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第8話 侵入

 午前一○時、太陽は相も変わらずギラギラと照り付け、如月基地はサウナのような熱気に包まれていた。

 鋼鉄製の屋根が火にかけたフライパンのようになり、料理も可能な状態だ。

 車庫前のアスファルトからは陽炎がゆらゆらと上がり、ボットがせわしなく打ち水を撒いている。

 各棟では冷房をフル稼働させているが、外で仕事をしている隊員にはたまらない暑さだ。


「そう、そこの筋を引っ張って」

「こう?」


 甲殻類を思わせる表皮をした植物が積まれて、食堂の床に敷かれたビニールシートの上に乗せられていた。

 三角コーンのような外見で、長さは二メートルといったところだ。

 エナが黄緑色の筋を引っ張ると表皮と表皮のつなぎが失われ、トランプサイズの殻が剥がれ落ちた。

 雨木とエナが解体しているのは〈鎧アロエ〉と呼ばれる植物だ。

 鎧アロエはジャングルに自生している植物の一種で、虎アリなどの昆虫から身を守るために頑丈な表皮を有している。

 表皮の下にはピンク色でゼリー状の果肉があり、味はないが歯触りとのど越しは良く、食用することができる。

 どんな味付けにも馴染み調理方法としては、ステーキなどにして食べると美味だ。

 また葉の中央にある柔組織からはゲル状の物質が収穫でき、切り傷や火傷の治療に効果がある。

 エナに仕事を教えるという理由もあり、雨木は現在鎧アロエを加工するために、固い殻を剥がしているのだった。

 基地で生活する以上なんらかの仕事に関わらねばならず、それは子供であっても例外ではなかった。


「たけぞう、これぷにぷにだね!」

「あまり押したらダメですよ。繊維が壊れてしまいますから」

「はーい」


 感触がおもしろいのか、ぐにぐにと果肉を押すエナを雨木はたしなめる。

 二人の様子を見ていたボットがポリバケツを運んできたので、はがし終えた殻をひとまとめにしそこへ捨てた。

 三分の一はすでに剥がし終えていて、今日一日あれば余裕を持って終わりそうだ。


「この一本を剥がし終わったら休憩にしましょうか」

「うん! そしたらかくれんぼしてくれる?」

「はい。だだし、隠れるのは食堂のなかだけですよ。遠くに行くのは反則です」

「やったー! かくれんぼ~かくれんぼ~」


 よほど嬉しかったのか、雨木のまわりをグルグルと回るエナ。

 先日教えたかくれんぼという遊びが気に入ったようだ。

 純朴な姿を見て、親の気持ちとはこのようなものかと雨木は思う。

 はしゃぎすぎないようにと言っていると、外でホバータンクのエンジン音が聴こえた。

 どうやらエナが眠っていたホバータンクの回収に出ていた班が戻って来たようだ。

 栗林に検分に立ち会うように言われていたことを思い出し、


「ごめなさい。他の仕事があることを忘れていました。少しの間だけここで待ってくれますか?」

「えー、たけぞういっちゃうの」


 エナがほっぺたを膨らませる。


「そんなにかからない思います。すぐ戻りますよ」

「……わかった。はやくね」

「はい」


 不満げにうつむくエナの頭を撫で、雨木は立ち上がった。

 食堂を出る前に清掃をしていたボットへ命令する。


「しばらく席をはずしますから、エナを見ていて下さい」

《了解シマシタ。雨木副隊長》


 ドアを開き雨木もまた照り付ける日差し中に飛び込んでいった。




 ゴウン、ゴウンと旧型のホバータンクが基地の新型ホバータンク荷台に牽引され、だだっ広いグラウンドに運びこまれた。

 旧型の前後に新型がつき牽引フックを引っ掛け、金属製のワイヤーで車体を宙に浮かしていた。

 やがて両車体が地面に着地し新型ホバータンク二台もエンジンを停止させた。

 ハッチを空けホバータンクの中から隊員がぐったりとした様子出てきた。

 冷房が効いていないのか、全身汗まみれだ。

 雨木は暑苦しそうに水を飲む隊員に近づき声をかける。


「青柳くん。中を見せてもらいたいのですがかまいませんか?」

「はい、問題ありません副隊長」


 旧型ホバータンクのハッチを開き乗り込む。

 隣に見える折れ曲がった12.7ミリ機関砲が哀愁を誘う。

 中は前に見た時と変わらずボロボロで薄汚れていた。

 一週間ほど野ざらしにしていたせいか、ところどころに青カビが生えている。

 何か手がかりになる物がないか探していると、外から栗林が声をかけた。


「どうだ、何か目ぼしい物はあったか」

「今のところ何もありませんね。ありふれた生活必需品と武器弾薬だけです。うん? これは……」

「どうした?」


 栗林もホバータンクをよじ登り、中を覗き込んだ。

 雨木が手に持っているのは薄汚れた腕章だ。


「持ち主の名前はわかりませんが……翔鶴製と縫い付けられていますね。シェルターの名称でしょうか。隊長何かご存じすか?」

「聞いたことねえな。扶桑以外のシェルターは完成しなかったと習っているしな。まあ後でコトシロにライブラリを探させてみるか。雨木、一通り調べた何もなかったら引き上げていいぞ。分別、清掃は新人どもに任せとけ」

「わかりました」


 調べ物をしていると、雨木は言いしれない無常さを感じた。

 このタンクの操縦者はどんな気持ちでここまできたのだろう。

 記憶のない少女に何を託そうとしたのだろうか。

 答えなどか返ってくるはずもないのだが。

 三十分後雨木は車内から出てきた。

 収穫は何もなく、旧式ホバータンクは車庫を目指し再び牽引された。

 

 太陽はあっという間に沈み、雨木とエナはいつものように食堂で夕食をとる。

 今日の料理は鎧アロエのステーキだった。

 ボットがうまい具合に焦げ目をつけ、本物の再現に務めている。

 柿崎や橘、ほかの隊員たちも久しぶりの肉厚な料理に舌鼓をを打ち、珍しく誰も味覚を調整しなかった。

 何事もなく一日が終わりベッドにみなが潜り込む。

 夜は静かに更けていった。


 


 翌日、一人の隊員が車庫で切断されているのが発見された。



 

 車庫は立ち入り禁止のテープが張られ、遺体を中心に、雨木、栗林、コトシロの三人が集まっていた。

 大量にこぼれ出た血液はボットが吸い取ったが、まだ鉄臭い匂いが漂っている。

 隊員の名前はは芹沢武志といい、胴体を腹部から横に真っ二つに切断され即死していた。

 標準装備のカンプピストルが使用された形跡はなく、暗がりから不意をつかれたものだと思われた。

 つまり犯人は一太刀で肉と骨の塊を切断できるような腕前の持ち主ということだ。

 そしてそんなことができる生物はこの世界に一種類しかいなかった。


「オルカリアの仕業か。やっかいなことになったぜ」

「壁に張られたセンサーによるチェックをくぐり抜けてきたのでしょうか? そこまで頭の回る個体はこれまで確認されていませんが」

《監視カメラにアクセスしても何も映っていませんでしたねー。そもそも車庫の中には監視カメラなんて設置されていないわけですし、これはボット一体一体にリンクして追跡したほうがいいかもしれませんねー》


 眉根を寄せる栗林にオルカリアの学習能力を鑑みる雨木、プログラムならではの思考をみせるコトシロと反応は三者三様だが、非常事態という一点に関しては疑いようのない事実であり、早急な対応を迫られた。


「コトシロ全隊員に通達。仕事を中止しバックパックを装備、警戒態勢に入れ。ボットは全台捜査に専念させ。オルカリアを見つけ次第駆除する。最悪の事態に備えて、雨木はエナについていてくれ」

「了解しました。栗林隊長」

《同じく、了解しましたー》



 三人はそれぞれの役割を全うするために行動を開始した。



《緊急警報発令。緊急警報発令。基地内にオルカリアの侵入が確認されました。各隊員は仕事の手を止め、ただちにバックパックを装着してください。一人にならず固まって行動してください》


 コトシロが警報を発令すると、基地の中は蜂の巣をつついたような騒ぎになった。

 隊員たちはいつでもアラハバキを装着できるように万全の体制を整え、オルカリアの捜索へ向かった。

 雨木はエナのところへ行くために、走って自分の部屋へと急いでいた。

 このような事態は今までになかった。

 如月基地を守る壁は高さこそないものの、乗り越えて侵入しようとする生物を自動で撃ち落とす機構もあるのだ。

 エナに何かあれば取り返しがつかない。

 心臓が嫌な鼓動を打ち鳴らす中。雨木は走った。


 

 棟にたどり着き乱暴に鉄の扉を開けると、そこにはエナがいた。

 ベッドの上で草人形を触っている。

 雨木の口からため息がこぼれた。


「エナ、まずいことが起きました。今から管制塔に行きましょう。あそこの地下には隊員たちも集まって安全です」

「どうしたの? たけぞう顔こわいよ」

「とにかく急ぎましょう。いま襲撃されたら――」


 突然エナが震え出した。

 自らの体をだきしめブルブルと揺らしている。

 顔面は蒼白で呼吸も荒い。


「どうしましたエナ、大丈夫ですか」

「やだ、くる、こわいの」


 エナの元に雨木は駆け寄る。

 いつも明るい彼女がこれほどまで怯えてとはどうしたのだろうか。

 次の瞬間、鉄の扉が切り裂かれオルカリアが現れた。

 相手は二本足で歩行する通常の一本級パターンワン……ではなく未成熟の個体だった。

 頭部から触手と足だけを生やした奇妙な姿をしている。

 小型の個体、名付けるならレッサーオルカリアといった感じだ。


「エナ、ベッドの後ろに隠れなさい! 急いで!」

「う、うん……」


 よたよたとエナが隠れる様子を確認し、雨木はベルトからサバイバルナイフを抜きだし順手に構えた。

 右手にサバイバルナイフを握り、左手は後ろに隠して多彩端末デバイスを操作する。

 コトシロに緊急回線で連絡を取った。

 一、二分もあらば隊員が駆けつけてくれるはずだ。

 それまで生きていられたの話だが。

 アラハバキ無しでの戦闘は無謀としか言えないが、ここで退くわけにはいかない。

 自分が死ねば次はエナの番だ。

 雨木は左目を開く。

 直後、オルカリアの触手が銃弾めいて雨木の喉元に放たれた。

 人の動体視力では決して捉えられない速度。

 しかし雨木はそれよりも素早く腕を動かし、サバイバルナイフで触手を弾いた。

 刃物がぶつかる音が響き火花が飛び散る。

 原因は左目の義眼だ。

 義眼の動作予測プログラムを起動し、これまでの戦闘経験から敵の動きを予測し、事前の行動をうながしたのだ。

 いかに強力な一撃でもテレフォンパンチでは当たらないように。

 だがこれは一時しのぎに過ぎない。

 ナイフの耐久力はすぐに限界が来る。

 再び触手が動き、


「くっ!」

「ルルルルル、ルルルルウ!」


 サバイバルナイフと触手の刃が何度も衝突する。

 そらしきれなかったいくつがが頬をかすめ、血をしたたらせた。

 そしてついにナイフが砕けた。

 もう身を守る武器はない。

 レッサーオルカリアが雨木の頭蓋を狙い最期の一撃を撃ち込む。

 今度は躱せる速さではない。

 しかし触手が雨木まで到達することはなかった。

 なぜならば、砕けた刃を雨木が投擲したからだ。

 放たれた刃はレッサーオルカリアの単眼に刺さり、触手の狙いを誤らせたのだ。

 そして単眼を再生するわずかな間に援軍が到着した。


「雨木! 生きてるか!」

「いまのとところは。トドメを頼みます」


 アラハバキを装着した栗林は腕を大きく振り上げ、


「打撃特化!」

《打撃特化ヲ開始シマス》


 クレーンアーム状に変形した剛腕がレッサーオルカリアを叩き潰し、床のシミに変えた。

 雨木の全身から力が抜けその場にへたりこむ。

 エナの心配する声はどこか遠くのものに聞こえた。



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