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第4話 上昇

 虎アリの大群をやり過ごし雨木たちはついに、風力発電所が建立された巨木に到着した。

 大きさは数多あるスイドラの樹木の中でも特に長大で、幹に太さがベースボールのスタジアム以上で、高さは高層ビルのブルジュ・ハリーファを超え、千メートルはあるだろう。

 風力発電所は巨木の中腹に建設され、外部からのたやすく侵入できないようになっている。

 発電用の風車は頂上付近にあり、三枚の回転羽根が風を受けクルクルと回っていた。

 風車のサイズは軽自動車と同じくらいだが、これ一基で基地一つ分の電力を賄える優れものだ。

 地上から見上げると思わずのけぞってしまう目もくらむような高さだ。

 文明社会が残っていたころの時代でもここまで巨大な建造物は稀だった。

 これがスイドラの成長性を表す指標であり、バベルの塔めいて蒼穹へ高く高く伸びていた。

 凄まじい高さに柿崎がしり込みをしながら、



「雨木さん。これどうやって登るんすか? まさかロッククライミングみたいにするんじゃ……」

「その心配には及びません。安全で簡単な方法がありますから」


 雨木は柿崎と運転を替わり、ホバージープを飛行モードに切り替える。

 ガチャガチャと部品の配列が入れ替わり四輪に位置が地面と平行になると、次はホイールの中心にぽっかり穴が空きそこから大量の空気が噴射された。

 そしてホバージープはゆっくりと車体を持ち上げ上昇を始めた。

 浮遊車両クラウドの機能の一つで圧縮空気の力を使って飛行しているのだ。

 どんどん地上から離れ気球のように天へ昇っていく。

 枝葉の間を抜けると目の前には一面に広がる深緑の世界が見えた。

 とても美しい眺めでこの樹木が人類を破滅に追いやっていなければ、涙が滂沱ぼうだとして流れ落ちていくだろう。



「雨木副隊長。敵の姿は見えません。前のように火喰いゼミに遭遇することはなさそうです」

「助かります。この時が一番無防備ですから」


 双眼鏡で辺りを警戒する橘の声に雨木は応えた。

 実際いま怪鳥にでも襲われればなすすべがなく、それだけ空を飛ぶということはリスクが大きいのだ。

 ややあって幹に洞窟のような穴があるのが視認できた。

 キツツキの化け物がくちばしで穿ったような空洞で、中は暗闇で覆われ外から伺い知ることはできない。

 この闇の奥に発電所はあるのだ。

 雨木はホバージープを巧みに運転し穴の中に入っていった。

 ライトを点け前方を照らす。

 急にまぶしい光を浴びせられたせいか、小動物が驚いて影に隠れた。

 ひんやりと冷たく湿った幹の中を飛行していくと建物が見えてきた。

 雨木たちはホバージープ下降させ駐車すると、工具箱を携え発電施設に向かって進んだ。

 近づくにつれて発電施設が突貫工事で建てられていたことがわかった。。

 なぜなら、ところどころ壁がへこんでいたり、柱が傾いていたからだ。

 腕が悪いというよりも、長く留まれない建築者の焦りが感じられた。

 グレーのコンクリートで固められた外観は苔とつる草に覆われた部分も多く、天井から伸びるスイドラのこげ茶色の根が絡みつき、廃墟のようだ。

 雨木は固く閉ざされた扉のカギ穴を探す。

 すぐに繁殖する苔のせいでドアノブの位置すらもあやふやだが、雨木は工具箱の中からマイナスドライバーを取り出し、扉の一部をひっかいた。

 すると、その下から金属製の鍵穴が現れた。


「短いスパンで隠されてしまうんです。今見た鍵穴の位置をよく覚えておいて下さい」

「はいッス」

「二回は言わないからね。頼んだわよ」


 元気よく答える柿崎と釘を刺す橘を横目に、雨木は平たい金属製の武骨な鍵を取り出し、鍵穴へ差し込み回した。

 あえてレトロな方式を使っている理由は、電子鍵ではすぐ湿気にやられてダメになってしまうからだ。

 ガチリというロックが外れる音がした。

 扉を開けると中からカビ臭い空気が漏れ、柿崎と橘は鼻を押さえ顔をしかめた。

 一方雨木は平然と扉をくぐり、中に入っていった。

 発電所の中は広く殺風景で、細々とした機材などはなかった。

 ただし送電用のケーブルだけは馬鹿みたいに太く、簡易エレベーターともに天井へ開けられたフランジを通って風車まで伸びていた。

 この瞬間が一番緊張すると雨木は思う。

 もし昆虫や植物によって機材が破壊されていたら、もし浸みだした雨水によって配電盤がショートを起こしていたら。

 発電所は最新の技術で圧力や浸水に対する備えをしてあるが、突貫工事の影響もあり効果が絶対といえない。

 基地の生命線に関わる仕事を受け持つ。

 その受圧は凄まじいものがあった。

 しかし心配は杞憂に終わった。

 とくに前回と変わったところもなく浸水も見当たらなかった。

 そして雨木たちは目的の場所に到着した。

 そこには円形に柵が張られ、その中央には乳白色のコントロールボックスがぽつんと置かれ、隣にはバッテリーが孵化を待つ卵のように並べられていた。



「柿崎くんコントロールボックス正面にある金属板を外して下さい」

「そういうと思って、準備してたっす」


 得意げに工具箱から電動ドライバーを取り出し、柿崎は金属板を止めているネジを外し始めた。

 キュイン、キュインとドライバーが回転し、ネジが抜けていく。

 全てのネジを外し終わると、雨木は金属板を取りはずし、中をのぞき込む。

 ほこりは溜まっているがまだまだ制御に支障はなさそうだ。

 雨木はボックス内のコントロールユニットのブレカーを落とし、二人にバッテリの―交換を指示した。

 バッテリーは小型で作業はすぐに終わるだろう。


 雨木は念のため、発電所の外で多彩端末デバイスに着信がないか確認しよう考えた。

 発電所の中では電波が届きにくいためだ。

 橘に言付けをし、外へ向かう。

 雨木は用心深いというよりは心配性で神経質なところがあった。

 外で周囲を警戒しながら多彩端末デバイスを取り出すと、からビープ音が発せられた。

 これは非常事態の合図だ。

 急いで通話ボタンをタッチする。

 発信者はコトシロだ。


『雨木副隊長、緊急の要件です。よく聞いてください』


 雨木が了解の意を伝えるとコトシロは言葉を続けた。


『現在基地の管制塔に所属不明のホバータンクから救助要請が入っています。現場に一番近い副隊長の班に手を貸していただきます』

「所属不明? 今の日本で生存者が残っているェルターは、扶桑しか確認されていないはずですが」

『だから緊急なんです。わたしたち以外の人間が生き残っていたんですよ。ポイントは今から送信しますので、急行してください』

「了解しました。ナビゲートは任せます」


 雨木は走ってコントロールボックスへ向かった。

 想定外の事態だ。

 新調したばかりの義眼が同様を感じ回転した。



 ◆



 ホバータンクがキャタピラを唸らせ、ぬかるんだ大地を走る。

 全速力で走る。

 迷彩色に塗装された外装は塗料が剥がれ落ち、主砲の105ミリは折れ曲がっている。

 圧縮空気はとっくに底をつき、ホバー機能は失われていが、泣き言を言っている場合ではなかった。

 なぜならば追跡者が、狡猾なオルカリアがすぐうしろに迫っているからだ。

 垢と埃でボロボロになった操縦席で、搭乗者である桂軍平かつらぐんへいは考える。

 この希望だけは何としても死守しなくてはと。


 桂は翔鶴シェルターで生まれ、育ってきた男だ。

 しかしオルカリアの襲撃によって故郷は滅び、生き残った住民は安住の地を求め旅を続けることになった。

 旅の途中で幾人もの仲間が命を落とし、残った者に希望を託した。

 その希望が今消えかかろうとしている。

 生き残りはもはや桂と骨董品のホバータンクだけだ。


「7.62ミリ機関銃、撃てぇ!」


 声に反応し折れ曲がった砲と同期してホバータンクの機関銃が火を噴く。

 射線上にある木々が木っ端みじんに破砕する。

 音声認識による兵器の起動は人間の数が圧倒的に少ない今の時代の基本だ。

 内臓されたプログラムがあれば一人でも戦える。

 だがそれも今の状況では効果が薄く、オルカリアに鉄の箱では歯が立つはずもなかった。


「外したか、次弾装填!」


 桂は少しでも時間を稼ごうとあがく。

 救難信号は送っっている。このあたりに、本当に扶桑シェルターがあるのなら、自分と同じ生き残りがいるのなら、この声に答えてくれるはずだ。

 桂は無神論者だが、今度ばかりは心の底から神に祈りたくなった。

 神様自分はどうなってもいいから、希望だけは助けて下さいと。

 希望は今後部にある休眠カプセルの中ですうすうと寝息を立てている。

 彼女を自分たちと同じような目には合わせたくなかった。

 だがついに、ホバータンクは動きを停止した。

 深いぬかるみがキャタピラを捉えたのだ。


「クソッ! 動け! 走れよ!」


 桂の必死の呼びかけもむなしくキャタピラは泥を撹拌するばかりだ。

 と、ホバータンクに鋭い金属音が響いた。

 ギィンギィンとオルカリアの触手が刃の形に硬化し、各種砲身を切り落としたのだ。

 これで武器も使えない。

 文字通り手も足もでないといった状況だ。


「神よ彼女を守り給え」


 桂は最後の言葉を残すと、ホバータンクのハッチを開き、外に躍り出た。

 単眼を怪しく光らせるオルカリアにカンプピストルの銃口を向け叫ぶ。


「来い! 化け物ども! 桂軍平様が相手をしてやるぜ!」


 カンプピストルから榴弾が放たれるのと、オルカリアの触手が閃くのは同時だった。

 勝負の結果は最初から決まっていた。






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