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第6話 覚醒

 雨木たちはコトシロに状況を伝え、栗林の承認が下りたことを確かめた後に、少女を基地へ運ぶことにした。

 ホバータンクは履帯りたいを切断されておりとても動きそうになかったため、後日回収班を募ることになった。

 治療殻コクーンをジープのトランクに積み込み基地へ戻る準備をする。

 バッテリーや装備の関係ですべてを終えるのに十分ほどの時間を要した。

 橘が運転を担当し、帰りの道中では危険な動植物と出くわすこともなく、安全に家路を辿ることができた。

 柿崎は帰りだけカンタンだと不満げだったが、ジャングルは良くも悪くも様々ことが起こるものだと、雨木はたしなめた。

 太陽は沈み始め、枝葉の間から茜色に染まった空が垣間見えた。



 如月基地に帰還すると大勢の隊員が出迎えた。

 チョコレートをねだる子供の様にホバージープの周りに集まって、各々勝手なことを述べている。

 謎の少女の件は基地中に広まっていて、それが栗林の口の軽さによるものだということは想像に難くなかった。

 柿崎や橘では手に負えそうもないので、お前たち仕事はどうしたんだと雨木は軽く注意する。

 とたんに新人隊員たちは蜘蛛の子を散らすように、走り去ってしまった。

 またもやショックを受けるが、それを顔に出さず残った隊員たちに治療殻コクーンを医療棟に運ぶように命じた。

 慎重に取り扱うようにといい含め、コトシロに検査をお願いした。

 ホバージープを車庫にしまい装備を片付ける。

 そして雨木ら三人は食道でコーヒー(中身は黒色に着色された水)を飲み今日の出来事を話した。

 少女のことが一番多く話題に上ったが、生物学者でもない雨木たちでは実のある話は出来なかった。

 次に橘が柿崎のことをよく口に出し、さんざん文句を言ったあとにセンスは悪くないと付け加えた。

 雨木はそれを黙って聞いていた。

 どうやらこの二人の相性は想像より悪くないようで、次回の仕事に希望が見えた。

 休息を取りメディカルチェックを受け結果を聞くと、アラハバキ使用による浸食の影響なかった。

 雨木は柿崎、橘と別れ自室に戻り、ベッドに体を沈めると、眠気が襲い泥のような眠りについた。




 翌日雨木は管制塔に向かっていた。

 栗林に少女の件について話すためだ。

 ちなみに如月基地で重大な決定をするときは責任者三人で栗林、雨木。コトシロで話し合うことがルールだ。

 基地にいる全員の命運を決定するため会議は慎重に行われ、明らかに誤った判断をしないように、プログラムであるコトシロを交えているのもそのためだ。

 今日は報告だけなので、コトシロは医療棟に残って検査を続けている。

 管制棟は三階建てで、外から見ると天井にアンテナの生えた重箱のような、武骨な恰好をしていた。

 鉄製の扉をくぐり中に入る。

 管制棟の一回はロビーになっており、螺旋階段が二階、三階へと伸びていた。

 雨木は階段に目もくれず、ロビーの隅にある地下への階段を下った。

 階段はコンクリートでできていて、歩くたびにコツン、カツンと乾いた音を鳴らす。

 地下一階は薄暗く、古びた照明が天井から室内を照らしていた。

 壁には黒いドアが四つ並んでいてその中の一つ、会議室とネームプレートが掲げてある部屋に雨木は入った。

 中には狭く、部屋の中央に円形の黒机があり、椅子が二方向に配置してあった。

 既に栗林は着席し待機していた。

 雨木が席に座ると栗林は口を開いた。


「雨木、先日の件について報告を頼む」

「はい、バッテリー回収の途中でコトシロから緊急要請が入り――」


 雨木は淡々と報告を続ける。

 その一方でやはり少女のことが気がかりだった。

 少女は治療殻コクーンの中で眠り続け、いまコトシロが昏睡から目覚めるのを待っている最中だ。

 雨木としては一刻も早く少女から話を聞きたいところだったが、今は無理をさせられない。

 それでも気持ちは逸る。

 はじめて扶桑シェルター以外の人間と出会ったのだ。

 期待するなという方が酷であり、気持ちは栗林やヒャクシキ、ほかの隊員たちも同じであった。

 栗林が話を切り替えた。


「現場にはもう一人男がいたんだったな。ドッグタグによると桂軍平というそうだが。雨木、彼に関して何か情報はねえか?」

「残念ですが何もありません。ぼくたちが到着した時には彼はすでに息絶えていました。もう少し速く現場に到着できていればよかったのですが。申し訳ありません」

「もう終わったことだ。彼については丁重に弔うつもりだ。それより他に何か気付いたことはなかったか? 何でもいいぜ」


 頭を下げる雨木を栗林がフォローする。

 確かにもっと早く駆けつけていれば二人とも救えたかもしれない。

 結果論にしかならないが、虎アリの行列を迂回していればバッテリー交換を早く終え、現場に直行できたかもしれない

 ままならないことばかりだ。


「いえ何も。ホバータンクがやけに旧式ということ以外は」

「そうか……詳しい話は回収班がやり遂げた後だな。雨木ご苦労だった。もう仕事に戻っていいぞ」

「失礼します」

 

 退席しようとした瞬間、部屋に備え付けてある通信機に着信が入った。

 栗林が受話器を取る。


「どうしたコトシロ。ん? それは本当か!」

「どうしました」


 興奮する栗林に雨木が声をかける。

 栗林は呼吸を整えると、


「コトシロの連絡によると、いましがた少女が目を覚ましたそうだ」





 雨木、栗林は急いで医療棟に向かった。

 正面入り口のボットに、事情を話しコトシロの元まで案内させる。

 カプセルが立ち並ぶ通路の奥に、診察室へのドアがある。

 ドアを開けるとコトシロが義体型ボットを操り、丸椅子に腰かけ足を交互に組んでいた。

 遠目から観れば人間と見分けがつかない精巧せで、外見は美女そのものだ。

 ブロンドの長髪を豊かな胸元あたりまで伸ばし、作業服の上から白衣を身に着けている。

 切れ長の瞳は流麗で、ルージュを塗った唇には電子タバコがくわえられ、水蒸気をポツポツと吐き出していた。

 義体型ボットはメインプログラムに、三次元的な動作を実現させるために考案されたものだが、基地一か所につき一、二台しかない高級品だ。

 しかしこれによって、物理的な治療も簡単になっている。

 電子タバコはヒャクシキが人間らしいしぐさを追及した結果こうなったらしい。

 コトシロは二人を見やると、おどけた口調で述べた。


《待ってましたよー。二人ともー》

「少女の体に不調はないか?」


 栗林が少し早口で喋る。

 気持ちが逸るのは雨木も同様であった。

 この少女から得られる情報は未知のものだからだ。

 そんな二人を見て芹沢は、


《そうですねー。身体に関しては特に異常はなくいたって健康ですー。ただちょっと問題があってー。隊長、副隊長良い知らせと、悪い知らせどちらから聞きたいですかー?》


 冗談めかした質問を投げかけるコトシロ。

 彼女は人をからかうのが趣味であり、それは上司である二人に対しても何ら変わることがなかった。

 栗林がぶっきらぼうに訊ねる。


「悪い知らせから頼む」

《わかりましたー。結論から言うとあの子はですねー》


 コトシロはそこで一度言葉を切り、はっきりとした口調でこう言った。


《記憶がないんです。今まで生きてきた記憶が》


 時間が止まった。

 なんとも形容しがたい沈黙が辺りを漂う。

 とにかく新しい情報を聞き出すことは不可能になった。

 ややあってコトシロは、


《でもでも名前は憶えていますし、食器の使い方なんかも身体が憶えているみたいで、まったくダメってわけじゃですよー。ただこの世界がどういうふうに成り立っているのかさえわかってませんねー。同乗していた男性について聞いてみたけどダメでしたー」

「良い知らせは?》


 こんどは雨木が訊ねた。

 コトシロの答え、それは想像だにしないことだった。


《驚かないで聞いてくださいねー。あの子の身体には微細蟲ナノマシン注射用の穴が存在しないんですー。つまり手術なしでこの世界の大気に順応できているということですねー。彼女の血液細胞は普通の人間とは異なりますし、それが原因かもしれません。角がある人間なんてワタシもこの目で見るまで信じられませんでしたー》


 今度こそ完全に時間が止まった。

 スイドラの毒素に生身で対応できる人間は現在確認されていない。

 これが本当ならばこれまでの常識を覆す大発見だ。

 栗林はよろめき壁に手を着きながらしゃべった。


「ははっマジか。そりゃどういう奇跡だ……現実にあるのかこんなことが……」

「確か驚愕にじじつですね。コトシロ、彼女と話せますか? 検査がおわってからでかまいません。ぼくも興味があります」

《いいよー。基地の責任者であるあなたたちの言うことならー》


 雨木の要望にコトシロあっさりとOKをだした。

 その時、診察室のドアがゆっくりと開き、中から少女が今の話題に上っている張本人が現れた。

 そしてネコのように跳ねると、雨木に抱き着いた。

 両手両足で体をホールドしている。

 栗林やコトシロはあっけにとられ口をポカンと開いていた。


「えへー。あなたが雨木?」


 少女はエメラルドグリーンの長髪を腰まで伸ばし、まつ毛の長い目蓋不思議そうに、パチパチと瞬かせている。

 肌は透き通るように白く、サンゴ礁で作られたビーチのようだった。

 額から生えた一本の角は象牙のようで、少女が纏う空気は常人のものとは明らかに違った。

 年齢は九才くらいだろうか。

 雨木はフリーズしつつも返答する。


「あ、はい。ぼくが雨木竹蔵です。でもどうして君はぼくの名前を知っているのですか?」

「聞こえたんだよ。わたしを守ってくれたんだよね。ほかのふたり、柿崎と橘だっけ? そのひとの声もきこえたよ!」


 あの治療殻コクーンの中にいる状態で自分たちの名前を知る?

 雨木が信じられない気分でいると少女は、


「わたしエナっていうの! ねえ、あ、そうだ! あなたのことたけぞうってよんでいい?」

「はい……かまいませんが」

「やったぁ! 助けてくれてありがとね! たけぞう!」

「どういたしまして。あの……記憶がないとうかがってますが。ずいぶんと元気なようですね」

「そうだねー。治療殻コクーンだっけ? で眠ってたら外が騒がしいから起きちゃったんだよね。それで起きる前のことは何にも覚えてなかったんだよね」

「不安はありませんか?」

「別にー! そのうち思い出すって。あはははは!」


 エナは昨日より明日が好きといったようすで、おかしそうに笑う。

 記憶がないことにこだわりがない様子だ。

 これが雨木とエナの最初の出会いだった。








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