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第3話 異形

「雨木さん準備できたっす! 見てもらってもいいっすか?」

「はい。いま行きます」


 部下が仕事の用意を終えたようだ。

 如月基地を離れジャングルでの作業は初めてのようで、どこか声もはしゃいでいる。

 雨木は忘れ物がないか最後のチェックを行うために部下の後を追う。

 今日の仕事はスイドラの巨木に備え付けられている風力発電所から、バッテリーを回収することだ。

 如月基地の動力はすべて電気でまかなっており、回収しなければ各種設備を稼働することができなくなるため、非常に重要な仕事である。



 雨木は移動用のホバージープに近寄り装備の点検を始める。

 ホバージープは四人乗りで後部のトランクに装備を積み込むことができ、非常時には空気を車体の下に送り込み飛行して移動することもでくる汎用タイプの浮遊車両クラウドだ。

 迷彩色の車体はいたるところに傷を残し、ジャングルでの活動がいかに厳しいか物語っていた。

 バッテリー回収用の工具や敵対生物に襲われた時のための武器弾薬、食料、飲み水を確認し終えると、いよいよジャングルに出発だ。

 外での活動は基本二人以上で行うことになっている。

 今回の場合は雨木の他に二人の隊員が同行する。

 雨木は部下の方を振り返り、


「出発します。柿崎くん運転は任せました」

「了解っす。雨木さん!」


 元気よく返事を返すのは、柿崎隼之介かきざきじゅんのすけ隊員だ。 

 母方の先祖がハーフでヘアカラースプレーを用いない綺麗な金髪をしている。

 如月基地に着任したのは半年前でまだまだ経験不足だが、雨木と初めて対面した時も全く物怖じせず、性格はかなり図太さを持っている。

 担当分野は電気工事で、シェルターにいた時は工場の配線も請け負っていた。


「副隊長。護衛のボットは必要ないでしょうか」

「橘さん、今日は少し遠くまでいきます。何か問題が起きた場合迅速に撤収する必要があるので、今回は基地に置いていきましょう」

「わかりました」

「ところでこの前話した〈アラハバキ〉のカスタマイズは成功しましたか? 橘さんのスーツは調整が難しいと聞いていますが」

「はい。成功しました。今日実戦があれば披露したいと思います」

「でも、極力戦闘は回避してくださいね。逃げるが勝ちです」

「心得ています」


 こちらは、橘梨華たちばなりか隊員。

 柿崎よりも一年早く着任し、メガネのフレームを気難しそうに人差し指と親指でつまんでいる。

 夜の海めいた黒髪の持ち主で肩まで伸びた髪を後ろでポニーテールにくくっている。

 担当分野は同じく電気工事でプログラムの設定などソフト方面が担当分野だ。

 どんな仕事もそつなくこなすが真面目で融通がきかないところもあり、お調子者の柿崎との相性はあまりよくない。

 この二人がそろって仕事をするのはこれまで一、二回しかないため、雨木の心配材料になっていた。

 いざという時はこちらでフォローしようと考える。



 柿崎が運転席、雨木が助手席、橘が後部座席に乗り込み、ホバージープは巨大な四輪をゆっくりと駆動させ、前進を始めた。

 基地を取り囲む壁には南北に向かい合うように二つの門があり、雨木たちは北側の門使った。

 壁や門に使用されている素材は一見プラスチックのようだが、百恵にコーティングが施されており、その実鋼鉄よりも頑丈だった。

 ゲートハウスで見張りをしているボットに要件を伝え、重厚な扉を開かさせる。

 ゴゴゴと扉が地面とこすれる重たい音が鳴り、観音開きに扉が開かれた。



《イッテラシャイ。オキオツケテ》


 ボットに見送られホバージープは門をくぐり、ジャングルに入る。

 空気がガラリと明確に変わった。

 雨木は短く息を吐く。

 心臓の鼓動がわずかに速くなった。

 ここからはスイドラや凶暴な動植物の領域であり、鬱蒼と茂る木々は人間という異物に狙いを定め、ねばついた食欲を向けていた。



 スイドラが造り出したジャングルは薄暗く、太陽の光は葉の隙間からわずかに差し込むばかりだ。

 静寂な空間の中でときおり虫や植物たちの鳴き声がハーモニーを奏でている。

 気温は二十八度とそれほど高くはないが、湿度は九十%とじめじめしていて、水分を大量に含んだ空気が肌に当たり、べたべたと不快感を煽る。

 低木・つる植物がはびこる土の上にわだちを残しながら、木々の間をホバージープは静かに進む。

 巨木の傍にある大きな水たまりは、スイドラが吸収しきれなかった水を排出することによって生まれる〈プール〉という天然のダムだ。

 スイドラは枝のいくつかにハーモニカのような穴が開いており、そこから水を放出する機能がある。

 それを使ってプールを造るのだが、何の前触れもなく放出は行われるため、スコールと勘違いすることもあった。 

 雨木たちが進んでいる道は、これまでに隊員たちがした努力によって切り開かれ、申し訳程度に道ができていた。

 それでもときおりフロントガラスに枝葉がぶつかり運転を妨げた。

 木の根を乗り越え悪路を走っているため、車体は頻繁に上下運動を開始して、車内の人間をシェイクめいて揺さぶり続ける。

 並みの人間ならば五分と持たずに胃の中のものをぶちまけてしまうだろうが、雨木ら訓練された隊員にとってこの程度の揺れはハンモックで揺られているのと大差なかった。



 と、前方で火の手が上がっているのが見えた。

 たき火くらいのサイズで炎はメラメラと立ち昇り、灰色がかった煙を噴き上げている。

 人為的に発生したものではない。

 もしそうならば、基地から目を光らせているヒャクシキの生物探知センサーに引っかかるはずだ。

 出火地点は奇妙なことに草木が少なく、ちょっとした広場ように開けていた。

 前にも同じことがあったと思われる。

 ハンドルを握る柿崎が不安そうに、


「雨木さん、あれもしかして……」

「大丈夫です。あの場所ならすれ違うだけのスペースがありますから。そのまま進みましょう」

「了解っす」


 ホバージープは迂回せず真っ直ぐに道を直進する。

 炎のそばにいたのは、数十匹のセミだった。

 通称〈火喰いゼミ〉体長は五十センチから七十センチほどで、全身が赤く紫水晶に似た羽をスイドラの樹にこすりつけ、摩擦で火をおこし、その熱エネルギーを栄養にするセミだ。

 性格はおとなしいが、外敵に襲われた場合燃え盛る木の枝を投げつけてくることもあるため、注意が必要だ。

 二十匹単位の群れで活動し森林火災の原因になることもあるが、たいていはスイドラの水分放出により鎮火されている。 

 ゾアの毒により変異した歪な生物だが、火を使うという知恵を持つ珍しさで研究されている。



 雨木たちは火喰いゼミのすぐ真横を通り抜けた。

 その間火喰いゼミたちは炎の前に集まり、ピクリともしなかった。

 せっかくの食事を邪魔されたくないのだ。

 柿崎は隣にいる雨木に熱っぽく話しかける。

 フロントガラスから目を離してしまった。


「感動っす! 火喰いセミの食事シーンが見られました!」

「子供みたいにはしゃがないで下さい。あんなもの珍しくもありません」


 はじめての体験に興奮する柿崎に、後部座席から橘は冷ややかな言葉を投げかける。

 彼女もジャングルに入った当初は同じようなことを言っていたが、雨木は特に言及しなかった。

 呑気に自然観察をすることは危険だからだ。


「気持ちはわかりますが、前方を注意欲してほしいですね柿崎くん」


 柿崎が向き直ると前方に見えるつる草の一本が動き出した。

 つる草の先端にある二メートル程の葉っぱが突如真横に裂け、口の中に鋭い牙をひらめかしたと思うと、ヘビのように猛然とホバージープに襲い掛かってきたのだ。

 正体は〈諸刃トリグサ〉という食獣植物で、肉食獣のようなアギトを持ち、牙は両刃の剣のごとく鋭い。

 さらに凶暴で、通りかかった生き物を見境なく捕食する危険な植物なのだ。

 如月基地でも過去に六人の隊員が諸刃トリグサによって命を失っている。


「うわあああああああ!」


 柿崎は悲鳴を上げると同時にハンドルを素早く左に切り、すんでのところで諸刃トリグサの牙をかわす。

 急な方向転換に車体が激しく揺さぶられ、タイヤが泥の塊を跳ね散らかした。

 続けてアクセルを底が抜けるほどに踏み込み、全速力でその場から走り去った。

 彼方に逃げてしまった獲物を見て、諸刃トリグサはうらめしそうに首を垂れる。


「死ぬ! 死ぬかと思った! 何考えてんの気を付けてよもう!」

「ごめんなさい! ごめんなさいっす!」


 橘が歯をガチガチ鳴らしながら怒鳴り声をあげ、柿崎がぺこぺこと謝罪の弁を述べる。

 これは前途多難なことになりそうだと、雨木は前方を見据え気を引き締めた。



 それから一時間ほど走り、風力発電所のある目的地まであと少しというところで、雨木は静止を呼びかけた。


「柿崎くん。車を止めて下さい。蟻酸の匂いがします」

「えっ? ぎさん? 俺は何も感じないっすけど」


 不思議そうな顔をしながら柿崎はブレーキをかけ、ホバージープを近くにあるスイドラの壁めいた木の根の影に止めた。

 これまでの経験で雨木は蟻酸の放つブドウのようなツンとした匂いに敏感になっていた。

 生き残るためには様々ことに敏感になる必要がある。

 恐らくこの近くで〈虎アリ〉が活動してるはずだ。


「橘さんは車内に残りましょう。柿崎くん、運転席から降りてぼくの後について来なさい」

「了解っす」

「わかりました。副隊長もお気をつけて。柿崎は足を引っ張らないでよ」


 二人は車を降り慎重にあたりを伺い行動する。

 腰のホルスターには榴弾を発射する〈カンプピストル〉が収まっている。

 ジャングルに潜む昆虫は皮膚が頑丈なものも多く、小口径の銃弾で効果が薄く炎で驚かすのが効果的なのだ。

 背中に背負っている迷彩色のバックパックには武器が収納されており、いざという時にはそれに頼ることになる。

 もちろんそうならないことがベストだ。

 木の根の影からそろりと顔を出すと、そこには虎アリの行列があった。

 恐ろしい数だ。

 何百匹いるのか見当もつかない。


 虎アリは黒と黄色の縞々がらの毛皮を有する蟻で、現在の地球状で一番数が多い生き物の一種である。。

 体長は二~三メートル程度で、六本ではなく四本に進化した脚を巧みに使い、ネコのような俊敏な動作と、蟻のパワーを持つ。

 また蟻酸で敵を攻撃することもでき常に集団で行動し、女王のためにその身を捧げる忠誠心も強い。

 ちなみに肉は食用としても使え味は鳥に近い。


 虎アリたちは縦一列に真っ直ぐに並び、規則正しく行進を続けている。

 縞々模様の毛皮が風でたなびき、やわらかに揺れている。

 二人はその光景を黙って見ていた。

 もし虎アリが気付けばそのたくましい四つの顎でバラバラ切り裂かれ、丸めて肉団子にされるのは分かりきっているからだ。

 半時が経ち虎アリの姿はようやく見えなくなった。


「ここを抜ければあと一息です。慎重にいきましょう」

「はいっす」


 二人は小声で話し、そろりとホバージープに乗り込んだ。

 柿崎がアクセルを踏み、タイヤが前方へと進みだした。





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