異躁
「フェリ〜、風呂の水そろそろ止めてきてー」
「……分かった」
読書を中断して、フェリオナは風呂場へ向かっていった。ついでに洗濯物も洗い終わっていたので、干してくれている。
慣れたもので、オレがいちいち言わなくても出来るようだ。
「……へぇ~、やっぱ洗濯物とかもかわかし方ちがうんだ」
「ああ。こことは違って、あまり干すという事はないな。あっちは治安が悪くてな、たまに盗まれるんだ。専用の道具を使って乾かすのが、あちらでは当たり前だな。お金持ちのところでは、メイド?……だな。衣類を管理する係りというものがいて、その係りが全て魔法を使って洗濯してるんだ」
バルコニーからは、そんな会話が聞こえてくる。…………ちょっと声大きいワヨー!近所迷惑でしょお、まったくもぅ!
フェリオナは、あれから何も言ってこない。……何一つ言わないから、逆に恐ろしい。
まぁ両親についてしつこく話題を出さなくとも、何か一言二言ぐらい文句を呟いてくると予想していたが、そんな素振りもない。面倒が省けて良かったけど、…………何か不気味だなぁ。
ロリには、フェリオナについていてくれとお願いしている。それから、異世界の事も聞いておけとも。知識は、あった方が良いからね。
「理乃、ハンガーをとってくれないか?」
「はーい」
…………つか何で、名前で呼び合えるカンケーになっちゃってるの?まるで夫婦じゃん!ヤダっ!奴に娘はやらん!!
※
今日は日曜日。検定受験日だ。
試験が終わったので、皆それぞれ帰宅したり、遊びに行ったりしている。
手応えはあった。最後まで出来たし、多分大丈夫だろう。もし落ちてもまだあと一年、次がある。予定は狂っちゃうけど、頑張れば問題ない。やる気次第ってヤツだな。
「あいざわ〜、今日はアルバイト休んでんだろ? 一緒に飯行かね?」
リュックサックを抱えたら、背後から声がかした。
「………すまない澄川!我が愛しの妹がお家で待ってるんだ!」
フェリオナも付いてるけど。
「へぇ~、ンじゃお前ん家は?」
「あ!ズルい澄川君、会っちの手料理独り占めする気だぁ!」
「はぁ!? 会沢君、今日は弁当持ってきてないの?一緒に食べない?」
続けて女子二人が割り込んできた。…………ちょっと種田さん?今オレが言った事聞いてた?
「人聞きワリぃコト言うなよなぁ岩城〜。ただ一緒に食べたいだけだよ。いつも弁当が美味しそうだしマジ食べてぇとか、そんな下心ねぇし」
「駄々漏れだっ……!」
澄川と岩城がイチャついてやがる。
「……ちょっと、そっちで盛り上がらないでよ〜。家はムリ、食事もムリ!だからバイバイ!」
「外国人が居るからか?」
急に、真顔で澄川が言ってきた。
うぉっと、何で知ってるんだよ。
「理乃ちゃんと男が、一緒に買い物してんの見掛けたんだよ。近所?それとも同居してんの?だから最近シフトとか増やしてんの?」
なぁんで同居とかすぐに思いつくかなぁ?
これだから勘がいいヤツは…………。
「いんや、遠い親戚。ちょっと暫く泊めてるんだ。………そろそろいい? 腹空かせて待ってるからさ」
「……ああ、引き留めて悪かったな」
「バイビー、会っちぃ」
「明日、またご飯食べようね!」
「ん。じゃ、さいなら〜」
手を振って、教室を出、オレは澄川達と別れた。
はぁ、やっと帰れる………。
※
帰り道。
学校から出て、コンビニ通って、電車に乗って30分。電車から降りてスーパーを過ぎ、その間歩いて10分でアパートに着く。
…………今日の昼食は何作ろう?
スーパーを眺めながら、オレは冷蔵庫に何が入っていたかを思い出す。
確か、先日安くて買った豆腐があったなあ。ハンバーグ?………メンドイな。麻婆豆腐にしよっかなぁ。
献立について頭を巡らしていると、ふと、スーパーの看板が目についた。
いや。
もっと詳しく言えば 、看板付近に見える、スーパー屋上の駐車場。
そこの壁に、筆で一線描いたような、大きな傷があった。よく見ると彩りがあって、アートのような___……いや、ちゃんと思い出そう。
あれを、オレは見た事がある。
そう、穴。フェリオナが落ちてきた時にあった、あの気味の悪い、いろんな色が混ざり合った穴だ。
見た目は違えど、太陽の光なんて関係なく輝いて見えるのは、変わりない。
___そう言えば。
『フェリおじさんは、帰っちゃうの?異世界に』
確かロリが、以前そんな質問していた。
『…………そうだな、いずれは。まぁ、こちらから帰る手段は無いがな』
『え、どういう意味? こっち来れたんでしょ?』
『ああ、その通りだ。だが、その異世界をここを繋げる通路は、私ではつくれないのだ。
アラムデュアにはギィシャ・ハゥッヅォという魔物が居てな。その魔物が、度々異世界を繋げる通路をつくるのだ。通路をつくる原理もその習性も、分からないだらけの魔物でな………。
その魔物と戦闘して得た身体の一部を利用して、一度だけ通路をつくることに成功したのだ。私は、その通路からここに辿り着いた。その通路はすぐ閉じてしまったのだが。アイハが、再度研究して、1ヶ月以内に通路を繋げるからと言っていた。だから私は、その時を待っているのだ』
苦笑して、フェリオナは言った。『今の私には、その助力が出来ないから口惜しい』と後に付け加えて、説明を終わらせていた。
遠目なので、確定するのは早い。が、恐らくアレは、フェリオナの言う通路ってヤツだ。
すぐさまスマートフォンを取り出し、ロリに電話する。何故だかその待つ時間が、いつもより長く感じてしまってしょうがない。焦っている証拠だ。
…………落ち着こう、フェリオナに知らせるんだ。あんなもの一般人が見たらどうなる?ただでは____あ?
「………おい……?……おいおいおい……」
傷が、重なって1つ増えた。
それから。
鋭利な爪が、その傷の中から、コンクリート製の壁を削って、出てきたのだった。