形見の剣
「へえ……」
ユーリはゆっくり立ち去ろうとしたが、引き留められてしまった。
「ねえ! 君は何て名前なの?」
「……ユーリ」
「そうなんだ! ありがとうユーリ、俺はギュスター・ルージュ。 みんなギュルって呼んでるよ」
これ以上関わり合いになるとまずい。
なぜなら、ユーリは竜人であり、彼はそれを狩るものだからだ。
さりげなくギュルのことを無視して、歩き出した。
しかし、ギュルはユーリのことが気に入ってしまったようで、後から着いてくる。
「ねえ、これからどこ行くんの? しばらく一緒に……」
「あ、私、忙しいんで……」
「待ってよ!」
しつこいわね! とユーリは走り出した。
何か適当な言い訳を考えるより、まいた方が早いと思ったからだ。
30分後……
「はあ、はあ……」
「はあ、はあ、君、足早いよ……」
(まけなかった……!)
竜人族は身体能力に優れているため、本来なら体力で人間に勝ち目はないが、朝からロクに何も食べてなかったユーリは全力で走れなかった。
本当はこれから職安に行って適当な働き口を見つける予定だったが、命の危険が迫っている以上、暢気に探している場合ではない。
そこで、ユーリはあることを閃いた。
「ギュル…… だったわね。 あなた、これからどうするの?」
「俺は見ての通り一文なしだから、明日傭兵の募集に応募するんだ。 それまで暇かな」
「……言っておくけど、私もお金ないからね? ご飯おごってもらおうとか思っても無駄よ」
「そ、そんなんじゃないって!」
明らかに動揺したギュルを見て、「こいつ、飯目当てか」とすぐに察した。
「分かったわ。 明日までは一緒にいてあげる。 お金が無くても私は野宿ができるから」
「女の子なのにすごいね! 俺なんてお金がなくなったら行き倒れるしかないよ。 あはは」
ほんとにこんな頼りない男が竜人狩りをしてきたのか? とユーリは疑問に思ったが、剣がその証拠であった。
一旦街を離れて森までやって来た。
ユーリの持ち物には、鍋やナイフ、火打石などがあり、それを使って夕食の準備を始めた。
まず火打石で枯れ木に火をつける。
そこに川の水が入った鍋を置き、森に自生しているタケノコやキノコを入れた。
煮立ってきたところで、ドラゴンスパイスと呼ばれる竜人族の特製香辛料を加えたら、カレーの出来上がりである。
「はい、これあなたの分ね」
「おおっ、うまそ!」
ギュルは何も疑わずにそれを平らげた。
実は、ユーリは睡眠作用のあるキノコをカレーに混ぜていた。
「ああ、おなか一杯で動けないや、ちょっと横になるよ」
そう言って、すぐに眠ってしまった。
ユーリは、ギュルが大事そうに抱えていた剣をこっそり抜き取ると、街に戻って行った。
「あのお、この剣と鉄の剣とを交換してもらえませんか?」
ユーリは街の武器屋にやって来ていた。
「お嬢ちゃん! これ、相当高価な代物だよ? いいのかい?」
「ええ、物騒だから、できるだけなまくらと代えて欲しいわ」
「それなら、その樽に刺さっているのをいくらでも持っていきなよ。 これはそこの剣の百倍は価値があるからね」
ユーリは、「1べホマ均一」と書かれた樽のコーナーで適当な剣を選んで、森に戻って行った。
このまま黙って逃げても良かったが、それは少し気が引けた。
ギュルはまだ眠りについていた。
持ってきた剣をギュルの腕の中に戻した。
「さてと、私はおいとましようかな」
ユーリが鍋を片付けて、早くこの場から離れようとした時だった。
「うわっ、俺寝てた?」
嫌なタイミングで目を覚ました。
「わ、わりっ、片付けくらいするよ」
そう言って、鍋を掴みとって川に行ってしまった。
「あ……」
大事な野宿の道具を取られ、帰るに帰れなくなってしまった。
そして、ギュルが突然叫んだ。
「うわあああああああっ、お、俺の剣がああああっ」
剣がすり替わっていることに気付いたようだ。
物凄い勢いで戻ってくると、ユーリに詰め寄った。
「ユーリ! なんだよこの剣!」
「……カレー代だと思って、諦めなさい」
ユーリは目をそらした。
「そんなのってないよ! あれは僕の親父の形見なんだよ? 街で売って来たの?」
え? お父さんの形見?
そんな大事なものだったの?
「……街の、武器屋」
「くそっ」
ギュルは走り出した。
ユーリも申訳ない気持ちになり、後を追った。
街に到着し、武器屋に行ってギュルは唖然とした。
そこには、ドラゴンスレイヤーが棚に陳列しており、1ベホラマー、という到底手の届かない値段で売られていたのだ。
ギュルは店員に返してほしいと懇願した。
「あの! あの剣手違いで売ってしまったものなんです。 返してください!」
「はあ? そんなこと言われてもな。 もう遅いよ」
「そんな……」
ギュルはその場に崩れ落ちた。
ユーリはギュルの背後に近寄り、声をかけた。
「……ごめんなさい」
「……」
恐る恐る顔を覗き込んだ。
ギュルは目を真っ赤にして、涙を流していた。
「くっ…… うぐっ……」
こらえていた嗚咽が漏れた。
そんなに大事なものだったのか、とユーリは剣を交換してしまったことを後悔した。
「ギュル、ごめんなさい。 私も剣を取り戻すのに協力するから。 明日、一緒に傭兵団に行きましょう」
ギュルは黙ってうなずいた。