…………おいおいおい。美味しくないよ、オレ。
うお、舐めてきやがったコイツ!怖いって!
あ…ちょ……っ!
「__ 重い!臭い!!」
無理矢理体を仰向きにし、なりふり構わず叫んでしまった。
つか何食ってきたの!ものっそい生臭い!フェリオナか!
乗っかってくる魔物相手にオレ凄いって、褒めてやりたい……。
いや、それよりも。
「クゥン、クゥ__ン」
「___… お前、遊びたいのか…………?」
まるで、犬のように甘えてきた。
「____…………」
…………?
ピタリ、と静かになる。
「ぉぃ?」
返事が無い。魔物は、何も動かない。何も、発さない。荒い呼吸も聴こえない。急に、時間が止まったように、微動だにしなくなった。
胸が、ザワついた。
殺気。いや、それよりも質の悪い空気が、魔物から噴きでたみたいだ。
魔物の目元が、ピクリと動く。先程とは打って変わって、オレを見つめる目は、穏やかじゃない。身動きが出来ないように押さえられた手が、段々と重くなった気がした。
___気のせいじゃない…………!
「いっ……!………カハッ…!!」
コンクリート製の建物を容易く傷付けてた爪が、オレの胸元にた立てられた。痛い。
瞬間、生温い吐息がオレの顔を被う。
___喰われる。…………と、思った。
思ったが、犬より何倍も大きい口の中を、板の様な物が通った。
___ああ。
「すまない、待たせた!」
おせーよ、コノヤロ!とでも相棒っぽく言っといた方が良いかな……?
今見るフェリオナの顔は、いつもより頼もしいなと、オレは思ったのだった。