第5話 白銀
コトシロの要請を受けた雨木たちはバッテリーの交換を終え、急いで発電所を後にした。
雨木が細々としたスイッチを手順に従ってオンの状態にする。
再びホバージープの四輪が地面と平行になり、ホールから空気が噴き出した。
雨木はハンドルを握り、アクセル踏み込む。
中空に浮いたホバージープは風を切りポイントへと向かう。
穴を抜け出し地上に二十メートルの地点で停止、その後枝葉や幹が織りなすカーブコースをヘビのようにクネクネと躱していく。
景色が目まぐるしく変わり、一瞬で後方に追いやられた。
柿崎と橘は舌を噛まないように口を固く閉ざし、目をカッと見開いていた。
本来なら絹を裂くような悲鳴が上がってもおかしくないところだが、一向にその気配はない。
あまりの恐怖にその余裕すらないのだ。
「さらに飛ばします。しっかり摑まって」
「――――――」
声にならない悲鳴は内臓をメトロノームのように揺らした。
二人にとって忘れられない一日となることだろう。
コトシロのナビゲートもあり、雨木たちは瞬く間に救難信号の発信地点に到着した。
ところどころに水たまりが残り、太いスイドラの根がヘビのように、とぐろを巻いて階段を生み出している。
ホバージープの飛行機能を止め着地をおこなうと同時に、三人は武器が収納された迷彩色のバックパックを背負い座席を降りた。
発信者であるホバータンクは階段の一番低い位置で半身を泥に飲み込まれ、各種砲身は見るも無残な姿で切り刻まれていた。
キャタピラに傍らには血まみれの男が倒れ、それを見降ろしす形で五体のオルカリアが触手を赤く染め立っていて。
男の両手、両脚は切り取られ、遠目からでも手遅れだということがわかった。
五体いるオルカリアの内、四体までが単眼で頭部から一本触手を生やしており、残り一体は縦一列に二つの瞳を持ち、両腕の触手をデスサイズの形に形状変化させていた。
「遅かったようですね……」
状況を理解し橘が唇を噛む。
「まだです。まだ生存者いないと決まったわけではありません。いきますよ柿崎くん、橘さん」
「了解! あのクソ植物共にぶちかましてやるっす」
「はい、副隊長」
雨木の呼びかけに、いつもの口調の裏に怒気をみなぎらせた柿崎と、冷静に感情を抑えようと務める橘が応えた。
あの時とは無力感に打ちのめされた昔とは違う。
雨木は敵を見据え叫ぶ。
オルカリアに対抗する鎧を目覚めさせるために。
二度と屈しないために。
雨木の右目が開き義眼のレンズが赤黒く光った。
多彩端末を取り出し、兵装アプリケーションに触れる。
そして叫んだ。
「装着」
瞬間、音声認識システムが作動し、背中に背負ったバックパックが多彩端末から信号を受け変形を開始する。
迷彩色の外殻の内側から銀色の機械で構成されたアバラ骨が出現した。
それは雨木の全身を包帯めいて包み込み、瞬く間に甲冑を構成した。
甲冑は西洋の騎士をモチーフに形成され、頭部には紅のバイザーが装着されている。
材料には希少金属である二式玉鋼を使用し、軽量かつ強堅な装甲を実現させていた。
関節部は墨色の強化ナイロンで覆われ、皮膚に密着した人工筋肉が生身と変わらない柔軟性を再現する。
これこそが対オルカリア白兵戦機体である、
《強化外骨格アラハバキ起動完了》
内臓サポートプログラムが機械音声で装着の完了を告げると同時に、雨木は戦闘を開始した。
「一本級が四体、二本級が一体ですか。君たちは一本級二体を撃破、その後7ホバータンク内の生存者を確認を。残りはぼくが相手をすします。特に二本級は手ごわいので」
二人も装着を完了させていた。
柿崎は雨木の命令に、
「雨木さん一人でッスか! いくら何でもそりゃむぼ――」
「了解。行動を開始します」
柿崎の頭をガキンと橘の拳が叩くいて戯言を止めさせた。
その光景に一抹の不安を覚えるが、今はよそ事を考えている場合ではない。
雨木は二人が命令理解したことを再度確認すると、大地を踏みしめ爆発的な速度で駆け出した。
柿崎、橘も遅れて走り出す。
「クルルルル、クルルルル」
「ルルル」
一本級オルカリア四体の内二体が喉を鳴らし、雨木を迎え撃つ。
残り二体は柿崎、橘が作戦通り引きつけていた。
義眼の機能を使うとオルカリアの脳であり心臓部でもある〈核〉が胴体部にあることが見てとれた。
大抵のタイプは頭部か胴体の部分に核を持つが、稀にそうではない個体もあるため位置を確認したのだった。
雨木へ狙いを定めた二体の触手がムチのようにしなると、質量を無視した伸張を行い、硬化した先端が突撃槍のごとく放たれた。
雨木は疾走のスピードを落とすことなく、触手の隙間をすり抜け冷静に発音する。
目的は装備を起動させるためだ。
アラハバキは日進月歩で改良が進められ、現行機のスペックは雨木が幼少期に出会った機体をはるかに上回る。
その一つが換装システムだ。
「切断特化」
《切断特化ヲ開始シマス》
音声インターフェイスが復唱を終えると、アラハバキ両腕の手甲部分がガシャガシャと作動音を立て変形した。
すぐさま小型のチェーンソが手甲から出現し、拘束で回転を始める。
チェーンソーの刃がオルカリアの伸びきった触手を、中ほどで切断した。
青白い果汁があたりに飛び散り、甘ったるい匂いが漂う。
「クルアアアアアアアアアア!」
さらにスピードを上げ、無様に悲鳴を上げる二体のオルカリアとの距離を詰める。
人口筋肉が爆発的なトルクを生み出し、あっという間に二体まで二メートルという距離に迫った。
すれ違いざまにチェーンソーをX字に振り抜き、頭部を切断する。
ゴトンと首が落ち、主を失った触手が切り取られたトカゲの尻尾のようにビチビチと跳ねた。
「――――」
頭部のない状態でやみくもにオルカリアは、手足を振り回して暴れる。
雨木はそれはこともなげに避け、チェーンソーで二体の背後から、人間でいうならば肝臓の部分に突き刺す。
パキンと核を砕いた感触があり、二体のオルカリアは崩れ落ち、そのまま溶解しはじめた。
雨木は切断特化を解除して手甲を元の形態に戻し、次の目標である二本級に狙いを定めた。
紅いバイザーに文字が写り、敵の分析を開始する。
《二本級、タイプ〈マンティス〉デス。両腕ノ鎌ニ気ヲツケテ下サイ》
「了解。焦らず堅実にいきましょう」
雨木はゆっくり歩いてとマンティスに近づく。
マンティスはそれを二列の眼でじっと観察していた。
触手を動かす気配はない。
野生の直観が衝動的な行動を抑えているのだと雨木は考えた。
己のスペックに依存した雑兵ではない。
心を落ち着け、後十メートルのところまで来た。
両者の呼吸があった時、火ぶたが幕を開ける。
一方、柿崎と橘の二人もオルカリア交戦を続けていた。
常に動きまわり、相手の射程外から攻撃を仕掛けるために、自動小銃に変形した右腕が5.56ミリ弾が吐き出している。
しかしそれは簡単に触手にはじき返される。
オルカリアは着実に歩を進め触手の有効に使える距離まで接近しようとする。
二人は苦戦していたし、その原因はというと新人の柿崎だ。
新人である彼は訓練所のシミュレーション以外でオルカリアと戦った経験がなかったのだ。
もたもたと動く柿崎のアラハバキに触手が鋭く奔り、装甲を削る。
黒板を削ったようなイヤな音が耳をつんざいた。
《表面装甲5%減退。攻撃ヲ回避シテ下サイ》
「やばいっすよ橘さん! アラハバキが壊れる!」
「おたおたするなバカ! まだ平気だ!」
音声インターフェイスの言葉で軽くパニックに落ち掛ける柿崎を、橘は強くとがめた。
「立て直しを図る! こっちに来い!」
「はい!」
急いで後退し巨木の影に二人は身を隠した。
オルカリアは正面からじりじりと近づいてきている。
楽な獲物だと思ているのだろう。
柿崎は恐怖で自分の脳をかき回されるような感覚を味わい、パニックに陥る寸前に自分の手が強く握られていることに気付いた。
横を見ると橘が自分の手を握り真剣な眼差しで見つめていることがわかった。
橘の瞳はこう告げていた。
そして雨木副隊長は不可能な指示は決してしない。
先輩である橘隊員と協力すれば、必ず突破口はあるはずだ。
柿崎は橘のバイザーのを見て、
「橘さんもう平気ッス。次はちゃんとできるッスから」
「まったく心配ばかりさせるなお前は。まあいい私に作戦がある。いいか三つ数えたら――」
二人が作戦会議を続けている間にもオルカリアは確実に距離を縮めてている。
そして、触手を大きく振り被ろうとしたその瞬間、橘のアラハバキが木の影から飛び出した。
「多腕特化、射撃特化」
《多腕特化、射撃特化ヲ開始シマス》
橘の背中が盛り上がり、四本のロボットアームが現れた。
そして四つの拳が自動小銃に変形し、再び5.56ミリ弾をフルオートで発射する。
二本以上の腕を巧みに操ることができるのは、ひとえに橘の努力とチューニングだ
弾丸は昆虫が羽を鳴らして飛ぶ音のようにオルカリアを目指し次々と叩き込まれる。。
オルカリアはそれを触手で器用に弾いていく。
一発たりともボディには当たらない。
触手は反射でも動くことがでくるため、容易に銃弾の飛来速度を凌駕でくるのだ。
だがこれも作戦どおり。
橘の目的は銃弾でオルカリアの足を止めることだった。
本命である柿崎は根っこを伝ってオルカリアの背後に移動していた。
飛び出すと同時に武装を展開する。
「焼却特化!」
《焼却特化ヲ開始シマス》
柿崎は掌を真っ直ぐ正面に向ける。
手の中心に黒い穴が開き、そこから火炎が放射された。
マグマを模した1000度の高熱を放射され、オルカリアは一瞬で核ごと消し炭となった。
黒ずんだ燃えカスが紙吹雪のように舞い散る。
いかに強靭な肉体を有しても植物であるという弱点からは逃れられない。
「ホバータンクの方へ急ぐわよ」
「はいっす」
二人はホバータンクを目指し駆け出した。
一方雨木とマンティスは木々の上を飛び回り、刃を打ち合わせていた。
雨木の脚は跳躍特化でバッタの後ろ脚思わせる形に変形し、巨木の幹に爪をかけ器用にな動きを見せる。
火花が幾度となく飛び散り、雨木はマンティスは徐々に距離を縮めていく。
やがてお互いが必殺の間合いに入った。
どちらも相手の命を刈り取れる状況だ
そして勝負は一瞬で決まった。
マンティスが両腕のデスサイズを振るう。
触手の柔軟性を最大限に生かし刃をしならせると、一本は頭上からもう一本は股間から雨木のを真っ二つに両断しようと迫る。
雨木は軽く体をひねり、天地から襲い来る致死の刃を躱した。
まるで柳のようにさらりと。
マンティスが追撃を加える時間はなかった。
何故なら、
「螺旋特化」
《螺旋特化ヲ開始シマス》
コンマ一秒で雨木の右腕が円筒切れ刃を段階的に設けた、ステップドリルに変形する。
ステップドリルは凄まじい速度で回転を始め、風を巻き起こした。
雨木はそれを無防備なマンティスの胴体の中心に叩き込んだ。
肉が削り取られ穴が開き、ぽっかり背後の景色が見える。
核もその衝撃で粉砕されていた。
マンティスは一撃で崩れ落ち、溶解を始めた。
雨木は周囲に他の敵がいないか確かめると、アラハバキを解除する。
アラハバキは動力にオルカリアの核を使っているため、長時間の使用は肉体が浸食される恐れがあるのだ。
最悪の場合、搭乗者がオルカリアに変貌してしまう。
だが敵の力を使うことを忌々しいとは思わない。
あらゆるものを利用し、結果人類が一日でも長く生きのこればいい。
雨木はホバータンクを目指し、足早に駆け出した。
ホバータンクのハッチ部分に柿崎と橘がすでに到着しており、内部の確認は終わっていたようだった。
雨木が訊ねると他に人影はなく、倒れていた男が最後の生存者ということがわかった。
しかし二人の様子は落胆よりも戸惑いのほうが大きい。
雨木は報告を促した。
すると橘が困ったようなおずおずとした調子で答えた。
「雨木副隊長それがその……私には判断しかねるといいますか……」
「要領を得ませんね。いつもあなたらしくないですよ。どうしたんですか?」
橘はハッチを開き中にあるオブジェクト、黒色の治療殻を指さした。
基地で使われているものとは明らかに違い、黒い外殻の一部が水色のアクリル板で造られており、そこから中を伺うことができた。
雨木が中に降りアクリル板を覗く。
そこにいたのは一人の少女だった。
目蓋を閉じ眠っていることがわかる。
ただ普通の人間とは違う点が一つ見られ、その額には小さなツノが生えた。
まるで小鬼のように。